長編8
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お祝いの贈り物

ある街に、結婚したばかりの若い新婚夫婦がいた。

小さいながらも愛に溢れた新居を構え、幸福と希望に満ちた新婚生活を送っていた。

披露宴は挙げなかったため、葉書で結婚を知った親戚や友人知人から、しばらくの間、ひっきりなしにお祝いの贈り物が届いていた。

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ある日、お祝いの送り主を確認するため、いつものように夫婦で品物を整理していると、ひとつだけ送り主のわからない品があった。

運送会社の伝票も張り付いておらず、いつ届けられたのかさえもわからないものだった。

少し大きめの箱は綺麗に包装され、のし紙には達筆な筆字で「祝」と書かれていた。

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「どこのおっちょこちょいさんかしら?」

「きっと、中を開けてみればわかるさ」

包装をほどき、箱を開けてみると、中から出てきたのは、壁掛けの鳩時計だった。

「わぁ!なんて可愛いの!色もデザインもこの部屋にピッタリね♪」

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箱の中身を確認したところで、結局送り主は分からなかったが、鳩時計にすっかり一目惚れした妻は、そんなこともあまり気にしていない様子だった。

鳩時計は妻の希望で、部屋中を見渡せるリビングの壁に、さっそく取り付けられることとなった。

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新婚生活もまもなく一年を迎えようとしていたある日、妻が夫に言った。

「最近、体調が良くないの。近いうちに病院に行ってみるね」

そして、初めての結婚記念日を迎えたその日、妻は夫に、妊娠が分かったことを報告した。

二重の喜びに包まれた夫婦は、これまでの人生で最も幸福なひとときを分かち合った。

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しかし、次の日の朝、奇妙な出来事があった。

再び、送り主の分からない贈り物が夫婦のもとに届いていたのだ。

のし紙には、達筆な筆遣いで書かれた「祝」の文字。

開けてみると、中から出てきたのは、可愛らしいマタニティーのワンピースだった。

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「まだ両親にすら報告もしていないのに…。どうして?」

さすがに夫婦は、そら恐ろしさを感じずにはいられなかった。

しかし、その後も幾度となく、送り主の分からない贈り物が夫婦のもとに届いた。

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出産を控えた頃にはまっさらな産着…

出産後には新生児用のミトンや靴下…

ハイハイを始めた頃には外出用のフリースの上着…

歩き始めた頃には帽子と靴が送られてきた。

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贈り物が届くタイミングはいつも絶妙だった。

ちょうど必要になりそうなその時、見覚えのある箱が、玄関先に置かれているのだった。

夫婦は相談の上、決めた。

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「確かに気味が悪いが、変なものが送られてきているわけでもないし、しまっておくには邪魔、捨てるにはもったいない。デザインだって、ハッキリ言って僕や君の好みのものだ。割り切って、ありがたく使わせてもらおうじゃないか」

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まもなく二人目の妊娠が分かり、一人目のときと同じように、送り主の分からない贈り物が次々に送られてきた。

子どもの入園、入学、誕生日、端午の節句に七五三、さらには結婚記念日や夫の昇進にまで、ことあるごとに…。

まるで、家族の生活の全てがお見通しのように…。

気付けば、家の中のありとあらゆる場所で、あの贈り物が飾られ、しまわれ、活用されていた。

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**********

ある日曜日、子どもたちが通う小学校で、親子レクの行事があり、夫と子どもたちが外出していった。

夕方には帰ってくることになっていて、妻はいつものように炊事洗濯をこなしながら、ひとり留守番をしていた。

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ちょうど午後3時になったとき、鳩時計が時刻を告げたが、電池が消耗していたのか、叫び声にも似た不気味な鳴き声を張り上げていた。

それを聞いた妻は、妙な胸騒ぎを覚えた。

その瞬間、家の中の雰囲気が一変した。

「生臭い!何!?」

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その原因はすぐに分かった。

それはあまりにもおぞましいものだった。

家中のいたるところから、ブジュブジュと血が噴き出しているのだ!

