長編10
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選定する者。

 仕事終わり、見た目も中身も全く違うが仲の良い男4人が、とある小さな河豚屋のカウンターで飲みを交わしていた時だった。

「お客さんたちがあんまり飲むから、明日の分の酒までなくなっちまいましたよ。」

 河豚屋の店長が、不機嫌そうに愚痴を零した。その店長の言葉に、四人は声を上げて笑った。

「大丈夫だよ、店長!なんせ、ここに居るお方は、あの有名会社のCEOなんだから!」

「おい、声がでけぇよ。イケメンだからって調子乗ってるといつか痛い目見るぞ。」

「もうとっくに見てるっつーの!」

「酔いすぎじゃないかな?」

「だって、コイツ、金持ちで嫁さんも子供も居て、この中じゃ一番恵まれてるだろぉ!?」

「だから、声がでけぇよ。」

「平気だろ、店貸し切りにしてんだから。仕事してない割に金もらってるんだし、たまには、俺たち平民を労わってくれてもいいと思うけどね。」

「…分かったよ。ここは、俺が持つ。それで良いんだろ?」

 CEOと呼ばれた男以外が、嬉しそうに手を叩いた。どうやら、四人とも随分と酔っているようだった。店長がまた、恨めし気にこんなことを言った。

「今から買い出しに行ってきますけど、戻ってきたらお代をいただきますからね。まったく、閉店時間から1時間以上居座るなんて…がんちゃんの友人じゃなかったらここまでサービスしませんよ。」

 がんちゃんと呼ばれた男は、この四人の中で一番顔が整っている男だった。この男は、悪びれもせずへらへらと笑いながらこんなことを言った。

「いやぁ、悪いね、おやっさん!フグもいっぱい食べちゃって!」

「いいですよ。二度目はありませんからね。それじゃ、残りのお時間はご自由に。」

 店長はそう言って、店を後にした。四人は店長がいなくなったことで、ますます本音が零れ始めた。

「金井の人生は恵まれすぎてる。」

 ポツリとそう呟いたのは、この四人の中で最も仕事が出来る男だ。その呟きに反応したのは、CEOと呼ばれた男だった。

「勤、お前飲みすぎだろ。」

 金井は、そう言って仕事が出来る男に、水を渡した。だが、男はその水を手で押しのけた。

「まだ、そこまで酔ってねぇよ。言わせてもらうが、今のお前があるのは、秘書の中山さんが居るからだからな。」

「んなこた、分かってるよ。」

「自分、一人で稼いでるなんて思うんじゃねぇぞ。」

「だから、分かってるって言ってんだろ。」

 二人のイライラした様子が、残りの二人にも自然と伝わってくる。思わず、この中でなんの取柄もない男が口を開いた。

「まぁまぁ、二人とも落ち着こうよ。」

「いや、今日こそは言わせてもらう。」

 勤と呼ばれた男は、そう言って男の宥めも聞かず、ここぞとばかりに愚痴を吐き出した。

「良いか?大体2代目の奴は、大した苦労ってものを知らずに生き過ぎてるんだよ。親の力や周囲のサポートがあって今のお前があるんだからな?毎日毎日定時に帰りやがって、家族を養うことで充足感感じてんじゃねぇぞ?お前が社長になった時に、会社にとって何が一番大事なのかもう一度よく考えるんだな。」

 その台詞を聞いて、今度は、金井が反論した。

「お前、人が一番幸せって感じで言ってくるけどな、俺だって自分の自由な時間が欲しいって思ってんだぞ?嫁さんは、出産してすぐだから情緒不安定だし、結婚してからよりずいぶん太ったし、でも、離婚しないように気を使わなきゃいけないんだよ。それに、次期社長っていう言葉がどんだけ重荷か考えたことあるか?それも、自分が仕事ができないって自覚があるんだぞ?兄貴が生きてりゃ、俺だってこんな面倒なことには足突っ込まなかったよ。」

 そして、なぜか金井は、なんの取り柄もない男の方を向いた。

「お前は良いよな。普通に生きてりゃ良いんだから。勤みたいな中間職じゃないから、責任も少ないしな。」

「そんな…俺だって、悩みだってあるよ。生きてても意味ないなって思うことが多いし、死んで誰か気づいてくれるのかなって思うし。」

 なんの取柄もない男は、俯いて歯を食いしばった。そんな男に対してがんちゃんが肩を組んできた。

「ばーか!お前が死んだら、俺たちが気づくに決まってんだろ!?」

「羨ましいよ。」

「は?」

「俺は、がんちゃんになりたい。」

 がんちゃんは、自然と男の肩から手を離した。男の眼には、がんちゃんに対する嫉妬の色しか浮かんでいなかった。金井も勤も、いつの間にかがんちゃんに対して恨みにも似た視線を送りつけていた。悪酔い、という奴だろう。あんなにはしゃいでいたがんちゃんも、自然と目が据わった。

