長編11
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「峠の怪異」〜chaser〜

木漏れ日の中、小川のせせらぎ、木々が織り成す葉擦れの音に囲まれたひと時。

学生時代の旧友達と山でバーベキューを楽しんでいた。

友人達の笑い声に自然と会話も弾み、気付けば時刻は14時。

誰からとも無く後片付けを始め、帰り支度を済ませる。

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忙しい中時間を合わせ集まった面々だが、御開きとなり、名残惜しくも徐々に意識は現実へと引き戻されていく。

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帰りの車中。

久々の再会の余韻に浸り、引き続いての思い出話。

酒の入った友人は饒舌に昔話を語っている。

ドライバー役で素面の私が、相槌を打ちながら運転に集中している。

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(おっと、、!?)

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道路に何か落ちていたが、スピードの出ていない車は同乗者に影響も無く、緩やかにその落ちているものを避けて通る。

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視界の端でしか捉える事の出来なかったその物体。

何かが潰れており、全体的に黒く、地面に面した部分には周辺に赤い液体が少し染み出している。

落下物?それとも、何かの死骸?

一瞬視界に入ったが、その物自体は特定ができなかった。

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自らの見た物の真相に確信めいたものを感じながら、それを認めてはならない想いが胸騒ぎというかたちで心の中に小さな波を立てていた。

幸い車や運転に影響はなかったので、気を取直し帰路を急ぐ。

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山の道路は当然の事ながら周りが森となっており、景観としては飽きがくる。

暫く走っていると、街に近付いているのか民家やこじんまりとした飲食店が見えてきた。

向かう時には別の道から来た為、土地勘の無い私はカーナビを頼りに走っていた。

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ある飲食店を通る時、閉まっているその店の前に1人の男がいた。

男は年配で、店の前のウッドデッキで行き交う車を眺めている。

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店を通り過ぎようとする時に男と目が合うと、

男は身を乗り出し、こちらを凝視し始めた。

感情も読み取れない無表情で見ている。

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(誰かと勘違いしているのかな、、)

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しかし男は明らかに私達の車、いや運転席の私を凝視し、腰を上げゆっくりと道路へ歩き出した。

不気味に感じた私は目を逸らし、そのまま店を通り過ぎる。

気になりバックミラーに目をやると、その男は道路の真ん中まで出てきており、私達の乗っている車を見ていた。

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私はその男に対する不信感と、言い知れぬ胸のざわめきを感じたが、通り過ぎる一瞬の出来事だったため、深く考える事なく友人との会話を楽しむ。

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また暫く走っていると、先の方で民家から人が出てくるのが見える。

特に何を考えるでもなくそちらに視線を向けると、年配の男が農機具を持って何処かに出かけようとしていた。

そこを私達の乗った車が通り過ぎる瞬間、その男は満面の笑みを私に投げかけてきた。

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(まただ、、)

と心の中で思いつつ、車内の様子を伺う。

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3人いる友人は、誰もこの状況に気づいた様子がなかった。

その後も道路を歩く親子連れが悲しそうな眼差しを送ってきたり、部活帰りの女子高生の集団が憤慨した様子でこちらを睨んできたりと、不可思議な状況は続いた。

山の道路から出て、景色が街の風景になると、感じていた違和感も薄れてきた。

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「少し休憩しよう」

コンビニを見つけ、車を停める。

友人は、タバコを吸う者、トイレへ行く者など各自自由に行動をしている。

私は1人の友人とコーヒーを買い一息ついた。

仲間内の中では落ち着いていてふざけたりする事の少ない彼を見て、先程の怪異についてを打ち明ける事にした。

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「さっき山道を走ってる時に、何人か俺たちの車をじいっと見つめてくる人がいたんだけど、気付いた?」

