長編12
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異酒屋話―友―

その日、様々なものが並ぶ市へと食材の買い出しへと出向いていました。

この世界の市といっても謎のモノノケの肉やスライム、怪魚なんかが並ぶわけではありません。

人が食すものとなんら変わらない、肉や魚、野菜などが置いてあります。

農業、漁業、畜産を営む方々がいます。中には人に化け、人ともに活動する方、人から学ぶモノ、人に指導するモノも多くいます。

とはいっても。まぁ、“闇市”と呼ばれるところではここで言えないようなモノも並んでいますが…

他にも、祭りの夜店のような露店もあります。

そんな市を歩いていると、綿菓子屋の前に見知った顔がありました。

「おはよう。華ちゃん♪」

“トイレの花子さん”の“華ちゃん”です。

トイレの花子さんと言えば説明不要ですよね?

日本でもっとも有名な“学校の怪談”です。

《あ!春さん!おはよう!》

と、店主から受け取った顔の大きさほどもある大きなピンク色の綿飴をもって走ってきました。

《春さん何してるの?》

「お店で使う食材を買いに来たんだよ~。華ちゃんは?」

《私はね~…》

と、話していると

[華~。あ、春さん!]

一人の女の子が近づいてきました。

「憂ちゃん。おはよう♪」

“ひきこさん”の“憂ちゃん”です。

“ひきこさん”と言えば、わりと最近生まれた学校の怪談です。

少し茶色がかった髪を、ボブにしてる華ちゃん。

綺麗な黒髪を長く伸ばしてる優ちゃん。

見た目は対称的な二人ですが

同じ学校の怪談である、華ちゃんと優ちゃんは凄く仲がよく所謂“親友”というやつです。

《憂ちゃんと二人でお散歩してたんだよ!》

「そうなんだ~、二人とも闇市の方には行っちゃダメだよ?あそこは危ないからね。」

《[は~い。]》

《それじゃ、春さん今度お店に行くね!》

[失礼します。]

と憂ちゃんは頭を下げ二人で散歩の続きへと戻っていった。

――――――――――――――――――――

夜、いつも通りやって来た小鳥ちゃんと花火ちゃんに今朝の話をした。

『華と憂に会ったんだぁ~。』

【いいわねぇ~。あの二人は同種のモノだから気が合うんだろうね】

同種のモノと言えど、颯さんの一件の様に相容れないモノが多く存在する中で二人の関係は珍しく、貴重なものだった。

だが、

学校は子供たちの“喜び”“怒り”“怨み”“妬み”“嫉み”“虚栄”様々な感情が渦巻いている。

それらの影響を毎日受け続ける彼女たちの心は、私たちの様なモノの心とは一線をかくしている。

繊細と言えば少しは聞こえがいいが、

言い換えれば凄く不安定なモノとなってしまいがちだ。

加えて、彼女たちは姿を見てわかるように“子供”である。

白い絵の具に黒を混ぜたら一瞬で黒くなるように、純粋な心は一瞬で黒く染まってもおかしくはない。

とても綺麗で、とても危なげな心。

だからこそ、お互いがお互いを支えることが凄く大切なのだ。

――――――――――――――――――――

“学校”というものは年々形を変えています。

全部がとはいいませんが、総じて悪い方へと変化しました。

私の親友である憂ちゃんもその変化の中で生まれたモノです。

“ひきこさん”は“もりひきこ”という名前なのです。

“もり・ひきこ”ひっくり返すと“ひきこもり”です。

昔も確かにそういう子はいました。けど、今のように問題になるほどのことはありませんでした。

原因の大部分は“イジメ”などでしょう。

一番悪いのはイジメをする人たち。

次に悪いのは教師・親でしょう。

“昔は…”なんて切り出しだと凄く年寄に思いますが、今回に限りはこれ以上最適な切り出しが思い付きません。

昔はイジメなんてしようものなら教師の容赦ない鉄拳から始まりました。

“何故そんなことをする?!”

“自分がされたらどうだ?!”

