長編32
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人を操るパワーストーン

ある会社に派遣社員として就職した時の話。

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その時、同じプロジェクトチームにある子がいました。

私より後に入ってきた、派遣社員のC子。色の白い、大人しそうな子でした。

私もその会社には入社したて、C子はわずか数ヶ月違いの入社でした。

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C子は実は、私へのいびりと、タイムシートの不正行為で、違うチームに移動になるA子の

後釜でした。A子とC子は、引継ぎのため、つきっきりで一緒に仕事をしていました。

私は同じチームでしたが仕事内容が違うので、C子とはほとんど話をする機会もなく、また私も忙しかったので紹介の挨拶を初日にした後は特に話をすることもなく、時間が過ぎていきました。

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そんなある日、突然C子が話しかけてきて、A子と何があったのかと聞かれました。

どうやら、N子は私がA子を違うチームに飛ばしたと、恨み節をC子に言っていたようです。

私は、A子に特になにかひどいことをしたという訳ではありませんでしたが一方的に嫌われてしまいました。

私は、仕事でA子の隣の席の人と話をする機会が多かったのですが、その子の席の近くに行くたびにブツブツと独り言のように、私へ悪態をついていたことを話しました。

その子と仲が良かったA子は、私に嫉妬をしていたのかもしれません。

私はノイローゼになる前に、と上司に訴えたところ、そもそもC子はタイムシートをごまかして、不正に残業代を多くもらっていたことが発覚したタイミングだったそうです。

それは年単位の長いもので、常習性のものでした。

そこに私の訴えも相まって、C子はチーム変更となることになっていたのです。

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その話をすると、C子は「やっぱり…。そうじゃないかと思ってたんです。そういう感じなんじゃないかと…。」聞くと、C子もA子にいびられているという事でした。

私は、A子はもう少しで違うチームにいくから、とC子を励ましました。

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その後、A子はチーム移動になり、しばらくたってからまたC子が話しかけてきました。とても楽しそうに、うれしそうに話した内容は次の通りでした。

A子は違うチームにいったのはいいが、そのチームで人間関係でトラブルを起こし、もともとタイムシートの不正で人事に目をつけられていたこともあって、もはやクビは免れない状況になったとのこと。

そしてC子に対して「死にたい」「今、駅のホームの椅子に座ったまま3時間以上、動けないでいる」など、尋常じゃないメールでの連絡が頻繁にあり、夜中でもお構いなしだと、とても楽しそうに話します。

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私は、ぞっとしました。

A子がおかしかったのは知っていましたが、そんな話の内容を楽しそうに話すなんて…C子も変だぞ、と…。

とりあえず、このままでは、A子は自殺をする可能性があると思った私は、とりあえずこの件を人事に報告するよう、C子にアドバイスしました。

どうやらC子は、この話をすると、私が一緒になってA子を笑いものにすると思っていたようで、私の真剣な態度に驚いていました。

私は「おもしろいからこのままで」というC子を説得して、人事に相談すると約束させました。

過去に若い友人を亡くしたことのある私は、例えA子が本当に自殺をするつもりがなくても、万が一、と考えました。

またいじめられはしましたが、A子の死など望んではいませんでした。

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その後、C子から、話を聞いた人事が、A子は契約の残り1ヶ月は出社しなくてOK、その1か月分の給料は支払うということになったという話を聞きました。

ほっと一安心するとともに、その話を私にするC子の態度に、違和感を持っていました。

最初のC子の、さもおもしろい話をするかのような態度から一変、私は被害者、こんな怖い目に合っているんですという、被害者ぶった態度に豹変していたのです。

そもそも、私がアドバイスをしなかったら、人事に言うこともなかっただろうに…。

彼女の話しぶりからして、どうやら人事には、私はこんな被害にあっています、と被害者をよそおって相談し、そして私はいびられてましたが、A子を助けてあげたいんです、という態度で人事に訴えたそうでした…。

そして、人事に励まされ、優しい言葉もかけてもらったのでしょう。

それがとてもうれしかったのでしょう。

この他人から同情されたい、注目されたいという感情…。

これが、この後彼女を狂わせていく原因となります。

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C子への違和感を抱えながらも、相変らず私は、多忙な毎日を過ごしていました。

ある日、そのチームで請け負っていた仕事から撤退する事になり、チームは解散になることが決定しました。

そして、私は新しいチームに入る事が内定しました。

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ある日、C子が仕事上でかなりのトラブルになりそうな失敗をしました。

それに気づいた私がフォローをし、事なきをえましたが、自分のした事に気づいたC子が謝りにきました。

あまりにも初歩的かつ、かなり大きなトラブルに発展しかねないものだったので、つい私も口調がきつくなり、叱り飛ばしました。

また、そのトラブルが、彼女が自分が気を利かせてやってあげました、という慢心と勘違いから発せられたものだったので、ついつい私も怒り心頭になって、怒鳴りつけてしまったのです。

今考えると、次のチームが決まっていなかったC子は追い詰められ、功をあせっていたのでしょう…。

C子も謝罪してましたが、謝罪の仕方もしどろもどろで的を得ないものだったのに呆れた私は、C子を「もういい。」と突き放しました。

…これがなかったら私は、その後何年も苦しむことはなかったのかも知れません…。

しかし、また彼女に薄気味悪さも感じていた私の恐怖心が、叱り飛ばした要因にあったことも、今となっては否めないのです…。

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当時、会社ではOutlookのスケジュールで、自分のスケジュール管理をすることを推奨していました。

