中編5
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春告げ【烏シリーズ】

 知り合いの経営するカフェでアルバイトをしながらボロアパートで一人暮らしをし始めた頃の話だ。

 3月初旬、空気はまだ少し肌寒く、散歩をするには丁度いい陽気の日だった。俺は朝早く起き、漁港のお気に入りスポットまで来ていた。ここは以前、アイツと最恐の悪霊を見た場所のすぐ近くだ。そう、アイツと出会うきっかけになった事件を起こしたあの悪霊・・・。

「カラス・・・」

 しかし彼はもうカラスではない。今は俺がカラスなのだ。

水面に映った自分を見て、ため息を一つ吐いた。

「結局、被害者の少女を殺した祓い屋って誰なんだろうな」

俺は堤防の影を泳ぐ魚を眺めながら言った。無論、魚に向けて言ったわけではない。ただの独り言である。

あの雨の日に出会った一人の少年が聞かせてくれた話が、今でも記憶に焼き付いている。雨宮・・・彼は元気だろうか。

「妹を殺した祓い屋ならもう死んだ」

 不意に背後から声が聞こえた。振り返ると、どこかで見たことのある青年が俺を見て立っていた。俺は、その青年のことを覚えていた。

「雨宮・・・」

「よく覚えてたな、雨。いや、今はお前がカラスか」

 雨宮はそう言ってニヤリと笑った。その表情からは、以前会ったときとは違う何かが感じられた。

「ひ、久しぶりだな・・・なんで俺がカラスってことを」

「アイツから聞いたんだよ。もうこの町には居ないんだっけ。そうだ、その時の話をしよう」

 彼はそう言うと俺の隣まで来た。

   ○

 雨宮から聞いた話。

 高校三年生の夏、今日も俺は一人だ。妹の殺された現場に花を供え、手を合わせている。

「やあ、久しぶり」

 聞き覚えのある嫌な声が聞こえた。

「カラスか、何の用だ」

 俺が横目で睨むと彼はニヤリと不吉な笑みを浮かべた。

「花を持ってきた」

 カラスは手に持っていた花を俺が置いた花の隣に添えた。

「余計なことすんな」

「いいじゃないか、彼女がこんなことになってしまったのは僕の責任でもあるんだ」

 そう言った彼の顔からは笑顔が消えていた。

「ああ、お前のせいだ」

 俺はカラスを睨んだ。

「でもあの祓い屋は死んだよ」

 あの祓い屋・・・妹を殺した祓い屋のことだろうか。

「どういうことだ・・・」

 俺が訊くとカラスはこちらを振り向いた。

「殺されたよ。君の妹さんに憑いた悪霊に」

 俺が驚いて沈黙しているとカラスは真顔のまま続けた。

「ヤツは彼女が暴走するのを恐れていた。だから先に憑代である妹さんを殺したのさ。でも、憑代を失った悪霊は自分に危害を加えた相手を逃がさなかったんだ。だからヤツも殺された」

 妹を殺したあの祓い屋は既に殺された。俺はヤツに復讐するつもりでいた。だがそれはもう叶わない。ならば復讐の相手を変えればいい。

「だったら、俺はその悪霊を除霊する」

「雨宮、君の能力じゃ除霊はできないだろう」

 俺の妹が霊の力を取り込んでしまうのに対し、俺自身は強い霊感がありながら霊的なものからの影響を一切受けない体質なのだ。

「俺の能力なら霊からの影響を一切受けない。あとはお前が霊の居場所を突き止めてくれれば、なんとかする」

「なんとかする、ね・・・残念ながら、僕はもうすぐカラスじゃ無くなる」

「なっ・・・!?どういうことだ」

 カラスはニヤリと笑った。

「交代さ、次のカラスは僕の友人に押し付けた」

「友人って・・・雨のことか」

 俺が訊くとカラスは黙って頷いた。

「悪霊捜しは彼に頼めばいい。ただ、そんなことしている余裕があればね。もっと恐ろしいことが、この町で起ころうとしている」

「恐ろしいこと・・・?何だよそれ」

「さあね。僕はもうすぐこの町を出て行くから、分からないな」

 彼はそう言って来た道を引き返して行った。

   ○

 わからない。雨宮が話してくれたことには、分からないことが多すぎる。

「なぁ、まずカラスはどうして俺にカラスを押し付けたんだ?自分で決められんのか?」

 俺の問いに雨宮は苦笑した。

「いきなり話されても分かんないよな。これは俺が世話になってる神主さんから聞いたことなんだけど、カラスって呼ばれる人間は不定期で代替わりをするんだ。ただ、血縁関係の無い知人で霊感があることが条件らしい。カラスの代替わりは、赤い目の鴉が知らせに来る。お前のところにも来たんだろ」

 俺は無言で頷いた。確かにあの時、俺の前に現れた鴉は赤い目をしていた。そしてきっと、俺にカラスとしての能力を植え付けたのだ。

「つまり・・・アイツは俺以外に友達が居なかったってことか」

「霊感のある友達がお前以外に居なかったんだろうな。てかアイツの性格じゃ友達いることのほうが不思議だ。あと、お前も友達居ないだろ」

 図星である。今の俺には友達が・・・。

「いやいや、一応いるし・・・なぁ、お前ってこれからどうするんだ?」

「俺は4月から県内の大学に通う。お前は何してるんだ?」

「俺・・・脱ニートするためにカフェでアルバイトしてる」

 生活に差がありすぎる・・・こんなこと訊くんじゃなかった。

「そうか、まぁ、カラスになったから大変なこともあるだろうけど、頑張れよ」

 雨宮はそう言って歩き出した。

「なぁ雨宮」

 俺はそれを引き留めるように言った。

「ん?」

「最後に訊いてもいいか。お前は俺の敵なのか?」

 以前、カラスは俺に言った。雨宮とは関わらないほうがいいと・・・。そのことを不意に思い出したのだ。

「・・・敵ではないと思うぜ。それに俺はお前に協力してもらいたいことがある」

「それって、悪霊を探すことか?」

 雨宮は黙って頷いた。

「またいつかゆっくり話そう。じゃあな」

 彼はそう言うと堤防を歩いて去っていった。

「恐ろしいことか・・・」

 俺は海の方を向き直って呟いた。堤防の影では相変わらず魚達がゆらゆらと泳いでいる。メバル、春告魚と呼ばれている魚だ。そうか、もうじき春本番になるのだ。

 新しい何かが始まるような、そんな予感がした。

Concrete
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@月舟 さん、コメントありがとうございます!!
杏さんのイラスト最高です(*^^*)

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