短編2
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つかれた

その日がいつだったのかはわからない。

なにが原因で自棄になっていたのかも、その時のわたしには分からなかった。

ただ、気がつけばパソコンの長いアンテナ線を首に巻きつけ、満身の力で自分の首を締め上げていた。

気道から絞り出された呼吸音。血管が切れて鬱血した青痣が顔に広がり、目から意図せず流れる涙。口と鼻から出る体液が顎に伝う。

私の今の姿を見た人間はまるで、金魚を入れたあの水袋を締め上げたような状態のように感じるだろう。

苦しかったと思えば苦しかった。

あと何年か生きる生体を今この瞬間に無理矢理殺すとしたら、これぐらいの痛みになるのか。とぼんやり考えていたかもしれない。

ただ一つだけ確かなのは、生きていたくないだの、死にたくないなどの類の雑音はその時に頭に浮かばなかったぐらいだろう。

頭が熱く、ぼんやりと火照っていたがやがて真白の冷たく硬いなにかに変わり、先程よりも首の痛みが強く感じるようになった。

ああ、死ぬのか。そう感じた瞬間に、ふと死の手前にいる自分の顔を写真に収めたいと考えた。何故、その考えが頭を過ぎったのかは分からない。アルコールが巡った時のような呂律の回らないような頭でなにを思ったのか。

馬鹿馬鹿しい行為だ。湖の水面に映る自分の姿に恋をして水死するナルキッソスという男神を思い出した。私はそんな気障な性分ではないのに。

だが、今思えばあれは私の考えでは無かったのだろう。

自分の首を締めたまま、スマホ端末のカメラを起動しシャッターを押した時。

その画面に映っていたのは、苦悶の色に染まる私の顔ではなく、面白くてたまらないと破顔する「なにか」が写真に収まっていたからだ。

その瞬間、私は急に恐ろしくなり、首に絡まるアンテナ線を首から取り除き床に投げ捨てた。

手の震えが止まらなかった。私は自分に自殺願望がなかった事に気づいたからだ。

その日、なぜ衝動的にああしてしまったのかは分からない。

一つだけ残っているのはあの写真だけ。

携帯端末のフォトに記録されたその写真は液晶画面のギャラリーの中でバグが起きたかのようにいつまでも小刻みに揺れて動き続けていた。

Concrete
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