親方、棺桶から女の子が!②

中編6
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親方、棺桶から女の子が!②

ひろしと翔が病院に着いた時には、すでに遅かった。

筋肉質のごっつい体は、すでに横たわる巨木のようにビクとも動かなかった。

姐さんがすすり泣いている。

「親方ぁ~。」

翔の顔がぐしゃりと崩れて、ベッドの親方の体に縋った。

「嘘だろぉ、親方ぁ~。」

一目もはばからず、翔は子供のように泣いた。

見た目からどの会社もとらなかった翔を、親方は快く迎え入れ、可愛がっていたのだ。

「姐さん...。」

ひろしは、かける言葉も見つからずに、その人の心中を慮った。

「殺しても死なないような人が、こんなに突然に亡くなるなんて...。」

姐さんはそう言い、愛しそうに親方の頭を撫でた。

すぐに病院から、葬儀屋の手配をしてもらい、親方は無言の帰宅をする。

憔悴しきっているにも関わらず、姐さんは気丈に振舞おうとしていた。

「ひろしさん、この会社はあなたに継いでもらおうと思ってるの。」

「あねさん、俺なんかには荷が重すぎます。」

「ひろしさん、もうあねさんは止めてちょうだい。私達、堅気なのよ。私、この会社を継ぐのは、ひろしさん以外には居ないって前から思っていたのよ。」

そう寂しく微笑んだ。

「俺なんかでいいんですか?」

「あなたしか居ないと思っているわ。」

翔が真っ赤に泣きはらした目で、ひろしを見つめ

「俺もそう思います。ひろしさんなら、親方にふさわしいです。きっと死んだ親方みたいな立派な親方になるに違いありません。」

俺たちは立派なんかじゃねえ。所詮、人をたくさん泣かしてきた極道だ。

地獄に落ちても仕方がねえ。ひろしは、あの親子のことを一生忘れられないし、償っても償いきれない罪を犯したのだ。せめて堅気になって、まっとうに生きて人様の役に立つしか償う道は無い。

「頼むわね。ひろしさん。」

そう言って、立ち上がろうとして、姐さんはふらついてしまった。

「だ、大丈夫ですか?姐さん。」

ひろしは、姐さんを支えた。

「おい、布団を敷いてくれ。姐さんを休ませるぞ。」

ひろしは事務員に告げると、翔と二人で姐さんを支えて、敷かれた布団の上姐さんを横たえた。

「ごめんなさい。こんな時に。」

「心配しないでください。通夜の受付は彼女にやってもらいますから。寝ずの番は俺と翔に任せておいてください。姐さんは、ゆっくりお休みになってください。」

黒縁眼鏡の事務員の女の子は、確か柴野神子(しばの みこ)という名前だったか。

神の子とは、何とも恐れ多い名前だが、名前に反して、本人は実に地味な女性だ。

神子は、淡々と業務をこなし、入社早々のこの事態にも全く動じず、嫌な顔一つせず、通夜の受付を勤めた。

「あの娘、どうも、人の匂いがしないんだよな。」

ひろしは、ボソッとつぶやくのを、翔が聞いていた。

「ちょっと、ひろしさん、脅かさないでくださいよぉ。まさか、あの娘が幽霊かなにかなんて言うんじゃないでしょうねえ。」

「うーん、なんというか。人間って何かしら、匂いってあるもんなんだよ。例えば、お前は、若くて盛りのついたオスの匂いがする。」

「ひでえな、ひろしさん。まるで俺が、犬みたいな言い方じゃないですかあ。」

「たとえだよ。たとえ。」

あの娘は、人間らしい匂いがしない。しいて言えば。

「お、親方があああ!」

突然、翔が叫んだので、ひろしはたしなめた。

「なんだ、ビックリするじゃねえか、騒々しい。どうしたんだ。」

「い、今、親方が笑ったんすよ。」

ひろしは鼻で笑った。

「ああ、それは死後硬直ってやつだろ?しばらくすると、筋肉が硬化してそんな風に見えることがあるんだよ。」

ひろしは、あの夜逃げして自殺した親子の死体を思い出していた。あの死体は、笑っていただろうか。

「うわああああ。」

また翔が叫んだ。

「うるせえな、お前は。今度はなんだよ。あねさんが起きちまうだろうが。」

「親方ぁ、棺桶から女の子が!」

翔は動揺して、ひろしを親方と呼び、抱きついてきた。

「なんだよ、気色悪い。」

ふと、棺桶を見ると、棺桶の縁に、小さな手がかけられ、その小さな目と視線が合った。

「あっ。」

ひろしは呼吸が止まりそうになった。

あの幼女だ。真っ白にふやけた肌と、紫色の唇。恨めしそうにこちらを見ている。

コロリと彼女の手から白いものが落ちた。

ハッカ飴だ。ひろしはすぐにわかった。あの日と同じ、ハッカと死臭。

立ち尽くすひろしが見下ろす棺桶の中には、あの幼女が親方の死体の上に座っており、先ほどまで死後硬直で笑ったように見えていた顔は、見る見る苦痛に歪んだような表情に変わった。