ご存知の方も多いかと思いますが、それは自分のスケジュールを、ほかの人と共有する事ができます。

要求のあった人に対して、本人が閲覧可能にすれば、その人も自分のスケジュールをみる事ができます。

営業さんや、チームをいくつも兼業いている人など、外出の多い人や多忙な人と会議を設定するときなどに便利でした。

もともと、デスクワークの私は、外出の多い営業さんとは違ってスケジュール帳に記入することはなく、いつも空白、それは同じチームの人もわかっていたので、私に用があるときはみんな電話でアポ入れをしていました。

ただ、そんな空白のスケジュールを共有してくれとC子には言われていました。

特に断る理由がない私はそれをOKし、C子だけが、私の空欄のスケジュール帳を見る事が出来ていました。

そして、ある日、そのスケジュールを、こっそりC子がみれないように設定しました。

それには、訳がありました。

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見られているような気がするんです。いや、もともと閲覧可能にしたのだから、見られて当然なのですが…。

そうじゃなくて、私の空欄のスケジュールを、一日に何度も何度も、定期的にチェックしているような気がするんです。

私が自分のスケジュールを入力するはずもないのを知っていて、私の動向を探るのは、もはや彼女の中ではルーチンワークと化していて、

時間を決めて、一日に何度も、地道にチェックしているような気がするんです。

ふと、そんな思いに駆られる事が、何度もありました。

新しく配属されるチームは、まだ仕事自体が動き出したばかりで、チーム自体も稼動できるほどではなく、まだ営業さんや上層部で、取引先と準備を進めている段階でした。

そのため、私はいわゆる待機の状態で、準備ができるまでは他の多忙なチームのヘルプに入って、超多忙な日々を過ごしていました。

チーム外の仕事をしている私の動向を、知りたくて知りたくて、仕方がない…。

そしてふと、C子は、まだ次の移動チーム先が決まっていないことに気づきました。

今思えば、入社したばかりの派遣社員だったC子は、チーム解散によって契約終了にこなることが不安だったのかも知れません。

上層部は、チーム解散が決まってから、これでだれかがクビになることはないと、口を酸っぱくして説明してくれていたのですが…。

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また、彼女からすると、私とC子はあまり条件の違わない、同じ派遣社員に見えたいたのかもしてません。

しかし、私は入社の面接時に、数ヶ月派遣社員として働いたら、すぐに契約社員として再契約したいと言われていました。

実は、私はその仕事ではキャリアがあり、そもそもC子とやっている仕事自体が違っていました。

そして伝えないのも不義理かなと思った私は、次のチームが決まっている旨と、もうすぐ契約社員として再契約をする旨は彼女に伝えてありました。

なるべく嫌味にならないように伝えたつもりでした。

こうしてC子が私に執着し始めましたのを、ぼんやりと感じていました。

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また、解散が決まっているチームの仕事もまだ、残っている中、

新チームでの仕事が活発になっていきました。

度々、会議に呼ばれることが増え、離席することも多くなっていきました。

何かしら、スケジュール帳で管理をする必要が出てきた私は、

モレスキンのスケジュール帳を買うと、それに手書きで管理をしはじめました。

念のためOutlookでのスケジュール管理は止める事にしました。

また、お気に入りだった、憧れのモレスキンの手帳を、

社内のどこに行くにも、携帯していました。

それがC子の目に止まったのかもしれません…。

そんなある日、手帳がなくなった事に気付きました。

「あんなに警戒していたのに…。」

いや、そんなはずはないと私は頭を振りました。

会社で自分のスケジュール帳がなくなっても、ほぼ100%、自分の手元に返ってきませんか?

ほかの人のスケジュール帳なんて、自分には意味がないものですから。

また、私も何度か社内で、ほかの人のスケジュール帳をみつけて、紛失係に届けたりしていましたが、

営業さんにとっては、命綱ですから、必ず、すぐに届けていました。

それが、どこを捜してもないんです。

紛失係にも行きました。

買ったばかりだったので、必死になって捜しました。

そして…とある考えが頭から離れませんでした。

そんなことはない、さすがにそこまではしない…。

「…C子が盗んだ…?」

結局、スケジュール帳はでてきませんでした。

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ある日、珍しく仕事が早く終わった私は、会社の帰りにデパートに寄って、ひさしぶりのウインドーショッピングを楽しんでいました。

そして、あるアクセサリー屋さんで、ふと私は一つのペンダントが気になりました。

それはピンクゴールドの三日月型のチャームに、小さなダイヤモンドがついたデザインでした。

前に占い師に見てもらったときに、あなたのラッキーチャームは三日月だと言われた事があった私は、いつか三日月チャームのネックレスを買いたいなと、ずっと思っていました。

最近、C子のことが頭から離れず、ややノイローゼ気味のなってきていた私は、厄除けにでもなるかなと、その三日月のネックレスを購入しようかどうしようか、迷いました。

何度も手にとっては悩み、しばらくその場をに佇んでいました。

結局、自分の財布と相談の結果(笑、購入は諦める事にしました。

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それから数日たって、めずらしくC子が話しかけてきました。なぜか急に、他愛のない話をし合う友人のようなそぶりです。

