御霊、畏るるべき事 - 峰岸善衛の備忘録

長編11
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御霊、畏るるべき事 - 峰岸善衛の備忘録

 師走のとある日。

 御茶ノ水駅から程近い居酒屋で、峰岸は先輩の新倉と旧交を温めていた。新倉は峰岸より3年ほど前に定年退職し、今は地元で交通安全推進委員をやっている。

「元気そうだね」

「新倉さんもお元気そうでなによりです」

「噂に聞いたぜ。再就職もしないで相変わらず”変な話”ばかり聴きまわってるとか」

 にやにやしながら新倉がからかう。

「いや、それは言い方が悪いですよ。無事に定年を迎えた後、今は趣味に生きる毎日、と言って下さい。それに”変な話”じゃないですよ。巷の奇談、怪談の収集で、これは昔から立派な文学作品にもなってまして…」

 少々むきになって反論する峰岸に、新倉は笑いながらビールを注ぐ。

「まあ、そうむきになるなよ。お前が元気そうで嬉しかっただけさ」

「新倉さんはお忙しいんですか。交通安全推進委員ってどうです?」

「うん、それなんだがな。最初は暇でいいなとか思ってたんだが、ここ最近妙に忙しくなってきてな」

「事故が増えたんですか」

「そうなんだよ。もともとここら辺はあまり交通事故のない、静かな所だったんだが、ここ二ヶ月ほど前から、やたらと事故が増えてきたんだ。おかげで講習会やら何やらで、妙に忙しくなっちまった」

「ここ二ヶ月で急に、ですか…何なんでしょうね」

「内容は様々だけどな。ながらスマホもあれば、確信犯の信号無視とか、自転車の対人事故もあるし、千差万別で一定の傾向はつかみにくい。特に交通量が増えたわけでもないしね…」

「何なんでしょうね…」

ビール瓶を差し出しながら、峰岸が同じ言葉を繰り返す。

 お開きになった後、峰岸を駅まで送りがてら新倉はその多発地帯を案内してくれた。事故は東西方向に走る二車線の道路に沿って、多発しているらしい。とりあえずその道路に沿ってぶらぶら歩いてみる。歩きながら、「ここ、あそこ」と一つ一つ新倉が教えてくれる事故場所を、峰岸は律儀にメモする。

「この間もそこの十字路で、出会い頭の衝突事故があった。今のところこれで全部だ」

「全部で8件ですか。ちょっと多すぎますよね」

 暫く歩いて、道路が交差する大きな交差点の所まで来た時。

(…ん?)

 ふと、一件のビルが峰岸の注意を引いた。

 理由は分からないが何故か気になるのである。白く背の高いビル。上の階に行くに従って少し細くなっており、微かに台形に近い。

「あのビル、何かユニークな恰好してますね」

 地元情報に詳しい新倉に、峰岸は尋ねてみた。

「ああ、あれはもう三十年くらい前からここにあるよ。ただ、ここ最近はテナントに恵まれなくて空きビル状態でな。半年ぐらい前から売りに出ていて、この十月に外国人の資産家に買われたらしい。そのオーナー系列の旅行社みたいなのが、やっと一つ入ったみたいだが、相変わらずぱっとしないんだよな」

 二人はそこの交差点で、再会を約して別れた。

 先輩と別れた後、駅に向かって歩きながら峰岸は、無性にあのビルのことが気になってしょうがなかった。駅舎まであと二百メートルという所で踵を返すと、彼は再びあのビルへと向かった。

 一階部分は薄暗く、受付のようなものも置かれていない。目をあげてみるが、どの階も昼間というのに窓は殆ど真っ暗である。かろうじて二階部分の窓のみ明かりが点いているが、ブラインドが降りていて中の様子は見えない。

 一階のロビーにテナント名を示すボードがあるが、やはり二階にしかテナントは入っていないもようである。”東国観光株式会社”と読める手書きのボードがたった一つ、無造作に貼り付けられていた。

