長編14
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スカイプ

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会社から、一人暮らしのアパートの部屋まで帰ってくると、身体は自然と机の上のPCの電源を入れている。

何度も繰り返され、習慣になった行動。

PCの中では自動でソフトが立ち上がり、スカイプの画面が表示される。

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着替えをしながら画面を覗きこむと、メッセージボードに新着の書き込みがあることを告げるアラートが付いていた。

ポインタを操作してボードを開いてみると、離れて暮らす彼女からのメッセージのようだった。

一行のURLが貼られている。

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さては変な動画か写真でも見せたいんだろうなと思い、それをクリックする。

新しいタブでサイトが開く。

全文英語の、いかがわしい感じのする販売サイトだった。

「――なんだこれ?」

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彼女が意図的にこれを見せようとしたとは、考えられない。

URLを貼り間違えたのかもしれない。

または、スパムメールのようなものだろうか。スカイプのメッセージボードにスパムというのは、仕組みがよくわからないが。

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深く考えずにそのサイトを閉じ、着替えを続けていると、携帯の着信音が鳴った。

見ると、当の彼女からのラインメッセージであった。

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『ログインしようとしたら、セキュリティの問題って表示が出て、スカイプが開けない……。ひょっとしたらウイルスかも……』

なるほど、と合点がいったと同時に、僕は困ってしまった。

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僕らは遠距離交際中なのだ。

僕は東京におり、彼女は仕事の関係で九州に赴任している。

日ごろ、なかなか会えない僕らは、毎晩スカイプのビデオ通話で話をしている。

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PCの画面で互いの顔を見ながら話をすることで、離れて暮らす寂しさを、多少なりとも埋め合わせている。

本当に、スカイプ様様だ。

僕らがネットもない時代に生きていたとして、顔も見れずに遠距離交際をするなど、想像しただけで切なくなる。

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そして、今の彼女のメッセージは、今夜からその通信手段が使えなくなってしまう危険性を知らせるものだったのだ。

shake

『え!本当に?なんとかならないの?』

おおいに驚き、慌てる様子を伝えるだけの、みっともない返信をしてしまう。

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『ははは、大丈夫だよ。いざとなったら新しいアカウント作るし。

ただ、その前にもう少し粘ってみる』

そのメッセージに、ほっと胸をなで下ろす。

彼女成分が摂取できないなど、僕にとっては死活問題なのだ。

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結局、PCのウイルスが原因であり、彼女は元のアカウントには、どうしてもログインができなかった。

仕方なく新しいアカウントを取得して、その晩から使うことにして、僕らは無事ビデオ通話をしている。

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「じゃあ、やっぱりあの変なURLは、ウイルスのせいだったんだな」

「うん。前のアカウントでやりとりしてた、他の友達とかにも一斉にばらまかれちゃって……。さっきまでラインで謝ってたよ。

T君もごめんね。URL開いたことで、そっちのPCにも感染してなきゃいいんだけど……」

S子は申し訳なさそうに云う。

時間は深夜0時。パジャマ姿のS子はかわいい。

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「S子が悪いわけじゃないから、気にしなくていいよ。

それに今のところ、とくに影響はなさそうだし。

ところで、結局前のアカウントは残ったままなんだね」

僕のPCの画面には、登録してあるユーザーのアカウントが、左端にリスト化されて表示されている。

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そのリストの中で、ユーザーたちのログイン状況がわかるようになっている。

彼女の前のアカウントはリストに残ったままになっていた。

当然、無人のウイルスに乗っ取られた状態なので、『退席中』の表示になっている。

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「それが、アカウントを消そうにもログイン自体ができないから、どうにもできなくて……。

あんまり気持ちのいいものではないんだけどね」

「まあ仕方ないよなあ。

……でも、どうする?いきなり前のアカウントが『オンライン』の表示になったりなんかしたら」

僕は思いつきを笑いながら口にする。

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「やめてよ。それって誰かが私になりすましてる状態ってことでしょ?