単刀直入に投げかけた私の質問に、彼は一瞬ギョッとした表情を見せた。

「え?いやー俺はウトウトしてて気付かなかったよ。」

挙動不審な様子で辺りを見回し答える彼に、ただならぬ雰囲気を感じた。

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気付いたんだ....ああ、そうか。

彼は聞こえるか聞こえないか位の声でそう呟く。

得体の知れない重苦しい空気を2人で共有し、彼の周囲への警戒心が自分にまで伝染していた。

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「おーい!行くぞー」

自らの知り得ぬ真相を彼に問いただそうとした時、他の友人達が声をかけて来た。

彼の態度は気掛かりではあったが、少しでも早くその場所から離れたいという思いで、休憩も早々に出発した。

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都心部に近付くにつれ、陽も落ちて来る。

17時半。

少し早いが、夕食を済ませて仕舞おうという話になり、ファミリーレストランに入る。

食事をしながら、各々の仕事など取り留めの無い話をした。

皆疲れていた為、特に話し込む事も無くレストランを後にする。

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友人3人の内2人は、都内の駅で車から降り解散となる。

先程コンビニで話した友人とは、自宅が同じ地域の為彼の自宅まで送る事となった。

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18時半。

日が延びてきたとはいえ、辺りは宵闇が迫っていた。

暗がりの車内に友人と2人。

先ほどのコンビニでの反応。

気になって仕方がないにも関わらず、言葉が出て来ない。

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「あのさ、さっきのコンビニでの事なんだけどな。」

急に友人は言い忘れたことを思い出したように、軽い口調で口を開いた。

「えっ!?やっぱり何かに気付いてたの?」

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予想に反した軽快な口調の彼に対する安堵から、肩の力が抜け言葉を返す。

彼はあっけらかんとした様子で続ける。

「お前が道路で見たっていうの、あれ女の生首だよ。」

彼の放った言葉に理解が追いつかなかった。

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「は?えーっと、ふざけてたりする?」

言葉に詰まりながらもやっとの思いで返答する。

「あー、ははっ、ごめんごめん。まぁ聞いてくれよ。」

運転をしながら横目で見た彼は、真っ直ぐ前を見据えたまま思い詰めた様子で語り始めた。

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バーベキューをした山。

実はその中腹に位置する村が彼の出身地だった。

皆にその事を話さないのは、後に語られる理由からであった。

彼が生まれるずっと前に村のある山奥に神社が建てられた。

村の言い伝えによると、その昔山で大規模な土砂災害があり、村の大半が土砂にのまれ多くの命が奪われた。

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2度と同じ事の無いよう、そして村の繁栄を願い神社が建立された。

村人達の願いが叶い、自然災害に悩まされる事なく平穏な日々が続く。

元々豊かな土地であったその場所は、作物が豊富に育ち人々が移住して来る程に繁栄を見せた。

笑顔と幸せに恵まれた村。

しかしその片隅で、不穏な気配が深い闇となって渦巻いていた。

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村を襲った土砂災害の数少ない生き残りの一族は、村の繁栄を喜ぶ一方で一族の歴史が廃れて行く事を危惧していた。

同時に外から来る移住者達の異なる文化を忌み嫌っていた。

やがて新たな村民を歓迎することもなく、“余所者”と虐げる一族は、多勢に無勢とばかりに逆に移住者達に村の隅に追いやられる事となった。

この事による一族の怒りと怨みは彼らをある行動に駆り立てる。

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ある日山奥にある神社の境内に生首が転がっていた。

一族は女を攫い鎌で首を切断し、人ならざる者の仕業と見せかけたのだ。

第一発見者を装い一族は口々に祟りだ、呪いだと騒ぎ立てた。

その様子を見て怒りに拳を震わせていたのは村長である男だった。

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災害の生き残りである村長は、村の発展の為外からの移住者を歓迎していた。

一族は村長の方針が気に食わなかったのだ。

痛みをもって戒めを与え、祟りを理由に移住者の排除を村長に迫るという手筈だ。

生首の主は村長の妻であったのだ。

一族は化け物が村長の妻を食らうのを見たなどと口走っていたが、村長にとっては事実などどうでも良かった。

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怒りはより一層の怒りを呼び、その矛先は村長にとって、普段から疎ましい存在であった一族に向けられた。

