長編12
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異酒屋話―鳥―

自分と言うものを持ち、意識し始めたのはいつの頃だっただろうか。

それまでの私はただ忠実に私の性質を役割を遂行していた。

目についた者に呪をかけ、殺していた。

それが正しいことだとか悪いことだとか、そんなことを考えたこともなく、淡々と繰り返していた。

いつしか私という存在の噂を聞き付けた僧が現れ、私そのものを封じようとした。しかし、私の力の方が強く大きかった。

私を封じれないと悟った僧は、私が他の地に出れないよう要所に地蔵をたて空間を封じた。

地蔵をたて他の地へ逃げようとしたその僧を捕まえた。

『逃げられると思っているの?』

{そなたは…理不尽に罪なき人へも仇なす、人の敵…魔のモノ…消えされ…¢£%&*@&#}

私がかけた呪により、眼や耳、顔に備わる穴全てから血を垂れ流しながら

経のようなものを唱える

『ぽ…ぽぽ…ぽ…ぽ………。うるさい。』

僧の顎に手を置いた後、振り上げる。

ボチンっ

首より上は一瞬にして胴から引きちぎられた。

頭のあったところからは噴水のような鮮血が飛び散る。

僧の血が服や顔にかかる

汚い…気持ち悪い…

棲み家へと帰った、

家へ着くと

衣服を脱ぎ、湯に入る。

――魔のモノ

その通り。私は魔のモノで、人を殺めている。

くだらない。人間だって虫や動物を殺すじゃない。

それと何が違うのよ。

はぁ…と無意識にため息をつくと頭の先まで湯の中に沈んだ。

―――それから百数十年が過ぎた

あいからわず、地蔵の封は鬱陶しいが

もとより、何処かへ出ていくつもりもなかった。ため、不便というものは感じなかった。

だが、殺した人の数は以前に比べ減った。

―魔のモノ。

―人の敵。

僧に言われたことが私の中に燻っていたのは事実だ。

人間が私の敵だと思ったことは1度もない。

ただ、言葉を話すように、歩くように

それと同じ要領で人を殺していたが

私には、人を殺す理由がない。

性質に従い、疑問も持たず殺していた。

私はいったい何なのだろう…

何で人を殺している?…

そんな疑問を悶々と抱えたまま、姿を消し村を歩いていた。

私のようなモノがいるのに人は他の場所へ移らない。時代柄、新たな場所に移るにも大きなリスクがある。この地は先代、先々代の人たちが手をかけてきた田畑や開墾した土地である。故に移らないようだ。

村外れの竹林の中に私を祀った社が建てられていた。

どういうつもりなのか。大切に私を祀るから殺さないでくれ。という命乞いなのか、はたまた湾曲して私の存在が説明されているのか。

こんな社を建てたところで私がどうこう変わるわけではないのに。しかしながら、この場所は何となく気に入っている。風に揺れる笹の葉、竹の揺らめき…悪くない。

普段は誰も訪れるはずの無いこの場所に最近一人の子供が現れるようになった。

その子は手を合わせるわけでも何をするわけでもなく1日社の側に座っている。

朝やって来て、夕暮れと共に帰る。

何なのだろうか。

あるときから私はその子の隣に座るようになった。もちろん、姿を消して。

しかし、ある日

《お姉ちゃんは何でいつもあたしの隣に座ってくれるの?》

え?…

思わず振り返る。

《後ろには誰もいないよ~?》

この子…私が見えてる?

