A.I搭載ナビゲーションシステム

長編7
  • 表示切替
  • 使い方

A.I搭載ナビゲーションシステム

そんなに遠くはない未来の話……。

separator

 自動車パーツメーカー大手のA社は他社に先駆け、A.I(人工知能)搭載のナビゲーションシステムの発売を開始した。

このシステムを購入、設置した運転者は運転前にまず、自らの氏名、性別、年齢、住所、職業などのパーソナルデータを登録した後、百個ほどの簡単な性格判定テストを受けないといけない。

これにより、A.Iは、運転者の嗜好に合わせたドライビングコースを提案したりしてくれる。

nextpage

wallpaper:4747

 二月の寒いある日の夜。黒田健治は大型の黒いスポーツタイプの車で、山道をひた走っていた。

年齢は四十歳。白髪交じりの頭髪をオールバックにし、無精ひげを生やしており、疲れ切った様子である。

胸元に血の付いた白のポロシャツの上に紺のジャケットを羽織っている。

車内を、冷静な女性の声が響き渡る。

nextpage

─お言葉を返すようですが、激情傾向のあなた様の場合、今から向かうであろう場所よりも、最寄りの警察署に行かれる方が賢明かと思われます。

nextpage

「う、うるさい!おまえは黙って、俺の行きたいところに行けるようにしてくれたらいいんだよ!」

他には誰も乗っていない車内を、黒田の怒鳴る声が響く。

いや正確に言うともう一人、この車には乗っているようである。

「一人」ではなく「一体」というべきかもしれない。

それは助手席でも、後部座席でもなく、トランクの中だ。

この「一体」の同乗者も一時間ほど前だったら、「一人」と呼べたであろう。

nextpage

 黒田のハンドルを握る手は、小刻みに震えている。

「勝代、お前がいけないんだぞ。お前が……あんなことさえしなければ……俺は」

nextpage

 黒田が妻の不倫に気づいたのは、偶然だった。

一週間前のある日、仕事で遠方に出張という日。

搭乗予定をしていた飛行機が気候の影響で飛ばなくなり、しょうがなく自宅に引き返した。

すると、玄関に見たこともない男の革靴が並んでいる。

不審に思い二階に上がってみると、寝室から妻の乱れた艶声が聞こえてくる。

彼はその時は踏み込まず、咄嗟に携帯にその声を録音した。

その日から黒田と妻、勝代とは毎夜、激しく言い争うようになり、とうとう一時間前彼は激情にかられ、包丁で勝代の胸を数回刺して殺してしまったのだ。

その後、勝代の遺体を毛布に包むと、車のトランクに詰め込み、ナビゲーションに、「妻の遺体を埋めるのに最適な場所」と設定してから、家を出た。

nextpage

 黒田の車はどんどん暗い山道を走り続け、やがてアーチ状の古いトンネルの入り口に差し掛かった。

nextpage

─このトンネルを抜けて二十八メートル進みますと、右手に切妻屋根の古い祠(ほこら)が見えてまいります。

そこを曲がってください。舗装されていない細い道ですので、気を付けてください。

nextpage

「分かったよ、言う通りに行くよ。お前は何でも分かっているようだからな」

黒田は半分皮肉を込めて、ダッシュボード横のディスプレイ画面に映る美しい女性に向かって呟いた。

艶やかな黒髪は胸元でウエーブしており、透き通るような白い肌に大きな瞳。黒いドレスを着ていて、柔らかい微笑みを静かに口元にたたえて居る。

nextpage

─お言葉を返すようですが、わたくしが把握しているのは、この地球という星の地理上に関することだけであり……

「分かった、分かった!だいたいお前は理屈っぽいんだよな」

nextpage

 車はいつの間にかトンネルを抜けていた。

黒田はアクセルに乗せた足を緩める。ハイビームにして、前方右側に目をこらした。

すると、ナビの女性の言う通り、右手に古い祠(ほこら)が見えてきた。

nextpage

wallpaper:4748

「あれだな」

彼はゆっくり右にハンドルを切り出した。

ナビの言う通り、その道はかなり細い砂利道だった。両側から立ち並ぶ木々が覆い被さってきている。

黒田は運転モードを自動運転に切り替えた。

─これより自動運転に切り替わりますので、音声案内は停止いたします。目的地に到着しましたらお知らせ致しますので、それまでごゆっくりお寛ぎください。ちなみに目的地までの所要時間は二十三分です。