私は不自然に思いつつ、彼女が一方的に話をするのを、適当に相槌をうって聞いていました。

その時、彼女の不自然な動きに、ふと気づきました。

いつもはアクセサリーをつけない彼女が、ペンダントをしているのです。

そして、そのペンダントを見せるように、首元をこちらにアピールするよう、私に向かって体を反ってくるのです。

そして、そのペンダントはをふと見ると…それは私が買おうかどうしようか迷った、あの三日月チャームのネックレスでした。

私の驚いた表情を目にしたC子は、急に高飛車な態度になると、これみよがしに指でそのペンダントを弄びはじめました。

私は、その演技がかったC子の態度に、正直、恐怖を通り越して引きました(笑。その時、その滑稽さに、ちょっと笑ってしまったかもしれません(笑。

そして、その私の様子を察知したC子は、急に淋しそうな、悲しそうな、そしてかすかに怒りの表情を浮かべると、その場を去っていきました。

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それからC子と一緒のチームは、正式に解散となりました。

ある時、私は新チームでの打ち合わせがあって席を外し、自分の席に戻る途中、私の席のうしろにある大きな観葉植物に隠れて、C子が私の席を覗き込んでしました。

ぎょっとしつつも、私に用事があるのかなと思って、声をかけようかと思った瞬間、C子が振り向いて私と目が合いました。

次の瞬間、C子は苦虫を噛み潰したような顔をして目をそむけ、驚いて無言で立ち尽くす私の横をすり抜けて行きました。

その時、私はC子が確かに尋常ではないのだと、確信しました。

よく考えると、そもそも、すでに同じプロジェクトの仕事は終わっていたので、私に仕事上のことで何か聞きにくることなどないのだと気づきました。

彼女は、まだ私を監視しようとしているのか…。

私は呆れながらも、とある恐怖心が芽生えてくるのを感じていました。

彼女からは、逃げられない、と…。

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私は新しいプロジェクトチームでの人たちとそこそこ上手くやっていました。

特に、年の近い女の同僚Mさんとは、時々一緒に飲みに行ったり…。

それなりに楽しく過ごしていました。C子とは特になんのからみもなく、チームが違えば話すこともなく、そのまま日にちが過ぎていきました。

C子は結局、どこかのチームに入るというよりは、ほかのいろんなチームの仕事を、その時々で請け負う形で仕事をしていました。

前はほかの子と話している様子もあったのですが、今は特定の一人の子としか話はしないようでした。また、仕事を依頼されても断る事が多いとも聞きました。

自分が負い切れない仕事を、ほかの人がどんどんふってくるという苦情を、人事に言っていたとも聞きました。

実像は、仕事が遅い、残業をする気がないという事も…。

そのため、次第にだれも彼女に仕事を頼まなくなっていきました。

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そんなある日、新しく新人が入社してくることになりました。

その子は、C子の上司Yが、面接でとても気に入った子で、相当の美人、C子の上司はデレデレだとのこと(笑。

社内では女性達が話半分、苦笑して噂をしてました。

その美人の新人の子の初入社の日、その子がみんなにあいさつをしていました。

確かに爽やかな印象の、健康的な美人です。はきはきとして、好印象でした。

上司Yも気に入るはずだな~なんてのんきに思っていたら、ふとその子の背後で、なにかが真っ黒なオーラを発しているイメージ映像が脳裏をよぎりました。

「??!」と思って良くみてみると、C子がすごい形相でその新人の子を睨んでいるのです。

あとでわかったのですが、C子も美人のな新人も美術大学出身でしたが、

美人新人は、都内の一流美大、C子は特に優秀な大学というわけではない美大の出身でした。

それも起因していたのかも知れません。

私はぞっとしました。C子は嫉妬に狂ってる…。

やはり、彼女には近づかないほうがいいと、また再認識しました。

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この頃の気になることといえば、C子はいつも、お昼時間が始まる12時の数分前にお弁当を買いに行っていました。

まあ、12時をすぎると一気にお弁当屋さんは混み始めますから、規定より早めにお昼ご飯を購入のために席を立っても…これはみんな見てみぬ振り、いや、今思うと、…ひょっとしたら誰も彼女のことなど、見ていなかったのかも知れません…。私以外は。

そしてある日、いつもどおり、C子が買ったお弁当を持って席に戻ってくるのを見かけました。

なんというか、そう、まるで悪代官が越後屋から小判いりの饅頭が入った箱を渡された時のような…とでもいいますか(笑、

まるでわざと演技をして作ったかのような、人相の悪い顔で笑っているのです。

しかも、買った弁当を、自分の顔の横にかかげて…。

その目は誰も見ていませんでした。彼女の顔を向けている先を見ましたが、だれも彼女のことを見ていません。

一体、なにを考えているんだろう…。

正直、その滑稽さにちょっとおかしさと感じると同時に、やはり恐怖も感じました。

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私は、C子のことを警戒することは怠りませんでした。

というよりも、毎日C子のことが頭から離れません。ちょっとでも時間が出来るとC子のことばかり考えています。

そして、隣人が夜中をすぎても騒ぐ日々が続き、だんだん寝不足になって行ったのも、この頃です。

そして、彼女の呪いのようなものが何となくジワジワと迫ってきているのも、気づいていました。

もう、これは呪われたことのある人しかわからない、としかいえないのですが…。

また、いつのまにか、右の肩こりがひどくなっていきました。時には痺れすらありました。

頭の右側だけが突然急に痛み出すこともありました。

大抵は、ほっとくとすぐに良くなるのですが…。

ある日、その頃通っていたマッサージ屋さんに、右リンパの辺りにしこりがあると言われました。

人に呪われているときは、体の右側に症状が出るというのは知ってますか?

