中編5
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革命家のさよなら

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火炎ビンとマルクスが三畳間で愛し合っていた安保闘争の時代、

角棒を持ったイデオロギーが内ゲバを繰り返していたあの頃、

各地で行方不明になった学生達はべつに北朝鮮に亡命したのでもなんでもなく、

単に仲間に殺されていた。

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トロツキズムの成れの果て、共産主義の現実に、

世界同時革命を目指していた彼らは死後には、なんだか疲れて浮遊霊になっていた。

バブルを眺め、アイドル産業に呆れ、

そろそろ成仏してえなあと呟きながら窓に張り付いたりしていたずらに人を驚かす午前3時。

かつて全共闘で懸命にビラを配り、ほんの行き違いからプチブル急進主義として総括され山に埋められたAはふと思い立った。

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「俺達にしか出来ない革命があるはずだ! 

霊体イデオロギーの勃興!」

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Aは仙台で産まれ山梨で育ち、進学のため上京、レーニンで遊んでいたらいつの間にか殺された。

労働者階級を救うつもりが、そのじつ蟹工船の「か」の字も実感できぬ間に暴力の渦に飲み込まれ、

21歳の冬に碓氷峠で脊椎を砕かれたのである。

彼の恋人もまた、72時間に及ぶ自己批判の末に相模湖に沈められた。

理想社会を目指していたはずが、幼稚なプラグマティズムの餌食となったのだ。

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かつて暴力革命に酔い痴れていた学生達も今では老人で、まるで何事も無かったかのように暮らしている。

機動隊の放水に向かっていったあの日のあの痛みは、一時の気の迷いだったのだろうか? 

その手を汚したあの数々の犯罪は、若気の至りの一言で片付けられるものだったのだろうか?

浮遊霊のAは、ようやく立ち上がった(足は無いけど)。

車のフロントガラスに手形をつけたり、右眼をぶらぶらさせて修学旅行の写真に紛れ込んだり、そんなことはもうやめだ。

今こそ革命の時である。

単なる復讐ならただ呪い殺すだけで事足りる。

かつての闘士であるAの理想はさらなる高みに置かれていた。

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死者と生者の同権。

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なぜ霊能者やイタコに頼らなければならないのか?

なぜ心霊写真程度の自己主張しかできないのか?

よぎる影として、不穏なラップ音として、なぜ我々は「怪奇」として存在しているのか?

明確な意志を持つ指導者がいるならば、死者はきっと明るい世界で自己を発現できるはず。

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OLの部屋の天井で怪しげに笑い声をあげる習慣をやめたAは、まずは京王線の踏切の地縛霊をスカウトしては仲間にしていった。

オルグ(勧誘)の成果は着実に実り、組織は多くの細胞(末端の活動隊)を生み出すほどになった。

『死者にも権利を連盟』として旗揚げされたこの霊体の組織は『死権連』と通称され、

日本全国の裏路地やトンネル、樹海や廃墟の霊達の噂になり、活動開始から4年後、

同志は4万人を超え、全国44カ所に大規模な集会場が設置された。

滑稽なことに霊能者達はこの動きに少しも気づかなかった。

マイナスエネルギーは感じ取れるらしいが、生き々きと死んでいる死人の霊波なんて感知したことがなかったからだ。

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死者と生者の同権とは、生きることと死ぬことの境界を消すということだ。

拡大され幾つかの派閥に分かれた死権連からは、当然の流れで過激派が誕生した。

それは指導者であるAの恋人が沈められた場所、神奈川県のとある細胞からであった。

地縛霊の数にも限りがあり、浮遊霊はたいてい思想を持たないボンクラばかり。

戦力を増やすにはどうすればいいのか?

資質のある生者を殺して無理矢理に霊にして、それからオルグすれば良いのだ。

この派閥は『相模湖臨死共闘』として頭角を現していく。

おもに中央線で暗い顔をしている大学生を捜し、一時的に取り憑いて線路に飛び降りさせるのである。

学生に限らず、世の中への不満を抱いていそうな者なら誰でも良い、思い詰めてる奴はとにかく死人にしてしまうのだ。

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四苦八苦、五里霧中、七転八倒、九死に九死、一寸先は死権連。

連盟が44万人を超えた頃、あらゆる準備を整えて、ついにAは革命に踏み切る。

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新宿西口フォークゲリラ計画の発動である。

西口から出てくる全員に、死権連が取り憑くのだ。

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23:16

実行隊10万人が新宿西口を浮遊

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23:34

取り憑き実行

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音楽の心得がある浮遊霊Yがまず、あらかじめ目をつけていたバンドマンの歌い手に取り憑いて歌い出す。

この区画は普段は許可の無いパフォーマンス禁止だがアンプ全開でギターを弾きながらマイクまで立てて、

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「この街の夜空がいつも仄明るいように

あの頃の思い出がずっと消えないように

誰かの歌声が遠くに聴こえるみたいな

いつかの夏の香りが夢に蘇るみたいな

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きっと忘れてるんじゃなくて

たまたま思い出せないだけで

きっともう会えないわけじゃなくて

いつかどこかでまた話そう

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あの夜の涙はとても綺麗で

この胸にいつまでも残っていて

君だけの歌声を今も覚えているよ

いつまでも忘れたくないよ最期の囁き

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ずっと捨て去ったつもりだったけど

たまたま帰れなかっただけで

きっともう会えないと思ってたけど

今ここで話したいことがある」

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23:46

取り憑き隊がおよそ4千人に取り憑き、新宿西口を占拠。

以降、これ以上の憑依は無意味と判断し、ヤジ馬へのメッセージに変更。

代表のAがサラリーマンに取り憑いて演説を始める。

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「60年代からずっと考えてきたことがあります。

どうして大人は素直になれないんだろう?

めんどうなことはめんどうで、つまらないものはつまらない。

今の僕達の存在はいてもいなくても良いもので、

けれどあなた達だってそうなんです。

僕達は最初っから、

いてもいなくても良いものとして誕生した。

それを忘れるために嘘をつき、

それを誤魔化すために地位を築き、

でもほんとはわかってるはずなんだ。

生命なんてものは理不尽だ!

なのにどうして存在というものはこんなにも重く、

信じられないほどに愛しく、

おそろしいほどに価値があるのか。

僕達は命を超えた命を見つめるべき時代に来ています。

あらゆる主義や主張の根元、すべての怒りと悲しみの泉、

それらがどうやら自分だけのものではなくて、

これまでの人類と、これから先の僕達とで、

わかちあうべきであり、そしてすでにわかちあわれているということ、

もしこれを認識することさえ出来たなら

きっと平和がおとず……」

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Aは唐突に消え、取り憑かれていたサラリーマンは崩れ落ちた。

バンドマンは我に返って終電に急ぎ、通行人は何事もなかったかのように歩き出した。

その場にいたすべての霊の想いを代弁した瞬間に、Aも死権連も成仏してしまったのだ。

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そうして、新宿西口には日常が戻っていた。

……深夜の新宿を、いつもの薄い雲が覆っていた。

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誰も彼らを覚えていない。

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文の書き方、好きです。
amazarashiというアーティストのボーカル、秋田ひろむさんの声で頭の中で勝手に朗読してました(笑)

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なんか、可哀想ですね。

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