中編6
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数える〜再〜

眠れない……

その原因は、夏の暑さと昼間聞いた怪談話だった。阿部 真は暗闇の中横たわりながら、昼間職場であった事を反芻する様に何度も思い返していた。

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「アチシね、聞いちゃった! うちの職場、出るらしいよ〜」

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何の前触れも無く、張り切った様子の作業員のおばちゃんが阿部に話を振ってくる。阿部にとっては先輩にあたる40代で恰幅の良い女性は伊藤と言って、現場に派遣される際コンビを組む事が多かった。

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「えー? そういうのやめてくださいよー! 何処かで何かを見たんですか? メンドクサー」

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日差しの強い猛暑の昼間、阿部はタオルで汗を拭いながら答える。ひと仕事終えて、何時もの様に伊藤とビルのテラスで一服をしていた。

阿部は正直興味は無かったが、かと言って暇でもあったため話題提供は有り難く応じる事にし、伊藤の話に耳を傾けた。

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「このビルにいる“何か”が何らかのかたちで数字を伝えてくるんだって。十まで数えられるとそれを聞いた人はいなくなるんだって。

それは様々な方法で数を伝えて来て、人の声だったり物音の回数だったり、眼に見える数字とか。

ごく自然に、でも確実に意識できる様に数字を伝えて来るらしいよ。」

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伊藤は急に声のトーンを落とし、雰囲気を演出しながら話す。

(何かの何らかのって……)

怪訝な表情を隠さず話を聞く。真相を知った人がいないが故の曖昧な表現と、良く有りがちな人が消えると言う怪談というか都市伝説に近い内容だなと、阿部は暑さに働かない頭で考えていた。伊藤は更に続ける。

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「それでね、これを聞いた人はその日中に数字を伝えられて、十まで行くと……ぷっ、あはははっ! ごめんねーこの話は昨日、このビルの5階のオフィスのOLさん達が話してるのを聞いたの。4人ともブルブル震えちゃって、『私3て聞いちゃったー』とか顔真っ青にしちゃってさー可愛かったなぁ、私にもあんな時期あったよなぁ。あー因みに助かる方法は、次の……」

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コンコン!

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ビクッとして振り返るとテラスの内側から、眉間にしわを寄せたスーツ姿の男がガラス張りの部分をノックしていた。

阿部は伊藤に耳打ちした。

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「やばい、本社の人来ちゃった!行きましょう。」

時々抜き打ちで来る、清掃会社の本社の人間に見つかってしまい、阿部と伊藤は慌てて作業に取り掛かる。実際に仕事は後片付けしか残っていないため、適当に業務に取り組んでいる振りをして何とか本社の人をやり過ごしていた。

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「しんちゃーん! 疲れたぁー 今何時だっけ? 」

伊藤が気怠い様子で阿部に声を掛ける。

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「あと1時間有りますけど、ちゃちゃっと片して上がっちゃいましょう!」

阿部が返答するが、それに対する伊藤の反応はなかった。阿部は一瞬異質なものを感じ伊藤へ視線を送ると、彼女は明後日の方向、虚空をぼんやりと見上げながらヨタヨタとビルの中へ歩いて行った。

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(あれ……?何処行くんだろ)

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阿部は不審に思いつつも、仕事ももう殆ど終わっているし、おばちゃんも疲れているのかと納得をし気にしない様努めた。

ビルの一部は補修工事を行っている。

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カンカンカンカンカンカンカンカンカンカン!