それで変なメッセージとか送られたら、本当に困る。

ねえT君、そっちから見て、もし前のアカウントが『オンライン』になってるのに気が付いたら、すぐ教えてね」

S子は真剣な顔で云った。

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確かに冗談にならない状況だ。素直に彼女に謝ると、いいよ、と笑って許してくれた。

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その後しばらく雑談をして、おやすみ、と挨拶を交わしてから通話を切った。

さて寝ようかと伸びをしていると、視界の端に小さな変化が映った。

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彼女の古いアカウントが、『オンライン』表示になっていた。

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おや、と思った。

彼女とは、たった今通話を切ったばかりだ。

彼女の新しいアカウントは『退席中』になっている。

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ウイルスの障害が直って、アカウントにログインできるようになったのだろうか。

確かに新しいアカウントを、知り合い全員に新たに登録し直してもらうのは手間だ。

前のアカウントが再び使えるようになるのに、越した事はない。

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僕は何の気なしにメッセージを送ってみた。

『そっちのアカウント、入れるようになったの?』

すぐに返信が表示される。

『うん。なんか直ったみたい。

よかったー。前に登録してた人たちに、新しいアカウント登録し直してもらわずに済むもん』

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予想通りの返事だった。

深夜にドタバタしてしまった感はあるが、まあよかったと、そのまま布団に入り、部屋の明かりを消した。

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翌日の夜、帰宅してからいつものようにPCの電源を入れる。

スカイプの画面では、彼女の古い方のアカウントが、『オンライン』の状態で表示されていた。

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『かけていい?』とメッセージを送ると、『いいよ』と返って来たので、ビデオ通話のボタンを押す。

回線が繋がって、黒い部屋着を着た彼女が、画面に映った。

今日もかわいい。

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「やあTくん、今度のGWはそっちに戻れそうだよー」

「そっか、それはよかった。

じゃあその時に、ふたりでドライブにでも行こうか」

彼女とは以前から、僕がかつて行って気に入った山梨の温泉スポットに、ふたりで一緒に行こうと話をしていたのだ。

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「山の上にあるんだよね、その温泉。送ってくれた写真、景色よかったもんね」

「露天風呂に入りながら、目の高さに富士山を拝めるよ。眼下には甲府盆地が見渡せて、絶景だったなあ。

あと名物の揚げ温泉卵が絶品で......」

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ふたりして、休みのプランにテンションが上がる。

他にも今日会社であったちょっとした出来事などをお互い話し、おやすみと言って通話を切った。

時計を見ると、ちょうど日付が変わるところだった。

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寝る支度をするか、と席を立とうとしたところで、スカイプの着信音がPCから鳴り響いた。

見ると、彼女からだった。

なんだろうと思い、通話ボタンを押す。

不機嫌な顔の彼女が映った。

白い部屋着を着ている。着替えたのだろうか。

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「......ねえ、さっきから誰と話してたの?」

彼女の言葉に、僕の頭の中で大量のクエスチョンマークが生まれ、飛び跳ねた。

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「え?ずっと君と話してたじゃないか。

その後ってこと? でも切ってから、まだ1分も経ってないじゃないか」

僕の答えに、彼女はますます不機嫌になる。

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「何言ってるの?

私、ずっとT君にかけてたのに、『通話中』ってなってたんですけど。2時間くらい?

だから、誰とそんなに長く話してたの、って訊いたんですけど」

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ますます頭が混乱する。

だって、今の今まで話していたのは、目の前(画面の中)にいる彼女自身じゃないか。

それを、あたかも浮気でも疑っているかのように、不機嫌になっている彼女。

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この場合、考えられることと言ったら「勘違い」だ。

僕が勘違いをしている場合。

彼女が勘違いをしている場合。

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例えば、僕が酒に酔っていたとして、彼女以外の人間を彼女だと思い込んで話していたとしたら、彼女の言うことに説明がつくだろう。

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ただ、僕は今日、しらふなのでこれは否定される。

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なら、同じく彼女が酒に酔っていたとしたらどうだろう。

酒に酔った彼女が、さっきまで僕と話していたのを、通話が終わるやすぐさま忘れ、かけていたのに通じなかったという夢を見て、怒って今かけてきた、ということは......