「お前ら、俺の何を知ってんの?」

 思えば、仕事を通して知り合った四人は、お互いのプライベートを深くまで知らないことに気が付いた。

「簡単に他人になりたいなんて、口にすんなよ。腹立つなぁ。」

 これが、がんちゃんの本音なんだろうと3人は思った。けれど、三人とも、じゃあ何があるんだと、内心見下すようなつもりで思っていた。そんな三人の視線を受け止めて、今度はがんちゃんが、三人に対して嘲笑した。

「じゃあ、今から、最も狂った男が出来上がった話をしてやろうか。」

 そう言って、がんちゃんは、カウンターから立ち上がると、勝手に厨房の方に入っていった。そうして、がんちゃんは、冷蔵庫からビール瓶を取り出して、ラッパ飲みし始めた。残りの三人も、罪悪感などの意識が吹っ飛ぶほど、悪酔いしていた。だから、がんちゃんが、冷蔵庫から勝手にビール瓶を取り出して渡してきた時も、何の気なしに飲むことが出来た。がんちゃんは、どこともない遠くを見ながら、語り始めた。三人は、静かに聞き入ることにした。

「その男は、自分のことが大嫌いだった。母親は、とても美人だったが、男は誰に似たのか分からないほど、不細工な顔立ちをしていた。父親は分からない。母親からは、お前の所為で離婚することになった、とだけ言われて育っていた。この男が狂うきっかけは幾度かあるが、一番最初は、その母親に愛情を持たれなかったことだと俺は思う。

 男は、学校でも虐められて、存在する場所などない様に思えた。そんな時、一人の少年がその男と友達になろうと言ってくれた。その少年と友達になったことが、その男の二度目の狂うきっかけとなった。少年は転勤族で、その場の空気に馴染むことが得意だった。少年とは学校が違って、同じ団地で同じ年齢だったから友達になることが出来たに違いなかった。男は、その時、人と仲良くなる喜びを知ってしまったが故に、虐めがより辛く感じるようになった。けれど、学校に行かなければ、母親から打たれるので、男は学校に行くふりをすることを覚えた。けれど、学校に行っているふりをしているということが、少年によってばれてしまった。

 というのも、人間は親しい人に秘密を持っておきたくないものだ。男は、考えが浅いために、少年に学校に行きづらいこと、行ってないことを全て話してしまった。もちろん、少年は、その話を少年の母親に話し、そのまま男の母親の耳にまで入ってしまった。母親は、怒り、男を気が済むまでぶった。その後、小学校卒業を機に、母親は、男を遠い親戚に押し付けることにした。男は、それきり少年とも母親とも会うことはなかった。

 男は、すべてを他人に話すべきではない、と学習し、それからは勉強に励むことにした。人間と違い勉学は、やればやるだけ結果が返ってきた。これが、男が狂う三つ目のきっかけとなった。男は、人間以外に自己顕示欲を満たす方法をみつけてしまったからだ。生きている意味を見出してから、男は周囲の目を気にすることがなくなった。また、教師からは、一目置かれるようにまでなってしまった。賞賛の声は、他人を勘違いさせる。男は、とある女性教師に恋をしてしまった。中学三年生の時だった。

 男は、卒業を機に、その女性教師に告白をした。女性教師は、お世辞でも嬉しくなかったのだろう。教師としての反応ではなく、女性として男を軽蔑した目で見た。そして、男は、勉強ができるだけでは意味がないと悟った。やはり、人間は見た目だと分かった男は、高校生になってバイトしたお金で、顔を整形することにした。口周りの手術をすると、神経麻痺によって食べ物を噛む力がなくなったり、感覚がなくなってしまうと分かったため、男は目と鼻とえらを削る手術をすることにした。これが、男が狂った四つ目のきっかけだった。

 顔が整った男は、学校では軽蔑の眼差しを向けられたが、休日の駅でナンパをすれば、尻の軽い女にすぐに遊んでもらえることを知った。そして、自分の体が、女を喜ばせるためのものであることに気が付いた。男は、徐々に自己顕示欲が満たされ、誰もが羨むモテる男となった。男は自然と周囲を見下す立場になっていた。けれど、それが許されるのは、学生の間だけだということを男は気づいていなかった。