そして時折、こんなことが頭をよぎりました。

だれも仕事を頼まなくなって、空いた時間のすべてを、彼女は私を呪う事につかっているという考え…。

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また、私は知り合いの霊能者の人に作ってもらったパワーストーンのブレスレットを、毎日つけていました。

そのブレスレットは、お風呂のとき以外はずっとつけているのですが、なぜかいろんなところにぶつける事が多くなったのです。

石が割れたかなとヒヤッとするほど強くぶつけてしまうのです。そんなことが、数回ではなく、頻繁に起こるようになりました。

今まで、そんなことはなかったのに…。

まあ、自分がガサツなだけだろう、でもこのままでは割れてしまうかも知れない…と心配になった私は、そのブレスレットを外す事が多くなっていきました。

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ある日、ふと、お昼時間帯にC子が席でお弁当を食べているのが目に入りました。

机の上に置いた弁当に、文字通り突っ伏して、ガツガツと犬食いをしていました。

もともとC子は、ちょっと上品な雰囲気のある子だったので、その様子には正直驚きました。

そして、食べ物を口に頬張りながら、爛々と光る目で、パソコンのモニターを見てました。

「一体、なにをみているんだろう…。」

ちょっと気になった私は、C子の背後を通りがてら、チラっとパソコンを覗き込むと、誰かとメールで仕事以外の話をして、遊んでいるようでした。

それは誰でもやっていることですよね(笑。

なので、特に気にすることなく、スルーしました。

でも、あんな目でモニターを食い入るように見るなんて…。

少し、不吉な予感がしました。

そして、健康診断で胃にポリープが見つかったのも、この頃でした。

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そんなある日、母から電話がかかってきました。取り乱す母が言うことには、父が末期癌だと言われました。

あんなに健康に気を使っていた父が、ちょっと具合が悪くなると、すぐに病院に行っていた父が、

こともあろうか、気づいたときには末期癌??

家族はみんな、首をかしげました。

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そして、父の看病や雑用と仕事で忙しくするなか、仲が良かった同僚のMが、時折私を妬むようなそぶりを見せているのに気づき始めました。

私の上司もまたしかり…。最初は上手くやっていたのに、なぜか憎んでいるかのようなそぶり…。

そして、後輩の私を見下す態度、何かを隠しているかのような態度…。

また、時折頭をよぎる、C子が、私と仲の良い同僚のMに、私にいじめられているとメールで作り話をして訴えているという考え…。

カンでしかありません。被害妄想だ、私は、気が狂っているのではないかと感じました。

また、少し前から会議に参加しても、全然集中できないのです。

集中しようと努力しても、頭になにも入ってきません。

デスクワークでも、全然仕事が手につかないのです。

そうして、次第に精神的に限界は過ぎていきました。

しかし、仕事はしなくては生きていけないのだからと、何もないように振舞って、毎日頑張っていました。

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そんなある日、上司から誘われ、とある打ち上げに参加しました。

その打ち上げには私は関係がなかったのですが、打ち上げなのに、面子に盛り上げ要員がいないので、人数だけでも増やしたい、ヘルプして欲しいといわれての参加でした。

会場につくと、私のようなヘルプ要員も参加して、すでに場は盛り上がっていて、みんな冗談を言い合い、上司も部下も関係なく、大笑いをしている、いい雰囲気でした。

盛り上げ要員だったということもあって、私もいつもより口数は多かったのは本当です。

そして、ジョークで一緒に参加した上司をからかいました。その時は大いに盛り上がり、当の上司も笑っていました。

しかし、次の日その上司に呼び出されると、ゆべの打ち上げでジョークを言ったことを、激しく怒鳴り散らされました…。

文字通り、口から泡を吹いて大激怒でした。

そもそも、私はそれほど人にジョークでもからかうことを言ったりするタイプではありません。

だから、あの時は自分でもよく言ったなーというか、正直、何かに言わされたかのような感覚がありました。

でも、これも言い訳でしかありません。

また、そのジョークの内容も、他愛のないもの。

しかし、怒りのポイントは人それぞれですから、本当に悪かったと思った私は、何度も何度も謝罪しまくって、なんとかその場はおさまりました。

しかし、もうここでやっていくのは無理だと退職を決意しました。

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退職を決めて数日たった頃、仲の良かった同僚のMと、飲みに行く機会がありました。

もはやすっかりノイローゼ気味だった私は、思い切ってC子の事はいじめていない、とはっきり言いました。

その時、Mがニヤリと笑い、「またまた~」と言いました。

まったく私の話を信用していない様子で、すべてを私は知っているのよ、とでもいいたげな態度でした。

ショックを受けた私は

「信用してくれないなら、会社を辞めたらもう、連絡はとらない」と言いました。

彼女はにっこりと笑って

「いいよ」

と言いました。私はショックでしたが、それはもちろん本心でした。

自分を信用してくれない子とは、友達でいられませんから…。

ましてや、私はもうズタズタだったので、自分を信用してくれない人とは、いられませんでした。

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退職を決めてからも、C子が私にいじめられていると言いふらしている、私がみんなに嫌われるよう煽動しているという感触は消えませんでした。

私は、もう少しで退職だからと自分を励ましていました。

そしてやはり、自分の被害妄想だろうという線も消えません。

とにかく耐えることだ、あと少しだと自分を鼓舞し続けました。

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そんなある日、同じチームの同僚から、送別会の誘いを受けました。