 峰岸は階段を使って二階に上ってみた。フロア全体はひっそりとしており、どこがテナントの事務所かわかりにくい。辛うじて、“東国観光株式会社”と、やはり手書きの表札が貼り付けてある扉を発見して、ここがオフィスなのだと分かった。

 ひっそりと閉ざされた扉に耳を近づけてみると、微かな声が聞こえてくる。が、会話の内容は聞き取れない。どうも外国語のようだ。これ以上の探索をあきらめた峰岸は、静かにその場を離れた。

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 帰宅した峰岸は早速パソコンを開く。

 まず、警視庁のホームページにある交通事故発生マップを見てみる。ここには、調べたい地域の事故発生頻度が色分けされて表示される。また、事故発生場所が発生年度別に■や▲でプロットされている。

 問題の地域を見ると、一昨年、昨年は殆ど事故が起きていない。更新には少しタイムラグがあるため2017年のデータは上半期分しか反映されてないが、やはり殆ど事故はない。新倉の言葉に従えば、やはり、この二ヶ月の間に急増しているということらしい。

 次に、グーグ○マップを開いて、付近の状況を眺めてみる。

 航空写真モードにすると、その地域を俯瞰する映像を見ることが出来て、よりリアリティが増す。まず、付近一帯の写真を眺め回したあと、思いついた峰岸は、例の気になったビルに移動してみた。倍率を上げて真上からしげしげと見下ろすうちに、屋上に小さな付属物を発見した。

 峰岸には、何故かその薄緑色の物体が気になってしょうがない。

 少しアングルを傾けてみる。画像はクリアとは言えないが、何とかその物体の形に想像を巡らせる。屋上の寸法と比較して、幅も高さも小さいが、妙に気になる…色々考えているうちに思い当たった。

 ひょっとして、これは祠ではないか…

(祠を上から撮影した映像なんだ。確かにビルの屋上に小さな祠が設置されているのをたまに見かけることがある。あの類か…祠と言えば、何かが祀られているに違いない…何らかのパワーがそこに集まっている可能性もあるな。でも、これだけでは何もわからない…)

航空写真モードを長々と眺めていると何だか目が疲れてしまった。峰岸は、マップを地図モードに戻す。縮尺を縮め、少し広い範囲をカバーするようにして、付近の地名が色々書き込まれた地図をぼんやりと眺めてみる。

 と、その時。

「…ん?」

 地名や建物名の書かれた地図を何となく眺めていた峰岸の目が、地図上で何かの形を捉えた…

 急いでプリンターを接続し、今自分が眺めている地図を紙に印刷してみた。もう一度全体を見渡すようにして俯瞰してみる。

 何かに気付いた峰岸は、やおら地図上に印をつけ始めた。

「ここと、これと、そしてビルは…ここか」

 次に、定規を引っ張り出すと、印をつけた三つの点について、互いの距離を測ってみた。各々二点間の距離はぴたりと一致している。

峰岸の心臓は、自分の発見に高鳴り始める。

「やっぱりそうか!」

 湯島天神と神田明神、そして問題の白いビル…この三つのポイントが地図上に綺麗な正三角形を形成しているのである。

 そのビルは神社ではないが、その外壁の白さと高さは付近のビルの中に有って異彩を放っていた。微かな台形を描くその形は、何となく聳え立つ山のイメージがある。

白く聳え立つ山…白い峯。祠という小さな社まで設えてある…白峯神社と言えば、崇徳上皇。

 湯島天神のご祭神は、勿論、菅原道真。

 そして、神田明神と言えば…平将門。

 日本の三大怨霊がこの一帯にトライアングルを作っていたのか!

