中編6
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怪しいバイト

軽トラが深夜の暗闇をゆっくり進んでいく。

荷台にはなにやら大量の荷物が乗っているようだ。

「あ、あの……どこへ向かってるんですか?」

坂本は震えた声で隣の運転手に尋ねた。

運転手はその強面そのものの顔を一ミリも動かさず、口元さえも動かさず、

「鬼輪山のウラだ。」

鬼輪山、この付近では最も有名なパワースポット。

曰く、そこで深呼吸をすれば体に霊的な力が駆け巡り、幸福が近づくという。

しかしそれはあくまでも、観光地化した外向きの姿。

地元民がウラと呼ぶのは、観光客は普通訪れない鬼輪山の少し奥の方。

そこは不法投棄の温床であり、常に大量のゴミに溢れていた。

巨大な家具、雑誌、腐敗した生ゴミ、個人のゴミとは思えない巨大な板、箱、土管。

ナンバープレートの無い車までもが捨て置かれている。

パワースポット、力のある場所というものは、即ち闇を抱えているものだ。

普段はありがたい神社仏閣も、夜に寄っては魑魅魍魎のたまり場になり、

かつては人々を潤してきた井戸も、水が渇れれば地下からの呪いを吐き出す穴に変わる。

この鬼輪山もまさしくそれで、観光地の方は賑わうがウラは地元民ですら寄り付かない場所であった。

だからこそ、悪人はそこにゴミを捨てていき、それによりさらに人はそこを避けるようになった。

坂本はこれから自分がする仕事とはなんなのかを推理しだした。

きっと、荷台に乗った荷物を捨てることなのだろう。

しかし、そんな事は自分でやればいい。

わさわざ大金を払ってまで人にやらせる仕事じゃあない。

では、この荷物、この荷物の正体こそが仕事の秘密なのだろう。

自分は「ナニを」捨てさせられるのだろう。

そこまで考えて、坂本は非常に後悔した。

・・・・・・

・・・

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・・

「着いたぞ。とっとと降りろ。」

運転手が低い声で告げる。坂本は慌てて車から飛び降りた。

やはり目の前にはゴミの山が広がっていた、が、

一角だけゴミも何も無い開けたスペースがある。

はて、市役所か何かが片付けた後なのだろうか?

などと思っていると、さっきまで運転していた男が大きなシャベルを持って坂本の前に来た。

「じゃあ、今からここにある箱全てを土の中に埋めてもらう。」

いつのまにやら荷台にあった荷物は全て下ろされていた。

そして今、地べたの上には十個の細長い箱が置いてある。

一個一個が坂本の背の高さほどある黒い黒い箱。

思わず「棺桶」という言葉が浮かんでくるのをなんとか拒もうとした。

「じゃあ俺はいったん帰る。四時頃迎えに来るから、それまでに埋めとけ。」

・・・・・・

・・・

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・・

坂本は取り合えず先に穴を十個掘ることにした。

なるべく、今自分が何をさせられているのかを考えないようにして。

――そうはいっても、こんな仕事をしないことには生きていけないではないか。

坂本は金に余裕が無かった。そしてそれは、将来に余裕が無いことでもある。

今日の金のために金を借り、明日の金のために怪しげでも金が確実なバイトにつられた。

しかし、そんな金はすぐに何処かへ消えていく。

ようは金の使い方、金との付き合い方が全く分からないのだ。

――ああ、金、金さえあれば。山程の金。

しかし、そんな金に対する不安が今夜は逆に良かった。

はじめは、怯えていた坂本はいつしか金の事をひたすら考えるようになり、気がつけば穴は全部掘れていたからだ。

・・・・・・

・・・

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・・

箱を持ち上げようとする。

「っ、重っ」

なかなか上がらない。坂本はあきらめて、箱を穴に引きずっていくことにした。

……ガタガタ、ガタガタ、ドサッ

最後に上から土をかけた。まずひとつ。

二つ目に取りかかる。

……ガタガタ、ガタガタ、ドサッ

――どうせ掘るなら埋蔵金が良かったな。使いきれない程の大金が埋まっていれば。

次は三つめ。

……ガタガタ、ガタガタ、ドサッ

――金さえあれば、元手さえあれば、俺はなんとかなるはずだ。パチンコ打ちのバイトのおかげでパチンコだってうまいはずだし。それに、金のテクニックだって知ってるつもりだ。

四つめ。

……ガタガタ、ガタガタ、ドサッ

――俺には、金持ちになった自分を簡単に想像できる。金なんて、結局どうにかなるもんなんだ。

最近は運が無いだけで、その気になれば自分で起業して社長になったりネットビジネスで不労収入だって考えられるんだ。

五つめ

……ガタガタ、ガタガタ、

ガンッ!