偶然、同じチームの子も辞める事になっていたので、その子と一緒に送別会を開いてくれるとのこと。

うれしさを噛みしめつつ、なぜかとってつけたような誘われ方というか…。

何か腑に落ちない感触はありました。

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送別会当日はつつがなく過ぎていき、みんなから、小さな観葉植物をもらいました。

とてもうれしかったのを覚えています。そして、その観葉植物について一生懸命育て方を説明する後輩…。

聞きながら、やけにその後輩が饒舌なのが気になりました。普段はクールな子なのに…。

そして、その観葉植物には小さなパワーストーンもついていることも説明されました。

よく見ると、確かに小さな観葉植物の根元に、大きなピンでパワーストーンが土に突き刺さっていました。

私がパワーストーンが好きなのは周知の事実なので、気を使ってくれたんだろうと思いました。

とてもうれしく、「どんな効能の石なの?」と聞きました。

するとみんなで目を合わせ、急に言いよどみました。

そしてしどろもどろに「さあ、なんかよくわかんないです」と言いました。

そしてその後、後輩の子が何かを言いかけ、「この植物ね…。やっぱりいいや」と言ったのだけ、少し気になりました。

家に帰ってその石をしげしげと眺めました。パワーストーンを使って、こんな飾りつけもあるんだなーなんて思って眺めていましたが、正直、そのパワーストーンの模様がひどく気持ちが悪いと感じました。

説明書きを読むと、それには、「スノーフレークオブシディアン」という石だとありました。

厄除けに効く、とも。

小さな、やや四角張ったその石は、黒い地に白い班模様があり、その模様がまるで雪が降り積もったかのようにみえるので、スノーフレークオブシディアンと呼ぶそうです。

しかし、私にはカビが生えた、乳歯の奥歯にしか見えませんでした。

でも、みんなの気持ちがうれしかったのです。

特に、精神的に弱りきっていた私はみんなに本当に感謝しつつ、ベットサイドに置きました。

退職まであと少しでした。

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辞めるまで指折り数えて、ノイローゼと戦う日々。

私は気が狂ってしまったのだろうかという恐怖。

そんな中、ある日エレベーターホールで、偶然立ち聞きをしてしまいました。

それは、C子がC子の上司との会話でした。

「H(私の名前)が退職するってなったら、Hが自分をますますいじめてくるかも知れないって言ってたけど、最近は、Hからいじめられてない?」

「はい、大丈夫です!ありがとうございます!」

私は、激しくショックをうけると同時に、自分が狂っていなかったんだという事実にホッと安心しました。

もちろん、私は最近はC子と話もしていないし、チームも違うし、からみようもないので、C子をいじめようもありません。

美人な新人に向かっている上司の心を、自分に向けさせたかったのでしょう。

どこのチームにも所属していない自分に注目させるためなのか…。

被害者ぶって人事や上層部の同情を自分に向けさせたかったのでしょう。

ショックを受けたズタズタの心を抱えつつも、あと少しだから頑張ろうと自分を奮い立たせていました。

そして、やはり私は自分が気が狂っていなかったんだという喜びをかみしめていました。

これだけが希望でした。

そして、辞める本当に数日前、C子のノースリーブからでている腕が、拒食症を疑うほどやせ細っている事に気づき、ギョッとしました。

あんなにランチに執着していた子が…?

もともと細身の子ですが、あの痩せ方はちょっと…。正直、驚いたのを覚えています。

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そして無事退職の日を迎え、まだ次の就職先が決まっていなかった私は、本格的に就職活動を開始しました。

そんなあわただしい日々の中、もらった観葉植物は、あっさりと枯れてしまいました。

あんなに懇切丁寧に後輩が育て方を説明してくれましたが、なぜか私は水の量を間違えて覚えていていて、

水をあげ過ぎてしまったのと、その年は特に寒い冬だったので、それも原因だろうと思いました。

枯れた観葉植物は捨ててしまいましたが、せっかくもらったのだからとパワーストーンは捨てずにとっておき、部屋にある他のパワーストーンと一緒に飾っておきました。

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その後、たまに飲みに行っていた同僚Mと、久しぶりに会いました。

Mは一緒の会社にいた頃から次第に意地の悪い態度をとるようになっていて、こうして久しぶりに会っても、その態度は相変わらずでした。

正直、Mとはケンカをした時に、退職後は縁を切ると宣言していましたが、

Mが退職間際に「退職しても、飲みに行くよね?」と追いすがるような態度をとったので、

逆に怖くなった私は、ゆっくりと縁を切ろうと思っていました。

そしてまた、実はMもまた会社を退職することになっていました。

Mは幼少のころから持病がありました。その持病が大人になって小康状態を保っていたものの

最近、また悪化してきているとのこと…。それが退職の原因でもありました。

そもそも、Mは私と仲良くしているのが原因で、C子に目をつけられ、私の悪口を吹聴されたのだと思います。そこには、C子が私とMの仲を裂きたかったという思いもあったと思っています。

ただ、私と仲良くしていただけで、Mに非はありません。

それなのに…Mの体調にまで影響が…?

