中編6
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いまわのきわ

 おはようございます。お父様。今日は良い天気ですよ。少し窓を開けて空気を入れ換えましょうね。

 あら、庭の金木犀がもう香る時期になったのねえ。お父様にも届いているかしら。お父様に、窓からあの見事な咲きっぷりの金木犀の花をご覧いただけないのが本当に残念ですわ。

 今日は柔らかく焚いた、おかゆに栗を少し入れてみましたわ。お口に合えば良いのですが。栗と言えば、秋の味覚ですものね。お父様がお元気になられたら、さんまや茄子もお料理して差し上げるのですが。残念ですわ。

 お父様がおしゃべりになられなくなって、もうしばらく経ちますわね。お元気な頃は、不動産業をワンマン経営でならしてこられたのに、よもや病気でこんな姿になられることを誰が想像したでしょうね。

 寒村の地主から、不動産王にまでのし上がったやり手ブローカーと呼ばれ、容赦ない地上げのやり口にはさんざん非難の声がありましたけど、私は、ここまで育てていただいたお父様は立派な方だと思って尊敬申し上げております。

 そうそう、きっと妹の可南子も、お父様のことを尊敬していることでしょう。あら、ごめんなさい、お父様。そんな悲しそうなお顔をなさらないでください。お芝居はやめましょう?お父様。

 だって、お父様は、可南子を生まれてすぐに、土蔵に閉じ込められたんですものね。乳母に世話をさせて、家族を一切、あの土蔵に寄せ付けないようにしたんですもの。いいえ、決して責めているわけじゃありませんよ?

 仕方ないですよ。一族の間で、双子が生まれることは、決してあってはならないことですものね。不吉な前触れとして忌み嫌われておられたのも知っております。

 私達の一族の能力は、一子相伝。何のことだと、もしお父様がおしゃべりになられるのでしたら、そう言うのでしょうね。今まさにそんなお顔をされておられます。声帯がもう無いので、そうやって寝床で呻くことしかできませんものね。

 おかゆが冷めたようですわ。お食べになられます?ああ、お話の続きが気になるのですね?お父様の、そんなお顔を拝見できるなんて、最高ですわ。もっとお父様を驚かせる話があるんですよ?お聞きになりたい?

 お父様は、可南子を閉じ込めた土蔵に決して近づかないようにと、家族にきつく言い渡していたでしょう?ところが、子供はするなと禁忌を強いられるほど、興味を持つものだと知っておられましたか?そう、こっそりとあなたの娘は、可南子に会いに行っていたのですよ?

 自分が一人っ子だと信じていたのが、実は姉妹であると知った時には、驚きと共に、喜びがありましたわ。可南子は物心ついた時には土蔵から一歩も出してもらえないのは、何故なんだろうという疑問は常に持っていましたよ。その理由は、土蔵の中にあった、古文書で知ることになるのですが。

 お惚けになってもだめですよ。ウフフ。私達一族は、蟲毒つかいの一族なのでしょう?お父様は、それを忌み嫌っておられて、一族の慣わしの一切を無視しておられました。

 だから、可南子をこの世から抹殺したのでしょう?あなたは、可南子を殺せなかった。それで、土蔵の中に押し込めて、事実上居なかったことにした。

 可南子を守るには、これしか方法が無かったのですよね。仕方ないと言われればそうですよね。一族に双子が生まれた場合は、蟲毒の呪術の能力は一子相伝でなければならず、一人を始末しなければならないという掟をあなたは破った。

 姉の方には、幸い、まったくその能力は無かった。呪われた一族の呪縛から、解き放たれたとお父様はお思いになったことでしょうね。

 しかし、お父様は知っておられましたか?ネガティブな思念が淀むことにより、強い能力が備わることを。ご存知なかったのでしょうね。

 可南子は、密かに姉と会って、姉は不憫な可南子にいろんな自分の玩具や書物を差し入れていたのですよ。可南子は、土蔵に居ながらにして、それらの書物を読み漁り、外の世界を知りました。