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いや、正確には、そうではなかった。

血を噴き出しているのは、あの、祝いの品だった。

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壁に掛けてある鏡はボタボタと床に血を垂らし、半透明の衣装ケースは鮮血で満杯になり、隙間から溢れかえっている。

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シロクマのぬいぐるみも真っ赤に染まり、ゼンマイ仕掛けのサルのおもちゃは充血した目で、狂ったようにシンバルを叩き鳴らしていた。

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甲高い蒸気音に目をやると、電気ポットが沸騰した血の蒸気を、熱気と共に注ぎ口から放出していた。

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妻は、悲鳴をあげながらも、なんとか家の外へ出ようと、その場から駆け出した。

途中、血塗れの玄関マットに足を滑らせ、全身に鮮血をまといながらも、転がり落ちるようにして、家の外に這い出した。

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妻は、家の中で何が起きているのか理解できず、頭の中で「これは悪い夢なのよ。いつか醒めるハズよ!」と、念仏のように自分に言い聞かせることしかできなかった。

そんな、呆然自失の妻の耳に、聞き慣れたメロディが届いた。

ポケットにしまっていた携帯電話だ。

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急いで受話ボタンを押すと、仲の良いPTAの友人が、慌てた様子で捲し立てた。

「あなたの子どもと旦那が大変なことになったの!今すぐ病院に来てちょうだい!」

妻は、虚ろな瞳のまま、靴も履かず、病院のある方へと駆け出した。

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**********

交通事故だった。

夫も二人の子どもも、即死だった。

原因はトラックの信号無視。

親子レクを終え、学校を出た矢先だった。

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病院で3人の遺体と対面し、泣き崩れる妻。

身元確認のため、事故当時に着ていた衣服の確認作業も行われた。

そこには確かに、見覚えのある家族の服が並んでいた。

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ただ、どの服も生々しい血の色に染め上げられていた。

その血の量はおびただしく、まるで服そのものから出血したのではないかと思わせるほどに…。

そう、この服も、あの…。

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妻自身は、携帯電話を受けたあとからの記憶は、ほとんどなかった。

ただ、あれほど血塗れになったはずの家も自分も、いつの間にか元通りになっていたことを、不思議に感じたことだけは覚えていた。

妻は、あの日を境に、何もかもから現実感を感じられなくなっていた。

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3人の葬式は、周囲の人たちの助けによって、どうにか無事に執り行うことができた。

それから何日経ったかわからない。

事故以来、妻の心の時計は止まったままだ。

昼と夜の感覚すら、とうに麻痺している。

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気を落とした末に、自殺をするのではないかと心配されていた妻のために、初めのうちは親戚の誰かが交代で家に来ていたが、親戚たちも自分たちの生活に戻らなければならず、いつしか彼女ひとりの生活になっていた。

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外出することもほとんどなく、恐怖の記憶が残る家で、ひっそりと暮らす妻。

ある日、玄関先で物音が聞こえたような気がして、玄関を開けてみると、あの送り主の分からない贈り物が、そっと置かれていた。

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本来、妻にとって不幸の源になったその贈り物は、恐怖の対象でしかなかったが、すでに自暴自棄になっていた妻は、その贈り物を玄関の中に運び入れると、廊下にヘタリ込んだまま、ただ黙ってその贈り物を見つめていた。

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その時ふと、妻は、ある違和感を覚えた。

達筆な筆遣いで書かれていると思っていた「祝」の文字。

だが、それは違っていた。

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「呪」

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そう…これはそもそも「祝いの贈り物」ではなく、「呪いの贈り物」であったのだ。

恐らくは、最初に送られてきた鳩時計の時から「呪」と書かれていたのであろう。

数え切れないほどの「呪いの贈り物」が届いていたにも関わらず、一度もそれに気付くことなく、自らその呪いを受け入れていたということだ。

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そして今、この家には「呪いの贈り物」がギッシリと詰め込まれている。

人間の思い込みとは、これほどまでに盲目的なものなのだろうか…。

妻は、薄ら笑いのような、薄ら泣きのような、なんとも言い難い表情を浮かべるのが精一杯だった。

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それからまたしばらくして、妻は「呪いの贈り物」から、もうひとつの違和感を感じ取っていた。

「呪」の文字が毛筆で書かれているのは間違いないが、インクや墨汁とは違う何かが使われているようだった。

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和紙に染み込んだそれを、爪の先で削り落とし、鼻に近づけてみる。

