中編5
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dinner

目的地のマンションに着き、エントランスに続く自動ドアをぬけた。

共同玄関に設置されたインターホンで部屋番号を入力して呼び出しボタンを押す。

「はい」と男の短い返事に対し「わたし」と一言、素っ気なく返す。

直ぐに静かな稼働音を鳴らし自動ドアが開いた。目的の部屋は4階だったが、なんとなくエレベーターを使う気にはならず階段を上った。

わたしは人差し指を玄関チャイムまで伸ばしたところでため息をひとつつき、一拍おいて呼び出しボタンを押した。

ほどなくしてドアが開かれ男が立つ。白いシャツにジーンズというラフな格好、身体は細身だが割りと鍛えている様な印象。容姿だけなら人目を引くタイプだなと思う。

「遅かったじゃないか──」と未だに私達の関係が続いているかの様な気安い態度に辟易する。

「もう、私達の縁は切れているはずよ、二度と会わない、近づかないって約束もしたはずじゃない」

「それは、君の両親と弁護士だっけ、勝手に決めたことだろ? 」

「君の両親って......そんな言い方──」

「俺にとっては、俺達を引き裂いた元凶だからな、恨みの対象でしかない、──とにかく上がれよ、飯が冷めちまう」

「約束して、これで最後って、もう二度と脅迫するような手紙や電話をやめると」

「そんなに怖い顔するなよ、俺は久しぶりに二人でゆっくり食事したいだけさ」

「最後にするって約束して」

男は少し口ごもると、はぁと息を吐き、

「──わかった、約束する。今日で最後だ」

用意されたスリッパをつっかけ、男の後を少し離れて歩いた。一人で暮らすには広すぎるマンション。フローリングの廊下を進みリビングへと入る。

部屋は間接照明とキャンドルで雰囲気が演出されていた。テーブルには真っ白で清潔そうなクロスがぴんと掛けられている。

「ねえ、こういうの要らないわよ」腰に片手を置き、精一杯冷めた態度をとる。

「ん、ああ、ムード作りも料理のひとつだよ──そこ座って」気にする素振りもなく、顎でテーブルを指す。わざとらしいため息をつき、椅子に腰を下ろす。男はそれを確認すると、キッチンへと入っていった。

すぐに腰にまくタイプの黒いエプロンを着け、両手に白い皿を指先だけで持ちそれっぽく現れた。

「特別な味噌が手に入ってさぁ、『味噌の冷製スープ』」スッとテーブルに下ろす。

「味噌を洋風に仕上げるのは結構難しいよなぁ──どうぞ」喰ってみろと自信ありげな表情。

スプーンでスープの表面をすくい、音をたてずに一口啜る。──美味しい。

味は濃厚なのだが口当たりは良く、すーっと喉に流れ、それでいて風味は口の中に余韻を残していく。具である煮こごりのようなゼラチンも美味で、スープと絶妙に混ざりあい後をひく。

ふたくち、みくちとスプーンを口に上げた時、男が私を観ているのに気付いた。

目が、「どうだ美味いだろう」と言っているが、勿論、賞賛の言葉などかけるわけもなく、一瞥だけしてまた啜る。

コース料理の手順で手際よくテーブルに料理が運ばれる。その都度、これは新鮮な肉でなければ出来ないユッケだ。骨の近い希少部位で滅多に味わえないだとか、うんちくを語る。

実際どれも凄く美味しいのだが、さっさと食事を終わらし、この男から解放されたいので黙々と口に運ぶ。

メインのシチューに入った肉が結構なボリュームで、咀嚼するのにも時間がかかる。

正面に座る男が赤ワインで湿らせた口を開いた。

「あの二人がいなければ、今でも君と俺は一緒にいられた。──そうだろ?」

私は無言で食事を続ける。

「俺達は愛しあっていたじゃないか」

男の、諭すようなゆっくりとした喋り方が鼻につく。

「愛しあってなんかいない、あんたがいってるだけじゃない 」

「照れるなよ、俺よりお前の全てを知ってる人間なんているか?」

私はあきれて返す言葉もなく、黙って料理を口にする。

男は私に視線を置いたままナプキンで口元を拭き、静かに立ち上がると、そのままキッチンへと入っていった。

しばらくすると、大きな金属のドームをのせた皿をワゴンに乗せて戻ってきた。

テーブルの空いたスペースに皿を置く。中は見えないが大きさからして結構な量だろう。

「ねぇちょっと、もう食べられないわよ」

結構な量を食べたのでお腹はいっぱいだった。

「ああ、これはさぁ、料理じゃあないんだ。今日使った素材だよ、君がお腹いっぱい食べてくれた肉、是非見て欲しくて」

男は口角を上げて、わざとらしい笑顔を作った。

「美味かったかい? 君の両親は──」

男が何を言っているのか分からなかった。美味い? 君の両親?

「ここまで肉を柔らかくするのは大変だったんだぜ。解体するのも一苦労でさ、あっ、後で浴室覗いてごらん、俺の苦労が一目で分かる」

そこまで言うと、男はドームの蓋を一気に開けた。

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そこには、父と母がいた。

皿の上に生首がひとつ、右側が父、左側に母の顔。

無理やり半分に切って、無造作にくっつけたような形。顔中に血と、細かい肉片やらなんだか分からないものも付着している。

今食べたばかりの物が逆流し、その場で嘔吐する。全てを吐き出せと頭より身体が反応していた。

「なんて......ことを」吐物、涙、鼻水でくしゃくしゃになりながら掠れた声をだす。

胃の中をすべて吐き出し、充血した目で男を睨む。男は冷めた目で私を見下ろしている。

呼吸の仕方を体が忘れてしまったみたいに上手くできない。

無理やり息を整え、何とか声にする。

「君の......両親じゃ、ないでしょ......」

震える声をしぼりだし、叫ぶように言う。

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「私達の両親でしょ!    ──お兄ちゃん!」

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