中編3
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悪夢処理職人の朝

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2017年12月××日 午前04:44

―――都内某所

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悪夢処理職人の朝は早い。

武蔵野地区の深夜帯を担当する芥川さんは今年で還暦を迎えるが、

夜が明けてすぐ次の仕込みに取り掛かる。

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滲む朝陽を背に土堤を歩く芥川さんに、

この仕事の遣り甲斐を訊いてみた。

「誇り? 無ぇよンなのは。

ただま、誰でも良いけど誰かやんねぇとな」

白い息で苦く笑う、職人の、真摯な言葉だった。

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芥川さんはアナログに頼る。

材料を収拾する際には常に撮影機器を提げていて、

特に愛するのがcanonのT-80.

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昭和60年の発売当初、失敗作とまで評されたこのカメラを相棒に、

街々を訪れては使えそうな素材をフィルムに写して歩く。

「なんつぅかな、こいつ似てんだ、俺に。このカメラだよ」

レンズを拭きながらT-80を眺めるその瞳は、どこか寂しげに揺れていた。

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事故物件や殺人現場などの情報が入ればいち早く訪れるが、

その道中も、暗く湿った雰囲気の場所を同時に探しているという。

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「そのぉ、ガードレールが妙に何カ所も凹んでたりとかね、

軒先の花壇が割れたりしてるのに誰も手入れしてなかったり、

側溝なんかもよく見てるとたまに血痕があるし、ドブ川なんてのはありゃあ、

だいたい幾らかは浮いて遊んでるよ」

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素材として質が高いのは殺された者の鮮やかな怨念だが、

けれど生き霊の強烈な想いや動物霊の冷たい影も役に立つ。

それらの雰囲気を察知して撮影し現像すると、心霊写真が完成する。

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下積みの頃は上手く撮れなかったと頭を掻く芥川さんだが、スタッフが確認したところ、

この日に撮影したすべての写真に霊が写り込んでいた。

心霊写真をデジタルで作製してしまう若手も増えているらしいが、

それでは良質な悪夢処理は望めないというのが芥川さんの意見だ。

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ゲンブツも必要となるため、撮影後は遺留品の回収だ。

屋内で遺体が腐乱するなどしていると特殊清掃が現場を綺麗にしていくことも多いが、

それでも人が住まなくなると、床に積もる埃と同様、死の臭いも降ってくる。

都内某所の廃屋に同行した際、芥川さんは換気扇に注目していた。

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「よくあんだけどよ、換気扇の全体が妙に赤黒いでしょう。

清掃中に換気扇なんか使うってぇと、血の鉄分がこの辺りに溜まっちまうんだよな。

それが後々こう染みてくる。

ちょっと削っとくか」

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路上であれば、アスファルトの凹凸やブロック塀の隙間などに遺体の破片が紛れていることも。

けれど人間が見つける前に猫などの野生動物や蟻が餌にしてしまうらしい。

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夕暮れ時、仕上げに控えて食事を摂ることにした。

芥川さん行きつけの、表通りに背を向ける静かな蕎麦屋。

おかみさんはこう語る。

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「いつも“疲れたぁ”って顔でいらっしゃるんですよ、あくちゃんは。

なのに、ざるとお燗と、いつもそれだけで、すぐ行っちゃう。

たまにはゆっくりしてったらってお誘いするんですけどね、

“俺ァ死ぬまで眠ってられねぇんだ”なんて冗談ひとつ置いて消えちゃう。

でもねえ、とっても優しい人だってのはわかりますよ、なんだかね」

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おかみさんの言葉に照れ笑いの芥川さんだったが、

熱燗を一本、カラにすると、重々しげに席を立った。

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寒空の重い夜の道、河川敷へ向かう芥川さんの背を撮りながら、

番組スタッフに一つの疑念が浮かんでいた。

気に掛かるのは“俺ァ死ぬまで眠ってられねぇんだ”という冗談。

確かにそうだ、夜通しずっと仕事をして、朝から夕方までまた仕込みに遣うなら……

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次回、悪夢処理職人の衝撃の仕事に迫ります。

えんでぃんぐ:

テッテーテーテーテーン

テーレッテッテーテーレテーン

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@珍味 様
そう、芥川さんは貴重な仕事人なのです。
次回、集めた素材をどう扱うのかにも職人の技が光ります。

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続き!気になります!
お待ちしてます!

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