『私が見えるの?』

《ん?あたりまえじゃ~ん。変なの~》

けらけらと笑う女の子。嘘をついてるようではない。会話が成り立っている以上本当に見えている。

『いつから?』

《ん~。前から!私の隣にいつも座っててくれたでしょ!》

知らない女が隣に座っていても何も反応せずにいたのか。なんて肝の座りようだ。

特に何か会話をするわけでもなく時は過ぎ烏の鳴き始める夕暮れ時

《そろそろ帰らなくちゃ。…っしょっと》

よく見ると左足を覆うように包帯が巻いてある。怪我でもしているのだろうか。

不自由な左足を庇うように、そして器用に傍らに置いてあった杖を使い立ち上がると。

《お姉ちゃん。またね♪》

私の返事を聞くことなく竹林の外へと歩いていった。

あの子はなんなのだろう。不思議な女の子だった。

―――――――

それからも女の子は毎日のようにやって来ては烏の鳴く夕暮れまでいて、帰るのだった。

始めこそ関心もあまり無く隣に座っていたがよく見ると色々なところに傷があった。

『あなた、その傷どうしたの?』

始めに隣に腰を下ろしたその日以降話しかけなかった私が話しかけたものだから少し驚いた様子だった。

《えっとこれはね~。転んだんだ。ほら、あたし、脚が悪いからよく転ぶの…えへへ》

確かにそうかもしれない。けれど

『転んだだけで片眼に包帯巻くような怪我はしないでしょ。人は転ぶとき反射で手をつくようになってるの。手や足は怪我しても眼を怪我するなんてあまり無いわ。』

驚いたように私の顔を見ていたが、少し俯いて

《ねぇ。お姉ちゃん。“きょうちょう”ってどんな意味?》

『どうして?』

《村の人が話してたの。あたしのこと“きょうちょうの子だ”って…》

きょうちょう…“凶兆”のことだろう。書いて字のごとく不吉の前触れ。生まれつき体が不自由なモノや双子はそのように考えられる。

『なんだろうね。わたしにもわからない。』

《そっか。お姉ちゃんにもわからないかー♪》

―カーッカーッと烏が鳴く。

『帰るの?』

《うん。》

『家まで送っていく。』

え?とまた驚く顔をしたが《うん!》と私に笑顔を向けた。

今日はいつになく表情の変わるな。

女の子に歩幅を合わせると窮屈になる。私の足の長さと、足の不自由な子始めから合うはずもないのだ。

《ごめんね。お姉ちゃん。歩きにくいでしょ?》

『まぁね。でも、私が送ると言ったの。気にしなくて良いわ。』

―――きょうちょうの子だー!!

ヒュッ…

村の子供たちが3人私たちを指差して大声をあげたかと思ったら石を投げてきた。

子供と言えど石なんか当たれば怪我は必然。

だが、この子はそれに反応することなく歩き続ける。

ヒュッ…

《あっ…》

女の子に当たる刹那

パシッ…

私は石を掴んだ。

『餓鬼が…殺してやろうかしら…』

掴んだ石を子供に当て殺すのなんて容易い。

しかし――凶兆の子…

ここで餓鬼供を殺せばこの子はもっと酷い目に遭わされる。それどころか殺されることだって十分にありえる。

ヒュッ…

石が外れたよう装うために女の子の後ろに石を捨てた。

《ありがとう…。》

女の子が反応しないことに飽きたのか子供たちは去っていった。

――――――

《ここが私の家。お姉ちゃんには小さいかも♪》

そこは、村外れに建ててある小屋だった。

確かに私には小さい。

中は最低限の物しかなかった。しかしながら、整頓されていた。

『あなた、家族は?』

《親は二人とも死んじゃったんだ~。》

『そう。食べ物は?』

《たまに、村の人が野菜とか分けてくれるの。それを食べたり。山で見つけたりしてるの。》

その不自由な足で山を…転んだと言うのもあながち嘘ではないのだろう。でも…

『その左目。あの餓鬼達が…?』

………

女の子は何も答えない。きっとそうなのだろう。

《お姉ちゃん。ご飯食べよ♪》

『でも、その食べ物はあなたのでしょ。』

《誰かと一緒に食べるのなんて何年ぶりだろう♪》

私の言葉を聞いて聞かずか不自由な足にも関わらず夕飯の準備にとりかかった。

こんな小屋に一人で何年も…。その後ろ姿を見るとそれ以上何も言えなかった。

出された食事は質素なものだったが、誰かと一緒に食べたことの無い私には何故だか満足した。

《お姉ちゃんって…》

『気づいてるでしょ?私は人間じゃない。』

《やっぱり…》

『私が怖い?』

《ううん。全然♪だって、お姉ちゃん優しいもん♪》

優しい?私が?数えられないほどを人を殺してきた私が…優しい?