棺桶を水が満たしていく。湧き出でるように並々と、棺桶を満たしていく。

その様子を翔とひろしは、信じられない面持ちで、恐怖に捕らわれて金縛りにあったように見つめていた。

白くて細い腕が何本も、親方の死体に絡みつき、どこかへ引きずり込もうとしている。

そのたびに親方の顔は、恐怖と苦痛に歪んでいるように見えた。

笑っていた。あの幼女が、笑っていた。そして、ひろしに手招きをした。

ああ、きっと俺も、あの親子によって地獄に引きずりこまれるのだ。

ひろしは、そこで意識が途切れた。

寝ずの番をするつもりが、ひろしと翔は意識を失って、棺桶のすぐ側で眠り込んでいた。

あれは夢だったのだろうか。

確かめるように、棺桶を覗くが、白い腕も、幼女もそこには居なかった。

ハッカの匂いがした。

まさか。

ひろしが棺桶の中を覗くと、ハッカ飴が一つ、親方の手に握られていたのだ。

夢ではない。

「おはようございます。」

後ろから声を掛けられ、ひろしは飛び上がりそうになった。

柴野神子である。

「ああ、君か。どうやら、俺たち、寝てしまったみたいだ。」

ひろしは、重い体を起こそうとした。

「果たしてそうでしょうか。」

ひろしは、驚いて、神子を見上げた。

ぞっとするような無機質な瞳だ。

「どういう意味だ?」

ひろしが訪ねると、神子は口だけで笑った。

「夢と現の境目で見たものが、真実であるかどうかは、あなたの中にあるのですよ。」

そう言うと、神子は眼鏡を外して、ひろしを見下ろした。

体が思うように動かない。

どこかで見たような顔だ。

意識が朦朧として、ひろしの記憶の底から、ある女が浮かび上がってきた。

「お前....。」

「...ざんねん。」

そう言うと、その女はクスクスと笑い出した。

「あなたを破壊しにきました。」

機械的な音声のような声だと思った。

ひろしは、声を出すことができない。

「私は、破壊神プロジェクトのために作られたAI、柴野神子。破壊神、シヴァの子という意味で名付けられました。私は、不滅細胞を持つ、あなたの破壊を目的に、未来から送られてきたのですが、どうやら、あなたが持っているのは、不滅細胞だけではないようですね。たとえば、何か、特殊な能力。あの時、あなたは死ぬ予定だったはずなのに、あなたはそれを回避した。恐らく、次元の何かの力があなたに作用しているようです。非常に興味深い。」

この女は何を言っているのだ。

破壊神プロジェクト?不滅細胞?次元?

何の話だ。

「そうですよね。この時代には、まだまだ通じない話です。いずれまた、お会いしましょう。その時は、また別の姿で私は現れることと思いますが。」

そう言うと、柴野神子は、背景にどんどん溶けて透過して消えてしまった。

「うーん、ひろしさん、どうしたんですか?立ち尽くしちゃって。」

翔が目を擦りながら、起きてきた。

ひろしは、自分がおかしくなってしまったのだろうかと思ったが、こんな荒唐無稽な話をすればたぶん誰も信じてはくれないだろう。

「何でもない。」

そう呟いて、自分の口の中に違和感を感じた。

ハッカ飴。

ひろしは、それをガリリと噛み砕いた。

それは、ひろしの決意であるかのように。

Concrete
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コメント、怖い、ありがとうございます。
mami様
怖いオチかと期待してたらごめんなさいw
ひろしをヤマモトヒロシにつなげたかっただけかもしれません。
別に、ひろしが初恋の相手とかは無いですよ?ww
ゆかちん様
神子さんは、また何かで使いたいですね。
破壊神の神子さん。
修行者様
ハッカ飴って必ずドロップの缶の底に残りますよねw
よ~ちゃん様
基本的に、SFが好きなので、好きに書いてしまったらこうなってしまいました。
月舟様
お気づきでしたか?あの人ですよ!w

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まさか…SF要素まで組み込んでくるとは…
よもつさん流石です!

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