中編3
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待っていた女

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「いや、あの時はこんな人いませんでした」

夫の会社の同僚の若い男が1枚の写真を見ながら、

言った。

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 夫が急死して、1週間が経つ。

6畳の仏間の片隅に置かれた小さな仏壇。

その真ん中辺りに置かれた黒い額縁の遺影の中で

生前の夫が優しく微笑んでいる。

今日は、一緒に社員旅行に行った同僚の

男が線香を挙げに立ち寄ってくれたのだ。

というか、朝方、私が会社に電話して、

うちに寄って欲しい、とお願いしたのである。

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 男はもう一回写真を、

今度は食い入るように見た。

それから顔を上げ真剣な眼差しで、

「間違いないです。あの時は3人でした」

と、さっきより語気を強めて言った。

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 夫が心臓発作で朝方急死した前の夜。

ちょっとした夫婦喧嘩があった。

その発端は、2枚の写真。

亡くなる直前に、2泊3日で行った

社員旅行のときのスナップだった。

1枚は宴会の様子を映したものらしく、

畳部屋に並べられたお膳の後ろ側で、

浴衣姿の若い男女と夫がふざけ合うように

寄り添っている。

それだけなら、

単なる旅行中のスナップショットだが、

向かって右側に映っている夫の右横に、

変な女が半身だけ映っているのだ。 

「変な」というのは、

日本人形のように、

真っ黒な髪をおかっぱ頭にし、

紺色の絣の着物を着ているのである。

その女は正座し、

白粉を塗ったような顔を横に向かせ、

じっと夫を見つめている。

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 もう1枚は昼間映されたもので、

鎧姿の武将の石像前で、

何人かの社員が映っているのだが、

真ん中辺りに立つ夫と男性社員との、

ちょうど間に、さっきと同じ女が横を向き、

夫の方をじっと見つめているのだ。

2枚の写真両方とも、同じ男性社員が撮影した、

ということだったから、

私は今日、その人に来てもらったのである。

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 あの夜、問い詰める私に向かって夫は、

こんな女知らない、と最後まで言い張っていた。 

かつて浮気の前科のある夫を、私は俄には

信用出来なかった。

だが今日、疑惑は解消した。

夫は潔白だったのだ。

ただ、今度は更なる疑問が湧き起こる。

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――この女はいったい、何者?

男性社員が帰った後、奇妙な胸騒ぎがした私は

押し入れから昔のアルバムを引っ張り出すと、

誰もいない仏間で1人、

分厚い思い出のページをめくっていた。

独身時代の夫とのツーショット、

神社での結婚式の様子、

新婚旅行で行ったハワイ、

1枚1枚をじっくりと見ていく。

最後のページに辿り着いたとき、

いつの間にか時は翌日になっていた。

私の不吉な予感の通り、

やはりその写真は数枚あった。

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 1枚は、結婚式のときの集合写真。

着物姿の私と紋付き袴の夫を中心に、

2人の両親と両家の人が

神社の境内で映っている。

背後には朱塗りの拝殿や鳥居が見え、

右手には大きな石の燈籠が映っているのだが、

その背後に隠れるように、

あの女が立っている。

髪型も服装も全く同じで。

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 また、一泊の温泉旅行のときの写真では、

雪の降る中、傘をさして2人寄り添うように

映っている。

その背後にある古い喫茶店の窓から、

あの女が覗き込んでいる。

――あなたは一体、何者なのよ!?

そう言いながら、私はアルバムを畳の上に

投げ出した。

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 いつの間にか、時間は1時を過ぎていた。

混乱した頭を休めたくなり、

布団を敷いて寝ることにした。 

夫の通夜の日から、

私は仏壇のある仏間で寝ている。

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 ここはマンションの10階だから、

時折、外から風の吹く音が聞こえてくる。

それ以外は、とても静かだ。

暗闇の中、私は天井を睨みながら、

いつの間にか、眠りについた。

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 何か妙な圧迫感を感じて、私は目を開いた。

上の方の視界に黒っぽい影が見える。

初めは何か分からなかったが、

それは、どうやら人の顔のようだった。

……

誰かが私の顔を覗き込んでいる!

――え、どうして?

次の瞬間、心臓が早鐘のように打ち始めた。

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 私の顔の上僅か50センチくらいのところに、

逆さまのあのおかっぱ頭の

白い女の顔があった。

その目には白い部分がなく、

空洞のように暗く、

小豆色の口元を歪ませニヤリと微笑むと、

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「やっと、あの人と一緒になれた……」

と、つぶやくと、闇の中に消えていった。

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@恐怖泰朗
コメントありがとうございます
まあ、ある意味、これも
ストーカーか、と

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