中編5
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気がつくこと

高校三年の夏の事でした

放送部の部長をしていたわたしは

夏休みに機材の入れ替えに立ち会うことになっていました

とにかく暑い日でした

『〇〇女子高校前』

何時もは大勢の生徒が降りるこのバス停も今日、降りるのはわたしだけ

そんな寂しい気持ちも

バスを降りた時の暑さで忘れてしまいます

バス停横にある校門も今日は人一人分が開いているだけでした

人のいない校舎に入るのはなぜか気持ちが高揚します

廊下にもわたしの足音だけが響きました

職員室に着くと顧問の先生がクーラーもつけずに待っていました

うちわを仰ぎながら

「ご苦労さん」

と言いお茶のペットボトルをよこし

「搬入、設置に1時間ほどかかるよ

来るのはもう少し遅くても良かったわね」

笑いながら言いました

わたしの役目は設置後に機材の説明を受ける事でした

職員室を見渡すと他に先生は誰もいません

この時期に先生達も夏休みを取るという事でした

程なくして業者が到着し搬入を始めました

先生は搬入に立ち会うために放送室に向かいました

わたしはその間はとくにやることもありません

それにしても校舎内は暑く

座っているだけで汗が流れ落ちます

わたしは校舎内を歩きながら涼しいところでも探すことにしました

結局行くところもなく自分の教室に入り窓を全て開けました

三階の窓から見えるグランドにも生徒は誰もいませんでした

とくに暑さの厳しいこの時期は運動部も活動を休止する時期があります

以前熱中症での〝 事故 〟 があったのが理由だということでした

窓から思いの外、涼しい風が入って来ます

グランドをぼんやり眺めていると

寂しい気持ちで押しつぶされそうになりました

半年後の卒業も現実として感じられて来ます

それでも風の心地よさと受験勉強の疲れでしょうか

わたしは少し眠気におそわれました

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時計を見ると設置にはまだ時間がかかりそうです

わたしは持参した参考書を少し開いて気の入らない勉強を始めました

チリン…

鈴の音

わたしは顔をあげ教室の中を見渡しました

もちろんそこには誰もいません

チリン…

どうやらグランドから聞こえてくるみたいでした

見ると1人の生徒が校舎の方に歩いてきます

その鞄に鈴がついているようでした

3年生ではなさそうでした

その生徒に見覚えはありません

忘れ物でも取りに来たのか

特に気には止めませんでした

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チリン…

しばらくすると

また鈴の音がしました

消え入るような音でしたが

静まり返った校舎内ではわずかな音も聞こえてくるようでした

わたしは立ち上がり廊下を覗きました

チリン…

どうやら下の方から聞こえてくるようでした

わたしは階段を降り音の方へ向かいました

チリン…

音はするのですが

その場所はわかりません

暫く探るように歩いていると

先生に呼び止められました

もう、機材の設置も終わったとの事でした

まだそんなに時間は経ってないと思いましたが

先生はわたしを探しましたが見つからなかったらしく

説明も代わりに受けておいたと言われました

わたしは教室にいたことを告げ

すみませんでした、と謝しました

先生はこらから用事があるらしく

説明はまた次にするからあなたも帰宅しなさい、と言いました

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わたしは帰りのバス停でバスを待っていました

そう言えば…

鈴をつけた子がまだ校舎内にいるんじゃないかと思い出したんです

校舎に戻ろうとするとバスがやって来ました

迷っていると

運転手さんに

乗りますか?と声を掛けられました

わたしはもう一度、校舎の方を振り向きました

すると1人の生徒がバス停に歩いて来るのが見えました

チリン…

その鈴の音にあの子も校舎から出て来たんだとわたしは安心し

乗ります、と運転手に告げバスに乗りました

その女子生徒もバスに乗って来ました

長い髪から覗く顔はどこか青白く見えました

その子はわたしとは少し離れた後ろの席に座りバスは発車しました

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チリン…

気がつくと

その子がバスから降りるところでした

バスの表示を見ると降りるべきバス停を一つ越えてしまったようでした

すこしうとうとしていたみたいです

慌ててわたしも降ります、と運転手に告げその子を追うようにバスを降りました

降りてみるとあれほど晴れていた空から雨が降って来ていました

わたしはいつも鞄に入れている折りたたみ傘を開きました

その子は雨に濡れるのも気にしないように歩いていましたが

方角的にわたしが戻るべきバス停の方に歩いていたので

大丈夫?と声を掛け傘へ誘いました

彼女はわたしを見るとうっすらと微笑み

ありがとう、と静かに言いました

家は?と聞くと近くだよ、と答えました

来て!とわたしの手を引き歩き始めました

えっ…と

わたしは彼女の強引さに戸惑いました

友達と話したのも久しぶり、と言われました

友達って…

歩き方もどんどん早くなります

手首を掴まれる強さも痛みを感じるほどになってきました

ちょっと、とわたしは止まろうとしましたが

まるで気にしないように先を急ぎます

もう一度わたしは手を振りほどこうと

力を入れて彼女の手を見ました

彼女の手は白さを通り越して青く見えました

わたしは少し怖さを感じ始め

傘を手離し

離して!とその手を掴もうとしました

その時

彼女の鞄に付いていた鈴に手がぶつかり落ちてしまったのです

その子は立ち止まりました

前を向いたまま

鈴の音が聞こえたんでしょ…

わたしを探してたんでしょ…

と、静かに言ったのです

わたしが声が出せずにいると

ゆっくりと振り向き始めました

そう言えばこの子がどんな顔をしていたのかも覚えていませんでした

顔を背けることも出来ず

ゆっくりと振り向く彼女の顔から目が離せなくなりました

見てはいけない、わたしは思いましたが

出来ることは声にならない声が口から漏れることだけでした

彼女が振り向き

「ねぇ!」

わたしは肩を叩かれました

「え?」

振り向くと先生が

「こんなとこにいたの」

と呆れるように言いました

わたしは机に伏せたまま眠ってしまっていたようです

「設置終わったわよ、説明聞くんでしょ」

先生がわたしを促しました

ひとしきり説明を受けて

先生に下駄箱まで送られ

「まっすぐ帰りなさい」

と声を掛けられました

はい、と返事をした時

チリン…

校舎の奥で音がしたような気がしました

先生は

「何も聞こえないわよ」と

怖がらせないで、と笑いました

外を見ると重い雲が空にかかり始めていました

「降りそうね、傘は持ってる?」

先生は聞きました

はい、と鞄から折りたたみ傘を見せました

傘を見てわたしは

ふと

前に熱中症で事故があったって言ってましたけど…

と、聞こうとしてやめました

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わたしは手首ををさすりながら帰りのバスを待っていました

昼間に見る夢は怖い夢を見てしまう

そんなことを昔、聞いた気がします

ふとバス停から校舎を見ると

誰かに呼ばれているような気がしました

ううん…

ただの夢だから…

Concrete
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