中編3
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祠(ほこら)

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 それは

蝉の声がまだ煩わしさを感じるような、

夏の終わり頃の夕暮れどきのこと。

私は隅のベンチに腰掛け、

朱色に染まりつつある公園の情景を、

一人ぼんやり眺めてました。

まだ遊び足らない子供たちの長い影が

影芝居のように愉しげに、

地面を動き回っています。

近くに住む子供たちなのでしょうか、

親と見られるような大人の姿は

ありませんでした。

その公園は、私の住む家のすぐ近くで、

中央にすべり台と砂場、奥にはブランコと

シーソーがある、

どこにでもある普通の公園です。

ただ一カ所変わっているところと言えば、

ブランコのあるところの背後のちょっとした

木立の陰に、

ひっそりと祠(ほこら)があることでした。

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 それは高さ2mくらいの

古びた木造の祠(ほこら)なのですが、

一応、神社の社殿のように、

切妻屋根構えがあり、その下から見える

数本の白い神垂の奥の観音開きの格子戸

は開け放たれていて、薄暗い奥に、

30㎝ほどの高さの人形が、

ちょこんと祀ってありました。

その前には、

ミカンやお饅頭などが置かれています。

以前、近くまで行って、

覗いたことがあるのですが、

その人形は、黒い髪を肩まで伸ばし、

紺の着物を羽織っており、藁で編んだ草履を

履いています。

丸々と肥えた赤子を抱いており、

なんとも悲しげな眼で、見ているのですが、

なぜかその赤子には顔がありませんでした。

人形の背後には白い厚紙が立ててあり、

毛筆で、

『おのが子をうしない、

かなしみにくれる鬼母神も

いつぞや、子をさずかるのか』

と、書かれていました。

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 ブランコでは、

花柄のワンピースの女の子が一人夕日を背に

単純な振り子運動を繰り返しています。

私はそこから、

少し離れたところにあるベンチで、

その様子を眺めていたのですが、

ふと視線を動かすと、ブランコの傍にある

木立の陰に、誰かが立っているのに

気が付きました。

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 ちょうどあの祠(ほこら)のそばの

木立の辺りです。

日がだいぶ落ちてきていて、

はっきりとは見えないのですが、

白いボロボロの着物を羽織り、

髪は伸び放題という感じで、汚れた素足に、

草鞋を履いています。

顔はよく分かりませんが、女のようです。

一見して、物乞いのような風体でした。

骨と皮だけの両手で、胸元に黒いお椀を持ち、

何やら一心に唱えているのですが、

蝉の鳴き声で聞こえません。

そして時折、小さな黒い棒でお椀を叩きます。

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――チーーーン……

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 心地よい金属音の響きが、

微かに聞こえてきます。

しばらくすると、

その女はブランコの方に向かって、

ゆっくりと中腰で歩き始めました。

地面の長い影も一緒に動いて行きます。

夕日に照らされた女の白い横顔には

生気というものがなく、やつれていました。

歩きながらも何やらブツブツ唱えながら、

椀を叩きます。

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――チーーーン……チーーーン……

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 女はブランコの傍らまで来ると、

ピタリと立ち止まりました。

ブランコではまだ、先ほどの女の子が飽きず、

懸命にこいでいます。

女と女の子の影が、公園の地面に

伸びていました。

すると女は正面を向くと、

空洞のような真っ暗な両目を開き、

先ほどよりも真剣に唱え始めます。

そして、

再び黒い棒で椀を叩いたときでした。

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――チーーーン……

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「!?」

私は目を疑いました。

さっきまで元気にブランコをこいでいた

女の子が忽然と消えてしまったのです。

もう一度、目をこらして見ましたが、

そこには、誰も座っていない座板だけが、

鎖の軋む音を鳴らしながら、

前後にゆらゆら揺れているだけです。

私は思わず立ち上がり、

ブランコの傍らを見ました。だが、

そこにはあの女の姿もありませんでした。

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 辺りを見回すと、いつの間にか公園は

薄暗くなっており、中央にある外灯が一つ、

ぼんやり灯っています。

子供たちも誰もいなくなっておりました。

微かに蜩の鳴き声が聞こえてくる

うら寂しい公園に私は一人、

ただ呆然と立ち尽くしていました。

ふと、あの祠(ほこら)を見ると、

数本の白い神垂の下にある、

観音開きになっている奥から、

青白く弱い光が漏れてきておりました。

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