青薔薇古物店 「スマートフォン⑥」

中編3
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青薔薇古物店 「スマートフォン⑥」

「え?今何て?」

僕は店主さんの口が動くのは確認できたが、何をしゃべったのかは聞き取れなかった。

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「いえ、ふふふ…こんにちは。お久しぶりですね。」

年齢不詳の店主さんの笑顔は、何度見ても見慣れない。

顔が熱くなるのを感じ、愛想笑いをしながらうつむいた。

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「う、家への道でこっちより早く帰れる道がありまして…。」

「あら、では今日はこちらの方に何かご用事でも?」

「あ…そんなとこです、はは。」

小さな嘘に、嘘を重ね、膨らんでいく。

僕は情けない人間だ…

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うつむいて下を見た先に、先ほどから店主さんの足元にいる猫と目があった。

猫はじっと僕を見ている。

「その猫…店主さんの飼い猫ですか?」

「ええ、野良猫だったところを私が家に招き入れました。」

全身ツヤの良い白毛に覆われ、耳だけは茶色い猫は大事に飼われている様だった。

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「あ、じゃあそろそろ僕…。」

「はい、ではまた。」

店主さんに挨拶をし、足早にその場を去る。

今まで恋愛どころか、女友達すらちゃんと作らなかった人間なんてこんなものだ…。

魅かれるからこそ、自分を恥ずかしく思って離れようとする。

会えない間は店主さんの顔を見たいと思う浅ましい自分。

会えば店主さんに嘘をついて逃げる汚い自分。

どちらも、これまでの生き方で形作られてしまった僕自身だった。

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~~~

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「…やっと行ったか。」

猫が伸びをしながら店主に話しかける。

「あら、たった数分お話ししただけではありませんか。」

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「5分だろうが5秒だろうが、自分はあんなのと会話するのはごめんだね。」

「…男嫌いなんですか?」

店の方へ戻り、室内へ入ると、店主はお湯を沸かす為に火を付け棚から茶葉を取り出す。

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「ちがうよ!…よく話せるよな。

それよりも、自分は飼われてないからな!」

「あら、野良猫のような生活をしていた貴方を見つけ、この店に迎えたではありませんか。」

「あれは自分の意志で決めたんだ。これは飼われてるんじゃなくて間借りしてるだけだ。」

「ふふふ、はいはい。」

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店主は慣れた手つきで紅茶を淹れ、ティーカップを傾ける。

「…。なあ、あいつ。どうするんだ?」

「先ほどのお客様ですか?…さあ、どうなるのでしょう?」

スマホが置いてあった、現在は空になっている棚のスペースを見つめ、店主は微笑んだ。

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「グラス自身は水が溢れるまで気づかない。溢れた時にはもう止まらない。

…溢れていることに気づいたときには、もう終わりまで誰も止められないのです。」

「…なるほどね。」

欠伸をしながら、2階への階段の途中でくつろぐ猫は理解したようだ。

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「もう手遅れってことか。」

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「おーい!」

僕のゆったりとした昼食時は、昨日と同じ声によって中断された。

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「いつも元気だねえ。」

「まーな!俺の取り柄だから?」

褒めてないし…。

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「ところでよー

昨日の画像なんだけど、暗号でも何でもなかったわ。」

「そりゃそうだろうな。ただの黒い画像だもん。」

友人はスマホを取り出し、操作しながら話を続ける。

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「いや、それがな?何か写ってないのかって画像を編集して、いろいろ試してみたんだよ。

そしたら、ほら。なんてことない普通の写真だったんだ。」

そう言って僕のL●NEに加工済みであろう画像を送信してくれた。

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「ふーん…。」

スマホのロックを解除し、送られてきたソレを見る。

そこには明るさをあげて灰色になった画像があった。

一昔前のモノクロ写真のようなその画像に、僕は違和感を覚えた。

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「俺の燃え滾った探究心が一瞬で萎えちゃったぜ。あ、それより次の飲み会なんだけど――…」

隣りで騒ぐ声は僕に届いていなかった。

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小さな違和感は、確信に変わり

心臓の鼓動は徐々に早くなってく。

暑くもない快適な食堂で、冷たい汗が流れた。

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「お…、おい。」

僕の声は震えていたと思う。

「ん?どうしたんだ?」

その画像は荒く、灰色だったがひとつの室内を写していた。

テレビの無い和室一間の部屋に、敷きっぱなしの布団

そして、部屋の隅に移る干したままの洗濯物…

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「これ………。」

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……僕の部屋だ…

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⑦へつづく。

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shibro様ありがとうございます!
全部に評価をしてくれたんですか?
あ、あ、あ、あありがとうございます
そんな嬉しい評価(期待?)してもらえて、大丈夫か自分…と
shibro様ではなく自分の能力の低さと逃走本能に恐怖します(笑)

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むぅ様ありがとうございます!
作者も今年の3月に突然の体調不良で病院へ行って、診断内容にぞくっとしました。
花粉症デビューです。

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はと様ありがとうございます!
作者がここのとこ最後に泣いたのは花粉症です(笑)

おおお…鋭い考察…。
このスマホは第一話として出しているのですが、まだ店主さんと猫には触れないつもりです。
もし失踪していなければもうすこし先でお話しにするつもりです(笑)

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mami様、また来てくれたんですね!ありがとうございます!

彼のコメントはいつも楽しく読ませてもらってました(笑)
怖話姉妹とロビンミッシェル様、あの方達とのかけあいは見ていて本当に楽しかったです。

そんなクレームなんてないです(笑)
アワードを獲得されたということは、みんなに認められたということですから!
そんな荒らし目的の批判は相手にせず削除一択です(笑)
アイコンも以前のmami様と同じひまわりにしてしまいました(笑)

mami様ほどの方からほめて頂けて本当に嬉しいです!

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月舟様、今回もありがとうございます!
店主さんはわかる方はわかると思いますが、お話の中ではもう少しミステリアスで通したいと思います(笑)
絵心があれば表紙をその店主さんにするのですが、いかんせん棒人間すら綺麗に描けないのであきらめてます(笑)

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