中編5
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やたらと肥えた男

最近、俺の職場にやたらと肥えた男がいる。

そいつは中途採用でうちの会社に入って来たのだが、いつも人と目を合わせず、ボサボサの髪の毛はフケが付着し、伸び放題の前髪で目が完全に隠れていて、まともに表情なんて見れたもんじゃない。声も小さく、何を言ってるのか分からないし、まあとにかく≪気持ち悪い≫のだ。

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俺の会社は、所謂、町の小さな工場の部品製造である。

小さなネジやボルトなどの金属部品を毎日、約1万個近く製造する。

ひとりひとりが与えられた持ち場で働くので、同僚同士の会話などほとんどない。

昼食の際に、少し会話をする程度である。

そんな職場だからこそ、集まってくる奴は、何かしら癖の強い奴らばかりである。

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全身に入れ墨が入った、明らかに刑務所から出所して来たであろう風貌の男や、人と会話するのが苦手な奴ら。稀に、俺みたいに本気でこういった仕事が好きで就職する奴もいるが、そんなのは微々たるものだ。大概は、何かしら≪表舞台≫では働けない奴らが集う場所である。

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うちの所長は、物好きというか変わった人で、どんな奴でも一発即日採用が基本なのだ。

寛大なのか、何も考えていないのか…

仕事自体はそれほどキツいものでは無いから、離職率も低い。

求人募集をかけるのは滅多にないことで、たまに短期のバイト募集をするくらいだ。

今回、珍しく社員として募集をかけたのは、長い事勤続した先輩たち数名が、この度定年で退職するためだ。

その募集で入ってきたのが、先程の≪やたらと肥えた男≫である。

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この男が入職してから1ヵ月が経とうとしていた。

相変わらず、俺も含めて男と会話をする奴はいない。

唯一のコミュニケーションの場になる昼食の時間でさえも、男はふいっとどこかへ行ってしまう。よっぽど人付き合いが苦手なのか。いや、それにしても露骨に周りを避けすぎな気もする。

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そんなある日、俺は実家へ帰省する為に10日ほど有給を使わせて貰った。

久々の実家は至極心地よく、10日の休暇なんてあっという間に終わってしまった。

久々の出勤の日、現実へ戻るという億劫、気だるさから溜め息を尽きつつ、職場のタイムカードを押す。

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「…おはようございます。」

小さな声が後ろからして振り向いた。

あの男が立っている。

こいつから声を掛けてくることなんてあったか?

何の心境の変化かと些か驚きはしたが、無視する理由もない。

俺は「おはよう。」と挨拶を返した。

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そそくさと俺の前を通り過ぎるそいつを目で追いつつ、ふと違和感を感じた。

…俺が休んでいる間に、美容室にでも行ったのだろうか。

ボサボサだった髪は綺麗に整えられ、フケだらけだったはずが天使の輪(所謂、キューティクルというやつだ)まで見えている。

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「ま、関係無いか。」

そう独り言を呟き、久々の仕事に励んだ。

昼休憩を終え、通常業務へ戻ろうとした時、所長に声を掛けられた。

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「おい!!山川!!」

「何ですか?」

俺は所長に近付く。

「ちょっと今から大量の搬入があってな。数量点検は安藤の担当なんだが、1人で捌ききれる量じゃないんだ。山川も手伝ってやってくれ。」

「あ、はい。分かりました。」

所長命令に大人しく頷き、搬入倉庫へ向かう。

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倉庫の扉を開けた其処にいたのは、あの≪やたらと肥えた男≫だった。

…こいつ、安藤って名前だったのか。

あまりに会話も接点もなかったもんで、名前なんて全然知らなかった。

「所長に手伝いを任されてさ。よろしくな。」

俺がそう言うと、安藤は深く頭を下げた。

何かしらの言葉は発したのかもしれないが、如何せん声が小さすぎて聞き取れない。

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そんなこんなで2人がかりの数量点検作業が始まった。

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2時間程経った頃だろうか、安藤が点検していたブースから激しい落下音が聞こえた。

「!!??」

驚いた俺は、慌ててそのブースへ走る。

「大丈夫か!?」

「…。」

棚から数箱の段ボールが落ち、安藤はその下敷きになっていた。

返事は無いが、小さな呻き声が聞こえる。

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箱の中身は薄い鉄板だが、それが数箱ともなるとそこそこの重量である。

俺は急いで箱を退かし、安藤を引っ張り出した。

どうやら骨折などはしていないようだ。

「…すいません。ありがとうございます。」

そう言った安藤と目が合った。

今まで、ちゃんと顔を見て話したことは無かったが、こいつは所謂…

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「お前、結構イケメンじゃん。」

安否の確認よりも先に、そう口をついて出てしまった。

切れ長の二重に、少し高い鼻。薄い唇。

待て待て。こいつ、愛想良くして、あと20kgは痩せればジャ〇ーズも夢じゃないんじゃね?

