長編8
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一階の廊下

俺は小5の時、親の転勤で都会から辺鄙な田舎町へ引っ越した。

病院勤めの両親は元々社宅暮らしで、俺も勿論産まれた時から社宅暮らし。

初めての引越しに心を躍らせていたが、その希望は虚しく砕け散る。

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元は狭い3Kくらいのボロ屋だったけど、何かと便利で何でもある都会と、田舎町の3Kボロ屋とでは雲泥の差だ。

周りを無駄に木々が囲み、公園といっても遊具も少ない寂れた場所。俺は嬉々として荷解きをする両親と妹を横目に、ガックリと肩を落とし絶望の淵にいた。

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午後、引越しもひと段落して、俺が近所を散策すると母に断り部屋を出ると、二つ下の妹が後を追ってくる。

407号室

新しい我が家は、最上階の角部屋だった。

俺が項垂れていたのにはもう一つの理由がある。

不気味なんだ……とにかく。

玄関を出ると横に廊下が続いていて、そこには電灯が無い。

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昼間でも木々が社宅の周りを囲み、陽の光が殆ど差し込まない薄暗い廊下は、夜になると真っ暗になる。

それだけでも嫌なのに、廊下の途中に等間隔に曇りガラスで仕切られた部屋の様なスペースが並んでいた。

社宅住人の部屋と対面する様にそのスペースがあって、社宅の出口に行くためには必ず横切らなければならない。

気持ち悪っ……漠然とそんな風に感じる。

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(倉庫か何かか?いやそれにしても数が多い)

俺は不審に思いながらも曇りガラスを凝視しながら、恐る恐るその部屋のドアノブに手を掛けた。

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「開かないよ」

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ビクッとして声のした方を見ると、後から付いてきた妹が別の曇りガラスの前で、ガチャガチャとドアノブを動かして見せる。

ヘラヘラと笑う妹を見て、俺は安心することが出来た。

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何故なら妹は霊感が強く、すぐに幽霊を見たり声を聞いたりするのだ。即ち、その妹が平気にしているという事は、霊的なものはいないという判断が出来る。

何とも情けない判定基準に頼らざるを得ないのは、俺自身が霊感0だから。そのくせ、得体の知れないものへの恐怖心は人一倍ある。

そんな自分に嫌気がさしながらも、階段を降りて出口へ向かう。

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「兄ちゃん、公園行きたい! 」

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ああ、そうだなと妹と会話をしながら一階に着くと、右手に部屋の続く廊下、左手の社宅の出入口からは光が差し込んでいる。

いつのまにか、妹は社宅の出入口で待っていて、早く行こうと俺を促す。

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各階の廊下には、明かり取りの窓が設置されているが、木々に囲まれているため薄くボンヤリと廊下の輪郭がわかる程度。

その仄暗さは階下に行く程深くなり、一階に至っては昼間でも夜の様だ。

俺は妹に促されながらも、改めて一階の居住区の廊下に視線を送った。

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すると暗く凡そ人など住んでいそうの無い、倉庫の様な殺風景な廊下の奥に、女が独り佇んでいる。

白いワンピースに長く伸ばした黒髪、白い肌で細身な身体を明かり取りの窓に向ける姿。

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(綺麗な人だな……)

暗闇の中、異様にはっきりと見えるその女に目を奪われていると、妹が俺の手を引き社宅の外に連れ出す。

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「一階の廊下は見ちゃだめだよ」

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そう一言だけ妹は言った。

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その日の夜、子ども部屋で寝ていると両親の話す声が聞こえる。

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「同僚に聞いたんだけどこの社宅、元は病棟だったみたいよ。廊下にある曇りガラスの部屋……あそこが多床室で、一階は終末期病棟だったそうよ」

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「ああ、そうみたいだな。ただ、確か一階に入居者はいなかった筈だ。何か変な噂が多くあったそうで、倉庫みたいになってるんだと」

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自分たちは病院勤めで慣れているが、一般の人はこんな所怖くて住めないよと、二人は声をひそめて話していた。

両親が話していた“一階には住人がいない”という内容……昼間に見た女の存在に疑問が残る。

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(昼間に見た女は幽霊? いやいや、別の階の住人がウロついていたんだろう。けど俺は、あんなに真っ暗な場所好き好んで行こうとは思わないけど……まぁいっか)

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細かい事を考えるのが苦手な俺は、布団の中で少し考えた後、すぐに眠りに就いた。

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転校先ではすぐに友達が出来たけど、まぁ俺は真面目で頭の良い奴とは無縁だから、必然的に新しい環境でも周りに集まるのは馬鹿をやる連中になる。

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「おう! 今日は俺ん家に来いよ! 皆んなでゲームでもするか! 」

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二言返事で新しい友達三人は了承し、俺の後に続きゾロゾロと社宅へ入り、予想通りのリアクション。

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「うわっ! お前ん家、お化け屋敷みてーじゃん! こえぇー」

「うるせーよ。ははっ! ビビってんのか? 俺は全然平気に住んでるけどなー」

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小学生にありがちな、冷やかしと強がりのやり取りの中、ふと仲間内の一人が余計な事を呟く。

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「探検したくね? なんか面白そーじゃん! 」

(やりやがった。こうなったらもう止まらないじゃねーか……)

俺は見て回ったけど何にも無かったぞという軌道修正も虚しく、肝試しが模様されることとなった。俺は半ばヤケクソになりながら、更にハードルを上げる。

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「よし! そんならこん中で一番度胸のある奴が、一階の居住区の廊下を奥まで行って、壁にタッチして戻って来るってのはどうだ? あー因みに俺は一人でやったから俺意外な」

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そう言い仕掛けると、仲間内の中でも積極的に馬鹿をやる奴が立候補をし、スタスタと暗闇の廊下を歩いて行った。

まだ明るい午後三時だというのに、廊下は奥に進むほど闇が広がり、その友達が一番奥に行く頃には暗がりで薄っすらと影しか見えない。

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「おーい! 今からそっちに行くよー」

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ダダダダッ!

