長編13
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黒沼城址

このお話は私が地元の企業に就職して二年目の春に起きた出来事です。

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その日、私は同じ部署の黒川先輩と取引先に出向いていました。

夕方、日暮れ前に仕事も終わり、私の運転する社用車で会社に戻っていました。

助手席で深くもたれて寝ているように見えるこの女性は私がこの会社に入社した時からの教育係で、二年目に入った現在もよくコンビで仕事にあたっていることもあり、実質彼女の教育係は続いていました。

ちなみに今彼女は寝ているように見えるだけで、いつもの申し合わせで本当は寝ていないことになっていました。

寝てはいないのですが、彼女から聞いた話によると彼女の愛読している『四季峠シリーズ』という小説の新刊が発売されて、昨晩遅くまで読んでいたようでした。

四季峠というのはうちの県に実在する観光地で近くにある温泉や渓谷でも有名でした。

シリーズはその四季峠に伝わる鬼姫伝説をモチーフに書かれた歴史小説で、作品に人気が出たことによって県をあげて地元観光の推進にタイアップされていました。

作者は此花咲夜というペンネームの女性作家で、県の方はサイン会などの交渉はしているそうでしたが、その詳細はプライベートの関係で明かされてはいませんでした。

そんな夜更かしをして寝ているように見える彼女が時おり助手席でうなされていましたが、寝ているように見えるだけなのでほおっておくことにしました。

終業時間は過ぎていましたので、私は急いで帰ろうと思い、三年ほど前に開通した山道の新道を使いました。

道自体は新しく綺麗なのですが、山の中を縫うように道が通っているので、カーブが多く夕方で視界も悪くなり始めていたので、私は気を付けて運転していました。

山道のちょうど半分に差し掛かったところで右手前方におそらくお地蔵様などが祀られていると思われるお堂が見えてきました。

実を言うと私は霊的な存在を視ることはできないのですが、心霊スポットなどの嫌な雰囲気を感じ取ることはできました。

そんな私がこの新道の山道を通る際、このお堂の前を通るときにはいつも心霊スポットに特有な嫌な雰囲気を感じていました。

そのため、私はここを通るときはなるべく注意を向けないように運転していました。

ちなみに助手席の彼女は私など比べ物にならない強い霊感をもっていたので、機会があればここのことを聞いてみようとも思いました。

何事もなくお堂を通り過ぎた直後のカーブに差し掛かった時、視界の端から奇妙なものが入り込んできました。

突然前方からくる対向車の下に黒い水たまりのような模様が広がっていくのが見えました。

それはまるで黒い影が大きく道を侵食していくような光景でした。

前方の対向車はその黒い影にタイヤを取られたためか、滑るように私達の車に突っ込んできました。

私はとっさにハンドルを切って衝突を躱しましたが、そのまま路肩の上に乗り上げてしまいました。

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そこは暗い水面の上でした。

山の中にいたはずなのに周りは果ての見えない高い岩壁に囲まれています。

光は遥か上からわずかに照らされるだけでほとんどは闇の中でした。

前方に見える範囲だけでも何十人もの人間が下半身を沼に沈めたまま佇んでいました。

薄暗いので男女の別や服装などはほとんどわかりません。

しかし、一つだけ感じられることがありました。

それはそこに存在する全員がとてつもなく怒りに満ちていたことです。

表情などは全く読み取れないのですが、夥しいほどの怒気、なぜかそれだけは分かりました。

私はその異様な光景に車の運転席で座ったまま動けないでいました。

そのうち前方の人影から頭の中に直接声が響いてきました。

「・・・我々は」

男とも女ともわからない、一人とも複数とも分からない声でした。

「・・・このときを待っていた」

待っていた、何を?

