中編6
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呪いの猿の手のひらで

 その夜、俺とエツコは、居酒屋サルバドールでサトルと会った。 三人とも幼なじみで、俺とエツコが結婚する祝いだと、サトルが一席設けてくれたのだ。

 無国籍風の店には、見ざる・言わざる・聞かざるの、三猿の置き物が飾られていた。 店名は、サルのドールの意味かもしれない。

 三人だけでも盛り上がった。 サトルは、車で来たからと、緑茶ばかり飲んでいたが。

「・・・小さい頃、よく三人で探検したなあ。 例の行っちゃいけない廃虚の館にも入ったし。 あの頃は怖いものなしだったな。大人になってから、二人で肝試しにその館に入ろうってエツコに言ったら、ヤッだって。 女の子は、そうなるよな・・・」

 エツコは、恋愛感情抜きでサトルに付き合っていた。 それを、エツコは言わなかったし、サトルは聞かなかった。 エツコと交際していたつもりのサトルは俺のために身を引いたと思いたいようだが、 エツコの気持ちを知っている俺は複雑な気持ちだった。

 そのうち、サトルが「怖い話」を始めた。

「あの館が廃虚になった始まりは ・・・ その昔、館の奥様が、手に持って願うだけで三つの願いがかなう猿の人形を手に入れた。 願いに見合う呪いを受けるとも知らずに、永遠の美貌を願った。 美しくなったけど、呪いで幽霊のような体にされてしまった。 美貌は誰にも見えず、声は誰にも聞こえない。 あわてて元に戻せと願ったけど、かなわなかった。 三つの願いとは、実は一人一つの三人の願いだった。

 だまされた彼女は、ずっと館に居たのだけれど、姿は見えず、声も聞こえず、誰にも気付かれない。 猿の人形も、館に置かれたまま、誰にも触られさえしなかった。 ところが、たまたま猿の人形に触った旦那が、いなくなったはずの妻を見つけ、びっくり仰天。 猿の人形に触った人に対しては、呪いが解けた状態になるようだった。

 奥様は、うれしくなって旦那に抱きついたけど、恐ろしい衝動が ・・・ 彼女は、幽体にされても、死んだのではなかった。 幽体では飲み食いできなかったけれど、永遠を手に入れたから死ねなかった。 だから、抱きついたときには気が狂うほど喉が渇いていて ・・・ 奥様は旦那の首にかじりつき、生き血を全部すすってしまった。 気が付くと旦那の死体が・・・」

 エツコが、やんわりさえぎった。

「お祝いの席の話じゃないよ。 そんな風だから、女の子にもてないんだよ。」

 そこで館の話は終わったが、店を出るときになってサトルが言った。

「二人にサプライズプレゼントを贈るよ。 車に乗って。」

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 俺は気が進まなかったが、仕込みに乗ってあげないとカワイソウとエツコが言うので、サトルの車に乗った。 嫌な予感どおり、例の館に着いた。

「皆で最後に探検しようよ。 思い出作りみたいなものだけど。」

 サトルに誘われても、夜の廃墟はあまりにも気味悪く、危険だ。

「館をバックに記念撮影すれば良いんじゃない。 それで、充分、思い出だよ。」

 エツコにも俺にも気がないのを見て、サトルは寂し気な顔を見せた。

「せっかくだから、俺だけでも行ってくるよ。 すぐ戻るから、待ってて。」

 サトルは館に入り、何か手にして、戻ってきた。

「はい、おみやげ。 伝説の人形だよ。」

 それは、不気味な三猿を一体にまとめた人形で、大きな傷がひとつ入っていた。

「ヤだ、気持ち悪い。 こういうことをすると、女の子はみんな逃げちゃうよ。」

 エツコも俺も触りさえしなかった人形は、ダッシュボードの上に置かれたままになった。

 サトルは俺たちを家に送ってくれたが、車内の雰囲気は微妙だった。 俺もエツコも雰囲気を良くしようとしたが、途中からは会話も無くなった。

 途中、車にドンという衝撃があり、ギャァァァッという鋭い悲鳴を聞いた。 降りてみると、はねられたケモノが死んでいた。 黒い不気味な猿だった。 サトルの反応から仕込みでないと分かったが、偶然にしては出き過ぎていて怖かった。