心を失った村長は、祟りを鎮める方法として一族全員の首を化け物とやらに捧げる命令を下した。

彼らは皮肉にも村長の妻にした方法と同じく、鎌で首を切断され村の至る所に掲げられた。

掲げられた一族達の顔はどれも怒りと憎しみに悶え、無念に満ちた表情であった。

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語り終えた友人は、それでと続ける。

「バーベキューからの帰り道、その村があった場所を通ったんだよ。村っていうか既に開拓されていて観光地に近いけど、村の歴史はあそこの住人なら皆んな知ってる。そして狙っているんだ....」

「狙ってる?何を?」

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いつの間にか車は人通りの無い夜の公園に停まっていた。

彼の話に聞き入るため、他に一台も停まっていない公園の駐車場に入っていた。

「気付いてしまった人のこと。俺の地元の人間は見ればわかるんだよ。あーわかっちゃった人だなって。生首。見えたでしょ?」

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彼は私の目を覗き込む様にして詰め寄って来る。

動物が死骸となって、道路に横たわっている姿を見つけた時、私は必ず目を逸らす。

直視せずともわかるからだ。

但し死骸以外のゴミなどは、逆にしっかりと直視をする。

山の道路で見たもの。

無意識に身体が“見てはいけないもの”と判断したもの....

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黒く靡いた(なびいた)部分と、地面に面して潰れて飛び散った液体。

私の心の中に立った小さな波の正体、それは紛れもなく女の生首を見ていたという事だった。

「俺は地元にはもう帰らない。両親も病気で亡くしているし、親戚とも疎遠になった。もう関わりたくないんだ。狂った風習…誰にも話せなかった…」

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頭を抱えて蹲る彼を見つめながら、先程から気になっていた事がやっと口をついて出てきた。

「狙ってるって言ってたけど、気付いた人はどうなるんだよ?」

彼は震える声で聞く私に向き直る。

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「生首は実態の無い物だよ。所謂霊だと思う。そういうのに気付く人は時々いるんだ。そんな奴は大抵放って置かれる。ただ気付く人の中には特別な雰囲気を持った人がいる。うまく説明出来ないけど、なんか色が違うっていうのかな。お前からはそんな感じが出てる。」

「出てるって....じゃあその特別な人はどうなるんだよ?」

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聞きたくないのに聞いてしまう。

聞いたところで、絶望しか無い事を予感していた。

「いなくなる。」

「.........」

固唾を呑む私を確認しながら彼は続ける。

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「しつこく追われる。どうも“追手”というのがいるらしい。捕まったら攫われてそのまま行方不明になる。俺は一度攫われて来た人を村で見た。それで恐ろしくなって逃げる様にして地元を捨てたんだ。」

私は息の詰まる思いから、大きく深呼吸をした。

「分かった。そういう話な。ちょっと休憩!」

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本当だぞ!という彼を制し車を降りる。

馬鹿馬鹿しい。

いい歳をして何を寝言の様な事を。

外のじっとりと湿った風が頬を撫でるたびに不快感を覚える。

もう何も考えたく無い。

天を仰ぎ、星一つない雲の垂れ込めた空を見る。

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ダンダンダンダン!!

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車の内側から窓を叩く音がし、見ると友人が慌てた様子で何かを訴えかけている。

急いでドアを開けると、間髪入れずに慌てた様子の友人が怒鳴り声を上げる。

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「おい!車出せ!早く!すぐ側まで来てるぞ!」

え?と答える間も無く、物凄い勢いで何かが迫っている気配がする。

「うぅぅぉおおあああああー!!」

遠くの方から叫び声がし、自らの鼓動で心臓が踊り狂うのを感じる。

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(どうしよう?!ヤバイ!)

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ダダダダダダダッ

と確実に近付いてくる足音に気持ちを奮い立たせ、運転席に飛び込み、震える手でエンジンを掛ける。

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中々掛からないエンジンに焦りを隠さず、クソ、クソと回らないキーをガチャガチャと回し続ける。

声と足音はかなり遠くに感じてはいたが、今この瞬間にもバンッと車の窓に張り付く様に“何か”が迫り来る様子が手に取るように想像出来てしまう。

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(捕まったら終わり、死ぬ、殺される!)