 学校に行くことも許されず、日がな土蔵の中で暮していれば、その書物もすぐに読み終わってしまう。可南子は、土蔵の中を探り、ついに古文書を見つけたのです。

 そこには、蟲毒による、呪術のことがつらつらとしたためてあり、いつしか可南子はその古文書の通りに、呪術を試みることに没頭しはじめたのです。

 土蔵の中には、材料はたくさんありましたよ。這う気持ちの悪い虫なら毎日のように目にしていましたから。

 その毒虫やカエルなどを、壷の中に入れ、封をし、可南子は生き残ったものだけを、残し、また別の日にその生き残った虫と他の虫を一緒にして、最強の毒虫だけを残して行きました。

 お父様、そろそろお気づきですか?あの日、可南子が行方不明になったと、お父様に告げた日のことを覚えておられますか?

 お父様は、たいそう驚いた顔をされましたよね。それはそうですもの。可南子のことは、この世から葬ったはず。よもや、可南子の存在を娘が知るはずが無いとお思いになっておられたでしょうから。

 お姉さまは、本当にお優しい方でしたわ。自分の妹が、まさかそんなことを考えているとは、夢にも思わなかったでしょうね。

 自分が、この土蔵に閉じ込められることになったのは、自分達が双子だったからだと。それなら、何故、姉ではなく自分が犠牲にならなければならなかったのかと。

 結論に至ったことは、双子でなければよかった。つまり、一人消えれば、自分はここから解放されるのだと。

 可南子は、それに気付いた日から、最高の毒虫を作り出すことに専念し始めたのです。勝ち残った蟲は神霊となるのです。そして、時は来ました。

 心優しい姉は、しばしば家人の目を盗んで可南子に会いに行きました。可南子は、自分の作り出した最高の毒虫に姉を差し出したのです。つまり、私が勝ち残ったというわけ。

 あら、お父様、どうかなさいまして?ずいぶんとお顔の色が悪いようですが。ウフフ。

 土蔵には、長持ちがたくさんあったので助かりましたわ。桐の良い箱が見つかったのですよ。私は土間の土を掘って、箱に収めたお姉さまの上に丁寧にかけて差し上げましたわ。

 お父様は、可南子という厄介払いができて清々されたでしょうね。下手な仏心が墓穴を掘ることもありますわ。可南子はお父様が思いもよらず、屈折して育ってしまったのです。

 あの日、姉になりすまして、可南子が行方不明になったと告げた時の、お父様の顔も面白かったのですが、今もまた違った面白さがありますわ。

 あれから私は晴れて自由の身となって、お姉さまとして過ごしてきました。可南子という存在を殺されて、私が何も恨みに思わないとでも、お思いになりました?

 私ね、蟲毒の勉強をするうちにね、実は土蔵の中で呪術も身につけてしまいましたの。お姉さまは、正真正銘、毒虫にやられてお亡くなりになられましたが、お父様には、もっともっと苦しんでもらわなければ、可南子があまりに不憫でしょう?

 最初は、蟲毒によって、この家に富をもたらしました。寒村の地主が、簡単にこのような地位につけることを少しは不思議に思われませんでしたか?とりあえず、私自身の生活の基盤は大切ですから。

 しかしながら、積年の恨みは忘れはしませんよ。私は、最強の蟲を依りしろに、お父様に呪詛をかけ続けました。その結果、見事にお父様は、癌になられた。

 ご心配なく。帝王学なら、しっかりと学んできましたから、事業のことは心配なさらないで。私がしっかりと引き継いで行きますからね。何せ、私には、最強の蟲がついているんですもの。

 まだまだ、蟲毒で最強の蟲作りは続けていますよ?今まで通り、この家に、最高の富と権力をもたらすはずですわ。

 だから、お父様はご安心なさってくださいね。

 ほら、お粥が冷え切ってしまいますよ。少しでも暖かいうちに召し上がれ。

私が手塩にかけて育てた神霊たちのエキス入りですよ。

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