中編5
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供え物は見てはいけない

昔聞いた話だ。

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お供えものは、あまり見てはいけない

そう聞いたとき僕は首をかしげた

なぜ、見てはいけないのか?

見るとどうなるのか?

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するとこう答えがあった

見る、ということは

憶えるということだからだ。

少し間を開けてから、難しかったかな、と微笑む顔

どうしてか、その顔とその答への疑問は、

長く僕の記憶の片隅に残っていた。

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あるとき、かつての友人が事故でなくなったという話を聞いて久しぶりの地元に戻ってきた。

それは、付き合いがあった当時、親友とまではいえないものの、普通に心内を話し合えるくらいの仲ではあったので、

せめて花の一つでも供えてやらないと、という使命感に駆られてのものだった。

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真夏の日差しが照りつける中、かつて何度か遊びに訪れた家の呼び鈴を鳴らす。

暫くして出てきたのは、自分の中の記憶よりも少し細い気がする女性の顔だった。

その人とは久しぶり、であるとか、元気にしてた、とか、そんな何気ない挨拶を交わした。

玄関で立ち話も、ということで家の中に上がらせていただき、仏壇にも手を合わせた。

このときには、もう事故が起きてから半年が経っていた。

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場所は郊外の山中の曲がり道だった。

最寄りのコンビニ、スーパーでも、

車でそこから半刻ほど。

人通りは少ない、加えてガードレールの向こうは断崖。その下にはただただ鬱蒼とした森林が広がっている。

それは落ちたなら、決して人に見つかることはないだろう程のものだった。

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手向けられた花と、飲み物、そして真新し過ぎる白いガードレールが痛いほど目に焼き付いたことを覚えている。

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「この下に?」

「いえ、……横転した車が炎上して」

「…単身…だったんですか?」

「扱いとしては、そうね…」

少し、その笑顔に影が落ちる。

「………相手は」

「…わかりません」

その言葉の影に、隠しきれないなにかを感じながら、次の言葉を紡ぐことが出来なくなる。

供えられた花の花弁が、

ちぎれて風にさらわれる。

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「でも、いいんです」

「え?」

「こうして誰かが覚えていて、わざわざ会いに来てくれるから

それだけで、この子も救われると思います」

不意に、供え物へと向けていた目を横に向ける。

うつった横顔は、とてもではないが言葉では表せないほどに強く、そして脆く見えた。

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「それだけじゃあないのよ」

唐突に、声の調子が上がる。

「この花、二、三日に一回は新しいものに替わってるんです」

このジュースもだけどね、という言葉と一緒に少し顔を緩ませる。

「替えてるところを見たことはないから、きっとかなり早い時間なんでしょうけど…」

「ずいぶんと律儀なことだけど、一体だれが、供えてくれているんでしょうね」

どこか、遠くを見るような目で呟くその人は、一体どんな心境でいるのか、分からなかった。

その後、暫くそこからの風景を眺めてから、

僕たちはその場所を後にした。

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土日合わせて五日の休暇をとって戻ってきていた僕はどうしても、その人物の顔を見てやろうと思った。

なにか一言、ぶつけてやらないと気が済まなかった。

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その次の日の朝、日も登り始めたばかりの時間。

僕はあの事故現場へと車を走らせた。

しかし、そこに人影はなく、

すでに新しくなったお供え物が置いてあった。

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仕方なく次の日も、今度は日もまだ昇っていない時間に車を走らせた。

今度はまだ替えられてなかったので、そのまま日が昇るまで待ち続けた。

昇り始めてから、二、三日おきというおばさんの言葉を思いだし、なんともいえない三日目の朝を

家路につく途中の、車の中で迎えていた。

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四日目

どうせなら、と。

車内で一晩中、あそこに留まってその人物を待つことにした。

結局何時に来るのかわからないから、加えて明日にはもう帰らなければならないから

これが最後の機会、という半ばヤケクソじみた計画であったが、

特になんの疑問も持たなかった。

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睡魔に負けないように、目の覚めるガムを噛みながら、その時を待つ。

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夕方7時から始めていたこの監視も、ふと車内の時間表示を見るともう2時を越していた。

フロントガラスに寝ぼけた眼を向ける。

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息を飲んだ。

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近くに車はない。

しかしさっきまで誰もいなかった場所に、手には供えるための花をもった人影が現れていた。

気づかれないようにドアを開け、

慎重に、慎重に外に出る。

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まず、一発。怒鳴りこんでやろう。

頭に少し血が上っているのは、薄々自分でもわかっていた。

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律儀にものを供えている人影に向かって静かに歩み寄り、半ば興奮気味に口を開く。

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しかし、声はでなかった。

出せなかった。

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それは男性だった。

シワのない黒いスーツに、背格好に、風貌も、

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数日前にあの家でみた写真のままだった。

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目が合う。

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彼は、何かを言うこともなく、ただ、

ただ、こちらを不思議そうに眺めていた。

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ことのあらましを彼の母親に話すと、

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「…淋しかったのかねぇ」

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と、呟いた。それと

「眺めていたってのが、あの子らしいねぇ」

と、昔みた笑顔を浮かべて笑っていた。

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彼は僕が硬直している間に気がつくと消えていた。

いやまだそこに居たのかもしれないが。

しかし、もう見えなくなってしまっていた。

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「寂しかった、か…」

帰りの車の中で、その言葉がひたすらに頭の中を回り続けていた。

少なくともその場所を通りかかった誰かがそれを見てくれる。

そこに誰かがいたとわかってくれる。

それが、彼の救いだったのかはわからない。

ただ、誰かの救いではあったのだろう。

「あぁ、でも」

けれども結局、

事故の原因はわからずじまいだった。

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それ以来僕は、

道路の道端に、顔も知らない

誰かによってひっそりと供えられている物を見ると、

本当にそれが誰かによるものか、分からなくなった。

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けれどもそれは、

不安とも安堵ともとれない微妙な感情だった。

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