中編7
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兄妹

私はアパートの2階で生活をしている。

アパートの部屋のベランダから2メートル程の場所に、大きく立派な一軒家が建っており、その家の裏口や窓が見える。

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最初は特にその家の事は気にしていはなかったが、夜中の2時になると決まって女性の笑い声が聴こえる様になってから、妙に気になり始めた。

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「ギャハハハ!」

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明瞭に聴こえるその笑い声は、季節に関係なく窓を開け放って外に向けて発している様な聴こえ方だった。

夏場は特にベランダに面した窓を開け、網戸にしていたため酷く大きく聴こえた。

何の脈絡も無く聴こえる遠慮の無い下品な笑い声に不快感を感じながらも、努めて気にしない様にしていた。

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ある日の昼間、友人が家に遊びに来た。

久々の再会に思い出話に花を咲かせ、気付けば夜になっていた。

夕食やお酒を近くのスーパーへ買い出しに行き、その日友人は私の自宅に泊まる事になり

夜はゆっくりと深まっていく。

尽きない話も切り上げそろそろ寝ようかと話していると、またあの笑い声がした。

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「ギャハハハ!」

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ハッとして時計を見ると、時刻は深夜2時を回っていた。

友人がギョッとした顔で私に尋ねる。

「え?今の何?」

「あーやっぱり気になるよね〜毎日なんだ。

困ってるんだよ。

多分隣の家の人だよ。

少し変わった人なのかもね。」

と苦笑しながら話す。

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びっくりするよな、と友人と笑いながら後片付けをしようとすると、篭った音が外から聴こえる。

友人と顔を見合わせ耳を澄ましてみると、どうやら先程の声の主が何かを言っている。

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「聞こえてますよ。」

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物凄く低い声でそう呟く様に、しかし確実にこちらに届く様に聞こえてくる。

いつも笑い声しか聴こえなかったため、初めての言葉とその内容にドキリとしていた。

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「聞こえてますよぉー。」

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2回目、更にこちらに語りかける様に女性の低い声が聞こえる。

窓は閉めていたし、酒が入っていたが声が外に漏れる様な大きな声で話してはいなかった。

どうしてこちらの声が、向かいの家に住んでいる女性に聞こえたのかがわからなかったが、私は友人と息を潜めて状況を見守っていた。

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「聞こえてるってー!だーかーらーわかってるんだよー!」

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段々と口調も強くなり、こちらが反応するまで声を発し続ける様な感じがした。

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「おい!コラ!無視すんな!私の悪口を言っただろ!出てこい!」

女性は尚も続ける。

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「おーら!今から行くからなぁ!待ってろよ!逃げんなよ!」

私はこちらに来られては困るという考えと、自分の生活を守らなければという使命感にも似た感情から行動にでた。

ベランダに面した窓を勢い良く開け放ち、声のする方向に向け返答した。

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「夜中に何なんですか!?困ります!近所迷惑ですよ!警察呼びますよ!」

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私の部屋から漏れ出る灯りで、うっすらと女性の家が照らし出される。

目の前の家には一切の灯りが灯っておらず、

声のした1階部分の空けてある窓へ向けて話し掛ける。

そこには色白で顔が前髪で半分くらい隠れた女性が、こちらを睨みつけていた。

気持ちが悪いその女性は一旦怯んだが、先程よりも更にヒステリックにまくしたてて来た。

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「警察!?呼ぶなら呼びなさいよ!こっちも出るとこ出るわよ!ねぇかずくんパソコン持って来て!記録しなきゃ!早くー!」

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するとアパートとその女性の家を隔てるブロック塀の陰から、ムクッと男が立ち上がった。

ブロック塀自体の高さは低く、恐らくしゃがみこんで隠れていた男が、女性の声に反応し立ち上がったのだと思う。

男の手にはトンカチと鋸が握られていて、鮮やかな赤い液体が、手に持った工具や着ている白いTシャツに飛び散った跡があった。

男の異様な風貌に危険を感じ、慌ててベランダの窓を震える手で閉める。

窓の外からはまだ女性の声がしていた。

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「かずくん、あいつやっちゃってよ!滅茶苦茶にしちゃって良いからー!今すぐやってきて!あぁあー!」

完全に狂ってる、、、、

やっちゃうって、、、、

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心の動揺からか、視点が定まらず、自分が行ってしまった事への後悔の念と、自らが対象となり得る蹂躙という言葉が頭を駆け巡る。

怒りを恐怖心が上回りそうになりながらも、自己防衛本能から、携帯を手に取り警察へ電話をしようとした。

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「もうしたよ。

すぐくると思う。

ったく、とんでもない奴だなーwww」

友人は至って冷静に警察に電話をしてくれており、その沈着冷静行動を感謝すると共に、警察という信頼に足る存在の介入に安心感を取り戻すことができた。

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5分もしない内に私の家に警察が駆け付け、事情を話すと直ぐに女性の家に向かってくれた。

向かいの家からは既に女の声は聞こえず、外は不気味な程に静まり返っていた。

警察が行き、間も無く女の叫び声と警官の怒鳴り声が聴こえて来ることがありありと想像されたが、これに反し外には静かな闇が広がるのみであった。

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1時間程して再び警察が自宅に来る。

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「あなたのお話しされた様な女性は、向かいの家には住んでいないみたいですよ。」