 男は、就職で苦汁を舐めることになった。これが、男が狂ったきっかけの五つ目だった。大人になると稼ぎのない男は、あれだけ媚びを売ってきていた女からも見向きもされなくなることを知った。この時、男は稼ぎもなければ、女に好かれないのだと思った。それから、男は資格を取り、有名企業の社員になった。おかげで、再び女から好かれることになった。その上、友人も何人か作ることが出来、人生の中で、最も幸せなピークを迎えていた。それが、男が狂う六つ目のきっかけとなった。

 その理由は、至って簡単だった。みな、自分ほど努力していないのに、一通りの幸せを掴んでいたからだ。男が努力しなければ手に入れられなかったものは、みんな、普通に過ごしていれば手に入るものだったからだ。こんなバカバカしい話があるかと、男は思った。けれど、自分が知らないだけで、誰でも言えない過去がある。人それぞれだと開き直ることだって出来た。だが、男は、そうすることができなかった。

 男は、つい先日まで結婚を考えていた女性がいた。けれど、男は、その女性に振られることになる。金もそこそこある。頭だって悪くない。仕事もできる。顔は言うまでもない。性行為だって申し分ない。じゃあ、どうして?どうして男が女に振られたのか、それは至ってシンプルな内容だった。

 あなたが、完璧すぎるから。

 この時、男は、完全に狂ってしまった。あの忌々しい母親と同じように、女に対して暴力を振るい、自分の言うことを聞かせようとした。けれど、女は泣いて謝るばかりだった。謝られて気が済むものではなかった。男は、女の首を絞めていた。絞めて殺していた。分からない。殺す気などなかった。でも、死んでいた、というのが正しいかもしれない。

 男は、自分のしでかした罪の重さに気が付いた。が、気が付いたところでどうにもなる訳でもないような気がした。だから、自分の気の済むまま、女を死姦し、殴った。今までの人生の不満全てを、その女の体にぶつけた。女は、女に見えないほど、赤黒く変化した。最早、人間でもなかったかな。

 さぁ、もう分かってんだろ?この男が誰なのか。なら、お前ら、一斉に名前を言ってみろよ。」

 がんちゃんは、目が据わったままニヤニヤと三人を眺めていた。三人は口を開くことができなかった。目を見開いたまま、ただただ、がんちゃんの顔を見つめることしか出来なかった。

「喋れないか。ま、そろそろだと思ったんだ。テトロドトキシン。聞いたことあるだろ?フグの毒だよ。」

 金井が横で吐き始めた。勤は、横で呼吸困難になっている。それを見ながらがんちゃんは、嬉しそうにほほ笑んだ。

「症状のⅢ度だな。もうすぐ、神様とやらが迎えに来てくれるんじゃないか?お前はどうだ?」

 がんちゃんは、なんの取柄もない男に問いかけた。

「ろうひれ、ほんらほろ…。」

「どうして?そんなの、お前が一番よく分かってるだろ?」

「…。」

 金井の胃酸の臭いが店中に広まっていく。勤に関しては、痙攣のような症状も出てき始めている。

「小学校のときは、友達になってくれてありがとうな。」

 なんの取柄もない男は、胸が苦しくなり、思わず上体を前に倒した。がんちゃんは、そんな男に構わず続けた。

「そういうお前の優しいところを、美穂は好きになったんだろうなぁって、俺、本当はよく分かってるんだ。分かってるんだけど、どうしても、お前のことが許せなかったんだ。」

「れんりょうら…もろっれ…。」

「無駄だよ。ここの店長、無資格でフグさばいてたから、警察に目をつけられてて、この店たたむ気だったんだよ。だから、この店をたたむきっかけとして、俺が一躍買ってでたんだ。」

「は…?」

「だって、三人も同時に中毒者出したら、たたむしかないじゃんね?仲の良い同僚三人が、閉店まで飲みに来てて、買い出しに行ってる隙に中毒になったら、救急車も呼べないし。」

「!?」

「美穂も、お前に殺されたなら本望だったと思うよ。多分、お前の部屋は今、美穂と一緒に燃えてるはずだから。」

 カウンターテーブルに頬を付けたまま、目だけでがんちゃんを睨んだ。がんちゃんは、まるで菩薩のように優しく微笑んだ。 

「ありがとう。お前に、なんの取柄もなくて良かった。」

 がんちゃんは、そう一言だけ残すと、最後に渡した三本のビール瓶だけ持って、店を出て行った。金井もいつの間にか吐くことをやめ、勤の荒かった呼吸も聞こえなくなっていた。男は、自分は何もしていないつもりだったのに、どうして選ばれたんだろうと、そんな考えても仕方のないことばかり考えていた。

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@ttttti
コメントありがとうございますm(._.)m
私の思考回路が、どちらかと言えばサイコパス寄りなので、そういった文章が浮かびやすいのかもしれません笑

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