そう思った私は、これ以上Mに迷惑をかけたくないという思いもあって、

Mとは縁は切ろうと思っていました。

宴もたけなわになった頃、Mがとってつけたように、送別会でもらった観葉植物について聞いてきました。私は枯れてしまったことを告げると、ひどく責められました。

私は謝罪しまくりつつ、どうして枯れてしまったのかをしつこく聞いてくるMに、疑問を持ち始めました。

「…で、一緒についてたパワーストーンはどうなったの?」

「ああ、あれは大事にとっておいてるよ。家に飾ってある。」

「…ふうん」

彼女は、何かを考えているようでした。

その後、店を出ると別れ際、またMは追いすがるように、また飲みに行こうねとしつこく誘われました。

正直、そのしつこさに辟易しつつ、適当に言い繕ってその場を離れました。

Mとはその後、近況報告のメールのやり取りを1回したあと無事縁が切れ、会っていません。

Mの体調が良くなったことを、祈るばかりです。

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就職活動は、順調ではなく、なかなか再就職先は決まりませんでした。

相変らず隣人がうるさくて、なかなか眠りにつけない上に、突然夜中に大きな音をたてて何度も起こされる、やっとつなぎのバイトや就職先が決まっても、かならずイジメや嫌がらせ、セクハラに合う、などなど…。

そんな日々が私を待っていました。

今までは、そんなにこっぴどく人に嫌われることなんてなかったのに…。

むしろ、仲介に入るほうだった…。

そう、退職しさえすれば消えると思ったのに、まだ、C子に呪われている気がする…。

なにか、「嫌いだ」という想いだけではなく、黒魔術のような、技術を使って…

なにか、モノを使って…。

そして私は、その呪いがかかったモノを、持っている…。

そんな気持ちがおさまりませんでした。

しかしC子からもらったものなど、ありませんでした。

気付くと、なるべくその会社にいた頃に買ったものは、処分するようにしている自分がいました。

退職してもなお、私の頭の中は、C子で一杯でした。

いや、それは私が自分の不幸をC子のせいにしているだけ…、

そう思っても、彼女の事が一日中、頭から離れません。

むしろ仕事をしていない分、その症状はひどくなっていきました。

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そんな中、やっと派遣社員での仕事が決まり、そこで私はほそぼそと、ひっそりと暮らす毎日を送っていました。

C子といた会社に比べると給料も少なく、また滞納していた税金の支払いもあるので、

生活はギリギリでした。

でも、税金は自業自得です。例え呪いのせいだったとしても、それをはね返せない自分が弱かったから、それに社会的にはズバリ、自分の責任です。

私はいつか楽になると自分を励まして、密やかに毎日を送っていました。

相変らず、隣人が騒ぐので寝不足の毎日でしたが、それでももともと寝つきのよい私は、

耳栓をしたり布団で耳をふさいだりして、毎晩何とか頑張って眠っていました。

ところがある日、ふと気付きました。

右のわき腹に、奇妙な違和感があります。なんというか、くすぐったいというか、妙に気になるというか…。最初は気にしないようにしていましたが、それは日増しに強くなっていきました。

またそれは、決まって夜眠ろうとベットに入ると起こります。

そして、今まさに寝入ろうとする瞬間、右のわき腹の違和感が大きくなって、ハッとして目が覚めてしまう。そんな日々を送るようになりました。

平均睡眠時間は、3~5時間でしょうか。

その違和感というのは…例えるなら、右わき腹に住み着いた蛇が、のたうっているような感覚でした。

痛みはありません。ただ、その違和感というか、何かが動いている感覚…。

右わき腹の前から後ろにかけて、何かが急に、うごめくのです…。

インターネットで調べてみたところ、腸蠕動(ちょうぜんどう)の動きが活発になっているだけで、痛みも便に影響もなければ気にすることはないとのこと…。

ストレスも関係しているそうなので、私は極力、気にしないようにするようになりました。

この症状は、日によって程度の差がありましたが、数年間ずっと続きました。

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気休めにでもなるかなと、インターネットで呪いを解く方法を調べても、なぜか呪いをかけるサイトにしか行き当たらない、