「………血だ………」

それは、真っ黒に酸化した血液だった。

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ポッポー♪ポッポー♪ポッポー♪

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その時、不意に鳩時計が時刻を告げた。

「もう、夕方の5時くらいだろうか…」

妻は心の中で呟いたが、鳩はその回数を過ぎても、いっこうに鳴き止まない。

そしてなぜか、13回鳴き声を上げて、沈黙した。

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その鳴き声を聞いた妻に、突然ある衝動が沸き上がってきた。

「箱の中身を確かめなきゃ」

なぜ、急にそんな衝動に駆られたのか、妻自身にも分からない。

ただ、躍動するということを数週間もの間忘れていた妻の心は、その衝動を抑えることが出来なかった。

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包装を解くと、それは木箱だった。

いや、その材質は、どこか品格を備えているように感じられ、小さな棺と言った方が正しかった。

そして、迷うことなく蓋を開けた。

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そこには、人間のかたちをした、小さな何かがあった。

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赤ちゃんだった。

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それは腐っているわけでもなければ、白骨化しているわけでもなかった。

そう、まさしくそれは、赤ちゃんのミイラだった。

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普通であれは、相当な衝撃を受けるであろうが、妻は意外なほど冷静であった。

生きる意味を見失い、死んだように生きる、脱け殻のような妻にとって、すでに「死」とは、それほど身近な存在となっていたからだ。

それほどまでに、妻の心は壊れていたのだ。

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妻はふと、昔テレビか何かで見た、あることを思い出した。

人間をミイラにするには、全身の血を抜き取らなければならないということを…。

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さらにその赤ちゃんのミイラをよく見ると、手足の爪の形に、見覚えがあることに気付いた。

「この特徴的な爪の形、夫の爪の形とソックリだわ」

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血を抜き取られた赤ちゃんのミイラ…

血で書かれた「呪」の贈り物…

妻が産んだわけではない夫似の赤ちゃん…。

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妻はこの時、全てを悟った。

ふと、先ほどの鳩時計を見ると、鳩が飛び出たままになっている。

なぜか、視線をそらせない。

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すると、鳩は突然、ケタケタと女の高笑いのような鳴き声を上げ、しばらく鳴き続けたあと、クチバシから真っ赤な血を吹き出し、そのまま動かなくなった。

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妻は、血塗れの鳩時計の中から、盗聴器を見つけ出すと、力づくで引きちぎり、思い切り床に叩きつけた。

Concrete
コメント怖い
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気付けば、アレヨアレヨとこんなに高い評価を頂き、本当に感謝の気持ちでいっぱいです。
ナンチャッテ投稿者には身に余る光栄です。ありがとうございます。
こんなにたくさんの人に読んでもらえるとは思いもよらなかったので、せっかくだから少しでも読みやすいように、改ページを活用したり、描写を追加したりして、手を加えました。
サイト閲覧は自宅Wi-Fiタブレット、携帯はガラケー、パソコンは処理が遅くて基本立ち上げない…という状況で、怖くポチなどの情報が十分に表示されず、サイトの機能を十分に生かしきれない上、僕自身も超アナログ人間であるために対応に苦慮していて、失礼ブッこくこと多々あると思います。先に謝っておきます。ごめんなさい。
あまり誉められると、くすぐったいので、早々にちょっとオチャラケた作品でも投稿しておきます。

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長さを感じないでグイグイ行かれました。
ギヤが上がってますね。
1回目デイリーアワードおめでとうございます

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怖いです。
人間って怖いですね。
ありえへんですわ。
あー怖い。

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いえいえ、とんでもないです(・・;)でも、嬉しいお言葉ありがとうございます…!続編も気になります!!お暇があればご検討のほど宜しくお願い致します!

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大尊敬する奈加さんに、ありがたい評価を頂き、舞い上がってしまいそうです。
本当にありがとうございます。
これも6年程前にホラーテラーに投稿したもので、このサイトにも、僕も知らないあいだにコピペされたものがあるようです。
今はとりあえず、過去作品を投稿中なので、「読んだ記憶がある」という方もいると思います。
このサイトは投稿後も修正ができるし、マイページもあるので、書いたものをまとめておくのに重宝しています。
新作のアイデアもありますが、もう少し温めておいて、過去作品の投稿が完了次第、書いてみようと思っています。

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長いです。
途中で飽きたらごめんなさい。

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