籠絡 - 下村課長の憂鬱

中編7
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籠絡 - 下村課長の憂鬱

峰岸さん

 お世話様です。先日お電話しました件、資料を同封させて頂きますので、よろしくご査収ください。

 内容は、過日最高裁で死刑が確定しました”現代の毒婦”と呼ばれる某死刑囚に関する資料の中から、複数の関係者から聴取した内容を適宜抜粋したものです。当然ながら、私のような立場の者がこのような物をお見せするのは法令違反であり、ばれたら勿論クビになり、自分自身が罪に問われるのは、十分承知の上です。峰岸さんもご心配されることと思いますが、それでも誰かに聞いてほしいという思いがどうしても抑えきれず、そうなると私には峰岸さんしかいないのです。

 私には、本件は単なる強欲な犯罪者による一連の殺人事件にとどまらず、何かもっと大事な物への脅威という感じがします(ただ、それが何かは自分でもまだよく分からないのですが…)。そういう意識と、もう一つ、自分が大きな勘違いをしていたのではないか、という忸怩たる思いも私を悩ませているのです。

 甘えた後輩で本当にすみませんが、まずはご一読頂ければ幸いです(先入観を避けるため、私のコメントは一切付けずにお送りしますので、尻切れトンボみたいな感じがするのはご容赦ください)。

                                 平成XX年5月

                                   下村允哉

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 ・聴取内容(その1)

A氏。(自称サポーター。数年前から死刑囚と交際関係にあると主張)

 勿論彼女は無実ですよ。みんな状況証拠じゃないですか。あんなの不当判決です。国家による虐殺です。マスコミも社会もよってたかって彼女をつるし上げて、ひどすぎる。これは現代の魔女狩りです。彼女は魔女なんかじゃない。むしろ天使です。

 あなた方は何も知らない。彼女によって、僕を含めて、どれだけ多くの男性が癒され、救われたか。ええ、そうですよ。彼女はいつも周囲を明るくするんです。そういった面で、天性の素質を持っているんです。とってもまめで、良く気が回り、料理なんかもすごい上手で、一生懸命つくしてくれるんです。僕のようなブサイクでも全然差別なんかしないで、みんな平等に接してくれる。そんな人間が大それた犯罪なんか犯す筈無いでしょう。彼女に人殺しなんかできるわけないんだ。

 百歩譲って、いいですか、あくまでも百歩譲ってですよ。仮に彼女がそういうことに関与していたとしてもですよ。彼女にどれだけ多くの人々が癒され、救われたか考えないんですか?これは崇高な行為ですよ。僕は自分のお金がそういう崇高な目的の為に使われたと思ってます。だから後悔なんか微塵もありません。過ちだけに目を向けて、善行や社会への貢献には目をつぶるんですか?人の価値ってもっと総体的なものじゃないんですか?おかしい、絶対におかしい……(ここでA氏が号泣し始めたため、取り合えず打ち切り)

 ・聴取内容(その2)

 B氏。(元交際相手。10年以上前、死刑囚と交際関係にあったが、先方の方から別れを告げられたとのこと)

 とにかく金に対する執着は尋常じゃなかったな。よく言ってたよ、通帳の残高が増えていくと、それだけで嬉しいんだってさ。それを眺めてるとほっとするし、逆に一円でも減ると、物凄く不安になるんだって。はは、徹底してるよね。勿論、金遣いも派手だったけどね。エステや服とか習い事なんかにも相当金掛けてたからな。当然貯金が減る。すると、また狂ったように次の獲物を探し始める。まあ、自転車操業というか、何か強迫観念みたいな感じもしたよね……

 本当、自分でもなんであんなのと付き合ってたのか、不思議な気がする。容姿だってあのとおり平凡だしね。ただ、確かにすごく努力はしてた。声とか言葉使いとかもそうだし、あと、料理の腕とか服装とか、自分で何とかできる部分については、可愛く、魅力的に見せるために、それはもう徹底的に研究して、実行してたな。あっちの方とかもね、へへ。だから、会ってる時は、確かに楽しかったよ。もう離れられないような気分になっちまうんだな……。

 何で別れたかって?それが面白いんだよ。付き合って二、三か月くらい経った頃かなあ、俺に保険に入れって言い出したの。” 世の中何があるかわからないし、御覧のとおり私は何の取り柄も無い女ですから、もし、貴方に何かあったら、一人で生きていく才覚も無いし…” とか一応もっともらしいこと言うわけよ。ところが実は俺、ちょっと持病があってね。保険に加入出来なかったんだ。それを言ってやったら、もう、あっという間に離れていったね(笑)。本当、ある意味分かりやすい奴だよ。おかげで命拾いしたけどね。一病息災ってこういうのを言うのかな(笑)