身体に肉が付きやすいタイプなのか、顔の肉付きはほどほどで、見れば見るほどにただのイケメンだった。

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パンパンと身体の埃を叩きながら安藤が立ち上がる。

俺に軽く頭を下げ、散らばった鉄板を片付け始める。

つられて俺も手伝う。

無言で作業を進めていた時、安藤が不意に口を開いた。

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「…顔、褒めてくれて嬉しいです。ありがとうございます。」

俺は驚いたが、話すきっかけが出来たのが何だか嬉しかった。

「いや、お前前髪とか切ってさ、軽くダイエットでもすればモテモテになるぜ。」

「ダイエット、ですか…」

そこで安藤は口を噤む。チラリと横目で見ると苦笑いをしていた。

そこからの会話は無く、再び各自の持ち場へ戻り、仕事を続けた。

その日の就業後、タイムカードを押したところで安藤とはち会った。

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「あの、今日は手伝ってくれてありがとうございました。」

「いや、所長命令だからさ。それより、お前怪我とかしてないか?」

「…大丈夫です。」

「なら良いんだよ。また、明日な。」

「あの…」

帰ろうと背を向けた俺に安藤が声を掛ける。

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「先輩、俺の顔を褒めてくれたじゃないですか?痩せたらもっとモテるぞって。」

「ああ、言ったな。それがどうした?」

「…顔が良くなっても、頭が良くなっても、髪がシルクのみたいに綺麗になっても、歯並びが輝くくらいに綺麗になっても、運動が出来るようになっても、五感が超人並みに長けるようになっても、俺…痩せることは出来ないんですよ。」

安藤の発言に俺は首を傾げた。

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「だって、ねえ、先輩。食べたらどうしても太るじゃないですか。」

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安藤は帰って行った。

俺は、しばらくその場に立ち尽くし、安藤の告げた言葉の意味を脳内で考察した。

そして、気付いてしまった。

あいつは、最後に何て言った?

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『先輩、力持ちですよね。あんな重い鉄板の入った段ボールを動かせるなんて。羨ましいです。』

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全身の力が抜け、地へへたり込んだ。

「あーあ…仕事、明日から探さねーと。」

俺は自分の両腕に視線をやり、そう呟いた。

Concrete
コメント怖い
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@F 様
お久しぶりです!!
コメント&評価ありがとうございます。

今回のお話しは、結構投げやりに書いてしまったので、ドキドキしていたのですがそういって頂けて凄く励みになります!!

私の今後の作品投稿についてですが…
まだ今のところ辞めるつもりはありませんので、ご心配なく!!!です!!!

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@まー-3 様
まー様が食べられたら、その多彩な文章を錬成する脳みそをモノにされてしまいますね…
いけません。お守りしなくては…!!!

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@ふたば 様
めっちゃ分かりやすい…!!!
カニバリズムの攻撃力が凄い。
食べる方も命がけ…

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@ふたば 様
ふうちゃん…頭良い…
読んでもうち理解出来んかっただ…

読んでくれる人が居る限り、うちは書き続けるよー!!!

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@はと 様
はとちゃんんんん!!!
バーンアウトしても辞めんよ!!!
こめちゃんと頑張るって決めたんじゃ!!!
ひゃっふううううい!!!

はとちゃん出演作品もね...
今ねえ、執筆中なんよ!!!

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@ちっちっち♪ 様
ちーちゃんおひさ!!!
コメント&評価ありがとうー♬

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@ロビンⓂ︎ 様
解説で誤字ってしまった…
/(^o^)\ナンテコッタイ
ロビン様のお顔は、私が食べます←

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@ろっこめ 様
こめちゃ…こめちゃん…!!!
こめちゃんが引退なんか嫌や!!!
うちもまだまだ頑張るやで!!!

そのアプリ、鬼畜なお題が多くてなあ…
これもそのうちの一つなんよ…
でも、難しいお題程ちょっと燃えるよね!!!

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