“イジメられたら、今の拳骨なんて比べ物にならないくらい心が痛いんだ。”

なんてこともありました。

教師>生徒

という、絶対的な関係がありました。

ですが、近年はどうでしょうか。擦り傷をしただけで騒ぎ立てる“頭の悪い親”

クラスの出し物で自分の子供が目立たないと抗議してくる“何を言ってるかわからない親”

教育と暴力の違いがわからず“体罰だ体罰だ”と騒ぎ立て教育委員会に言い始める“モンスターペアレント”

子供はどの時代も純粋なものです。

じゃぁ、どうしてこうも変わってしまったのか?

前述したような親や環境がすべての原因でしょう。

子供は親の背中を見ます。親がしていることが正しいと思います。

親が教師を見下せば子供も教師を見下すのです。

教師を見下すようになれば、同年代の子を見下すのなんて簡単な話です。

教師も問題を大きくしたくないから黙認する。

PTAや教育委員会に睨まれたくないから黙認する。

社会的地位の高い親にはペコペコする。

教師<子供

という図式が完全に成り立っているのです。

朝起きれないからと、

教師が生徒を起こしたり、迎えにいくこともあると聞いたときは“この国はもう終わりにした方が良い”と本気で思いました。

“イジメを悪いことと思わず、平気で人を傷つける子”と“自分の力ではどうすることもできない故に身を守るためひきこもった子”の怨み

をもとに生まれたモノが“ひきこさん”です。

私が派遣された学校も例外なくイジメが起こっています。

――――――――――――――――――――

〈なんか変な臭いしな~い?〉

するする~。すっごく変な臭~い。

ある教室で、女の子数人が一人の女の子を見ながら言っている。

クンクンと鼻を鳴らしながらI子は女の子、K美へと近づいていく。

〈ここからするわ~〉

ホントだ~ここからする~

I子のあとに続いて同じように鼻をクンクンさせながら女の子を取り囲む。

囲まれた女の子は何も言わずにうつむいていた。

〈何この小汚ないハンカチ~〉

女の子が握りしめていたハンカチを強引につまみ上げた

{ダメ!!}

声と同時にハンカチを踏みつけた

{あっ…}

その時、

席について~、授業始めるぞ~

呑気な声を出しながら担任が入ってきてその場は終わった。

多勢に無勢で陰湿的、身体でなく心へと暴力をふるう。

直接取っ組み合いでもする方がよっぽどマシだ。

それからもいじめられている女の子、K美は執拗に攻撃を受けた。筆舌し難いほどの…

堪えきれず、トイレへと駆け込み涙を流した。

{ヒック…}

《どうしたの?大丈夫?》

私は隣のトイレへ入り声をかけた。

{ぇっ…}

隣に誰かいるとは思わなかったのだろう、当然だ

彼女が個室へ入るとき、隣のドアは開いていた。そして、トイレへと入ってくる足音はしていない、なのに隣から声がしたんだから。

《大丈夫?》

{うん…大丈…夫…}

気丈に振る舞おうとしているのだろうか。泣いていた余韻を気づかれまいとしているのがわかった。

だったら…

《そう。無理しなくていいんだからね?泣きたいときは泣いてもいいんだよ。…それじゃぁね。》

返事を待たずに個室を出た。

今度は人と同じように、音をたてながら。

《憂ちゃん…?》

トイレから出ると憂ちゃんが窓から空を眺めながら立っていた。

[華…]

《…どうしたの?》

どうしたの

自分で言ったものの、普段は校舎を歩き回らない憂ちゃんがどうしてここにいるのか。

それは私が一番わかっている。

きっと憂ちゃんは引き寄せられている。

いや、呼ばれたんだ。

K美に。

《今日、春さんのお店に行こうよ♪》

[うん。行こう。]

今、憂ちゃんを一人にしてはいけない。

そう思った。

――――――――――――――――――――

《こんばんわ~♪》

[こんばんわ]