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 翌日、目覚める前に夢を見た。 俺とエツコとサトルは、電車の座席にいた。

「次は、ヒモノ。ヒモノ。」

 アナウンスのヒモノとはどこだと考えていると、車両を女が歩いてきた。 すごい美人だったが、人間でないと直感で分かった。

 女は、座席で眠るサトルのところに来ると、首筋にかじりついた。 俺は、驚いたが、声を上げることも動くこともできなかった。 女は信じられない勢いで血を吸い、サトルはミイラのようにしなびていく。 女が血まみれの顔を上げたとき、サトルは完全にヒモノになっていた。

 化け物! 女は、次にエツコのところへ。 エツコも眠っているようで動かない。

 やめろ! そこで目が覚めた。

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 日曜だというのに、目覚めが悪い。 昨日の猿のタタリなのか?

 同棲しているエツコの姿がない。 どこかに出かけたようだ。 妙に疲れた俺は、一通りのことを済ませた後、ぼんやりテレビを見ていた。 あのニュースが放送されるまで。

 それは、俺の見た夢が現実になったようなニュースだった。 血が一滴も残っていない干物のような死体が先月発見されていたが、警察の捜査で、首から血を抜かれた殺人だと断定された。 被害者は、サトルだった。

 嘘だ! 昨日サトルに会っている。 死んでいるわけがない。 サトルに電話をかけてみたが、何度かけてもつながらない。 あきらめてエツコのスマホに。 なぜか、こちらもつながらない。

 不意に、部屋に不気味な人形があるのが目にとまった。 サトルが館から持ってきた猿の人形だ。 手に取ってみた。 幻ではない。 受け取らなかったのに、なぜ、ここにある? わからないことだらけの俺は、エツコの帰りを待つことにした。

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 エツコは、夜になってようやく戻ってきた。 しかし、無言で、様子がおかしい。 しばらくして、何もしないのに部屋の照明が消えた。 ブラインド越しの月明りに照らされて、エツコがようやく口を開いた。 しかし、エツコの声ではなかった。

「私ノコト、ワカリマスカ。 サトルハ、ヒサシブリデ、オイシカッタ。 カカワッタ人ノ血ハ、全部イタダクノ。 コノコモ、アナタモ。」

 エツコは、ふらふら歩いて、あの猿の人形をつかんだ。 すると、夢で見た女の姿が、エツコの背後に現れた。 女は、いきなりエツコの首にかじりついた。 エツコの顔にこれ以上ない苦悶の表情が浮かび、手から人形が落ちた。

 俺は、飛びかかったが、床に人形があるだけだった。 化け物女は、あっという間に移動したのだ。 俺は、猿の人形を握りしめた。

「化け物! 地獄に落ちろ!」

 ドンという床の音と、ギャァァァッという鋭い悲鳴。 化け物は、エツコを離し、床をのたうち回った。 姿は、黒く醜く変わってゆき、車ではねた猿とそっくりになって、塵となり消えていった。

 床に倒れたエツコからは、血がふき出していた。 もはや虫の息で、助からないのがわかった。 俺は、エツコの傷を押さえながら、絶叫した。 騒ぎで近所が通報したのだろう。 パトカーのサイレンの音が聞えた。

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 エツコは死んだ。 警察は、エツコもサトルも俺が殺したと取り調べている。 化け物女の話は、全く信じてもらえない。 サトルの話は、死んでから飲みに行けるのかって呆れられた。 幽霊? そんなこと俺にもわからない。

 猿の人形に化け物の始末を願った俺は、見ざるの呪いを受け、人形に触れた人しか見えなくなった。 人形に触った刑事は見えるが、普段は何も見えない。 でも、見えないのは我慢できる。 問題は、化け物の最期の姿が目に焼き付いていることだ。 見えるものがなければ、視界に延々と繰り返され、もう耐えられない。

 猿の人形は、三人目の願いをかなえられる。 誰か、俺のために願ってほしい。 俺が今すぐあの世にいって、エツコと一緒になれるようにと。

Concrete
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