中編3
  • 表示切替
  • 使い方

波の花

「死ねばいいのに」

 そうあなたはおっしゃいましたね。雪の降る凍てつく真冬の海岸で。

 荒々しい風にあおられ白く泡立った波が海岸を舞っていました。あれは波の花というのでしたっけ。

 それに見惚れていたので一瞬何を言われたのかわかりませんでした。

 冬の海を旅しよう、そう久しぶりに誘われた嬉しさで気持ちも舞い上がっていましたから。

 でも、すぐに意味がわかりました。

 というか、誘われた時点ですでにあなたの真意に気付いていたと言ってもいいでしょう。

 だってあなたにとって私は脅威の存在なのですから。

 ふふ、良いご縁談が来たということ知っていたのですよ。それはあなたを出世に導いてくれる確かなものだということも。

 ですからわかります。

 私が邪魔なのだと。

 縁談が調う前にあなたに執着する私を消したかったのですよね。でも危険を冒して手を汚すのは誰でも嫌なもの。ましてや順風満帆の人生に汚点を残すなんてとんでもない。

 ええ、わかっていますとも。愛するあなたのために自分で自分に決着をつけなければいけないことぐらい。

 あずかり知らぬところで邪魔者が消えてくれたら、あなたの気持ちがどんなに楽になるのか。

 だから「死ねばいいのに(死んでくれ)」と私に言ったのですよね。

 でも――

 あなた全然わかってらっしゃらない。私は執着なんてしていなかったんですよ。

 去年の春、あなたが黙っていなくなった時、私の中で一区切りつけたんです。追いかけるつもりなんてさらさらありません。愛しているなら人知れず見守っていこうと心に誓いました。

 でもあの時は本当に辛かったぁ。辛すぎて一人旅立つ準備をするくらい。

 耐えられなくなったら逝くつもりでいたんですよ。

 でもね、なんとか耐えられました。

 あなたは私のもとを去ったけれど、楽しかった思い出だけで十分幸せにこれからも生きていけると思ったんです。

 あなたが幸せならそれが私の幸せなんですから。

 なのに、あなたは私をこの旅に誘った――

 すごく嬉しかった。あなたの中で私がまだ存在していたなんて。しかも恐れとして――

 そのまま放っていても脅威になんてなりはしなかったのに――

 もう逝くつもりはなかったけれど、旅立つ準備はいつもバッグの底に入れていました。この旅にも持ってきています。

 だからあなたの気持ちを汲み取って、旅の最後のこの宿で使おうと決心しました。

 本当ですよ。うそじゃないです。

 でもね私、気付いてしまいました。やっぱりあなたとは別れられないって。

 ふふ、あなたのせいですよ。いったん消した火を再び点けたのはこの旅に誘ったあなたなんですからね。

 身を捧ぐ愛し方の私ならきっと自ら死を選ぶだろうと思っていたことでしょう。

 文字通り、身を捧げると。

 でもちっとも実行に移さない。

 あなたの私への脅威が激しい憎悪に変わっていくのが目に見えてわかりました。汚点を残すのも時間の問題だとも思いました。

 でもあなたにそんなことさせられません。

 だからその前にあなたを殺したんです。

 決して憎らしいからではありません。愛しているからこそそうしたのです。

 自分でも驚いたのですが、復活した私の愛は今までとは違いました。

 あなたを独り占めにしたい。

 それが今の私の愛です。

 バッグの底に転がっていた青酸カリの薬瓶。

 人生の汚点など恐れもしない私は躊躇なくそれをお茶に混ぜてあなたに飲ませた。

 愛しい口が噴いた泡。

 それは私が作った波の花。

 もう、あなたは私だけのものです。

Normal
コメント怖い
14
20
  • コメント
  • 作者の作品
  • タグ
表示
ネタバレ注意
返信
表示
ネタバレ注意
返信
表示
ネタバレ注意
返信
表示
ネタバレ注意
返信
表示
ネタバレ注意
返信

@mami-2 様
きれいな文章苦手なのでたぶん変だろうなと思います。コメントでもすごく丁寧できれいな文章を書かれる方々がいらっしゃるのですが(mamiさんもそうですよね)、そういう方たちから見たらアラが見えてしまうのではないでしょうか。
私は独占欲が強いほうなので好きな人は独り占めしたいなと殺すことを選びました。もっと怖い愛し方もあるのだろうなー。

返信

@月舟 様
いつもありがとうございます!
>男の気持ちわかり過ぎてる((((;゚Д゚)))))))
ただの想像です。
私はお話の中では「わたし」は女性を表し、「私」は男性を表しています(決まりはないです)が、それを踏まえていただけると「あー、だからねっ」となると思いますが、ならないかもしれない――

返信
表示
ネタバレ注意
返信
表示
ネタバレ注意
返信
表示
ネタバレ注意
返信

珍味様
いつもありがとうございます!
たくさんの波の花はテレビでしか見たことないんですが、一回だけこれが波の花なのかというものを京都の寒い地方(ん?京都だったかな?)で見たことあります。
だいぶ前にお題もらって特訓するサイトで書いたものです。時間制限があり慌てて書いて支離滅裂だったので(いえ、制限があろうとなかろうと常におかしいです(._.)ハイスミマセン)何とか書き直したのですが・・・また月日経てば書き直すかもしれません。しないかもしれません( 一一)>

あんみつ姫様
いつもありがとうございます!
ばたばたと忙しかったので、そのあと疲れがどっと出てました。でももういつもの調子が戻ってきました。あ~しんどい、何もしたくないと思っている中でもえらいもので書くことはちょびちょび進められました。直しばかりなんですけど。
好きなことってなんでも超えられるんだな(≧▽≦)v単に家事をサボっているだけですけど。
直してみたもののいまいちだなと思っていたので、感想が嬉しかったです。

返信
表示
ネタバレ注意
返信

寒さの中波間を舞う波の花・・日本海の冬の風物詩ですが。
なるほど、そう来ましたか。
いつもながら 上手く絡めてきますね。
私も珍味さん同様、冬の日本海を思い起こしながら読みました。
鉛のごとく垂れこめる空は、この女の情念とズシリとも重なり、読者は、ラストで崖に突き落とされてしまいます。

お寒くなりましたが、お疲れではございませんでしょうか。
すぐれた作品の数々。
私にとって、毎回気になる作家様です。
くれぐれも、お身体ご大事になさってくださいね。

返信
表示
ネタバレ注意
返信