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「......S子、酔ってる?」

恐る恐る尋ねる。

「酔ってません。今日は1滴もお酒を飲んでません。

そっちこそ酔ってるの?酔って誰かと話してたの?

shake

誰か、別の女の人と!」

火に油を注いでしまった。

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しかし、一体どういうことなのだろう。

僕も彼女もしらふだとしたら。

一瞬、頭の病気を疑って怖くなり、すぐに否定する。

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そんな時、画面を見ていて、あることに気がついた。

「S子、なんで新しいアカウントからかけてるの?」

S子はさっきまで、古い方のアカウントで通話をしていた。

なぜわざわざアカウントを変えてかけてきたのか。

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「はあ?ごまかさないでくれる、Tくん?

私の古いアカウントはウイルスで使えなくなったって知ってるでしょ?昨日のことじゃない」

表情と口調から、彼女が冗談で言っているわけでないことはわかる。

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だからこそ、この状況がわからない。

さっきまで彼女と話していたという自分。

話していないという彼女。

とりあえず、今、僕が取るべき行動はーー

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shake

「......あ、ああ!S子じゃないか、どうした!

僕、今なんか変なこと言ってたかい?

ごめんごめん、今日会社の飲み会で、しこたま飲まされて、完全に酔ってるんだよ、今。

あー気持ち悪い......うう、吐きそうだ......。

ごめんS子、ちょっと吐いてくるから、かけ直していいかな?」

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渾身の酔っ払い演技。

恥も外聞も捨て、ひたすら酩酊をよそおう。

途端にS子の態度が軟化する。

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「ちょっと大丈夫?

いいよ、かけてこなくても。今日はもう早く寝な?おやすみね?」

僕のことを気遣ってくれるS子。

優しくて、いい彼女だなあ。こんな演技でごまかして、心が痛む。

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だが、状況を整理するためには時間が必要だ。

だから今はこうするしかない。

彼女のためにも、真相を見つけ出さなければならない。

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通話を切る間際、彼女が笑みを浮かべながらぽつりと呟いた。

「......誰と話してたかは、明日はまたゆっくり訊くからね?」

氷点下の言葉だった。

画面が沈黙する。

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真相を見つけ出さなければならない。

僕のためにも。

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僕のPCの画面上のリストには、彼女のアカウントがふたつ表示されている。

ひとつは前からの古いアカウント。

もうひとつは、昨日取得した新しいアカウント。

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今、ふたつのアカウントはどちらも『退席中』の表示だった。

僕自身の記憶を信じるのであれば、僕は先程まで彼女の古いアカウントを通して、S子と話していたはずだ。

だが、彼女にその記憶はないという。

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僕は古い方のアカウントに、メッセージを送ってみた。

『さっきまで、僕は君と、GWの話をしてたよね?』

『退席中』のアカウントは沈黙を守り、そのメッセージがいまだ読まれていないことを告げていた。

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結局、その晩はいい推理も浮かばず、また、調べようもなくて、就寝した。

謎があろうが、翌日も仕事はあるのだ。

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朝起きて身支度をし、今まさに部屋を出ようとしている時に、彼女の古いアカウントから、新着のメッセージが来ていることに気がついた。

開いてみると、そこにはこう記されていた。

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『え?当たり前じゃん、Tくん。

寝惚けてたのかな?GWの話、ちゃんとしたよー』

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いよいよわけがわからない。

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帰宅してから、僕は覚悟を決めて、恐る恐る通話ボタンを押した。

相手は「古いアカウントの彼女」。

コール音が鳴り、しばし後に回線がつながる。

今日も黒い部屋着だ。かわいい。

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「おかえりTくん。

昨日の夜のメッセージはなんだったの?