本当に不思議な子…

《私の名前ね!“たかなし”って言うの!お姉ちゃん名前は?》

『私に名前は無いわ。』

《そうなんだ~。じゃぁ、これからもお姉ちゃんって呼ぶね♪》

それから、

雨の日を除き社の前で会うことが当たり前のようになった。

この子に会いたいと思うわけではないはずなのに何故だか足を運んでしまう。

時には深く山に入らなくても取れる山菜の場所に連れていったり。この子の話に耳を傾けたり。食材を長持ちさせる方法などを教えた。

体の傷は増えることはないが、減ることもない。私のいないところでやはり何か起こっているようだが、私がそのことに触れるのは嫌な様子だったため触れなかった。

『前に、“きょうちょう”ってどういう意味か聞いたわよね。凶兆ってのは不幸や災いの前触れって意味なの。』

伝えるべきか悩んだが伝えることにした。大切なことを教えるために必要だったから。

《…私は不幸や災いを呼ぶの?…私のせいでお母さんもお父さんも死んだの?…》

『違う。よく聞いて。世界には確かにそういうものをもって生まれるモノはいるわ。ただいるだけで、触れるだけで、話すだけでその人を不幸の道筋に向かわせるモノ。本人の意思は関係なくね。けど、あなたは…たかなしは違う。私が見えている以上、力があるのは確かよ。でも、不幸を呼ぶモノではない。両親が死んだのはたかなしのせいじゃない。』

そっと、たかなしの頭に手をおいた。

この日始めて私はたかなしに触れた。

殺すためでなく人に触れたのは初めてだった。

…スン

たかなしの鼻をすする音

《うわぁ…》

どれだけ傷ついても、石を投げられても決して泣かなかったたかなしが始めて泣いた。

凶兆の意味も薄々はわかっていたのだろう。

だからこそ、罪の意識を持っていたのだ。

泣き疲れたたかなしは眠ってしまい。どうしようか考えたが、朝までは一緒にいてあげることにした。

数ヵ月が過ぎ――――

今年は天候不純もあり、稀に見る凶作だった。

行きどころの無い村人の怒りが村中を覆っていた。

誰が言い出したか

――凶兆じゃ。凶兆の子のせいだ。

――そうだそうだ。あの子のせいだ。

――忌々しい。親亡きあと食わせてやったのに

こうなってはもう止まらない。

怒りの矛先はたかなしへと向いてしまった。

村の異変に気づいた私は夜な夜なたかなしの住む家へと向かった。

コンコン…

玄関とは反対の壁を叩く。

『たかなし。』

玄関を叩かなかったのは不用意にこの子がドアを開けないようにするためだ。

ゴトンっ!恐らく驚いて何かを落としたのだろう。

《お姉ちゃん?どうしたの?入り口から入ればいいのに~》

『このまま聞いて。しばらく家を出ないようにしなさい。食べ物は私が持ってきてあげるから。』

《どうして~?》

村から外れているせいか村の異変に気がついていないようだ。 

『言う通りにしなさい。いい?社にも来てはダメよ。』

《え~。お姉ちゃんと会えないのは嫌だよ。》

『たまにはこうやって来てあげるから。言うこと聞きなさい。』

《は~い。》

まだ、少し納得できないようだったが言い聞かせた。

――――――

しばらくの間、食材は私が届け、夜な夜なたかなしの話し相手をしたり、夕飯を一緒に食べたりした。

外に出るのは最低限。不便もしていただろうがたかなしのことを想うと致し方ないことだった。

だが、そんな中でも村人の怒りは膨れ上がっていた。

――――ある日

村に異変を感じた。

たかなしの家は空だった。

今まで感じたことの無い悪寒。

急いで村に向かうと

村の中心にある、祭壇。その前で横たわる女の子。

たかなしだった。

『たかなし!!』

《お姉…ちゃ…ん…》

身体中、痣や傷だらけで額や至るところから血を流し横になっている。

―八尺様おいでください。この子の命を持って村をお救いください。

―八尺様どうか…!

―八尺様…

どう湾曲して私のことが伝わったのか、社の存在も知らないくせに、私に豊穣を願っている。

たかなしの命を犠牲に…

この傷は村人達に負わされたものに違いない。

だが、今はそんなこと関係ない。

倒れてるたかなしに駆け寄った。

《お姉…ちゃん。私の名…前…たかなしって…“小鳥遊”って書く…んだ…よ…。

あたし…お姉ちゃんに…たくさんのもの…貰った…。

お姉ちゃんと…一緒にいて…凄く楽しかっ…た。たくさん…お話してくれたし…ご飯も一緒に食べてくれた…。一緒に…寝てくれた…。

その…お礼がずっと…したかったの…。

でも…あたしには…あげられるものない…から。あたしの名前を…あげようって思ったの…。お姉ちゃん…名前…無いって…言ってた…から…。“小鳥”…お姉ちゃんの名前…“小鳥”で…どう…かな?これからは…お姉ちゃんが“小鳥”で…あたしが“遊”…。》

私に向かって手を差し出してくる。

その手を私は強く握った。

『小鳥…素敵な名前ね…。ありがたくいただくわ…。遊…?遊…?!』

《ありがとう…小鳥…お姉ちゃん。》

最後に私に笑顔を向けると遊は私の腕の中で眠りについた。

この子がいったい何をしたと言うの?