 ・聴取内容(その3)

 C氏。(東京拘置所教誨師)

 ええ、私もあれには驚きました。”一日も早い死刑執行を望む”なんてコメントする死刑囚は珍しいと思います。ああ、そうですね、過去何人か居たかもしれませんが、やはり少ないでしょう。

 実を言うと、彼女が私という教誨師と話すようになったのは、死刑判決が確定したからではなく、そのもう少し前からなのです。約一年くらい前でしょうか。

最初に彼女と会った時、まず最初に、なぜ急に教誨師と話したくなったのか聞いてみたんです。すると、彼女はこんな話を始めました。

 「勿論私は無実です。私は誰も殺したり傷つけたりしていません。そのことに一点の曇りもありません。なのに、警察は、はなから私を犯人と決めつけてるんですからね。私も最初は感情的になったり、ヒステリックな態度を取ったりしたこともありました。

 「ところがね、ある時、ちょっと面白い刑事さんの取り調べを受けたんです。少し年配の、冷静な、渋くて知的な感じのする、とっても素敵な男性でしたよ、うふふ。

 「その刑事さんね、こう言うんです。“自分は気休めを言うつもりはない。貴女はこのままではいずれ死刑になるだろう。裁判官も裁判員も多分死刑が妥当と考える筈だ。

 “だが、神仏には広い慈悲の心というものがある。貴女は現世で罪を犯したけれど、それを真摯に反省して、心から悔いて、犠牲者に謝罪するならば、少なくともそういう心が全く無い者に比べれば、死後のスタートラインは少しでも違ってくるんじゃないのか?そして来世でまた頑張ってやり直せば、そのまた次の来世ぐらいで本当に幸せになれるかもしれないじゃないか…

 「珍しいでしょ?刑事さんがこんなこと言うなんてねえ。勿論何とか私の態度を軟化させたいという意図だったんでしょうけど、私はそれを聞いた時、本当に何かに打たれたような感動を覚えたんです。自分には全く無かった発想に、文字通り目から鱗が落ちる思いがしました。それ以来、その言葉は私の心に染み付いて、その意味を色々と考えるようになったんです……」

 彼女曰く、公判が始まってからもずっと、その意味を考え続けてきたそうです。そして舞台が最高裁に移ったぐらいから、少しずつ彼女の態度に変化が見られ始めたのは、確かに記録にも現れています。勿論最後まで無実を訴えていましたが、だんだんと態度が軟化し、反省や被害者への謝罪めいた言葉さえ発するようになっていったんです。私という教誨師との面談を求めてきたのも、丁度その頃です。いいえ、私の力なんかではありません。彼女が自分で、そういう行動をとるようになっていったんだと思います。そして、その心境の行きついた先が、”一日も早い死刑執行を望む”というコメントだったように思いました。

 それでですね、あのコメントを聞いて、流石に私も気になったので、この間私の方から会いに行ったのです。本当に死への覚悟があるのか。整斉とした気持ちで死を迎える準備が本当にできているか。そこを確認するのは自分の義務だと思いましたから。

 久しぶりに会った彼女は、以前にもまして一層、何というか清々しささえ感じさせるような表情を見せていました。

 「お久しぶりです。先生には、大変お世話になりました」

 お辞儀の仕方も丁寧で、いつもながらとても上品な物腰の挨拶でした。

 「あなたは、本当に一刻も早く死刑が執行されることを望んでいるんですか?」

 「勿論ですよ」間髪を入れずに彼女は答えました。本当に何のためらいも感じさせない即答だったのです。

 「死刑執行ですよ。明日死ぬかもしれないんですよ。その意味が分かってますか?」

 あまりにも簡単に彼女が返事したので、むしろこっちの方が少々むきになって問いただしました。

 「勿論、ちゃんと分かってますよ。だからこそ早く執行して貰いたいんです」

 私の気持ちとは対照的に、死刑を本当に心待ちにしてるような口ぶりでにこやかに彼女は答えました。

 「なるほど。不安な日々は早く終わらせてしまいたいですものね…」

 「あははは、それは全然関係無いですよ」

 思わず同情めかして言った私の言葉を彼女は笑い飛ばしました。この人は本当に死を受け入れている。自分の死をもって罪を贖おうとしている。その屈託無い笑顔を見て私も妙に救われた気分になりました。

 ところが次の瞬間、私の心は一気に凍り付きました。

 ぞっとするような薄笑いを浮かべながら彼女はこう言ったのです。

 「だって、一日も早く生まれ変わって、また"やり直したい"んですもの……」

 (以下余白)

[了]

Concrete
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