二人で暖簾をくぐると、

「いらっしゃいませ♪」

深い藍色の着物を着た春さんと

『あら~、ちびちゃんズじゃ~ん』

カウンターでビールを片手に手を挙げる小鳥さんがいました。

《はっちゃ~ん、久しぶり~♪》

『はっちゃんて言うんじゃないよ!まったく、何度言えばわかるのよ~』

小鳥さんは“はっちゃん”と呼ばれることを嫌がる。

理由はよく知らないけど、色々あるんだろうな…

私の知らなかった最近の出来事なんかを聞きながら楽しく話した。

小鳥さんはいつも私をからかったりするのに

今日は私に妙に優しくて不思議な感じだったけど凄く楽しかった。

…だけど、終始憂ちゃんは少し元気がなかった。

―――――――

『憂ちゃん、何か…あったの?』

華が小鳥さんとワイワイとやってる傍らで春さんが話しかけてくれました。

たくさんのモノと関わってきた春さんだからこそなのだろう、少しの違いにも凄く敏感です。

本当に凄いと思う。

その優しげで、少し青みがかった眼で見られると話してみようという気になってしまう。

[私と華のいる学校でいじめられている女の子がいるんです…。

その子は何も悪くないんです。

なのに虐げられ、危害を加えられ、酷い扱いを受けている…なのに、誰も助けてくれない…あの子の心はもう限界なんです。

助けてあげたい。けど、私はそういうモノじゃない…

すり減っていく彼女の心と反対に私を呼ぶ力が大きくなっている。彼女の叫びが私の中に流れ込んでくるの…]

言葉を発する度に涙が溢れてくる。

私の涙じゃない。これはK美の涙

早送りで彼女が味わってきた光景が頭の中を駆け巡る。

[私の感情なのか、あの子の感情なのかわからないほどに繋がってしまってるの…。私は人を傷つけたくない…けど、I子を許せない…。

I子は…おばあちゃんからもらった大切なハンカチを踏みつけた、こんな小汚ないものをって馬鹿にした…。私の大切なものを…!]

春さんは口を挟まず黙って聞いてくれた。

「そっか」

春さんは一言だけそう言った。

たぶん、あえて何も触れなかったんだろう。

何かを言えば、また私が考え込んでしまうから…。

「ホットミルク。知ってる?これを飲んで気持ちを落ち着かせたりする人もいるんだよ♪」

春さんの出してくれたホットミルクは蜂蜜を溶かしたとても優しくて温かいものだった。

春さんの優しさが溶け込んだような、そんな味がした。

華ちゃんと憂ちゃんが帰ったあと―――

『憂はどうだった?華も随分憂を気にかけてたみたいだね。』

「さすが小鳥ちゃん、気付いてたんだ。…とても危ない状態だった…。憂ちゃんと話してたはずなのに、最後はK美ちゃんって子の意識で話してた。憂ちゃんとK美ちゃんの精神統合が進んでる…」

『…憂は、どうすると思う?』

「…わからない。けど、昔の私たちとは違う。憂ちゃんには止めてくれるモノがいるからね。」

昔の私たちにはいなかった…友人と呼べる存在

『…きっと、私たちとは違う選択をしてくれる。私もそう信じてる。』

そう言って、小鳥ちゃんはジョッキに残ったビールを一気に飲み干した。

――――――――――――――――――――

それからもI子によるK美へのいじめは続き、

ついにK美は学校へと来れなくなってしまった。

なんで私がこんな目に…I子…

許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許許せない許せない許せないせない許許許せないせないせせせせななない許せない許せない許せない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さないい許許さないさななない許ささないいい許さない許さない許さない。

そうだ殺してしまえばいいんだ。

痛みや辛さ、苦しさの感情はいつしか怨念、恨み、憎しみ、復讐心でかき消された。

[殺してしまえばいいんだ]

流れ込んでくるモノを受け入れてしまった私の顔は不思議と笑顔になっていた。

殺しちゃえばいいんだ。

なんだ、簡単なことだったんだ。

私が我慢する必要なんて何もなかったんだ。

もう、私なのかK美なのか自分でもわからなくなっていた。

――――――

放課後

I子は一人教室に残っていた。

正確には残したのだ、I子が好意を寄せている男子の名を語り恋文を出した。

この年頃の子供は単純だ。

[ふふっ…。残ってくれてありがとう。]

〈あなた…誰?〉

[私が誰かなんて、どうでもいいの。私はあなたを殺しに来たの。]

〈はぁ?何言ってるの?ふざけないで、先生に言いつけてやる〉

I子は教室を出ようとするがドアが開かない。

〈なんで開かないのよ!〉

[無駄よ。ドアは開かないし、校舎にはもう誰もいない。]

