中編3
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絶望的な状況

 お盆前のある土曜日の夜。

羽田空港のチェックインカウンター前には、長蛇の列が出来ていた。

真結美の携帯の着信音が鳴る。

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「ああ、お父さん?

7時ちょうどの福岡行き107便に乗るから、そっちには、そうねえ……10時前には着くと思う。

え?憲一?もちろん、一緒よ。今、ここにいる」

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野球帽を被りティーシャツに半ズボンの10歳くらいの男の子が、退屈そうに真結美の片手を握っていた。

今年45歳になる彼女は黒髪をボブショートにし、白いワンピースを着ている。

10歳年上の旦那は、癌で4年前に亡くなったので、今は息子と二人、東京で懸命に暮らしている。

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 真結美と息子の憲一が、福岡の実家に着いたのは、夜10時を少し過ぎた頃だった。

真結美が高校時代までを過ごした、二階建ての庭付きの一軒家。

少し古びたくらいで、今もほとんど昔と変わっていない。

憲一が玄関の呼び鈴を何度も押している。

しばらくすると、ポーチに電灯が灯り、玄関の鍵の音が聞こえると、ガラリと開いた。

白髪頭を7、3に分けた浅黒い顔の真結美の父、竜三が、赤いスエット姿で立っている。

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「おお、よう来たなあ」

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そう言って、嬉しそうに憲一を抱き上げた。

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 三人は、リビングのテーブルに座った。

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「お父さん、ちゃんと生活出来てるの?」

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テーブルに並んだグラスに、ペットボトルの烏龍茶を入れながら、真結美は、目の前に座る父、竜三に聞いた。

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「ああ、大丈夫だよ。あれがいなくなった当初は大変だったけど、今はもう慣れて、気楽なもんだ」

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竜三の妻は去年、肺炎で亡くなっていた。

着物姿の似合う上品で古風な女性だった。

あまりの喪失感に、彼は鬱を発症し、家に閉じこもり気味だったようだ。

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「お前こそ、ちゃんとやれているのか?」

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「大丈夫、大丈夫」

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憲一が大人びた口調で応えたので、真結美と竜三は揃って笑った。

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 壁際にある大型テレビでは、クイズ番組をやっていたのだが、突然チャイムが鳴り、画面は報道スタジオに切り替わった。

スーツ姿の男性が、深刻な面持ちで記事を読み上げている。

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「たった今入ったニュースです。

本日、東京羽田19時発の福岡行きの飛行機107便が20時頃、中国地方の山脈上空辺りで消息を経った模様です。

今、現場周辺には、警察や自衛隊、地元の消防団などが行っているようなのですが、恐らくは山中に墜落している模様で、乗組員ほか乗客102名の生存は絶望的、という情報が入っております。

繰り返します。……」

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竜三は、目の前に座る真結美と憲一を青ざめた顔で見ると、呟いた。

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「そうか、お前たちも……」

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 リビングの窓から月明かりの下、小さな庭がぼんやりと覗いていた。

そこには何本かの柿の木が並び、たくさんの朱色の実がさがっている。

その中の、奥にある特に大きく枝ぶりの立派なものに、一人の男が首にロープを通し、ダラリとぶら下がっていた。

暗がりの中、首を傾げて宙に浮いているように見える。

白髪頭を7、3に分け、赤いスエットを着ており、結構時間を経ているのか、雨風で顔や服がかなり汚れて、くたびれていた。

その木の端には、岩が組まれた小さな池があり、表に月を映しているのだが、数匹の鯉が白い腹を上にして浮かんでいる。

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 そして池の傍らには、絣の着物を着た上品な感じの老女が、木にぶら下がる男をじっと見つめながら、悲しそうに佇んでいた。

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