中編4
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新生児教材人形

芹沢慎司は心に決めていた。

妻、紗英の奇行に一生つきあうと。

一年前の事故で、私たち夫婦は息子「健太郎」を亡くした。

紗英はその時のショックで少し変わってしまった。

事故以来、紗英は言葉を話せなくなった。本で調べたところ心因性失声症だとおもわれる。

それに、出産前に母親教室で使っていた新生児教材人形を健太郎だと思い込んでいる。

食事、トイレ、風呂の世話は、勿論人と同じ様に扱う、買い物に行くときにもベビーカーに乗せ私達三人で出かける。

世間は白い目でみたり、時には気持ち悪いだとか口にする者もいるが、それが何だと言うのだ。

これで、少しでも紗英の傷が癒えるのなら世の中にどう見られようと関係ない。

幸い、私の仕事は自宅でする事が主で、週に一回程クライアントとの打ち合わせの為外出するだけなので、ほとんどの時間自宅で紗英と過ごすことができる。

紗英は健太郎にかかりっきりなので、家事全般は私の仕事だが、若い頃から一人暮らしをしていたので苦にはならない、むしろ楽しんでやっている。料理も昔からの趣味なので作るのはすきだ。

煮込み料理の火加減を気にしながら、ソファーに座る紗英を見ると、健太郎を膝に座らせ手遊びしている。

「そうだ、紗英」

土曜日の予定を思いだし、声をかける。

「誕生会、舞ちゃん来れるって連絡があったよ」

次の土曜日は健太郎の3才の誕生日なので、紗英の妹、舞ちゃんを招待したのだ。

「舞ちゃんと会うのも久しぶりだから楽しみだね」

私はそう言うと、ふたりに微笑んだ。

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篠原舞は覚悟を決めた。

土曜の誕生会で話し合ってみよう。

やはり、死んだ人間をいつまでもいるものとして扱うのは、亡くなった者も浮かばれないのではないか? 何より本人が前に進めないのでは?

最初はわたしもそれで気持ちが楽になるのであれば、決して悪いことではないと思っていたけれど、やはり現実を見つめ、前に進んでほしいと今は思う。

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舞は、義理の兄、慎司の自宅玄関前でゆっくりと深呼吸をした。

わたしが余計な事をして、更に傷が深くなってしまわないか? そんな思いが覚悟を決めたあの日からずっとつきまとっている。

だけど...このままではダメだと自分を信じ、勇気をだしてチャイムを押した。

ドアが開き、慎司さんが迎えてくれた。

「やあ、舞ちゃん、良く来てくれた」

姉に紹介されて初めて会った頃にくらべて大分痩せている。元々スマートだっただけに、今は病人のそれをおもわせる。

「慎司さん、久しぶりです、今日はお招きありがとう」

手土産の白ワインを渡しつつ、軽く挨拶した。

「こちらこそ、来てくれてありがとう。さあ、入って、入って」

玄関で靴をぬぎ、揃えてる背後で慎司さんが、

「おーい、舞ちゃん来てくれたぞぉ」とリビングに向け声をかけている。

用意されたスリッパをつっかけ、慎司さんに続きリビングに入った。

部屋のなかはいかにも誕生会といった様子、折り紙で作った輪っかの装飾品、テーブルの上に揚げたてだろうか、湯気のたつ唐揚げや、ちらし寿司、バースデーケーキ、......そして...誕生日席にあの人形が座らされている。

その人形と対面するように座らされた女性のマネキン。

「さあ、舞ちゃんも座って、誕生日会を始めよう!」

人形とマネキンを相手に楽しそうにお喋りを始めた慎司さんを眺めながら、舞は思い出していた。

先々週頃だろうか? 街で偶然、慎司さんを見かけた。

ベビーカーに赤ちゃんの人形、脇に女性のマネキンを抱え、ひとりで喋り、楽しそうに笑っていた。

慎司さんの気持ちは痛いほど分かる、でもこれじゃあだめだ。

「ねぇ、慎司さん、もう止めよう...」

「ん、どうしたの? 舞ちゃん?」

「もう、止めようよ... 健太郎もお姉ちゃんも、もういないんだよ...」

それまで終始笑顔だった慎司さんの顔が無表情に変わる。

「一年前の事故でふたりとも亡くなったじゃない...」.

「これは...お姉ちゃん達じゃない...」

「ヤメロ...」慎司さんの声は、怒りだろうか? 震えている。

ここで黙るわけにはいかない、わたしは意を決してつづけた。

「これは...ただの人形よっ!」

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「ヤアアアアアメエエエエエエロオオオオオオオオオ!!」

そう叫ぶと慎司さんはケーキカット用のナイフを手に取った。

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血で真っ赤に染まった顔をタオルで拭い、慎司は席に着いた。

「騒がしくしてすまなかったね、紗英、健太郎」

血だらけの手でろうそくに火を付ける。

「今日から、舞ちゃんも一緒に暮らすことになったよ、楽しくなるねぇ」

三本のろうそくに日が点る。

「さあ、誕生会を続けよう」

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感謝致します。

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