青薔薇古物店 「スマートフォン①」

中編4
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青薔薇古物店 「スマートフォン①」

空から落ちる雨粒が、アスファルトを叩き付ける。

咲き乱れる色とりどりの傘の群れが、お互いを避けあいながら行きかう大通りの中に僕はいた。

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ビニール傘に打ち付ける雨音と車道を走る車の走行音、そして行き交う人々の足音や話し声。

全てが僕の重たい足取りを消してくれていた。

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「…はぁ」

今日何度目だろうか、短いため息が口から洩れる。

立ち止まり、着古したグレーのパーカーのポケットから自分のスマホを取り出す。

画面には無数のヒビが入り、電源ボタンを押しても、全く起動する気配がなかった。

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(まいったなぁ…。直そうにも契約時にケチって保険には入ってないし、来月のバイト代が入らないと何もできない…。)

無駄だとわかりつつも、奇跡を信じて何度もスマホを起動しようと模索する。

そんな奇跡が起きないことは、今朝大学へ通学途中の階段で落とした時から嫌というほどわかっていた。

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「………はぁぁ~。」

またもや漏れるため息。ポケットにスマホを戻し、歩道をまた歩き始めた。

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今月のバイト代もあとわずか、来月もスマホの修理でバイト代が飛ぶ…。

僕は来月の生活費を考えて、電車を使わずに徒歩で帰宅しようと歩いていた。

「40分もあればつくと考えていたんだけれど…思った以上に遠いな…。」

つくづくツいてない。

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どのくらい黙々と歩いただろうか

「雨、一向に止みそうにないな。」

そんな独り言をつぶやきながらビニール傘越しに空を見上げようと視線を上にあげた。

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…が、僕の視線は空までいかなかった。

ふと視界の隅に入ってきた、ある戸建店舗に僕は釘付けとなった。

なぜこんなにも目を奪われたのかは、わからない。

ただ、そのお店を見た途端、すべての喧騒が止まった気がした。

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年期の入った木造瓦屋根の2階建てで、外壁には青々とした蔦と、所々に青い薔薇が咲いていた。

1階の両開きの扉の上には看板が取り付けられており、

達筆な字で[青薔薇古物店]と書かれていた。

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僕は、自然と足をその店へと進めていた。

他の建物とも違う、特異な雰囲気の醸し出すそのお店に僕は胸が高鳴っていた。

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扉の前につくとドアノブには「OPEN」と書かれた板が掛けてあった。

僕は一呼吸おいて、ゆっくりとその扉に手を伸ばす。

そのまま一歩踏み出すと、扉はなんの抵抗もなく開いた。

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開くと同時に鳴る心地の良い鈴の音と、室内から漂う深みのある茶葉の香り。

アンティークなシャンデリアが照らす室内には規則正しく並んだ棚と、奥にカウンターが設けられていた。

ドアの鈴の音が止むと、ピアノのBGMがハッキリと聞こえる。

クラシックだろうか…僕にはそっちの知識はまったくないが、なんとも落ち着いた曲調なのは確かだった。

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奥へと歩き出すと、カウンターの奥に座る1人の女性が見えた。

「いらっしゃいませ。」

その女性は紺のタイトなロングワンピースを着て、肩にはストールを羽織っていた。

長く真っ直ぐな黒髪は、高くひとつにまとめていた。

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「何かお探しでしょうか?」

柔らかく微笑むその女性は店主なのだろう。僕へと話しかけてきた。

「あ、あの…。特に探してるわけじゃなくて、たまたま通ったら気になって…。

あ、そ、外の薔薇きれいですね!?」

女性と話すのが苦手な僕らしい、どもった返答だった。

「ふふっ、あの外の青い薔薇ですよね。あれ、造花なんですよ。」

「え…ええ!」

たしかにそうか…今の時期に薔薇は咲かないし…。

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「雨もまだまだ止みそうにありませんし、ここでゆっくりなさってください。」

店主の女性はそういうとカウンターの椅子に腰かけ、本を片手にティーカップを傾けだした。

ひとつの美しい絵のような仕草に、凝視していることに気づいた僕は、赤くなる顔を隠すように棚と棚の間に身体を滑り込ませた。

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棚には様々なものが整然と並んでいた。

時計、メガネ、置物、小物入れ、はたまた用途のわからないナニか…

それら全てに、値札はついていなかった。

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店内をぐるりと1周し、元の位置に戻る。

(そろそろお暇しようか…)

そう考えてカウンターの方へ目をやると、カウンター越しの棚に、見慣れた一つの物が見えた。

近づいてカウンターに手を付き覗き込む。

「スマホだ…。」

それは僕のポケットに入っているスマホより、一世代古い同タイプの機種だった。

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(アレも売り物…?)

「それはオススメできません。」

突然後ろから声をかけられ心臓が跳ね上がった。

「ぅわっ!す、すみません…ビックリしちゃって…!」

「そちらの端末は貴方にはオススメしません。」

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女性は微笑みながら、そう言った。

「えっと、売り物…なんですか?」

「そうですが、ソレは扱いが難しいのです。」

…もしかしてこの人ガラケー派かな?

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「なんでですか?」

僕はおそるおそる聞いてみる。

「そちらは…、いわくつきの端末だからです。」

お店の外で降り続ける雨の音が、いっそう強くなった気がした。

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②へつづく

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