中編5
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魚群探知機

 海の怖い話ねえ…。そりゃ、もう40年近く船乗ってっからね。色々と怖い思いもしたよ。台風の中に突っ込んだ時とか、そりゃあもう生きた心地もしなかったさ。船に乗らないと分からんだろうけど、陸の上で経験する台風とは全然違うからね…えっ?そうじゃなくて?怪談みたいなの?あはは、それを先に言えよ。

 とは言っても怪談のネタとなると、悪いけど全然無いなあ。やっぱりそういうのって、ほら、霊感ていうの?それ次第じゃない。俺、全然無えんだよ、そういうの。だから海の上でも陸でも幽霊なんか一度も見たこと無いしさ。いや、見たくもないしね、あはは。だからそういう意味では怖い思いってのはしたこと無えなあ…

 あ、でも、何かぞっとした経験なら一つあるかな。いつもこの時期になると思い出すんだけど…

 もう、30年以上前だなあ。勿論昭和の頃さ。その頃俺は小型のトロール漁船に乗ってた。大体日本の沖合で操業して、港を出てから一週間から10日程度で帰ってくるような船だった。

 船長は大ベテランで俺よりずっと年上だったけど、とっても冷静で温厚な人でね。怒ったの見たこと無いんだ。本当、荒っぽい船の世界で、あんなに穏やかな人は、後にも先にも見たことない。一回、“船長って、なんでそんなに、いい人なんですか?”って聞いてみたのよ。そしたら、一瞬照れたような顔して“俺、そんなにいい人かね?” とか言うわけさ。

 ”そうですよ。船長みたいに優しい人、海の世界で見たことないですよ”って言ったらさ、そしたら妙に神妙な顔になっちゃってね。” …海の上では優しくしなきゃな…” ってぽつりと言った。” 何ですか?” って重ねて聞いたけどそれ以上は説明してくれなかったな。まあ、その話はそれっきりで、いつも通りの船長に戻っていった。

 あの頃は魚も沢山いてね。大体いつも大漁だった。毎回出港するのが楽しみなくらいだった。暫く陸を拝めないけど、何か月も日本に戻れない遠洋漁業の連中に比べれば全然ましさ。今言ったように船長も温厚だから自然と船の雰囲気も良くなる。気の合う仲間にも恵まれて、本当に陸にいるより楽しいくらいだった。

 ところがある時、出港したのはいいけど、全然魚に巡り合えないことがあった。港を出てから一週間になろうかってのに、全然魚群に出くわさないんだよ。毎日毎日、何も映らない魚群探知機のスクリーンとにらめっこしながら一日が終わるんだ。これには、まいったよね。なまじ今までが好調だったから、余計に不安になるわけさ。仲間の顔も何か沈んだ感じで、船の雰囲気もどんよりしてきた。俺も毎日あくびばかりしてた。

 そんなこんなしてたらさ、ある日、“魚群発見!” 興奮した仲間の声が響いた。みんな探知機の前に殺到した。いや、もう、待ちに待った光景だったよ。あんなに感動したことは無かったね。魚影を示す映像信号がそれこそ湧き上がる雲みたいに画面いっぱいに広がって、ゆっくりと上がって来るんだ。あんなに大きな魚群なんて、俺は見たこと無かった。スクリーンの画像にあんなに興奮したのは初めてだったよ。

 ”おー、やったー!大漁だー!” “来た、来た、来たー!” “待ったかいがあったぜ!” みんな口々に喜びながら、急いで準備に取り掛かった。

 船長もにこにこしながら、そしてほっとしたようにスクリーンを見ていた。船員の生活を預かってるわけだからな。それが何よりうれしかったんだろうな。

 ところが、ふとその時、何か思い出したような顔をすると、船長が航海士に聞いたんだ。“現在位置は?”

 “東経〇〇〇度××分、北緯△△度▼▼分!” 航海士は元気よく答えた。

 その答えを聞いた途端、船長の顔色がさっと変わった。いつも冷静な船長があんな顔をするのは見たことがなかった。どんな顔かって、要するに、凄く驚いて、うろたえた感じだったな。そして、一瞬目を閉じて短い間、多分時間にすると数秒だったかもしれないが、少し考えた後、次の瞬間船長の大声が響いた。” 取り舵いっぱい!全速前進!”

 みんな、呆気にとられたよ。俺も勿論そうさ。何日も何日も待たされた挙句、まさに海を埋めつくすくらいの無数の魚の群れが俺たちの真下にいるってのに、この場から離れようとするんだからな。みんな流石に納得できなくて、騒ぎ始めた。” なんでだよ!” “船長、何考えてんですか!” “気でも狂ったのかよ!” 口々に船長に詰め寄った。そんな俺たちを船長は一喝した。

 “うるさい!船長は俺だ!黙って言うこと聞け!ぶっ飛ばすぞ、てめえら!”だってさ。いや、凄い迫力だった。さっきも言ったように普段からとても温厚で怒ったの見たこと無かったからね。それが鬼の形相で怒鳴りつけるもんだから、みんな本当にびびって、もう黙っちまった。傍にいた俺も本当怖くて、固まっちまった。いや、勿論怖い話ってのはそれじゃないけどね。はは。

 そしてその時はそのまま帰港した。帰る途中に一つ小さな魚群に遭って、少しは魚が取れたんで、まあ、ボウズは免れたが、燃料代やらなにやら考えると大赤字さ。何故かその魚群には船長は操業を許可したんだけど、いずれにしても、あの時あの大量の魚群を捕りに行ってたら、当然大儲けだった筈さ。勿論誰も納得してなかった。

 船長は結局何も説明してくれなかった。そして、何とそのまま船を降りちまったんだよ。だから、何故あの時あんな行動を取ったのか、結局彼の口からは聞けずじまいだった…

 で、俺はというと、どうしてもあの場所の事が気になって仕方なかったから、その後自分であれこれ調べてみた。航海士が言った現在位置の数字は頭の中に残ってたからな。俺、こう見えて数字を覚えるのは割と得意なんだ。へへ。

 そしたら、分かったんだよ。

 …島津丸事件て聞いたことあるかい?…

 戦争中、本土から離れた島嶼部に住む民間人を、輸送船で本土に疎開させるというオペレーションが行われた。だけど、戦争も後半に入ってて、海軍の護衛もなかなか思うようにはいかない状況だったんだ。何隻もの輸送船がアメリカの潜水艦の餌食になって、子供たちも含めて大勢の民間人が犠牲になった。島津丸もそうやって沈んだ船の一つさ。

 そう、あの場所は島津丸が沈んだ場所だったんだ…

 学童も含めて千人以上の人々があそこで犠牲になった。運よく助かったのは、ほんの一握りの人だけだった…

 俺が調べることができたのは、そこまでだ。あの位置が、何故正確に船長の頭に入ってたのか、何故船長が海の上で人に優しくしようと拘ってたのか、そもそも船長はあの船に乗っていたのか…俺は何も知らないし、詮索する気もない。そもそも船を降りた船長とはそれ以来縁も切れちまったし、今更尋ねようもないしね。

 ただ、今でも時々考えるんだ…魚群探知機のスクリーンの中でゆっくりと上がってきていたあの映像は本当に魚影だったのか?…もし、あの時あの場所で操業を始めてたらどうなってたか…それを考えると、ぞっとするんだよ。こんな噺でいいかな…

[了]

Concrete
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