20××年 日本のあるところで

中編4
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20××年 日本のあるところで

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――俺は今、どこにいるんだろう?

瞼は開いているのだが、

何かに遮られて何も見えない。

どうやら、顔を包帯でぐるぐる巻きに

されているみたいだ。

口にはマスクをはめられ、体のあちこちには

チューブを繋げられているようだ。

どこかの病棟の一室なのだろうか。

ピーピーという無機質な信号音と、

カチリカチリという時計の音だけが、

微かに聞こえてくる。

起き上がろうと両手両足を動かそうとするが、

全くどうにもならない。

というか、手足の感覚がないのだ。

もしかしたら、もう無いのかもしれない。

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何でこんなことになったんだろう。

何か大きな事故に巻き込まれたのか?

必死に記憶を辿ってみる。

すると断片的ではあるが、脳裏をある光景が

フラッシュバックしだした……。

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 暗い闇の中に煌めく無数の光。

――そうだ、これは夜空だ、星空だ。

俺はワイングラスを片手に

ベランダに立っていた。

隣には、妻の明子が鮮やかな花柄の

ワンピース姿で微笑んでいる。

――そう、確かその日は、結婚1周年の記念日。

俺たちは

赤ワインの入ったグラスで乾杯をした。

カチンという心地よい音が響く。

下を眺めると、流れる車のサーチライトや

ビルのイルミネーション、

住宅の仄かな灯りが点々と見える。

とても幸せな夜のひととき……。

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 すると突然、

まばゆい閃光が街を昼間の光景に変えた。

次の瞬間……。

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shake

ズズーン!!

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 下から突き上げるような地響き。

ベランダ内に響くワイングラスの割れる音。

そして明子の驚く顔。

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 彼方から眩い光の波が猛烈なスピードで

どんどん押し寄せてくる。

明子が恐怖の表情で何かを言いかけた瞬間、

眩い光は俺を包み込み、

体ごと後ろの壁に叩きつけた。

――熱い!痛い!

体中を駆けめぐる強烈な痛み。

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 その後は……その後は……。

……分からない……。

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カチリ……

――ドアの開く音が聞こえた。

誰かが部屋に入ってきたようだ。

コツコツと足音が聞こえる。

誰だろう?一人ではなさそうだ。

俺の左側で、ゴソゴソと何かしている。

しばらくすると、胸の上のあちらこちらに

何か冷たいものをあてている。

この感触……経験があるぞ!

これは、ええっと、聴診器だ!

そうだ、聴診器だ!

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「被害者番号31番、男性、

年齢 推測で25歳から30歳、

身元 発見された位置から、

F市A町2-3のマンション グランドハイツF

状況 変わらず。午前8時12分確認」

――男の声だ!うーん、年は50くらいか……。

「今日でもう2週間になるが、

この人の場合、この状態では

意識を取り戻すことはないだろう」

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――こいつは何を言ってるんだ?

俺はちゃんと起きてるぞ!聞こえてるぞ!

懸命に訴えるのだが、届かない。

俺は言葉も失ったのか?

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「うちの病院には、何名収容されたんだ?」

――『収容』?どういうことだ?

そうだ、明子はどうなったんだ?

この病棟にいるのか?

頼む、明子に会わせてくれ!

「約50名ですが、

今も増え続けているみたいです。

それで昨晩、役人の方々が来られて」

――若い女の声だ!右側から聞こえる。

「分かってる 『間引き』だろう。

医師の立場からすると、とんでもないこと

だが、こういう事態だから、やむを得んな」

――ん?『間引き』?どういうことだ?

「でも、先生 この方はまだ生きています!」

「分かってる、分かってるが、

このような異常事態の場合は、より可能性の

ある人を救うのが道理なんだよ。

不謹慎だが、このようなただ息をしているだけの

肉の塊とかよりも」

――『肉の塊』だと?

俺は今、『肉の塊』なのか?

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年配の男と若い女性の会話は

俺を挟んで続いた。

「ところで、かの国の若き独裁者は

未だ捕まえられてないようだな」

「はい テレビによりますと、

既にどこかに亡命しているのでは、と

言われてます」

「全く、とんでもないことをやって

くれたもんだ。 

初めは単なる脅しだけだったんだけどな。

本当に発射するとは」

年配の男の深いため息が聞こえる。

「いいね、これは命令だ。

いつもの薬で、適切に楽にしてやってくれ」

「……分かりました。 

処置の後は午後から新しい患者を収容します」

――え!『処置』だと?ふざけるな!

俺はまだ生きてるんだぞ!

明子、どこにいるんだ!

頼む、明子に会わせてくれ!

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バタン!

ドアの閉まる音が聞こえた。

……

数分くらい経った後に、またドアが開いた。

今度は1人のようだ。

俺の左側でまた何かゴソゴソしている。

「ごめんなさい あなたに構っている

余裕も時間もないの」

――あの女性の声だ。何を言ってるんだ?

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すると、首筋にチクリとした軽い痛みが走った。

――これは、注射針だ。間違いない注射針だ!

何かを俺の体に注入しているんだ!

ちくしょう!俺を殺す気だな!

まだ生きてるんだぞ!

人殺し!訴えてやる!

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 懸命に叫び続けたのだが、

しばらくすると、

だんだん息苦しくなりだし、

俺の脳内を

薄いピンク色の靄のようなものが

立ち込め始め、

徐々に広がっていく。

その彼方では、古い映画のような

様々な思い出がぼんやり見え隠れしていたが、

やがて、それも消え失せた。

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た……

た……

す……

け……

その後は、

その後は……

永遠の暗闇が支配した。

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北の若大将は何しでかすかわからない怖さがありますね。

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@アンヴァシオン
コメントありがとうございます
本作の場合、主人公は、絶望などという感情を
かみしめる余裕さえ与えられず、
安楽死させられます
もう少し時間的余裕があれば、
殺して欲しいと、
思ったかもしれませんね

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