中編6
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溺れる【烏シリーズ】

 高校を中退してから何カ月経っただろうか。

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死にたい

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死にたい

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毎日そんなことを考えている自分すら嫌いになり、少し頭を冷やそうと夜の海辺を歩いていた。

季節は真冬、夜の海とは気持ちのいいものだ。黒いコートを着て海岸沿いの土手を歩く。

「これで、俺もカラスか」

 漆黒の霊能力者とか中二臭い名前も似合いそうだ。へへ・・・。確かに、あの赤い目をしたカラスを見て以来、以前よりも尋常でないほど霊感が強くなり、色々と見えてしまうようになった。それに、以前のあいつのように霊の居場所が探知できる。まだ能力を使いこなせてはいないけれど。それでも、そんな視界にも、もう慣れてきてしまったのだ。

 最後にあいつが俺に言った言葉、また会うことになるのだろうか。その時は、どう呼べばいいのだろうか。カラスは俺だ。もうあいつはカラスじゃない。

「○○」

 俺は海へ向け、何気なくあいつの名を呟いた。今はどうしているのだろうか。元気にしているのだろうか。

 もう少しで土手の先端まで着く。そこでは波が打ち寄せ、音を立てていた。俺はそこへ着くと、打ち付ける波を見下ろした。心なしか、先程よりも強くなっている気がする。視界が溺れる。今にも波に呑まれてしまいそうだ。いっそこのまま・・・

「!!?」

 俺は一瞬、何が起きたのか理解できなかったが、跳ね上がる心臓と手首の感覚だけは確かにある。波が、俺を連れて行こうとしたのだ。風が強いわけでもないのに、突然大波が俺の視界を遮り、そこから僅かに飛び出してきた海の一部が手のように俺の手首を掴んできた。

「俺の、気持ちがわかったのか」

尻餅をついた俺は小さく呟いた。大波が来る前、このまま飛び込んで死んでしまおうかと考えていた。まさか、それで海は俺を連れて行ってくれようとしたのか?

「へへ、面白いことしてくれるなぁ」

 俺は立ち上がり、海を見下ろした。また、襲ってきてくれるだろうか。さぁ、連れて行かれるかここに留まるか、勝負だ。と、暫く海を眺めていたが、その後は全く大波の来る気配はしなかった。つまらんと思い、帰ろうと元来た道に向き直った時だった。

「待ってるよ」

 はっきりと聞こえた。俺はもう一度後ろを振り返ったが、当然のように目に映った景色は無人だった。聞き覚えの無い今の声は、誰のものだったのだろうか。それでも、俺は声の聞こえた方へと言った。

「ああ、また楽しみにしてるよ」

 俺は、変わったな。自分でそう思った。最後にあいつと電話したときから、これから自分がどうしていけばいいのか少しずつ分かってきているような気がしていた。俺は、カラスは、何かを探しているのだ。まだ何なのかは知らない。あいつは、知っていたのだろうか・・・。

 ふと、何かの気配を感じた。どこだ、見付けてやる。俺は能力をフルで使い、周辺の霊気を探知し始めた。居場所はすぐに見付けた。俺が歩いてきた土手のど真ん中に立っているじゃないか。

「道、塞がれちゃったなぁ」

 俺はその霊に声を掛けた。傍から見たらかなりヤバい変質者だ。

 そいつはどこかの学校の制服らしき服を着た少女だった。俺のことでは無く、海の方を眺めているようだ。それならせめてど真ん中ではなく端に寄ってくれと思った。

「君、どこの子?」

 俺は何をしているのだろう。少女に近付くとそんなふうに声を掛けた。少女が霊だと分かっていながら、こんな変な質問をしたのだ。

「・・・」

 少女は海を見たまま黙り込んでいる。何も話したく無いのだろうか。いっそ幽霊でいいから、このまま俺が誘拐してしまおうか。そんなことを考えていた時だった。

「し・・・し、にたい」

 少女の口から発せられた言葉は「しにたい」だった。よく見ると、首や足には傷や痣の痕がある。よく見ると、手首にも自傷の痕があった。

「ああ、辛かったんだね。でも、君が望んでいたことはもう達成されたみたいだよ。君は、もう死んでるんだ。それとも、やっぱり死にたくなかった?」

 俺はなるべく優しい口調で言った。自ら命を絶つまで頑張った少女の心を、これ以上傷付けないために。見ると、少女の目からは涙が零れてきていた。

「私、死んだんだ・・・殺されたんだ」

「ん?殺された?」

 俺はどういうことか理解しようとした。この子は、自殺じゃないのか?