声に応えて沼の中の人々が怪しい黒い念を発したように揺らめきました。

「・・・もうすぐ、我々は・・・」

「おい、大丈夫か!」

何か強い想いを込めた言葉が発せられたと感じた瞬間、黒川先輩の呼びかけに意識が覚醒しました。

どうやら私は先ほどの事故の衝撃で気を失っていたようでした。

私が起こされた時にはすでに事故処理のための警察車両も到着して何人かの警察官の姿が見えました。

私達の車にも警察官が事情を聴きに来ていました。

私は車から降り、自分の体の状態を確認しましたが、特に痛みなどはなく、また車の方も路肩に乗り上げてはいましたが、衝突などの痕跡は見られませんでした。

横の助手席で寝ていた彼女も特に怪我はないようでした。

一方、私が見た対向車の方は私達の車の一台後ろの車に接触したらしく、その二台の車も路肩によけられていました。

しかし、双方の運転手とも怪我などはないようで私達同様に警察の事情聴取を受けていました。

私は警察官に事故当時の状況を尋ねられました。

私はもちろん対向車が私達の車に突っ込んできたことを説明したのですが、もう一つ道の上に広がっていたあの異様な光景に関してはどう説明したらいいのか悩みました。

黒い何かがいきなり道の上に広がるなどということは自然現象では起こり得ないことでしたし、私が見たと思われる黒い何かは道の上に痕跡は残っていませんでした。

「その、黒い何かが道に広がって・・・」

「えっ、なに、何言ってるの?」

私はできる限り弱い口調で説明しようとしたはずでしたが、警察官はなぜか不自然なほど乱暴な物言いで確認してきました。

「い、いえ、なんというか」

「ちょっと、しっかりしてくださいよ、まだ頭が覚めてないんじゃないですか」

半ば恫喝とも感じられるような言い様に怖気づいた私はもう余計なことは言わないように思いました。

しかし、隣に控えていた黒川先輩が私に問いかけてきました。

「あんた、黒い沼みたいなのが道に広がるのが見えたんじゃないの?」

思わずかけられた声に私は顔を跳ね上げました。

「えっ、はい、そうです、そんな感じでした」

余りに的を射た質問に思わずそのまま答えてしまいましたが、私は少なくとも沼を連想するような言葉を言ってはいませんでしたし、またこの場所からそれを連想するものはありませんでした。

そもそも彼女は先ほどまで助手席で寝ていたのです。

彼女はここについて何か知っている、そう感じました。

「ちょっと、あんた何いい加減なこと言ってるの、沼どころか水たまりさえどこにもないでしょう!」

警察官は黒川さんにも同様に強烈な口調で否定してきました。

振り向いた黒川さんの視線の先で、警察官は忌々しそうに彼女のことを睨んでいました。

「ああ、ごめん、ごめん、私知ってるんだ、この『黒沼城址』のことは」

黒川先輩は警察官にはまるで関心なさそうに何か難しい単語を独り言のように口にしました。

『こくしょうじょうし』と聞こえましたが、意味を頭の中で反芻してみました。

その言葉を聞いた途端、警察官が軽く驚きの表情とともに息を吐いたような気がしました。

そして、蔑むかの如く無表情に口を開きました。

「なんだよ、関係者か、それなら早く言ってくださいよ」

「・・・黒沼城址、なんですか、それは?」

「なんだ、そっちは知らないのか」

「ああ、それはね」

黒川先輩が口を開くと目の前の警察官が柄の悪い声でそれを制止しました。

「どこで聞いたか知らないが、素人が安易にかかわるんじゃない」

警察官は重々しく威圧的に話し始めました。

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その私達を諭すように始まった話は次のような話でした。

元々この道は山の上に校舎がある大学につなぐ新道として山を切り開いて開通したものでした。

しかし、開通直後から事故が多発し、その当事者達の中に道の上に黒い影が広がった、その影から黒い腕や人影が現われて影に引きずり込もうとしたというような証言が相次ぎました。

警察や行政も最初のうちはその証言には取り合わなかったのですが、そのうちに新道沿いに整備された公園に柄の悪い人間や変質者、精神異常者がたむろするようになり、近隣住民からも苦情が出るようになりました。

さらに道がつながっている大学では授業崩壊、いじめ、学生や教員のノイローゼ、自殺未遂が横行するようになり、まさにその地域全体が混沌と言える状態まで追い込まれて行きました。