親を失っても懸命に一人で生きてたじゃないか…。

誰を傷つけるわけでもなく、生きてたじゃないか…。

そんなこの子がなんでこんな目に…理不じ…

―――理不尽に罪なき人へも仇なす、人の敵…

あの僧の言葉が蘇る…

神も…えらく皮肉なことをするじゃないか…

私にくだすのではなく、私と繋がりが出来た者に理不尽を負わせ私に知らしめるなんて…

ごめんね…遊。

貴女をこんな道筋に向かわせたのは私だ。

私がこの地にいなければ。

私が僧に殺されていれば。

私が人を殺さなければ。

…あなたはこんな目に合わなくて良かったのかもしれない…。

ごめんね…遊。

遊を横に寝かせ、村人達を睨む。

これから行うことは少なくともあなた達には理不尽ではないでしょ?

殺してやる。

その場にいた村人全員に私を見せるために呪をかけた。

―おぉ~!八尺様がおいでになられた!

―村をお救いください!

―八尺さ…*&#£

『ぼ…ぽぽ…ぽ…ぽ…』

グギャリ…

言葉を言い終える前に村人の一人の首を脊椎ごと引き抜いた。

頭を失った体はビクンビクンと痙攣している。

私を含め周囲にいた皆に返り血が降りかかる。

―キャアアアア!

女の悲鳴が辺りに響く。その声を皮切りに村人が逃げ始める。

逃がさない。

男も女も子供も構わず、首を抜き。腸を引きずり出し、胴と足を切り離す。

気がついたときには辺り一面血の海、人であっただろうモノが転がっていた。

この行為が正しくなく、遊の望んでいないことだともわかっていた。

ただ、私が私怨で許せなかったのだ。

ごめんね…遊…帰ろう。

――――――

血に濡れた私が抱けば遊が汚れてしまう。

それだけは避けねばならない。

綺麗な布を取りに戻り、綺麗な布で遊を包み抱き抱えた。

遊の体をどうしようか。と考え、人の礼にならい埋葬することにした。

選んだ場所は、私と遊が出会った場所。

社の側、竹林の中で私が一番美しいと思う場所に遊の墓を建てた。

夕暮れまで私は墓の側に座っていた。

茜色の空。あの子がいつも帰る時間、私は立ち上がりフラリフラリとあてもなく竹林の中を歩き回っていると夕霧の靄に巻かれていたが気にせず歩き続けた。

靄を抜けるとその先に

――カララ

ドアが開く音。

赤い提灯を垂らした店先に暖簾を持った、着物の女の子が立っていた。

「いらっしゃいませ♪今開店したとこですよ。よかったら、どうぞ♪」

笑顔を私に向けた女の子は私の返事を聞かずに店へと戻っていった。

なぜか私もあとに続き店内へ。

店内に客は私一人。

「カウンターへどうぞ♪」

促されるままに、彼女の前に腰を下ろす。

「良いお酒が入ってるんですよ~♪飲んでみません?♪」

人当たりの良い笑顔に少しの強引さ。この子、嫌いじゃない。

『じゃぁ…もらいます。』

とっとっとっとっと…綺麗な青いグラスにお酒が注がれる。

ソッと一口…

『美味しい…』

「良かった♪これ“遊”って言うんです♪純米大吟醸です♪竹にお酒を飲ませ続けると、空洞に飲んだお酒が溜まってですね~…」

店主は製造を語るが耳には入らなかった。

『遊…』

思い出すのはあの子の笑顔と、私の腕の中で眠りにつくあの子

「お名前、伺っても良いですか?」

『…えぇ…私の名は“小鳥”。八尺様の“小鳥”』

―――――――

{はっちゃ~ん!遊ぼうよ~!}

『はっちゃん言うな!私の名前は“小鳥”だ!』

{小鳥ちゃん怒った~♪キャハハ♪}

『あんた達ね~!』

遊…こんな私に名前をくれてありがとう。

あなたは私の命が消えるその日まで一緒にいる。

ありがとう…遊。

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面白かったです。
俺のなかで、挿し絵は
藤田和日郎でした。

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