どうやら大きな石に強くぶつけてしまったようである。

箱が傷付いてないだろうか?……ちょっと穴が空いている。

とはいえ、埋めるのだから関係ない。

坂本はそのまま引きずっていく。

ドサッ

――!

坂本はついに見てしまった。

小さな穴から、

髪の毛

が覗いていた。

一瞬、叫びそうになるが、なんとかこらえる。

そして、無心になりながら、

続きを始めた。

六つめ

ガタガタ、ガタガタ、

ドサッ

七つめ

ガタガタ、ガタガタ、

……

ドサッ

八つめ

ガタガタ、ガタガタ

……

……スケテ、

タスケテ

声が聞こえる。

何処から?誰の?分からない。

タスケテ、タスケテ、タスケテ

「ゆ、許してください、許してください、許してください」

坂本は小さな声で呟き始めた。

ドサッ

九個めの箱を取りにいく。

箱に、近付く度に、

タスケテ

の声が大きくなっていった。

声の出どころはここなのだろう。

そして、坂本は九個めの箱に手をかけた。

ガタガタ、ガタガタ

この中身が何であれ、

ガタガタ、ガタガタ

つまり、「死んでいるもの」であれ「生きて助けを求めているもの」であれ、

ガタガタ、ガタガタ

ここで止めればきっと自分が死ぬことになる。

ガタガタ、ガタガタ

ドサッ

「タスケテ、タスケテ、タスケテ」

「ユルシテクダサイ、ユルシテクダサイ、ユルシテクダサイ」

泣きながら、穴に土をかけていった。

ついに十個め。

坂本は震えながら、箱に手をやる。

そのとき

「よし、それでもうオッケーだ。

いつのまにか運転手が戻ってきていた。

なぜだろう。とても満足げな表情をしている。

「じゃあ最後に、その箱を開けて見ろ。」

運転手はあっけらかんと言う。

「えっ、そ、そんな」

「いいから、開けろ!」

「ハイツ」

坂本はビクビクしながら蓋を開けた。すると、そこには

……

カツラをかぶったマネキンが入っていた。

「え、マ、マネキン?」

「ああ、マネキンだ。重さは本物の人間ぐらいにしてあるが、それ以外は普通の人形だ。」

「で、でも声が」

「タスケテって声か?」

さっきとまるっきり同じ弱々しい声が強面の顔面から発せられる。

車内の時の無愛想さが嘘のように楽しそうにヘラヘラと笑っている。

「な、なんなんですか。あなたは?この仕事は?」

「俺は、まあズバリ言うと人間ではない。そしてこの仕事は、ある種の勉強会のようなものだ。」

「勉強?」

坂本は今夜の出来事を考えた。

お金はなんとかなる、と思いながらもこんな目に合わないと一円も手に入らない。

お金の事を分かっているつもりで結局何も分かっていない。

――勉強、か

「おっ!日の出の時間だ。」

坂本は運転手の指す方を見た。

辺りは少しずつを少しずつ明るくなっていく。

「運転手さん、あなたは……」

「よし、じゃあ次はあれを見てみろ!」

「はいっ!」

坂本が振り向くと

……巨大な黒い蛭が地面から九体生えていた。

「この土地は力ある土地。大量に捨てられたゴミのケガレも未知の養分として吸収する。」

蛭からは足が生え、こちらに近づいてくる。

「そうやって肥えていった土壌に種を蒔いて、人間の何かいるっていう妄想を加えれば」

ついに、坂本の目の前にまで来た。

蛭には腕まで生え、いまや「黒い人」となっている。

それは、人の形だが、けっして人でない。

目がない。鼻が無い。耳が無い。

ただ黒くのっぺりとした顔に、巨大な口だけが付いている。

その口が、どんどん大きくなっていく。

なぜか、坂本は動けない。

「やがて、本当に何かいるようになる。」

そして、坂本は、

……バキッ

いなくなった。

「分かったな?皆。」

…パチ、パチパチ、パチパチ

誰もいない筈なのに、人間はいない筈なのに、

拍手が鳴り響いた。

そう。今日は勉強会。

魑魅魍魎と地底の呪い達の勉強会。

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ありがとうっ!( '・ω・`)

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(´・ω・`)おつかれっ!

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