そんな中、さすがに住民の方からおかしいという声が上がり、近くのお寺の住職に来てもらうように依頼したのでした。

「それで解決したんですか?」

私はあまりの異常事態に一言も言葉を発せずに聞き入っていましたが、ようやく解決に話が向い始めたので私は思わず警察官に聞いてしまいました。

しかし、警察官は苦々しい面持ちで答えました。

「当日、住職の乗った車が新道で一回転して横転する大事故になった」

私はその言葉の衝撃で身体が固まってしまいました。

「あり得ないんだよな、こんな一般道で車が一回転するなんて」

警察官は吐き捨てました。

「それでようやく行政が動いて、方々探して偉い霊能者の先生を連れてきたんだ」

彼は事故現場の近くに建っているお堂を指さしました。

「そこでその霊能者の先生がこの地の鎮魂のためにということであのお堂を作らせて、それでようやく最近収まってきたんだ」

あのお堂の方が私は嫌な雰囲気の源と思っていたのですが、本当はあのお堂の下に件の沼の湧き出る元があり、それを抑えているということでした。

「分かったか、だからむやみにここに関わるなよ」

話によるとお堂によってかなり被害は落ち着いて来たらしく、以前であれば今回の事故ももっと重大なものになっていたかもしれないということでした。

警察官はようやく落ち着いてきたこの忌み地に関係しないよう声にドスを効かせてきました。

「その前に何で黒沼城址っていう符丁なのかしら?」

黒川先輩は腕を組んで、気のない瞳で警察官を観察していましたが、彼の話が終わると問いかけました。

「おい、お姉さん、俺の言うことが聞こえなかったのか?」

ぴたりと表情を硬くした警察官が唸るように吠えました。

「この黒い沼というのはもちろんこの新道で目撃されてる沼のことだけど、城址は?」

城址というのは城の跡を示す単語でしたが、確かにこの場に城らしきものは存在しませんでした。

黒川さんの問いかけに警察官の顔がしかめられました。

「そう、あなたは聞かされていないのね」

警察官は無言のまま佇んでいました。

「それじゃあ、今度は私がこの黒沼城址の由来をあなたに教えてあげましょうか?」

唇の端を歪めて笑うと、今度は彼女が語り始めました。

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「二年ほど前にこの町で起こった資産家一家失踪事件は覚えてる?」

その事件は私も知っていました。

地元の事件だったこともありますが、謎の多い事件ということで全国版のワイドショーでも取り上げられるほどだったので、印象に残っていました。

事件はある朝この町の資産家一家六人が忽然と姿を消したことから始まりました。

その日の朝、家政婦がいつものように屋敷を訪れて一家の姿が見えなかったこと、一日経っても誰とも連絡が取れなかったことから警察に通報されました。

特に大学生だった長女は翌日から同級生達と旅行に行く予定だったらしいので、連絡もなしにいなくなるのはかなり不自然でした。

また、家政婦の話で家の主が事件の一か月ほど前から、何かに追われているかのように脅えていたことやその資産家が新道開通による山林売買で多額の売却益を得ていたことから、当初反社勢力や外国人による拉致の可能性が考慮されていました。

しかし、屋敷に争ったり、金品を奪われた形跡はなく、所有している車が一台なくなっていたことから、最後は単なる旅行説まで浮上し、確か今でも行方が判明したというニュースは見た覚えはありませんでした。

そこまで思い出して、私はあることに気が付きました

「そういえば、あの資産家が所有していたのがこの新道の山だったんですよね」

「そう、でもこの事件にはマスコミに伏せられた情報がいくつかあったのよ」

唇がゆっくり動いて、彼女の言葉は続きました。

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マスコミに伏せられた情報、それは次のようなものでした。

事件の起こったと思われる夜、失踪した大学生の長女から同級生に携帯電話のメールが届いていました。

そこにはたった一文・・・

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『たべられる』

という言葉が送られてきていました。

まったく意味不明の不気味なメールでしたが、警察はそのメールを元に長女の携帯電話の大まかな位置情報をキャッチすることができていたのです。

長女の携帯電話の位置情報が途絶えた場所はこの山の山頂近くでした。

警察が付近を捜索すると、山頂付近には石垣などのかなり昔のものと思われる山城の痕跡が発見されました。

そして、その城跡のすぐ近くに入り口が埋められている洞窟が見つけられました。

最初、警察は洞窟の中に失踪した一家が埋められているのかも知れないと考えたようですが、その入り口が埋められた痕跡は最近のものではなく、城跡と同じくかなり昔のもののようでした。

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「その閉ざされた洞窟に意識を集中すると、聞こえてくるのよ、十や二十では収まらない地獄の底から聞こえてくるような怨嗟の呻きが・・・