ドアを背にしたI子へと近づいていく。

〈嫌…来ないで…〉

手の届く距離まで近づくとI子の襟をつかみ引き倒した。

[さぁ。行こうか♪]

〈嫌…いやああああああ〉

私はうつ伏せになったI子の左足首を掴み物凄い速さで校内を駆け回った。

I子は廊下を、石畳の渡り廊下を、時には登り階段、下り階段を…

引き摺られ、左右に上下に激しく振り回され叩きつけられる。

口から泡を吹き、額や腕からは血が流れている。

憂ちゃんの駆け回った後には真っ赤な血筋が残り、もはやI子の意識はなくなっていた。

しぶといなぁ

でも、もう少しで終わり…

《ダメだよ!!憂ちゃん!!!

それ以上やったら…》

私の前には華が立っていた。

なんで…入れずの陣を貼ったはずなのに…

よく見ると華の服はボロボロで手や顔のあちこちには傷があった。

強引に陣を突破したのだろう。

[離して…華…!]

引き返そうと向き直った私を背後から抱き止めた。

《離さない!…これ以上やったら憂ちゃんが戻れなくなる!!私は嫌なの!!》

華は訴える、を通り越し涙を流しながら叫びに近い声で言った。

《K美ちゃん!あなたもよ、その子を殺したら…あなたはもうあなたじゃなくなるの!そんな子のために自分を捨てちゃダメだよ!》

混同している私の意識の中にあるK美の意識が震えている

[K美ちゃん…もう、やめよう…。I子はもう罰を受けたよ]

{…うん}

少しずつ、K美と私の意識が分離していく

《K美ちゃん、あなたは一人じゃないよ。何かあったらトイレにおいで♪私だけじゃなくて憂ちゃんもあなたの味方だからね♪》

{ごめんなさい…ありがとう…}

K美の意識は私の中から完全に離れた。

私への謝罪と華への感謝を残して。

[華…ごめ…]

謝ろうと華の方へ顔を向けると、華は身体を大きく捻り右手を振りかぶっていた

まるで、往年の大投手のような派手な腰の捻り

バチーーーン!!

派手な平手打ち

私の身体は吹き飛び、転がった。

《帰ろう。憂ちゃん♪》

痛みの大きさだけ華が私を想ってくれていたんだと伝わってきて涙が溢れた。

I子をどうしようか迷ったが、ここに置いていくことにした

それくらいのことはしてもバチは当たらないだろう。

――――――

その日の夜、I子が帰ってこないと連絡を受けた教師が学校を捜索しI子は見つかった。

すぐに病院へと運ばれた。重症ではあるが命に別状はないとのことだった。

また、このことで傷害事件として警察も動いたが当然何もわからなかった。

しかし、I子の周辺について調べるうちにI子が今まで行ってきたいじめなどが明るみに出てしまい。

両親はK美をはじめ謝罪に奔走し、終えると逃げるように転校していった。

K美はI子が転校したことを聞いても学校には来れなかったが、精神状態は回復の兆しを見せ、あとは時間の問題だろうとのことだった。

――――――――――――――――――――

《こんばんわ~♪》

[こんばんわ]

華ちゃんと憂ちゃんの二人がまたお店に来てくれました。

「いらっしゃいませ♪」

『あら~、今日も仲がいいね~ちびちゃんズ』

《はっちゃんだ~♪》

『だ~か~ら~』

小鳥ちゃんとワイワイやってる華ちゃんを凄く大切そうに見る憂ちゃん。

二人でちゃんと乗り越えたのだろう、雰囲気も少し大人になったように感じた。

「どうぞ。憂ちゃん♪」

今のこの子には甘いホットミルクは必要ない。

[ありがとうございます。ん~…苦い~]

「ふふっ。それが大人の味よ。ちょっと大人になった憂ちゃんには珈琲がいいかな?って思ってね♪華ちゃんたちのところに行っておいで♪」

[うん。ありがとう春さん♪]

まだまだ危なげな心だけど、一人じゃないとわかったこの子達は絶対に大丈夫。

終始賑やかなまま夜は更けていった。

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