中編7
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叔父さんの死因

叔父が死んだ。多分自殺だろうということだ。

玄関に鍵もかかっておらず、冷蔵庫にそれなりに物があり(発見時には腐ってたけど)特に拘束された風でなく、それでいて餓死したらしい。

異臭を放ってるところを通報され、鍵もかかってないドアから、警察が踏み込んで発見されたと。

仕事を暫く前に辞めたのも、自殺の裏付けとなるらしい。

仲は良かったと思うけど、結局年に1度か2度会う程度の関係だ。

悲しくないわけではないけど、泣き出したりするほどでもない。

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そして、特に驚かなかった。

叔父さんは、会うたびに生気を失っていたからだ。

顔色が悪いことを指摘すると、決まってペンダントの自慢になった。

曰く、呪われたペンダントらしい。

叔父さんは義理の両親からもらい、義理の両親はその直後に失踪、暫くして奥さんも病に倒れた。

叔父さんは、全てペンダントによる物だと考えていたらしい。

ならなんで捨てないのか?

そう聞くと照れたように笑い、叔父さんが死んだらペンダントを僕にくれるから、その時わかると言っていた。

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叔父さんはそのペンダントを握りしめて死んでいたらしい。

業者は捨てる予定だったようだが、叔父さんとの思い出が詰まってる、と強く言ったら、洗浄後にあっさりくれた。

こうしてペンダントは僕の物になった。

叔父さんの義理の両親は、外国の露店商から買ったらしい。聞いたけど詳しくは覚えてない。

ちょっと綺麗な石ころに、紐を通しただけに見える。

何か彫ってあるのを期待してたけど、特にない。

祖父母の家でも滅多にペンダントは出さなかったし、僕の家には殆ど来なかった、犬が苦手なんだと。

1度来た時、ペスがめちゃめちゃに吠え掛かって、すぐ逃げ出してた。

だからまじまじと見るのはこれが初めてだ。

どう見ても特に何かあるではない。何か仕組みをつけられるほどのサイズじゃない。小指ほどもないからね。

そっと指で撫でると、ゾワっとするほど気持ちが良い。

なるほど、これを握って死にたくなるわけだ。

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よくわからないけど、とりあえず持ち歩く事にした。

気味が悪いと言えば気味が悪いのかも知れないけど、僕は気にしなかった。

大学の授業でも、いつも首から下げていた。

誰もいない時に、そっと指で転がして感触を楽しんでいた。

日増しに触る回数は増えていた。

最初は首から下げていたけど、手首にかけている。

いつでも手のひらに収められるように。

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手のひらで転がしていたら、授業を休んでいた。

他に約束をした気はする。でもまぁいいや。

暫くしたら、玄関の呼び鈴がなった。

「おーい、開けてよー」

彼女だ、めんどくさいな。

鍵はかかってないのを伝えると、さっさと入ってきた。

「今日授業サボったでしょ?」

悪戯っぽく聞いてくる。

面倒だったと曖昧に答え、ペンダントをしげしげと眺める。よく見たらすごく綺麗だな。

「なにそれ?」

うるさいな。

叔父さんの形見であることを伝えて、あとは無視する。

「見して」

何度も断っても、しつこく頼んでくる。

腹がたつけど、見せるくらいなら何とか。

「ヘェ〜どこにでも売ってそう」

心がざわめく。

見せたがらなかった叔父さんの気持ちがわかる。

こんな事言ってはいるけど、気に入ったんじゃないか?

ここで走り去られたら、止められるだろうか?

そんな僕に気づかず、ペンダントをジロジロと見てる。

早く返せ、早く。

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指で少し撫でたあと、あろうことか爪を立てた!

気がついたら手が出ていた。

彼女を目一杯殴っていた。

すぐにペンダントも取り上げた。

手の甲に歯が引っかかったんだろう。血が出てる。

彼女も口を切ったようだ。

そんな事はどうでも良い。

なぜそんな凶行に走ったのか問いただすのが一番大事だ。

なぜ殴ったのかばかり聞いてきて、話しにならない。

つまり、自分の物にならないなら少しでも傷をつけて、価値を落としたいんだろう。

そうしたら諦めがつくから。

すぐに出ていくように怒鳴りつけた。

誰も信用しちゃいけない。そういうことかも知れない。みんな泥棒だ。

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外に出る時は固く握りしめる事にした。

眠る時も同じだ。

決して盗まれない覚悟、これがなければいけない。

少し触れるたびに石が僕を勇気付ける。そんな気がした。

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スマホが引っ切り無しに光り、鳴り続ける。

学友だ。

多分彼女に言われて、僕からこの石をだまし取ろうとしているんだろう。

全て無視した。

泥棒の言い分なんてどうでも良い。

コツをつかんだ。触るたび、小さな浮遊感と、落下感が頭を行き来する。

ただ全て委ねる。そんな心持ちが大事みたいだ。

僕はひたすら石と一緒に時間を過ごした。

ふと思った、口に含んだらどうなるのだろう?