その城と洞窟で昔何が行われていたのかは分からない、けれどおそらく山と洞窟は意図的に封印されていたのよ」

彼女の表情には冷笑の影すら宿っていました。

「その後、月日は流れて黒い怨念と同化した洞窟の水脈は地上へ湧き出ることになった、新道工事で山を切り開いたために」

彼女は警察官に向かって半ば楽しんでいるかのように囁きかけました。

決して強い口調ではありませんでしたが、色鮮やかに変わった警察官の顔を見据える視線は氷の温度を帯びていました。

「あ、あんたはいったい誰からここのことを聞いたんだよ、ここは行政管理心霊スポットに指定されて情報が管理されてるっていうのに」

行政管理心霊スポット、警察官から出たその単語にあらためて私の方が驚愕してしまいました。

その危険度から文字通り行政によって管理されている心霊スポットでその存在する数から七不思議と揶揄されているものでした。

「いや、まあ、誰からというか、この県の議員さんからなんだけど、私さっきの説明では行政側が連れてきた偉い霊能者になってるみたいだからむしろ当事者じゃない?」

彼女はなぜかそれまでとは打って変わって頭をかきながら少々恥ずかしそうに警察官の顔を見返しました。

「えっ、行政の霊能者って、あんた、いや、あなたもしかしてあの黒川先生?」

「先生という言葉は医者や教師みたいに世のため人のために仕事をする尊敬される人間につけられる通称よ」

警察官を一瞥して、そう呟く彼女は静かにため息をつきました。

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「黒川先生って、呼ばれてるんですね」

事情聴取から解放された私は帰りの車内でぼそぼそと尋ねました。

「はあ、かわいい後輩がやり込められてるから、ついムキになっちゃったよ」

彼女はなんと説明すべきか言葉の選択に迷っているようでした。

「偶然縁ができたわけだけど、そんな私を散々探した霊能者ということにして、警察と役所に貸しを作ってる議員『先生』の方が私はよっぽど怖いよ」

不敵に微笑すると黒川さんは肩をすくめました。

それにしても、あの沼の中の人達はいったい何と言おうとしていたのか。

私が見てしまった沼の中に沈む人達の夢、それは間違いなくあの城で無残に殺された人達が見せた霊障でした。

「もうすぐ、我々は・・・」

私は沼に沈んだ人達が最後に言った言葉を呟いていました。

「もうすぐ、我々は・・・解き放たれる」

淡々とそれでいて、力を込めて、彼女は私の言葉の続きを補いました。

「えっ、黒川さん!」

「やっぱり・・・そういう風に続けるのが自然だよなあ」

どうやら彼女も私と同じ洞窟の夢をさきほど見ていたようでした。

そして、偶然かどうかは分かりませんが、私がカーブを急旋回した衝撃で同じ場面で夢が途切れたようでした。

「・・・何かが起ころうとしているのでしょうか?」

「警察が言った通りよ、あなたはむやみに首を突っ込んじゃいけない」

「黒川さんは関わろうと思ってるんじゃないんですか!」

「あんたには関係のないことよ」

「まだそんなこと言ってるんですか、心配なんですよ、黒川さんのことが!」

彼女の反応にぶつかって動揺する自分を抑えながら、私は話をつなぎました。

「・・・悪かったわよ、でも本当に危険だから言ったのよ、あんたは既にあの沼の怨念を感じ取っている」

以前もそうでしたが、普段は心霊案件にあえて首を突っ込むことはしない黒川先輩がこの七不思議の案件は前のめりに関与しようとしている気がしました。

白護病院、青床港、赤華村、そして黒沼城址、これで私が関係した行政管理心霊スポットは四つになりました。

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「あの、他の七不思議のことは教えてくれませんか、今回みたいな場合は近づかずに済みますし」

「やめときなさい、あんたは感受性が強いから知ることで何か影響があるかもしれない。

それに七不思議は全部知ってしまうと危険だって言うじゃない」

「危険って、黒川さんは全部知ってるんでしょ」

「・・・そう、だから私は呪われているのよ」

「呪われてるって・・・」

「ふふ、なんて、冗談よ」

私の指摘に対して心配しないでと無表情で返しましたが、それ以上は難しい表情をして何も言葉を発しようとはしませんでした。

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彼女は七不思議に関して何か浅からぬ因縁をまだ隠している、そう思わざるを得ませんでした。

そして、その疑念は彼女が私達のいるこの日常から突然いなくなってしまうかもしれないという恐れを想起させずにはいられませんでした。

そんな私の口から洩れた呟き、意図したわけでは全くありませんでしたが、それはまるでカウントダウンのように響き、聞こえてしまったのでした。

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「・・・あと三つ」

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