昨日話したこと、忘れちゃってた?酔ってたの?」

にこやかに話す彼女。

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昨日君は、通話が終わった後にかけてきて、「誰と長話してたんだ?」って不機嫌に僕を問い詰めたんだよ。

そう言ってやりたかった。

しかし、口に出す事はしない。

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「ああ、うん、ごめんね。

ちょっと寝惚けてたみたいなんだ。忘れて。

昨日はあの後、すぐに寝たの?」

すぐに電話をかけてきたのではなく。

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「うん、寝た寝たー。

私、寝つきいいから、布団に入ったらコロッだよー」

コロッの仕草をしながら笑う彼女。かわいい。

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「あ、そうだ、ごめんS子。ちょっと仕事の電話かけなきゃいけなかったんだ。

今日はもう切るね。おやすみ」

僕は残念そうな顔の彼女(かわいい)を尻目に、通話を切り上げる。

そして、次の相手に電話をかける。

「新しいアカウントの彼女」に。

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鳴り響くコール音。

回線がつながる。

画面に映る、白い部屋着のS子。

かわいい。

さあ、

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なんと言う?

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「やあTくん、昨日は大変だったね。

二日酔いにはならなかった?

......で、昨日は誰とお話してたの?教えて?」

にこやかに、それでいてこちらの背筋を寒からしめる声色を出す彼女。

......かわいい。

そして僕は、やはりと思った。

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彼女はふたりいる。

それが、僕の出した結論だった。

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彼女が多重人格でなければ、この会話の噛み合わなさは、僕が同じ顔をした別人と話をしている、と仮定した方が筋が通るように思われる。

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鍵になりそうなのは、ずばりスカイプのアカウントだ。

もしくはあのウイルス。

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ウイルス被害によって、新規にスカイプのアカウントを取得したことで、どういう理屈か、S子はふたりになってしまったのだ。

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御丁寧に、着ている服の色も違うのだ。

彼女が毎回大慌てで服を着替えているのでなければ、これこそ彼女がふたりいる証拠ではないか。

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なんというファンタジー。

自分で言っておきながら、なんと荒唐無稽なことかとあきれてしまう。

しかし、離れて暮らす彼女に対し、検証する術を持たない自分は、こうやって納得するしかない。

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そして、この仮定を元にした時に、次に僕がしなければいけないこと。

それは、どちらが本物の彼女か、見分けることだ。

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彼女がふたりになる方法。

すぐに考えられるのは、誰かが彼女のふりをして、彼女になりすます、ということだ。

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話をしている限り、どちらのS子も見た目、性格、過去の記憶とも同様で、見分けがつかない。

画面越しでの会話であり、直接会って確かめられないのがつらいところだ。

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しかし、なんとかして見分けなくてはいけない。

自分の好きな女性が相手なのだから。

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(黒)「Tくん、職場の近くにいる野良猫の写真だよ。

猫……かわいい…。

私のそばに来て、にゃーって鳴くんだよ。

ほんっとにかわいいなあ」

君の方がかわいいよ。

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(白)「ごめんねTくん、ちょっと仕事の愚痴、聞いてもらっても、いい?」

取り引き先の相手の態度や考えについて、静かな怒りを交えて、滔々(とうとう)と話す彼女。

「......でも、ま、悪い人じゃないんだけどね」

最後は結局、またその締めくくり方か。

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(黒)「今度また一緒にドライブ行きたいねー。

道の駅のあの雰囲気……。道の駅って平和の象徴だと思うわけよ」

同感だね。

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(白)「蚊......部屋に蚊がいる......気になる......。

shake

ハッ!(蚊を潰そうと手を伸ばす彼女)

shake

ギャー! (体勢を崩して椅子から転げ落ちる彼女)」

本当にもう、かわいいなあ。

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(黒)「Tくん、今度会った時に一緒に映画に――」

(白)「Tくん、私は料理が苦手なわけじゃないんだよ、うん――」

(黒)「Tくん――」

(白)「Tくん――」

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わからなかった。

どちらもS子としか思えない。

どちらもS子なんじゃないか?