 さらに新倉から聞いた一連の事故多発ポイントを地図にプロッティングしてみた。湯島天神と神田明神からほぼ等距離の所を東西に走る道路に沿うように事故は起きており、いずれも綺麗に三角形の中に納まっている。

 峰岸は、自分の発見に興奮しながら、解釈を試みる。

(このビルが建ったのはいつ頃か知らないが、ここの祠は多分崇徳院を祀ってあったんだろう。これを設置した人は、三大怨霊のトライアングル、いわば三すくみの構造を作ることによって、この一帯に安定をもたらそうとしたに違いない。ビルのオーナーが替わっても、代々この祠の件は引き継がれ、大切に祀られて来たんだろう。トライアングルも維持されて、ここ一帯は霊的に安定した土地であり続けてきた…

(ところが、十月にビルのオーナーが外国人に替わった。新しいオーナーは、日本の神々や宗教には当然関心が無く、祠を祀ることも止めてしまった…三すくみの構造は崩れ、残った二強の力がぶつかり合う場となり、霊的に荒れた所になった。その結果、事故が多発するようになってしまったわけか…事故の急増は約二ヶ月前から…オーナーが替わった頃に一致する…)

 峰岸は自分の発見に自信を持った。

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 その夜、久しぶりに訪れた先祖に、峰岸は少々興奮しながら自分の発見を報告した。

 黙って聞いていた先祖の口が、徐に開く。

「あの白い建物に気付いたか…なかなか目の付け所が良い」

 肯定的な言葉を聴くのは初めてである。

「では、やはりあのビルは?」

「うむ。あそこは重要な意味を担っておる」

先祖の言葉に峰岸は小躍りする。初めて褒められたことが子供のように嬉しい。

「有難うございます!」

「じゃが、善衛よ。よく聞くがよい」

「はい?」

「この大馬鹿者!」

 峰岸の発見は、またもや糠喜びに終わった…

「三大怨霊などと…三大か四大か知らんが、数合わせで語るようなものではないであろうが…それこそ不敬だとは思わんか」

 予想もしなかったポイントから始まったお説教に、峰岸は戸惑う。

「考えてもみよ、善衛よ。この国の長い歴史を。文字にも書き残されていない時間の途方もない長さを。菅公のお生まれになるよりも遙か以前から、人は住み着き、村が出来た。村と村は出会い、争い、そして国になる。今度は国と国が出会い、争い、更に大きな国になる。それを長い間に、至る所で繰り返しながら一つの国へと形作られていったのじゃ…

「その課程でどれだけの血が流されたか。長い長い戦いの中で流された無数の兵達の血。戦に敗れ、首を刎ねられた将の血。戦が終わった後も、権力闘争は絶え間なく続く。無念のうちに首を刎ねられ、あるいは流刑や幽閉の憂き目にあった人々の凄まじい恨み…流された血の量、切られ晒された首級、こぼれた無念の涙を考えてもみよ…三つや四つで足りると思うか?

「勿論、道真公も将門公も崇徳院も、とてつもない力をお持ちであるし、そのご無念もいかばかりか、察するに余りある。きちんと畏敬の念を持ってお祀りすべきなのは当然のこと。わしが言いたいのは、この国にはそういう方々が、他にも沢山おられるということよ。土地の安寧をもたらす力も、お前が地図上に線を二、三本引いて見いだせるような安易なものではない。お前達のまだまだ知らないお方達が、奥深く複雑な構造を作っておられるのじゃ。この国の至る所でな…」

 峰岸は慄然とする。この国の至る所に、三大怨霊級の怨念が眠っている…

「何だか地雷原みたいですね…」

 恐ろし気に呟く峰岸を諭すように先祖は続ける。

「そこも勘違いするな、善衛よ。こういう方々のお怒りは勿論恐ろしいものじゃが、鎮まっておられる限り、その地と民をお護り下さる守り神でもあるのじゃ。要はお怒りを招かぬよう、崇敬と感謝の念をもって、謙虚にお祀りすることよ」

「よくわかりました。…ではあのビルの屋上の祠は?」

「あの祠は、商売繁盛を祈願して竣工時に験担ぎで作られたものに過ぎない。お前もたまに見かけるじゃろう。ご祭神が勧請されたわけでもなく、設置以来放置されたままじゃ。単なる飾りに過ぎん」

