中編4
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タイ国奇譚

 僕は白いガウンを羽織り、

リクライニングに横たわっていた。

大きな天井扇がゆっくり回っている。

ガムランの優しい調べがどこからか聞こえ

上品なお香の香りが漂っていた。

十分に伸ばした足の先に、

紺色の作務衣を着た若い女がひざまずき、

その浅黒い指で、僕の足裏をグイグイ

押している。

ときおり、足先から強烈な痛みが走り、

堪らず、痛い!と声をあげると、

若い女は申し訳なさそうに、Sorry . . .

と謝る。

20畳ほどの部屋に、

リクライニングが同じ向きで、

10台ほど並んでいる。

そのいくつかに、

様々な国の人が横たわっており、それぞれの

足元で作務衣の女性たちが黙々と足裏を

押していた。

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「兄ちゃん、日本からか?」

右隣の男が声をかけてきた

「ええ……1時間前に

スワンナプーム国際空港に着いて、

さっき、このホテルにチェックイン

しました」

男は脂ぎった赤ら顔に、野卑な笑みを

浮かべている。

50歳くらいだろうか。 

薄い髪を茶色に染め、

お腹周りには、かなりの贅肉がある。

ただ、肌は奇妙に浅黒く照かっていて

かなり遊んできたような雰囲気だ。

「タイはええとこや わしもこうして、

たまに来てリフレッシュしてるんや」

男はそう言うと、さも楽しそうに微笑む。

「そうですか…… 実は僕は今回

初めてなんですが、

どこか面白いところ、ご存知ないですか?」

すると男は、少し思い出すように

天井を眺めてから、

おもむろにしゃべりだした。

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「実はな、昨日の夜なんやけどな

こっちの知り合いに誘われて、

変わったところに行ってきたんや……

い、痛!痛たた!おい、もうちょい、

優しくせえよ!」

男の足元にいる浅黒い女が

慌てて頭を下げている。

「まあ、兄ちゃんのような真面目そうな人は

どうかなあ……つまらんかもしれんね」

と言いながら男はちらりと、僕を見る。

「え!どんなところだったんですか?」

そんな風に言われると、

気になるのが人情であろう。

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「最初、わしもどんなところか聞かされずに

連れて行かれたんやけどな。 

行ってみると、ちょっとした

アメリカンバーみたいなところでな。

高いカウンターがあって、

高いテーブル席があって、

なんや昔のロックとかが

ガンガン鳴っててな。

ダーツとかもあったなあ。

アメリカンスタイルで、

一杯飲むごとに金を払うんや。

お客さん?結構多かったなあ……

しばらくは連れとカウンターで

ワイワイ話しながら、

まあ楽しかったんやけど、

女もおらんし、

だんだん退屈してきてな。

おい、もう帰ろうか?

なんて、連れに言ったんよ

そしたら、そいつ、なぜかニヤリと笑ってね

こっちに来い、と勝手に歩き出したんで、

ついていったんや」

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「そいつ、どんどん店の奥の方に

進んでいくわけよ。

分からんけど、とりあえず付いていくと、

薄暗いところに

小さな裏口みたいのがあってな。

そこから中に入ったら、いきなり

白い仕切りカーテンがあったんや。

その前に浅黒い顔の現地の男が

立っててな。

連れの男がそいつに何やら耳打ちすると、

財布から金を出して手渡したんや。

2,000バーツやったかな……。

日本円で6,000円くらいかな。

一人、3,000円というところや。

そしたら、その男がカーテンを開き、

中に入れ、と手招きしたんよ。

入ってみると、

そこは人が一人立てるくらいのスペースが

あって、

天井の蛍光灯が切れかけとったのか、

チカチカと点いたり消えたり、しとった。

そんで、クーラーでもついてるんか思うくらい

冷んやりしとって、

なんか薄気味悪い感じやったなあ。

見ると、目の前に、動物園のようなガラス張りの

個室が向こうまで並んどる。

なんやろう?と一つ中を覗いたら、

床はコンクリートで何もなくてな。

天井には手前に一つ、

裸電球がぶら下がっとるだけで、

殺風景な感じやったなあ。

ウナギの寝床みたいで奥は結構暗くてな。

よく見ると、そこに何かおるんや。

初めは、なんか珍しい動物でもおるんかいな?

と思っとった」

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 いつの間にか、

僕の心臓は拍動を速めていた。

喉はからからだった。

男が大きく一つため息をついて、続ける。

「そしたら、連れのやつがバッグから

何か出してきて、個室の手前にある

鉄製のダッシュボードに放り込みよった。

コンクリートの床に転がったのを見てみると、

芋虫みたいな長いのが2、3匹、

モゾモゾしている。

すると、

奥の方で固まっている黒い影の一つが

ピクリと動くと、ゆっくりこっちに来よった。

裸電球の下まで来たそいつを見た瞬間、

わしは心臓が止まるくらいびっくりした。

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「あれは、

間違いなく動物ではなかった 。

けどなあ、単なる人間でもなかったな。

あれは、何というか ……」

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 男の顔からはいつの間にか

笑みが消えており、

真剣な目で一点を見つめていた。

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「スミマセ~ン! ジカンデ~ス!」

男の足元の女が片言の日本語で言った。

「オーケー、オーケー、ねえちゃん

サンキュ!サンキュ!」

男は起き上がり財布から金を出して、

女に手渡すと、

「兄ちゃん、すまんなあ。

もうちょい話したかったけど、

時間もきたみたいやし。 また、今度、

もし会うことがあったら、話すわな。

じゃあな……」

と言うと、悠々と歩き出した。

……

僕は男の後ろ姿をずっと見つめていた。

Concrete
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@はむん 様
コメントありがとうございます
きっかけは、都市伝説としても有名な
だるま女の話です
ですから、最初は、だるま女をラストに登場させよう、と思ったのですが、それよりも、
皆さんの想像に任せる方が良いのでは?
と思って、このようなラストにしました

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@むぅ 様
コメントありがとうございます
実はこれ、あの後に続きがあったのですが、
あえてカットしました
読んでる皆さんの想像に任せた方が
恐怖が膨らむんじゃないか、と思って

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