中編4
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参狐物語 序

はるか昔の物語

人がまだ、神としてこの世に君臨する前の御話。

狩りと簡易な農作。

日の出と共に起き、日の入りと共に眠る。

言葉という禁断の魔法を得てもまだ、人間も自然の一部という摂理は不変の様相で

人々は自然への畏怖から神々を奉り、まじないや儀式が絶大な権力をもっていた。

当然"人に在らざるも"の達も今より力があり、栄華を誇っていて

歳を経た狢や猫からすれば人は餌の一つであったし

獣と妖、神の類いとの境界線もとてもあやふやなものであった。

霊峰富士、日本の中央にそびえ立つ最高峰は、女の神の化身として大古よりその容姿を刻々と変えながら今も尚絶大な霊力を放ち続けている。

その富士の麓には広大な樹海と巨大な湖が一つ、そして、厳しい自然の中で暮らす小さな集落が幾つか点在していた。

最高峰の霊力に当てられたこの大自然は、手付かずのまま、時に邪なモノを産み出してしまう。。

嫉妬深いと言われる女の神を怒らせてしまったせいなのか、これからの人間の業を憂いてなのか今となっては誰も知らない忘れ去られた物語。

樹海、鬱蒼と木々が繁り、溶岩で覆われた大地は季節を問わず底冷えするような冷気を放ち、夜ともなれば満月の月明かりすら拒絶する闇をその身に纏う。

その樹海のもつ霊力が50年以上年経た3匹の古狐を3体の邪神へと変貌させてしまった。

出口の伝兵 

欲を司るこの古狐は

牛ほどもある巨体に二俣の尾 乱暴で執念深く殺戮を好む性格で、いたぶりながら人を殺しその恐怖を己の養分としていた。

高木のおとら

異常な程に白く美しい女狐、尾は三俣、矛盾を司り、その容姿を見たものは激しい不快感に襲われ、胃液すらも吐きつくすと言われている。

美しい少女から哀れな老婆まで自在に変化し、人を騙し、取り入り、操り、争いや虐殺を産み出すことを至極の喜びとし、人の阿鼻叫喚を己が養分とする。

古馬場の久太郎

漆黒の毛皮、5つの尾を持つ。

他の二体と違い殆ど人の前に姿を現すことは無く謎の多い黒狐。絶望を司るとされている。

何時偉かにしてこの三体が邪神になったのかは定かでは無いが最初の悲劇は集落二つの全滅から幕をあける

ある日幼い幼女は母親と畑に出掛けていた。狩りに出た父親は何を取ってきてくれるだろう。などと母と話しながら手伝いの真似事のような、作業の邪魔のような、とても愛くるしい様子で、母親も目を細めて少女を見ていた。

そんな折り、畑の横の林から父親の声が聞こえる。

『おーい。父ちゃん殺したぞー』

??

父ちゃん殺したぞ?

さい先良く獲物を取れたとしても帰りが早すぎる。

いや何より入ってったのは反対の山だ。

それに父ちゃん殺したぞ…

母親の頭は違和感で一杯になっていた。

狐か狸か狢か何かが私と娘を化かそうとしている。

そう思った母親は中々鋭かった。それに動物が人を化かす話しも集落の老人達から聞いていた。

大丈夫。見破った事を伝えて大声で脅せば危険は無い。

幾らか冷静さを取り戻し、今自分達を騙そうとしている何かに大声を出そうとした刹那

『おっとー!』娘が林に向かって走り出してしまった

相変わらず林からは『父ちゃん殺したぞー』と父親の声が聞こえている。母親は慌てて叫んだ

『この畜生めテメーらみてーな畜生に騙されてたまるか、騙そうとしてるずら!全部見破ってっから山んなか飛んでけーれ』

これで危険は去るはずだった。

しかし、、一瞬の静寂の後『父ちゃん殺したぞー』

声は先ほどより更に近くで聞こえた。

娘はもう森に入ってしまう。ああ…

混乱する母親の足元に赤黒い何かが落ちてきた。

いや林の中から飛んできたと言った方が正しいだろう。

それは父親の首だった。

あまりの事態に全ての思考が停止して唖然と立ち尽くす母親の前にゆっくりと現れたのは、牛ほどの大きさの二俣の狐であった。

その口には半分に千切られた人形のような娘を加えている。

もはや自我を保てていない母親になおも足元に転がる父親の生首が語りかける。

『父ちゃん殺したぞー』

母親は自分も死ぬだろうという事以外理解できてはいなかった。

しかしその化け狐は待ったのである。母親がパニックから抜け出し思考を取り戻すまで。じっくりと

そして段々と冷静になる母親。恐怖と絶望にうちひしがれ、持っていた小刀で自分の首を貫こうとしたその時、その様子をいかにも楽しそうに見ていた狐の口に加えられていた半分になった娘の口が動く

『おっかー、我、出口の伝兵偉なり』

その後次々と集落の人々を襲い

動けぬよう大怪我を負わせてから、子供が玩具で遊ぶようにたっぷりと時間をかけて殺していった。

4日後、夏を告げる雨が降る朝に、心臓の鼓動がするものは誰一人居なくなっていた。

元々人であったものの残骸と、伝兵偉への激しい憎悪だけを残して伝兵偉は次の集落へと向かう。

憎悪は雨に染み込むかのように大地に溶けていった。

次回高木のおとら編へ続きます

Concrete
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