「ねぇ、君はもしかして・・・誰かに殺されたのか?」

 俺の問いかけに、少女はゆっくりと頷いた。

「私・・・死のうとして・・・夜中、ここに来たの。でも、怖くて・・・そしたら・・・男の人に刺された・・・」

 少女はゆっくりと語ってくれた。そういうことだったのか。理解できた。この子はおそらく、親からの虐待を受け、学校でもいじめられていたのだろう。それで自殺しようとここへ来たが、死のうか死なないか迷っているうちに運悪く通り魔に遭った。そして死んだ少女の霊は、今でもここで死にたがっている。ということなのだろう。なぜ、ここまで理解できてしまったのか。以前の俺ではできなかったことだ。しかもここまでしっかり霊と話すだなんて、これが初めてかもしれない。

「そうだったのか・・・ごめんね、勘違いしてた。辛いこと思い出させちゃったね」

 俺は少女の右手を取って言った。その手は、驚くほどに冷たかった。今更かもしれないが、せめて俺の手で温めてやれないだろうか。なんて思った。俺の手も寒さで悴んでしまっているのだけれど。

「あ、りが、とう・・・」

 少女の口から発せられた言葉に、俺は少し動揺した。感謝されたのだ。悪いことをしてしまったと思っていたのに。

「え、いいえ、今までずっと辛いことを繰り返してたね。君はもう、これ以上死ななくていいんだ。もう、解放されたんだよ・・・」

 少女の涙で濡れた瞳は月明りを反射している。俺は少女の血を流した頭を軽く撫でた。何で殴られたのだろうか。痛かっただろうに・・・。

「お兄さんも死にたいの?」

 不意に聞こえてきたその声は、間違いなく目の前にいる少女のものだった。だが、今度ははっきりと耳元で言われたのだ。俺はかなり動揺したが、ゆっくりと口を開いた。

「そうだね、お兄さんもさっき死のうとしてたんだ。さっき俺を海に連れて行ってくれようとしたのは、君だろう?」

 さっきの大波はこの子が起こしたポルターガイストである。なぜかそれが分かったのだ。ただ、一つだけそれを確信できたことは、海から聞こえた声と、今聞こえている少女の声が全く同じものなのだ。あれは、自殺願望のある俺に反応して起こしたものだったのだろう。

「なんで死ななかったの?」

 また耳元ではっきりと言われた。

「遊んじゃってごめんね、お兄さん、やっぱりもう少し考えるよ」

「一緒に、死のう?」

「ありがとう。助けてくれるのは嬉しい。お兄さん、君に会えてよかったよ。でもね、まだやらなきゃいけないことがあるみたいなんだ」

「・・・そうなんだ。それって、この町の」

 少女はそう言い掛けて話を止めた。

「ん?この町の・・・なに?」

 俺が訊くと、少女はゆっくりと口を開いた。今度は、耳元ではなくしっかり口から聞こえた。

「この町の・・・良くないものを、探している」

「君は俺が思っていた以上に力の強い霊だったんだね。自分が死んでいたことには、もうとっくに気付いていたんだね。でないと、あんな芸はできないよ。君の言った通り、俺はこの町の悪意を探している。除霊できるわけではないけど、なぜか探しているんだ」

 そして、この町で起きている何かも探している。

「お兄さん、頑張ってね。私、もうそろそろいくから」

 今度はまた少女の声が耳元で聞こえた。そうか、これでお別れか。

「わかった、ありがとう。お兄さん、頑張るね」

「ありがとう、さようなら」

 少女のその声を聞いた直後、俺の目の前はまた無人になった。

「ちゃんと、いってくれたのか」

 そう呟いて、俺は涙が零れてきた。全く怖くなかった。ただ、誰かと話すことができて嬉しかったのだ。例えその相手が、死んだ少女の霊でも。

「まあ、よかったよかった。さてと、もう一遊びしてくか」

 俺は涙を拭い、夜の街へ向けて足を踏み出した。

 闇に溺れるように。

Concrete
コメント怖い
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@。❀せらち❀。
せらちさん、今回もコメントありがとうございます!
また1から読みたいとは...!そのような嬉しいことを言って頂けて感無量でございます(>_

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こんばんは。
また1からこのシリーズを読みたくなってきました✨
毎回の更新楽しみにしております(っ´ω`c)

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