生命、尊ぶべき事 - 峰岸善衛の備忘録

長編9
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生命、尊ぶべき事 - 峰岸善衛の備忘録

 とある日の午後。

 「それで最近は、何か変わったこと無い?」

 久しぶりに訪ねてきた下村に、挨拶も早々に峰岸は切り出す。最近、特に暇を持て余しているのである。

 「相変わらずせっかちですねえ。歳のせいですか?」

 「歳は関係ないよ。大体君とそんなに変わらんじゃないか」

 「私はまだ還暦を迎えてませんから」

 「それもあっという間だぜ。君も分かってるだろうけど、本当に、中年過ぎると一年経つのがどんどん早くなってくるんだよなあ。いやになっちまう…」

つい、ぼやきモードになる峰岸を下村が苦笑しながらフォローする。

 「まあまあ、峰岸さんはまだまだお若いですよ。ところで、最近ちょっと話題というか、警察が高い関心を持っている話が有るんです」

 「どんな話?」

 膝を乗り出す峰岸を宥めるように下村はゆっくりと話を切り出す。

 「臓器密売絡みの話なんです」

 「臓器密売?」

 「ええ。違法に人間の臓器を売買する組織が昔から暗躍を続けているということは、ご存知のとおりですが、最近、この闇のマーケットに妙な動きがあるらしいんです」

 「妙な動き?」

 思わせぶりな言葉に峰岸は、さらに膝を乗り出す。

 「ええ。簡単に言うと、どうも新興勢力というか、とある組織が参入してきたらしいんですが、ここの臓器提供能力が、現行の水準と比べて格段に進化しているらしいのです。つまり、必要とされるあらゆる種類の臓器を、極めて短期間の間に確保し、迅速に提供する。普通のビジネスに例えるのも不謹慎かもしれませんが、いわば品揃えも配達までのスピードも、既存の密売業者とは比べ物にならないくらい向上しているらしいのです。まあ、向上というのも変ですが…」

 「あらゆる臓器を、そんなに早く?」

 「ええ。ご承知のとおり、臓器移植を必要としてる人は何万人、何十万人といるわけで、やはり迅速さが要求されますよね。その密売組織は圧倒的な品揃えとスピードで、もう殆ど一人勝ち状態になりつつあるらしいです。実を言うと、この状況にやっかみを持った同業者からのタレコミで、彼等の存在が明るみに出たんです」

 「ふーん、一体、どんなやり方をしてるんだろうね」

 「そもそも金銭的に臓器を売買するのは本人の合意があっても違法なわけですが、提供に合意する人間自体、そんなに急激に増やせるわけでもないですからね。後は結局、拉致監禁、傷害、殺人等の荒っぽいやり方で無理に供給量を確保することになる。ですが、特に臓器目的の監禁や殺人が、最近になって激増しているというわけでもなさそうです。確かに毎年何万人にも及ぶ行方不明者の中にはこういう犯罪に巻き込まれている人は一定程度含まれているのかもしれませんが、どうも表立って臓器絡みの凶悪犯の件数が激増しているとまでは思えないんです…」

 「なるほど…原因がはっきりしないのは気持ち悪いねえ…」

 もやもや感の漂う話に、峰岸の表情も冴えない。

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 その晩。

 久しぶりに現れた先祖に、峰岸が昼間下村から聞いた話を報告している。

 「自ら進んで臓器を売る人間も昔からいるにはいますが、そんなに急増しているとも思えません。かと言って、臓器目的の拉致監禁や傷害等、荒っぽい行為の方も、これまた激増しているというほどの動きはありません。どうも、はっきりとした理由がつかないのは気持ちが悪い話なんですが…」

 「要は人の臓器の供給を増やせば良いわけじゃろう?」

 「はい」

 「やり方は有るではないか」

 先祖は謎をかけるような言い方をしてくる。多分もう答えを知っているのだ。

 「どんなやり方でしょうか?」

 先祖の答えは意表を突いたものだった。

 「万能細胞よ…」

 「万能細胞ですって?」

 予想もしなかった言葉に峰岸は驚く。

 「生きた人間の体から、好きな臓器を摘出する。そして、万能細胞を使って、その臓器を再生して補填する…これを繰り返せば、あたかも畑で作物を作るかのごとく、何個でも臓器が“製造”できるというわけじゃ」

