中編4
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バウムテスト

バウムテストというものを、ご存知でしょうか。

被験者に一本の木を描いてもらい、その絵を分析することで、被験者の感性や深層心理を解き明かす、心理テストの一種です。

現代ではおもに、子どもの発達検査や心理判定に広く用いられています。

完成した絵は、専門的な分析にかけられ、その結果として、被験者の感受性やトラウマ(心のキズ)、内向性、攻撃性、コミュニケーション能力、知性や知能、内面に秘められた残虐性などを推定することができます。

私は、児童養護施設に勤務する20代の女性です。

児童養護施設とは戦後、孤児を保護する施設として始まった歴史がありますが、近年では、虐待を受けた子どもの保護施設と言っても過言ではありません。

なので、家庭内で身も心もズタズタになった子どもたちが、私の施設にも数多く入所してきます。

施設と言っても、家庭を離れた子どもたちにとってはかけがえのない生活の場です。

親元から離れた子どもたちにとって、親代わりを務めるのは、施設の職員たちです。

子どもたちの健全な成長を支えていくためには、まず、その子どものありのままの姿を知る必要があり、そのため、私の施設でも頻繁にバウムテストが行われているのですが…。

虐待を受けて育った子どもたちが描く絵は、心の歪みや闇が投影されたような、奇妙なものが多くあるのも事実です。

葉がなく枯れ木にしか見えないもの…

色彩がなく黒など一色のみで塗り潰したもの…

斧で木を切り倒そうとする人間が描かれたもの、等々…。

なので、心理判定の結果、心理学や精神医学の観点から、医学的な治療やサポートが必要であると診断される子どもも少なからずいるのです。

私は、臨床心理士として、これまで幾度も心理判定に携わり、その中で、バウムテストも数多く実施してきましたが、つい先日、新たに入所してきた7歳児のT君に実施したバウムテストで、これまでで最も驚愕する絵に出会ったのでした。

**********

絵を描き終えたT君から受け取った画用紙に描かれていたのは、画用紙からはみ出そうなほどの、一本の大きな木。

枝葉は大きく枝分かれし、画用紙全体を覆い尽くすように描かれている。

その枝葉のいたるところには、果実のようなものが無数にぶら下がっている。

よく見るとそれは、人間だった。

その人間一人一人に目を凝らすと、首にはロープのようなものが巻き付いている…。

そう…それは果実ではなく、無数の首吊り自殺の死体だったのだ。

全体的に色彩は乏しく、それが逆に、死体から流れ出る真っ赤な血の色を強く印象付けていた。

「不気味」

その絵に感想を述べるならば、その一言に尽きた。

子どもはどんなに酷い虐待を受けても、親に対する愛情を、心のどこかに宿していると言うことを、この施設で学んだ。

しかし、このT君は違っていた。

無数の首吊り死体の中に、ひときわ大きく描かれたものが2体…。

聞けば、両親だと言う。

そして言った。

「死ねばいいのに!!」

**********

それから数日後。

心理判定の分析がまとめられ、その結果、T君の心の闇はとても深く、長期間にわたって、医学的なケアを必要とすることがわかった。

そこで、通常よりかなり頻度が高い、半年ごとの心理判定を実施しながら、慎重に経過観察と心のケアを行っていくことになった。

しかし、子どもの成長とは、本当に目覚ましいものである。

それは、T君も例外ではなかった。

入所当初は心を閉ざしていたT君も、施設での生活に馴れていくにつれて、親しい友人もでき、次第に笑顔を見せるようになっていった。

気付けば、仲の良い友人も増え、入所に伴って転校した小学校でも、明るく元気に学校生活を送ってくれていた。

担当する私も、T君との信頼関係を築くのに、さほど時間はかからなかった。

すれ違いから衝突することもあったが、そんなことをキッカケに、互いに成長しあうこともできた。

慌ただしくも平穏な日々の中、入所当初のT君に抱いていた不安や心配も、いつしかすっかり和らいでいた。

時として、仕事であることを忘れてしまいそうになるほど、家族のように、子どもたちと寝食を共にする日々が、楽しくて仕方がなかった。

T君への心理判定でも、彼の成長ぶりが顕著に現れていた。

回数を重ねるごとに、数が減っていくバウムテストの首吊り死体…。

心の中に巣食っていた闇が、少しずつ取り払われていくようで、私も自分のことのように嬉しかった。

3年程経った、ある日の心理判定のこと。

首吊り死体の数が、とうとう一体だけになった。

「この子はゆっくりだけど、着実に他人を信じる力を身に付けている」

私はとても嬉しくなった。

心理判定の最中だったが、T君をこの場で抱き締めてあげたいほどに…。

今の私はもう、一職員としての立場を越え、T君の存在が、まるで我が子のように、誰よりも愛おしいと思えるまでになっていた。

きっとT君にも、その想いが伝わっているに違いなかった。

ただ、この絵の中で、ひとつだけ気になる点があった。

最後の一体の首吊り死体の正体だ。

さりげなさを装い、聞いてみた。

「それで、この人は誰なのかなぁ~?」と、笑顔の私。

T君は、私を指差した。

Concrete
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皆様コメントありがとうございます。
効果的なエフェクトとかを使いこなせれば、もっと楽しく読んでいただけると思っているのですが、以前にエフェクトを使おうとして、書いたものが全部消えてしまったことがあり、それが怖くて、今は文章を書き込むだけにしています。
そのうちエフェクトを使いこなした新作にも挑戦してみたいとは思ってます。
あと、「怖い」を押してくれた読者をどうやって調べるのかもよくわからなくて、失礼ブッこいてます。本当ごめんなさい。
過去の作品はまだまだあるので、自己紹介がわりに投稿していきます。
お題投稿も大好きなので、いつかチャレンジしてみたいです。
これまで投稿したものを見ていただければお分かりのように、「ラスト一文」に命かけて書いています。この作品は、その典型みたいなものです。
これからも「ラスト一文」で、読者をのけぞらせてしまうようなものを書けるように頑張りたいです。
イッパイ書いてごめんなさい。

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なんだかやりきれない気持ちになりますね…。ちょっとありそうで怖いです。

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