「では、あの白いビルの所有者が外国人に変わった途端、立て続けにあの界隈で事故が続いたのも単なる偶然という訳ですね…」

 がっかりしたように言う峰岸に、先祖は意外な言葉を口にした。

「ところが偶然ではないのだ、善衛。事故の多発には、ちゃんと原因が有る」

「は?」

 峰岸には今ひとつ先祖の言葉が理解できない。

「新しい所有者の事を調べてみればわかるが、あそこ以外にも、この国の不動産をいくつか購入しておる。いずれも今回のように、形ばかりの事務所を置いて、実質的には営利事業は行っておらぬ。

「そして、あの旅行社には”会長室”なるものが作られておるが、事実上開かずの間になっておる。建物の持ち主さえも、事務所開設時に入った後は二度と立ち寄っていない。そこには…言ってみれば、ある種の”装置”が設置されておる…悪しき気を呼び込む為に、風水師に設えさせたものじゃ」

 峰岸は驚愕する。

「では、オーナーの意図は…」

「知れたこと。悪しき気を流入させ、その地の力を削ぐ事よ。今回は一つの実験であろう。これが上手くいけば、他の物件でも実施し、この国全土に展開するつもりかもしれん」

 峰岸は呆然とする。オーナーが替わってから事故が多発するようになったのは、従来行ってきた祀りを止めたからではなかった…新しいオーナーが悪い気を引き入れていたんだ…

「お前があの建物に注意を引かれたのも、その悪い気の流入を直感的に感じとったからであろう。そこまでは良かったが、見立ては外れであったな」

「すいません」

 またもダメ出しを食らってしまったが、峰岸は、もうそんなことはどうでも良い。もっと重大な現実が現れ始めている。

「あの、悪い気の創出と言えば…ひょっとして、例の人工知能とインフィマティコーポレーションも関与してるんでしょうか」

 世界中の情報を一手に握る巨大情報産業インフィマティコーポレーションは、ある人工知能を開発し、所有している。この人工知能は、至る所に“負”のエネルギー場を作り出す為に24時間営々と活動を続けているのである。そこから反射的に創出される“正”のエネルギーをインフィマティ社にもたらす為に…

「奴らと今回の外国人に、直接の資本関係は無い。だが、つるんでいる可能性は有るかもしれん。個々の不動産に関する詳細情報、現所有者がどれくらい資産が有り、どれくらい借金があって、金に困っているか…そんな個人情報も簡単に把握できる。そういう情報を、悪しき目的の為にこの国の物件を買おうとしている連中に流す…買われた後は人工知能の役割を連中が担ってくれるというわけじゃな…」

 峰岸は戦慄する。自分達も政府も知らないうちに、多国籍企業や外国人達が、この国の包囲網を静かに構築しつつある…

「一体、どうすれば…」

「まあ、今回は黙って見ておれ。これはお前の手には負えんじゃろう。この国を守っているお方達の力をとくと見るがよい」

 笑みを浮かべながら楽観的な言葉を口にした後、真顔になった先祖はこう付け加えた。

「じゃが、忘れるでないぞ。国を守る為には、お前達も普段から自分に出来ることは、しなければならん。いつも“困った時の神頼み”ばかりでは、いつか愛想を尽かされてしまうぞ…」

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 それから程なくして、このビルで深夜、原因不明の火災が発生した。出火元とみられる外国旅行社の事務所が丸焼けになり、焼け跡からは事務所スタッフと見られる外国人二名の焼死体が発見された。司法解剖の結果、出火時には生存していたものと考えられているが、直接的な死因については未だ特定されていない。また、火災についても、周囲に火の気が無かった事から、不審火として警察と消防の調査が続けられている。

 この火災の後、オーナーは、そそくさとビルを投げ売りしてしまったとのことである…

[了]

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