 先祖の口から飛び出るとんでもない真実に峰岸は絶句する。

 「まさか、臓器畑なんて…あまりにも非現実的ですよ」

 「まずは、生きた人間を拉致してくる。いなくなっても騒がれぬような者、無宿者あたりは恰好の獲物じゃな。そもそも貧窮のあまり自ら臓器を売ろうとする者もおるし、こういう者を騙して連れてくる場合もある…

 「これらの者を監禁したら、需要に応じて好きな臓器を摘出して売り捌く。摘出した後は万能細胞を使って臓器を再生させて補填する。これにより、生かさず殺さずの状態を維持しながら、何度でも臓器を“生産”してもらうというわけじゃ。再生に要する時間は、臓器の複雑さにもよるが、おおよそ一週間ほど、小さなものなら三日程度じゃ」

 「何ですって!そんなに早くですか!そもそも今の技術では臓器それ自体を再生するには、長い時間がかかる筈ですよ」

 あまりにも非常識なスピードに峰岸は絶叫する。

 「確かに異常な速度じゃな。勿論、粗雑で邪まな技術によるものじゃ。この技術を開発した男は、密売組織に臓器を提供する目的で、再生速度を極端に加速することだけを追い求めた。いわば悪意をもって細胞の再生能力を極限まで暴走させたわけで、こんなものは当然自然の摂理に反しており、提供者の人体にも過大な負担が発生する。結局のところ、数回再生を行うと、提供者は死亡してしまうのが現状じゃ…

 「じゃが、奴にとっても、組織にとっても、そんなことはどうでも良い。それでも、一人から何回も臓器を摘出出来れば、従来に比べて飛躍的に効率は上がる。市場において競争優位に立つことが出来れば後はどうでも良いのじゃろう。そのような臓器は、受け入れた方の人体にも今後如何なる影響を及ぼすか、分かったものではないが、当座売りつけることが出来れば良いわけで、副作用や弊害についても、殆ど何も研究しておらぬ」

 「一体、だれがそんな技術を…」

 「少し前、万能細胞の論文で、不正行為が問題になったのを覚えておるか」

 先祖の言葉に峰岸は、とある事件を思い出す。

 「ありました!iPS細胞研究センターの研究員がデータ改竄行為を行った事件ですね」

 一年ほど前、洛北大学のiPS細胞研究センターの研究員が、自ら発表した論文の中で、データを改竄・捏造していたことが発覚し、問題となった。日本が世界に誇るセンター内部での捏造事件は大きく取り上げられ、責任者としてのセンター長も、謝罪会見を余儀なくされた。沈痛な面持ちで会見する責任者の姿を見て峰岸は残念に思ったものである。

 「犯人はその論文不正を行った男よ。問題発覚後、研究所には居られなくなり、職場を追われることになった。ところが、こ奴には自分の不正行為への反省は微塵も無かったのじゃ。それどころか、自分のような若く才能に溢れた人材が、こんな形で排除されていくのは不当であるという被害者意識のみに凝り固まり、世間を逆恨みするようになった…

 「そこに目をつけたのが例の密売組織じゃ。必要な医療用設備の調達資金、無宿者の拉致監禁を行う実行部隊等、万端用意してやるという話で、奴に近づいた。自分の能力が認められ、必要とされている…そして、万能細胞の技術を闇社会に貢献する道具に貶める、という感覚は世間への復讐心も満足させる…話に乗った男は嬉々として研究に邁進し、一年後には万能細胞による臓器密売を実現してしまったのじゃ」

 自らの不正については、何ら反省することも無く、世間の方を逆恨みするという極度の自己中心性…生命を弄び、人類への福音とも言うべき偉大な発見を悪用し、違法な金儲けの手段に貶めて何ら恥じる事の無い心…犯人の心の度し難さに峰岸は言葉を失う。