食べ物が驚く速さで腐る、台所のシンク周りが、一日掃除をしないとドロドロになるなど、なにかおかしい事が起こっている気がしていました。

寒い冬だったので、家の軋みだったのでしょうか…。

ラップ音のような音も、しょっちゅうしていたのを覚えています。

急に電球が切れたこともありました。でも、次の日にスイッチを入れると、

明かりがついたのですが…。

また、在職中からですが、知り合いの占い師に相談しようとしても、この話をしようとすると、なぜか喉が詰まるというか、

会いに行ったのに話す事が出来ないのです。不思議でした。

でも、本当に呪われているのなら、こんなに呪われる自分も悪い、

だから、この呪いを解くタイミングがきたら、呪いを解く方法が目の前にあわられてくれるだろう、

それまでは、この呪いを受け止めて生きていこう。

そう覚悟しました。

そして、この呪いが解けるのには、数年かかるだろうという気がしました。

その後は、それまでの自分とはうって変わった人生…。

数年、必死で生きました。

仕事も続きません。もちろん、お金もたまりません。

パワハラ、セクハラはしょっちゅうでした。

驚くほど、人に嫌われます。

私は怒りっぽくなり、性格も少しずつ前と違っていきました。

酒量も増え、酒癖も悪くなっていきました。

前は飲むとただただ、陽気になっていただけだったのに、

人にからむようになり、悪態をつくことすらありました…。

そのため、人と飲むのはなるべく避ける様になりました。

また気付いたら、食事の仕方がきたなくなりました。

ハッと気付くと、まるでむさぼり食うように食事をしている自分に気づきます。

いつの間にか、ダイニングテーブルで食事をとっていたのに、

テレビのすぐ前に座って、食事は床において食べるようになりました。

止めようと思っても、止められないのです。

そして感情のコントロールが難しくなり、

高飛車な、傲慢な嫌な女が、時折顔をのぞかせるようになりました。

また、ぼんやりと死を望む時間が多くなっていきました。

この頃が、一番最悪でした。

その後、少しずつではありましたが、年月の経過とともに、C子のことも頭から離れなくなるというほどではなくなりました。

それでも、完全に忘れるということはありませんでした。

たまにふとC子のことを思い出しては、何かに急かされるような、嫌な気分になっていました。

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この数年の間に、父に続いて母も癌を患いました。

幸いな事にStage1で手術して治療する事が可能でしたが、わずか半年で3箇所の手術をしました。

手術をすると、また別のところに癌ができるのです。

まるで追いかけっこのようでした。

最初は気丈にふるまっていた母も、何度も違う箇所に発症する癌に、やせ細り、少しずつ精神的に参っていきました。

しかし、Stage4の末期癌の父が心身ともに母をフォローしてくれ、2人で支えあううちになんとか少しずつ落ち着きを取り戻していきました。

これは、不幸中の幸いだったと思っています。父と母の仲もこれをきっかけに、深まったようでした。

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また、いい事もありました。姉夫婦に子供が生まれたのです。

両親にとっても初孫で、闘病生活の鬱々とした日々のなかで、それは朗報だったと思います。

実家に帰省した私は、初めて姪っ子に会った時に初めて会いました。

とてもかわいい、おしゃまな子で、私はすぐに好きになりました。

両親もデレデレです。

ただ、1つだけ…気になる事がありました。

時折…その子が、とても赤ちゃんとは思えない、人を呪い殺そうとでもしているかのような…

藪にらみの鋭い目つきで、私を睨み見るのです。

ゾッとしました。

だって、その目つきは…C子が弁当をもって歩いている時、犬食いをしながらパソコンを見ていた時、

美人の新人を睨みつけていた時…。

あの目つきだったのです。

ふと気付くと…。姪っ子の顔つきは、C子に似ています。

ああ、C子が赤ちゃんの時は、きっとこんな感じだったろうな…。

イヤ、まさか。考えすぎ…。

私は、姉夫婦と姪っ子の似ているところを数え上げて、気を紛らしました。

しかし両親も、その目つきには気付いていて、姉夫婦のいないとき、

「とてもかわいいけど、あの時折見せる目つきは…・」

と話し、気味悪がっているようでした。

しかし、その時折見せていたその目つきは、年月をおうごとに見なくなっていき、

今はすくすくと元気に育っています。

でも、今もたまに思い出すんです…。

あの目つきは…。一度でもあんな目で見られたら、とても忘れられるものじゃありません。

また、呪いは自分の近親者で弱い人がいれば、その人が代理で受けやすいということです。

赤ちゃんなんかは、まだまだ弱いですからね…。

そして、父や母も高齢ですから…。

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また呪いは、かけている人から物理的に距離を置くことが大事だといいます。

そのためか、退職で好転したこともありました。

そのC子のいる会社にいるとき、税金は自分で支払う事になっていたのですが、その督促が税務署からきても、私が支払うことはありませんでした。

ところが、退職をしてすぐに、「…いや、税金は払わにゃダメだろ…」と、急に思い立ったのです。

それまでがウソのようでした。

なぜ、自分が払わなかったのか、まったくわからない…という驚きとともに、速攻で税務署に行きました。

苦労しました、時間もかかりました。

そして、滞納分も含め、税金をすべて支払い切ることができました。

なぜ、あの時、私が税金を支払わなくても平気でいられたのか…。

今となっては、疑問です。不思議です。

そして、その後、呪いとはそういう作用もあるというのを知りました。

人をノイローゼにすること以外、そう思い込ませ、生活の基盤を徐々に壊していくということも…。

例えば、自分をいつも守ってくれていたのかもしれないパワーストーンを、よくぶつけるようになったのも…そして、それをはずすようになったのも…そういう力が働いたのかもしれません…。

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そして退職から私は、前から好きだったパワーストーンにますますはまり、休日にやることといえば、パワーストーンのサイトめぐりです。

前のように外出や旅行に出かけることは、めっきりなくなりました。

オシャレもしなくなりました。

そして、収入に少しでも余裕があるとパワーストーンを購入し、どっぷりとつかっていきました。

そして、心身ともに余裕のない数年を過ごしたある休日、

家にいる時、ふと「この世は愛情に満ちているのだな」と思ったのです。

税金と同じく、なぜ私が急にこんなことを思ったのかは、わかりません。何をどう考えていて、そんな考えに至ったのかも、正直忘れました(笑。

でも、そう思ったのは覚えています。

すると、なんとなくインターネットをしたくなり、なにげなくパワーストーンにについて調べていました。

またいつもの通り、呪いのサイトに行き着いてしまいます。

いつもはすぐにサイトを出るのですが、斜め読みをすると、そこは呪いというより、パワーストーンの歴史について語ることを主としていて、実際に呪う方法などは掲載していないようだったので、ちょっと閲覧してみる事にしました。