いや、どちらもS子なのだ。

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僕が大好きなS子を見分けられないわけがない。

見分けられない以上、どちらもS子であると言わざるを得ない。

今の状況はつまり、「誰かが片方のS子になりすましている」のではなく、

「S子が二人に分かれてしまった」ということなのだ。

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困った事態だった。

ありえない事態だ。

まったくもって、ファンタジー。

こんなことはあり得ない。

PCウイルスが原因で、人の存在が増えてしまうなんて。

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困った事態だった。

どちらもS子であるなら、僕はふたりともを愛さなければならない。

当然、どちらのS子も大好きだ。

なぜなら、S子なのだから。

それ以上の理由はいらない。

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……困った事態だった。

僕はいつも白い服を着ている方の彼女に、徐々に、より強く惹かれていっていた。

白い方の彼女――新しいアカウントの際に生じた彼女――の方が好きになっていた。

黒い方の彼女――古いアカウントの彼女――よりも。

違いはほぼない。白い方が、若干なりとも積極的である、ということが原因なのか。

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どちらもS子なのに。

僕は差をつけ始めていた。

白い彼女との通話時間の方が、黒い方よりも長くなっていた。

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これは浮気になるのだろうか。

この気持ちの揺れを感じ取ったのか、はたまた、いつも誰かと通話している僕に軽い不信感を抱いているのか、彼女たちの態度も少しずつ変わっていった。

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まったくもって、困った事態だった。

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困った事態にも進展はある。

4月も中旬のある日、ふたりの彼女がこう言ったのだ。

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「「今度のGW、東京に帰るからね」」

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僕は今、空港の待合いロビーにいる。

昼の便でこちらに着くS子を待っているのだ。

ふたりのS子とは、休みの間にしたいことについて、今日までさんざん話してきた。

彼女たちにしてみれば、僕とはそのことについて、一回話しただけであろうが、僕はすべての会話を二度していることになる。

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ふたりのS子は、まったく同じ時刻に到着する便の名前を口にした。

だから、ここで待っていれば、S子が出てくるはずだ。

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ふたり、出てくるのだろうか?

それともやはり、どちらかがなりすましなのであろうか。

いや、便内ではふたりだった彼女が、出口をくぐる直前に、ひとりに融合するのだろうか。

結果はもうすぐわかる。

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到着の時刻になり、出口からは大勢の人々が待合いロビーへ歩み出てくる。

待ち人に手を振り、笑顔を浮かべる者。

待ち人を見つけられず、きょろきょろと辺りを見回す者。

その中に――。

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shake

「あ、Tくーん」

S子がいた。

白い服を着た、S子。

ああ、僕の大好きなS子。

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彼女はぎこちない笑顔を浮かべながら、僕に近づいてくる。

僕も動揺の笑顔を浮かべていたに違いない。

いや、僕のぎこちなさが彼女に伝わっているに違いない。

なぜなら――

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僕に近づくS子の背後から、呆然とした顔の、黒い服を着たS子が歩いてきていたからだ。

白いS子も背後の、同じ顔の人物に気が付き、呆然とする。

僕らは三人、同じ顔のままその場に立ちすくんだ。

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僕は正直、このパターンも予想はしていた。

だから、気持ちの備えはできていたはずだ。

少なくとも、彼女たちよりかは。

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だが、その考えも、次の瞬間に粉々に吹き飛ぶことになる。

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僕の肩を、背後からポンと叩く手。

振り返るとそこには、

もうひとりの僕が立っていた。

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ああ――、

彼女たちはPCウイルスの影響で、ふたりに存在が分裂していた。

あのウイルス、あの変なURLを開いたことで、僕にも感染していたんだなあ。

僕の存在も、ふたりに分かれていたわけか。

僕の知らないところで。

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そう思うと、彼女たちのぎこちない表情にも納得がいった。

彼女たちも、僕たちふたりと交互に話していたわけか。

どうりで途中から、S子も僕が他の人物(もう一人のS子)と会話するのに寛容になったわけだ。

S子にも、僕という浮気相手(?)がいたんだから。

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はてさて、結論としてはこの噺、いったいどうなるのだろう。

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まあ結局、

僕はS子のことが好きだ。

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そういうことにしておこう。

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