焦燥感が私の中を支配し、最早正常な思考や行動は出来なかった。

落ち着け!という友人の声に深呼吸をしてもう一度エンジンを掛けると…掛かった。

急発進した車は、大通りに向けて走り出した。

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バックミラーを見ると、走って来ていた何かが私達のいた場所に到着していた。

「ナンバープレートォオ!見たぞぉー!」

遠くの方で叫び声が聴こえる。

暗がりの中、シルエットだけのその黒い影は、いつまでも私達の車を見つめていた。

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これからどうなるんだろう…

これで終わりな訳ないよな…

一先ずこの車は売るしかない…

後はなるようにしかならない…

そんな事が頭の中を繰り返し駆け巡っていた。

その後の車内は無言であり、二人の間には重苦しい空気が流れていたが、やがて友人の自宅に着き別れる。

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「悪かったな。呉々も気をつけてくれ。俺も何か思い出したり、必要な情報があれば必ず連絡するよ。」

彼は最後にそう話すと、じゃあと自宅に帰って行った。

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私は何も答えられなかった。

彼が悪い訳ではない。

何の脈絡も無く、自分が選ばれてしまったのだ。

未だ確証を得ない推論ではあるが、友人の話と先程の畏怖なる状況がそう考えさせた。

バーベキューに行かなければこんな事にはならなかったんだ…

何故自分だけ…

後悔、やり場のない怒り、絶望…

冷静になんて考えられなかった。

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数日後、忙しい仕事への没頭により、バーベキューでの一件を必死に忘れようとしていた。

数日間いつ何処で襲われるかを震えながら過ごしたが、特に何もなかった。

しかし安心など出来ず、友人の話した“追手”という言葉が脳裏にこびりついて離れない。

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車は直ぐに売りに出し、数週間後には今住んでいるアパートを引き払い、引っ越しをする予定も立てている。

取り越し苦労であって欲しい。

そんな願いから、出来ることはすべて行った。

友人にはこの事は話していない。

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バーベキューの次の日から、友人より毎日の様にメールが来る。

最初は心配をしてくれているんだと感謝していたが、メールの頻度が高い上、こちらの状況を探る様な印象の連絡に不信感を感じ始めた。

彼は次第に会って話そうとか、自宅まで行くから詳しい場所が知りたいという内容のメールをして来る様になった。

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ここまでくると、友人は私を付け狙う“得体の知れない何か”と繋がっているのではないかという猜疑心が、私の中を埋め尽くしていた。

しかし友人との繋がりは断つことはせず、自宅の場所や会う事などは上手くはぐらかしながら、“彼ら”の動向を把握する様努めた。

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引っ越しの2週間前に友人からメールが来る。

『色々迷惑かけてごめんな。俺はもう駄目みたいだ。最後にこれだけ伝えとく。俺がお前に出来る事はこれぐらいだから。

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もう近くまで調べ上げられてる。逃げろ』

そのメールを最後に友人との連絡が完全に途絶えた。

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メールを見た次の日、私はアパートを引き払い一旦実家に荷物を送り付け、数日後新しい引っ越し先に移った。

友人からの最後の言葉。

この有力な情報によって、危険を回避出来たのかも知れない。

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彼は村の人間と、追手と繋がっていたのだろうか、或いは“彼ら”から私を守るために奔走し、捕らわれてしまったのか。

今となっては知る由も無い。

引っ越しをした直後、この先の途方も無い不安と恐怖を感じる出来事があった。

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逃げる様に部屋を引き払ったアパートの大家さんから携帯に電話があった。

私宛に手紙が一通来ていたとの事。

宛名のない薄汚れた紙切れでポストに投函をされていたとの事だった。

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『見つけたぞ。逃げても無駄だよ。』

Concrete
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