すると、とある一文に目がいきました。

オブシディアンという石は、あげた人が、もらった人を操る事ができる石だ、書かれています。

そして、その効能を利用して、昔は呪術に用いられていたということを。

その次の瞬間、みんなからプレゼントされたあのパワーストーンが頭に浮かぶとともに、今までの

すべての小さな疑問が、一気に晴れた気がしました。

そして、なぜかずっと頭を離れる事がなかった呪われているという感覚は、そのパワーストーンが元凶なのだと確信しました。

そして、そのパワーストーンは、C子がチームのみんなを騙して、私に渡したものなのではないかという思いが頭をよぎりました。

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私は、すぐにそのパワーストーン握りしめて、着の身着のまま家を出ると、衝動的に近くの公園に行き、とある木の下に埋めました。

それ以降、あんなに狂ったように休日はパワーストーンのサイトを閲覧していたのに、

それがピタッと止みました。

パワーストーンも、今はそれほど欲しいとは思いません。

なんというか、前のような永遠に癒されない喉の渇きのような、パワーストーンへの感覚が消えました。

次第にオシャレもするようになり、休日の外出も増えていきました。

私は、これですべてが終わったのだと思いました。

しかし、このパワーストーンのことを人に話そうとすると、

その人と待ち合わせをしても、メールが行き違ってなぜか待ち合わせできなかったり、

相手に急な仕事が入ってドタキャンになったり、またこの話をかいつまんで話した子とは、

なぜかその子が急に態度を変え、疎遠になったり…。

まだ、パワーストーンの影響は残っていると実感しました。

しかし、私はまだ、この呪いの原因があのパワーストーンだということに半信半疑でした。

いままでの一連の出来事は、私の妄想の可能性も捨て切れません。

そう考えて迷いましたが、そうすることで誰も傷つけはしないのだから、その石をちゃんと神社で供養してくれるところに送ろうと決めました。

こうしてパワーストーンを埋めてから約半年後に、その公園にパワーストーンを掘り返しに行きました。

もう時間もたっているし、みつからないかもしれない…。

野良猫や子供が見つけて、今はもう、どこか違う場所にあるのかも知れない…。

そんな思いを抱きつつ、そのパワーストーンを埋めた木に辿り着き、埋めたところを見てみると、地中に埋めたはずのパワーストーンが、その木の根元に転がっていました。

それはまるで、私がくるのを待っていたかのようでした。

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石は、今月中にご供養されるようです。

その石をご供養してくれるところに送ってから、自分が変わったのを感じています。

なんというか、世界の感じ方がまったく違うんです。

それまで、子供の頃からずっと続いていた感覚にもどったというか…。

前は人に対してすぐにイライラしていたのですが、今はどうしてそんなにイラついていたのか…。

自分のことながら、よくわかりません。

そして、助けを求めようとしても、その憑き物落としのサイトに疑いをもったり、辿り着けなかったり(逆に呪いをかけるサイトに行ったり)していたのが、最近、生霊除けのお札を買う事が出来ました。

そのお札を手にしたとたん、隣人が静かになり、熟睡する事ができるようになりました。

これだけで、今は十分ハッピーだと思っています。

お札を手にするのと前後して、ひどいパワハラのあと、会社をクビになりましたが(笑、

その呪いの影響下にあったときのことが原因なのでしょうがない、

すべて水に流してしまおうと思っています。

これから、新しいところで今までの自分に戻って、心機一転、頑張ろうと思っています。

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C子がその後、どうなったかは知りません。

実は、退職後1年たったとき、C子といた同じチームの子と偶然街で会い、話をしました。

その時、C子についてたずねると、誰?と首をかしげ、C子のことを知らない様子…。

ようやく思い出してくれて、C子の近況を話してくれたところによると、

相変わらず目立たない存在で、誰とも話さずに仕事をしているという感じ、とのことでした。

しかし、今も感じるような気がします。

力が弱くなったとはいえ、彼女が相変らず、あの会社で私が戻ってくることを待っているような気が…

するんです。

私が戻れば、C子は私を呪うことで、孤独ではなくなりますからね…。

そう、退職してから数年、何度も何度も、あの会社に戻りたいと強烈に思う事が何度もあったのです…。

あんな目にあったのに、C子がまだいるかもしれないのに、

なぜこんなに、強烈にあの会社に戻りたいと思うのか。

あの会社に帰りたいと切望するのか…。

生霊は、その人が生きている限り祓っても祓っても、発動するものだということです。

実は今もその思いだけは消えず、時折私を悩ませます。

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また、私は気付いていました。

そう、まるで性格が彼女になったかのようでした。

ここ数年、私は彼女の人生を生きているという錯覚が、たまにありました。

人の人生は、過去の続きとして現在がありますよね。

でも、私の今までの人生の、過去からの続きとして、ここ数年間というのは…。

急に毛色が違うのです。

今までの過去があった続きとしてはおかしい、というか…。

妬み、ひがみの権化、被害妄想と依存心の塊のC子…。

彼女は、私に自分の事をわかって欲しかったのかもしれません。

私と友達になりたかったのかもしれないと思います。

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そして忘れてはならないのは、例のパワーストーンが呪いの原因だと気づいたとき、

そのパワーストーンを手にすると、なぜかそのパワーストーンはずっと自分を必死で導いてくれていたような気がしました。

C子の呪いを解除するのは愛情だと、この自分にかけられた呪いを解いてくれと…。

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父はこの数年の間、ずっと闘病を続けていました。

そして、決して治らないと言われていたStage4の腫瘍が消えました。

それはちょうど、パワーストーンを公園に埋めた頃のことです。

医者は首をかしげていたとのことです。

本人も家族も医者同様に首をかしげていますが、密かに私だけがほくそえんでます。

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