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警察の人の第一報を聞き、愕然とした。

警察官が向かいの家のインターホンを押すと、初老の男性が出てきたという。

そんなはずはない…確かに先程の事は現実に起こったと、警官に訴えかけるが事実の認識に相違がある以上話は先には進まない。

釈然としない内容であったが、外も静かになっており、警察の何かあれば直ぐに駆け付けられるという言葉に多少なりとも安心しその日は眠りに就いた。

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次の日、警察まで呼び大ごとにしてしまった罪悪感と、事実関係の相違に対する疑心から大家さんへ連絡をする。

近所の方との所謂トラブルを円満に解決するために、大家さんへ向かいの家の“初老の男”との仲裁役を依頼するためでもあった。

もし自分と友人が幻でも見て、ありもしない事で警察を呼び大立ち回りとの噂が回れば、大家さんだけではなく他のアパート住人へも迷惑をかける事になりかねない。

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酒も入っていたし、記憶はあるが1日経ってしまえば自信が揺らいできていた。

大家さんは過日の説明に心配をしていたが、快く対応下さるとのことで、また後日に連絡をくれるとの事であった。

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後日アパートの大家さんから連絡が来た。

向かいの家の初老の男は、警察を呼ばれた事には特に腹を立てている様子もなく、気にもしていないとの事だった。

「まぁ昔からのよしみだしねぇ。

そう言う事だから気にしないでいいわよ。」

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それじゃあ…と電話を切ろうとする大家さんを必死で引き止めた。

まだ聞きたいことがある。

私は意を決して、向かいの家の事を詳しく教えてもらうための懇願を繰り返した。

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初めは口籠もり個人情報だなんだと言っていたが、何かあるたびに警察を呼んだり、大家さんへも夜中に電話が鳴り止まない事になれば皆んなが困る事になるとの私の熱弁に、何故か思い詰めた声色となりあっさりと語ってくれた。

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初老の男性はもうかれこれ20年程その家に1人で住んでいるそうだ。

彼には家族があった。

妻と息子と娘の4人家族だったが、妻に先立たれ男手一つで2人の子供を育てた。

妻は息子が14歳の時、娘が13歳の時に亡くなったそうだ。

2人の子供は非常に頭が良く、勤勉でそして仲が良かった。

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思春期の複雑な時期での母の死。

父は生活の為仕事で家に帰る事が少なかった。兄妹は慰め合い、いつしか愛し合っていた。

彼らは歪な関係を育んでいき、その関係が社会から認められる事はなく、隣近所での噂が絶えなかった。

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やがて兄は高校へ行く事もなくなり、妹を除いた人との関わりを拒絶する様になった。

いつの間にか精神を病んでいった。

いや既に病んでいたのかもしれない。

動物を弄ぶ様になり警察のお世話になることも多かったという。

そんな兄を庇い続けた妹だったが、彼女も次第に精神を病んでいった。

地域の人々から畏怖の眼差しで見られる日々。

それに絶えきれず、妹は日常生活も儘ならず拒食症状が著しいことから、精神病院へ強制入院となった。

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兄は同じ時期に失踪をし、程なくして妹も精神病院から脱走し姿を眩ませている。

父である初老の男性は、様々な手を尽くして兄妹を探したが見つからず20年という歳月が経過していた。

でねぇ…と大家さんがさらに重い口を開く。

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「あんたの言っていること、あながち…実はね、この間あんたから連絡をもらって向かいの家の旦那さんへ挨拶に行ったのよ。

旦那さんが是非って言うから、家にもお邪魔して亡くなった奥さんのお焼香を上げた時、

40代くらいかねぇ、、、男の人と女の人がいたのよ。

旦那さんは、親戚ですと言っていたけど、あたしが昔見たお兄ちゃんとお嬢ちゃんの面影があったんだよ。

それが気になってね、、、、

嫌だあたしったら、そんな訳ないのに。

ごめんなさいね、この話はこの界隈でも禁句だからね。」

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その後夜中の不快な笑い声はすっかりなくなり、静かな夜を過ごす事が出来ている。

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最近気になるのは、カーテンの隙間から視線を感じて嫌な気持ちになる事がある。

決まって部屋を暗くして眠ろうとする時、若しくは夜中に急に目が覚めて、ベランダに面する窓に掛かっているカーテンに目をやった時に感じる気持ち悪い視線。

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カーテンの隙間が空いている時には、縦に2つの目が除いている様に見える。

時々、本当に時々、ベランダの鉄格子がギシギシとなる音や、2階のベランダからアパートの敷地内の小さな庭に飛び降りた様なドサッという音がする。

兄妹は今現在も向かいの家に居て、初老の男が兄妹を匿い家族3人でひっそりと生活をしているのではないだろうか?

対面した時に感じた兄妹の異常さは、とても日常生活を正常に送れるとは思えない。

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真相は解らないし、すべては憶測の域を超えないのだ。

妙な胸騒ぎの中、錯覚である事を祈るばかりだ。

Concrete
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