 「今、一年前の記事を検索してみました。笠沼忠之という研究員でしたね。とにかく重要参考人が特定できたわけですから、早速下村に連絡して動いてもらいます。臓器移植法違反、傷害罪、逮捕監禁罪、色々容疑は有ると思います。そこから芋づる式に密売組織の全容が明るみになるでしょう」

 「心してかかるが良い。油断は禁物じゃぞ…」

 難しい顔でそう言うと、先祖は帰って行った。

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 それから一か月ほど後。

 笠沼忠之が逮捕された。捏造事件で職場を追われた男が、今度は臓器密売の片棒を担いでいたという事実は世間に衝撃を与えることとなった。

 「お疲れさん。首尾よく逮捕できて良かったね。どんな感じだった?」

マスコミ対応の合間を縫って、報告に来てくれた下村を峰岸が労う。

 「まあ、ご存知のとおり、逮捕は出来たんですけどね…」

 何故か下村の顔は晴れない。

 「どうかしたの?」

 「我々が奴の研究室に踏み込んだ時、部屋の中にはずらりと並んだベッドと医療器具が並んでいました。各々のベッドには人間が一人ずつ縛り付けられていましたが、それは酷い有様でした…むき出しにされた胴体のまだ生々しい縫合の跡から血が滲んでいる者、血で真っ赤に染まったガーゼが眼窩に無造作に当てられている者…各々が、もうこの世のものとも思えないような恐ろしい声を上げていました。臓器を摘出した後、麻酔が切れても放置してたんです…」

阿鼻叫喚の光景を思い出した下村が顔をしかめる。

「その研究室の一番奥に置かれた研究机の所に、笠沼がいました。だらんとだらしない恰好で椅子に体を預け、苦痛の叫びを上げている人間たちを眺めながら、へらへら笑ってたんです。その様を見て、若い刑事が思わず、奴を殴りつけてしまいました…ところが、あいつは椅子から転げ落ちても、涎を垂らしながらへらへら笑い続けていたんです」

 「それってひょっとして…」

 峰岸が不安そうに呟く。

 「そうなんです。笠沼は既に精神に異常を来していました。精神鑑定も行われましたが、もはや廃人同様と言って良い状態です。あれだけ非道な行いを積み重ねながら、どこかで精神的な負担が蓄積されてたんでしょうか…」

 「しかし…そうなると責任能力の問題が出てくるのか」

 峰岸が眉を顰める。

 「ええ…勿論、犯行時には責任能力は有ったのでしょうけどね。ですが、ここだけの話、もう、それはあまり意味を持たないかもしれません…」

 「どういうこと?」

 「身柄を確保して間もなく、奴が吐血したとの報告が有りました。医師の診察を受けさせた所、末期癌であることが判明したんです。余命はせいぜい三か月程度とのことです」

 「何だって!」

 「最先端の医療技術のエキスパートが癌で死ぬのも皮肉な話ですよね…奴は自分の運命を知っていて、道連れとばかりにこの世に非道の行いをまき散らしたのか…いずれにしても、私には、生命というものを金儲けと復讐心の為に弄んで来た奴に対する天罰のようにも思えます。でも…私がこれを言ったらおしまいですが、奴が提供した臓器で命を救われた人が沢山いることも事実なんですよね…」

 「いずれにせよ、全容解明は難しくなったということか…」

 すっかり暗い気分になってしまった峰岸の声は、重く沈んでいた。

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 もしもし、いやどうもご心配をおかけしまして…ええ、大丈夫です。まあ、製造拠点は失いましたけど、ノウハウは、ちゃんと残ってますから。設備さえ戻れば、前にも増して優良な製品をお届けしますよ…ね、万能細胞は素晴らしいでしょう。頭のてっぺんからつま先まで、何でも再生出来ちゃいますからね…ということで、資金の方、また一つよろしく。素晴らしいリターンをお約束しますよ…えっ?どうやって保釈されたのかって?あははははは、いえいえ、保釈も何も、私はずっと自由の身です。

だって、逮捕されたのは私のダミーなんですよ。あはははははは…ひひひひひひ…

[了]

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