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けたたましい音が響き、阿部はやけに耳障りに聴こえるその音に違和感を感じていた。

残りの仕事は直ぐに終わり、阿部はエレベーターで9階から6階の事務所へ向かった後本社へ連絡を行う。特に指示も無いため、少し早い退社をしゆっくりと帰路を歩く。

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地元の駅に着き夕闇迫る家路を歩いていると、携帯のバイブに気付き電話に出る。

本社の人間からであった。

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「今日君と一緒にシフトに入っていた伊藤さんなんだけど、連絡がつかなくてね。

いつもは電話に出ない事がないから、何かあったのかと思ってね。

それと明日伊藤さんの代わりにシフトに入れないかな?」

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阿部は最後の伊藤とのやり取りが気掛かりでならなかったが、何ら確証を得る考えには至っていなかった。

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「私にはわからないですね。明日はシフトには出れます。現場はいつものところで大丈夫ですね?はい、はい、宜しくお願いします。」

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特に予定が無かった事と、何より伊藤の代わりという事で快く依頼を引き受け電話を切った。

阿部は自宅に着きシャワーを浴びながら考えていた。

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(もしかして……)

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伊藤の例の話は本当に起こっていたのではないだろうか。彼がずっと気になっているのは、数字の認識が10に達した時に何かが起こるということと、伊藤が言いかけた助かる方法。

頭の中は疑問符で一杯であったが、何かヒントや法則が存在しているような気がしていた。

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「、、、ポン、ピンポーン、、」

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浴室から微かにインターフォンの音が聞こえ、郵便かな?と思い急いで着替えて玄関に出る。

その間インターフォンは浴室から聴こえたのを含めて5回鳴っていた。

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今迄こんなにしつこくインターフォンを何回も押す来訪者はいなかったために、阿部は少しイラつきながらドアを開けると、郵便配達員が実家から届いた果物の入った段ボールを抱え立っていた。

実家へ電話をしたり、適当に夕食を済ませたりしているといつの間にか夜も深い時間になってしまい、明日も早いため、そそくさと床に就き眠る事にした。

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眠れない……

その原因は、夏の暑さと昼間聞いた怪談話だった。エアコンを付けた寝室で毛布に包まっていると、ふと気になって仕方なくなり、伊藤へ連絡をしたい衝動に駆られた。

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(こんな時間だし、大丈夫かな)

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昼間の事が脳裏にこびりついて離れないため、図々しくも電話をして見る事にする。

プルルルル、プルルルル、プルルルル、プルルルル、ブチップーップーップーップー

4コールで切れた。

その後3回掛けたが出なかった。

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4コール、、、、

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バチッ、バキ!

ラップ音の様な音にビクッとした瞬間、はっと息を呑む。

根拠に乏しいが、確信めいたものが阿部の中に芽生えていった。

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「 1 」

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阿部は辱めもなく、その数字を明瞭な発声で口にしていた。

昼間の出来事を振り返ると、

このビルの5階のオフィスの……5

4人ともガクブルしちゃって……4

私3て聞いちゃったーとか……3

コンコン!……2

あと1時間有りますけど……1

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伊藤の認識は間違っていて、10まで数えるのではなく、10から0まで数字は減っていくのだ。1を聞いた伊藤の反応の異様さが阿部の判断の決め手となっていた。

そして導き出される助かる方法。

あー因みに助かる方法は、次の……

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次の数字を口に出して言う。

10回の工事の音、エレベーターで9階から6階までの移動、5回のインターフォン、4回のコール、3回掛けた、2回のラップ音。

則ち次の数字は “ 1 ” だ。

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阿部はこの考え方が正しいのか確証は持てず、

そもそも話自体出鱈目で、ただ自分が右往左往、一喜一憂しているだけなのかも知れないと思っていた。ただ同時に彼自身が生きて存在出来ている事で、数字の呪いの様なものは解かれたのだと、そう信じたいと考えていた。

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伊藤はその後警察に捜索願が出されたが、未だ行方知れずとなっている。

こういった事実が阿部の中で、この先も様々な憶測と、拭い去れない不安を抱えて生きてかなければならない事を物語っていた。

もう1つの事実。

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阿部が「 1 」と口にした後に暗闇の部屋の窓の外、静まり返った夜の中、小さく、本当に小さくだが、確実に

「チッ!」

と舌打ちが聴こえた様な気がしていた。

Concrete
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