そっと舌の上に乗せた。それだけで頭の奥が小さく破裂したような、そんな錯覚を覚える。

不安と期待の中、口に含んだ。

心臓の音がうるさいくらいだ。

その鼓動に合わせて、胸が甘く痺れる。

僕はこの為に生きた。この為に死ぬんだ。

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形見の石を味わっていると、スマホが光った。

ペスの容体が良くないみたいだ。

結構な老犬だから当然かも知れない。

昔一緒に駆け回ったのが懐かしい。

実家に帰ろう。

痺れが薄くなった気がしたが、仕方ない。

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「あんた!どうしたの!そんなやつれて!」

母は開口一番そう言った。

何か言おうと思ったけど、口を開くと石が落ちるかも知れない。

石が落ちるかも知れないのに、ご飯なんて無理に決まってるじゃないか。

「学校は?飴でも舐めてる?」

僕は無視して、ペスに近づいた。

ぐったりとしている。

寝てるのか。

前は帰って来たら、飛びついて来たのに。

仕方ない。石を口から出して、落とさぬよう左手で握りしめた。

ペス?ペス?帰ったよ。

目を覚ました。

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様子がおかしい。

じゃれて来ないのはまだしも、唸り声を上げている。

僕を忘れたの?

「ワン!ワンワン!」

うるさい。

躾はしてたし、こんなに吠えたところは初めて見た。

僕はうろたえてしまった。

また時間を変えて来よう、そう思った瞬間、飛びかかってきた。

噛みつきはしなかったけど、体当たりをされた。

僕は派手に転倒した。

石も落とした。

そして、衝撃的な光景を見た。

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ペスが形見の石を咥えたんだ。

そして走り去ろうとしてる。

裏切られた?なんで?なんでだ?どうして?

動揺してる隙をつき、ペスは死にものぐるいで駆け出した。

涙が止まらない。でもそんな事は些細な問題だ。

すぐに追いかけた。

老いても犬の方が早いらしい。

すぐに姿は隠れた。

母は唖然としている。

僕は人目もはばからず、嗚咽を漏らした。

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そのまま眠っていたらしい。

久しぶりに眠った気がする。

次の日から形見の石を探し始めた。

昔散歩に行った場所、犬が通れそうな場所。

数日、ともかくくまなく探した。

遠くに逃げたのかも知れない。

途方にくれた。

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「ワン!」

聞き慣れた声だ。

ペスだ!ペスが家に帰ってきたんだ。

石は?石はどうした?

キョトンとした顔でこちらを見てる。

もしかして、飲み込んだんじゃないか?

その疑念は、僕の中で一気に膨らんだ。

確かめなきゃ。確かめなきゃ。

台所から慌てて包丁を取ってきた。

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ペスはすぐ鳴かなくなった。

ペスの中にはない。

少なくとも、石が入るような場所はもう残ってない。

消化されない筈だ。糞になったのでは?

とにかく近所にある糞という糞をほじくり返して、中身を確認した。

ない。

なんでだ。

温かいのは除外だ、ペスが糞をしてから、どう考えても冷えている筈だからだ。

「もしもし」

警官が二人、話しかけてきた。

そうかこの人たちはわかるかも知れない。

「何されてるんですか?」

落し物を探していること、犬が食べたかも知れないこと。だから糞の中を改めていること。

なるべく丁寧に説明した。

「その血は?」

また関係のない話。犬の中身を確認した時の返り血であることを説明した。

この返り血が、例えばペンキだったとして、僕の無くし物が見つかる手がかりになると思うのだろうか?

「ちょっと署まで来てくれるかな?」

質問に見せかけた強制だ。

一人は僕の答えに関わらず連れて行くつもりのようだ。

糞の中をまだ探し終わってないことを説明しても、構わず引きずられた。

振りほどこうと暴れたが、引きずられてしまった。

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母が引き取りに来た。泣いていた。

母が言うには、ペスが誰かに惨殺されたのを見て、僕は気が触れたらしい。

この場は合わせないと帰れないな。

正気を失った演技と、正気を取り戻し、警官に感謝してる演技。

面倒だったが成果はあった。

また探し物できると思ったが、自宅療養らしい。

暴れてもすぐまた警察行きだ。

次は病院だろうか。

暫くは大人しくするべきだ。

そう考えた。

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そういえばお腹が減った。

空腹なんてすごく久しぶりに感じた。

ペスを想って涙が出た。

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