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全力に近いスピードで友達が走って来る。違和感を感じながらも目を凝らすと、顔が必死だ。どうしたのかと戸惑いながら見守る中、仲間の一人が驚きを口にした。

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「うっ、後ろ! 走れー! 」

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え? と間の抜けた返事をしながら、必死に走る友達の後ろに目を細めると、凄まじい形相の女が髪を振り乱し追いかけて来ている。

あの時の女。白いワンピースに長い黒髪の女だ。

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「そのまま走れー! ここから出るぞ! 」

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仲間の一人が冷静に指示を出す。どうやら社宅の外、明るい場所で女を迎え撃とうという魂胆の様だ。俺は単純にコイツすげーと思いながら、後退りし走って来た友達と同時に社宅を出た。

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「はぁ、はぁ、やっヤバかったー……殺されるかと思ったよ……」

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追われていた友達は、息も絶え絶え膝に手をつき肩を上下させている。

俺を含めた四人は、社宅の入り口から目が離せない。眩しいほどの陽射しが射す昼下がり、暗い洞窟の様な社宅の入り口を凝視し続けるが、女が飛び出して来ることは無かった。

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「ちょっ、ちょっと見て来る! 」

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俺は自分の家という事で、結局は通らなければならない場所であると何処か冷静に考え、恐る恐る入り口へ近づく。

大丈夫か……と不安そうな友達の声が後ろから聴こえる。

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電灯の無い社宅は、すべてを呑み込む様な暗さで、ついさっき起こった恐怖が余計に現実離れした印象を醸し出していた。

入り口付近は日差しで幾らか周囲が見渡す事が出来て、キョロキョロと辺りを伺っていると……

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いた。

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薄暗い場所に女の白い足だけが見える。

裸足の指の爪が青黒く変色していて、気持ち悪さと恐怖で俺の身体は硬直していた。

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「フーッ、フーッ、フーッ……」

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外の明るさと社宅内の暗さの陰影で女の身体は見えないが、その息遣いと確かに存在する足が、物凄い形相で再び俺達を捉えようとしている姿をありありと想像させる。

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「兄ちゃん! 」

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背後から妹の声がし、俺は弾かれた様に社宅から離れ、走り、友達と妹のいる場所まで辿り着く。

「い、いた。アイツそこに立ってた……」

皆は俺の言葉も聞かず、只々社宅を恐々と見つめていた。

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「兄ちゃん達、悪ふざけしちゃダメだよ。あの人怒ってるよ」

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小3の下級生に窘められる上級生の俺達だったが、そこは小学生というか、単純な奴等の集まりのためか、気を取り直し皆んなで公園で遊ぼうという事になる。

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鬼ごっこや隠れんぼ、昆虫採集などに夢中になっていると、恐怖の出来事も既に頭には無い。

夕方になり空が暗くなり、皆一様に挨拶を交わし別れていく。俺は妹と一緒に家路を歩きながら、腹減ったなとか夕飯何かなとか能天気な事を話していた。

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「兄ちゃん、さっきのこと……社宅に入る時、絶対一階の廊下は見ちゃダメだよ。約束だよ」

「なんだよー嫌なこと思い出させるなよ。分かったよ。見なきゃいいんだな。あとは何かあるか? 」

「あの人、ずっと兄ちゃんの友達のこと見てたよ。何も無いといいけど……」

「お前、あの人ってあの女の人か? 社宅の住人だろ? 」

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「違うよ。男の人。女の人は良い人だから皆んなを逃したんだよ。男の人には絶対会っちゃいけないの……」

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俺が時々訳の分からない事を言う妹に対し、そっか分かったよと軽く返事をしているうちに社宅の前まで着く。

流石に馬鹿な俺でも昼間の事が頭をよぎり、足がすくんでいた。

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「大丈夫だよ! さっきの約束、いい? 」

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こういう時は妙に頼り甲斐のある妹に気圧されると、俺は強がりながらも社宅の中に入る。

(一階の廊下は見ない、見ない、見ない……)

心の中で呪文の様に唱え続け、部屋まで無事に帰宅し、幸い霊的なものはもう見ることは無かった。

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その日、夢を見た。

社宅の一階の廊下に男がいて、途轍もなく怖い形相で俺を睨みつけて来る。

その男が“何か”を喋り終えると、フッと目が覚めるが、身体が動かない。

金縛りはごく稀にあったので、またかと思いながら指に力を入れて解こうとしていると、頭の方に気配がした。

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ボンヤリと、誰か立っているのかと思っているうちに、徐々に暗闇に目が慣れてくる。

俺の枕元に立ち、仰向けに寝ている俺の顔を見下ろしている男。夢に出た男だ。

それに気づいた瞬間気を失い、再び目を覚ますと朝になっていた。

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(変な夢みたなー……)

単純な俺でも少し気にはなったが、学校に着くといつもの元気な挨拶でそんなことはすぐに忘れる。

忘れようとしていた。

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「昨日変な夢見た。お前の家行ったからだよーマジでおっかなかったー」

「えっ?俺も俺も! なんかオッサンが出てきてさー……」

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俺を含む四人とも同じ夢を見ていて、その男が口にした“言葉”も同じ。

そう、あれは友達の声なんかじゃ無かったんだ……

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「おーい!今からそっちに行くよー」

Concrete
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