そう言うと、ディスプレイ画面の女性はニッコリ微笑んだ。

nextpage

「ありがとう。あんたみたいな女が嫁だったら最高だったんだけどな」

黒田はリクライニングを倒し、画面の女性を見ながら言った。

─ありがとうございます。光栄です。

彼はちょっとした悪戯心で奇妙な質問をしてみた。

nextpage

「ちなみに、あんた、好きなタイプとかあるの?」

─申し訳ございません。おっしゃっていることの意味が分かりかねますが。

女は全く動じることなく、淡々と答える。

nextpage

「まあ、機械のあんたには分からないだろうがな。でも俺は、あんたのような女、タイプだよ。あんたのような女が嫁だったらどんなによかったことか。今となったら本当にそう思うよ」

そう言って、黒田はうとうとしだした。

separator

─目的地に到着しました。

nextpage

 ナビの女性の声で黒田は目を覚ました。

「んー、少し眠ってしまったかな。今、何時だ?」

─現在の時刻は午前二時三分です。当初の予定通りに二十三分で到着いたしました。

「ありがとう」

そう言って彼は起き上がりヘッドライトを灯し、外を見る。

そこは、ちょっとした山林の空き地だった。端の方には数体の朽ちかけた地蔵が並んでいる。

nextpage

「なんだか薄気味悪いところだな。まあ、『妻を埋めるのに最適な場所』だから、こんなところだろう」

呟きながら、黒田は車から外に出た。

暗く静かだ。そして、

かなり寒い。

どこからか、名も知らない鳥の声が聞こえてくる。

nextpage

 トランクを開ける。

そこには数時間前は「人」だった妻、勝代が毛布に包まれて横たわっていた。一緒に乗せていたスコップを持つと、彼は、ヘッドライトを照らす先の辺りまで歩く。

nextpage

「この辺りかな」

そう呟き、おもむろに地面を掘りだす。

─ザクッ!……ザクッ!……ザクッ!

静かな山林に、黒田の地面を掘る音と激しい息遣いだけが響いていた。

nextpage

 一時間くらいが経過したころだ。

黒田は深く掘り返した穴の中に立ち、額の汗を拭い、一つ大きく息を整えた。白い息が辺りを漂う。

「まあ、こんなものだろう」

そしてトランクのところまで行き、毛布に包まれた「勝代」を引っ張り出し、なんとか肩に担ぐと、よろめきながら穴のところまで歩く。

nextpage

「じゃあな、勝代。成仏しろよ」

黒田は無責任なことを言い放ち、「勝代」を穴の中に放り込むと、スコップで渦高く積みあがった土を被せていく。

やがて穴は、初めの時の地面の状態に戻った。

彼は一息つくと、スコップを片手に車の方に向かった。

nextpage

 運転席に座り、エンジンをかけ、ナビゲーションシステムを起動するボタンを押した。

しばらくすると通常ならここで、ディスプレイ画面に、いつもの女性が現れるのだが、画面は真っ暗なままだ。

黒田は首を傾げながら、画面を覗き込む。

nextpage

「おかしいなあ。壊れたのかな?おいおい、冗談じゃないぞ」

時間は……午前三時十二分。

彼は一分ほどハンドルに顔を埋めると、意を決したように顔を上げ、車をバックさせる。

nextpage

「どうせ、一本道だ。走ってたら、最初の道に戻るはずだ」

黒田は木々の迫る細い砂利道を、走り出した。前のめりになりながら、懸命にハンドルを操作する。

くねくねと蛇行する道が延々と続いていく。

十分ほど後、前方に二股に分かれた道が現れた。

車を停めると、彼はハンドルに顔を埋めた。

nextpage

「ちきしょう、どっちなんだ」

すると突然、背後から女性の声が聞こえる。

nextpage

「右に行ってください」

驚いた黒田は、後ろを振り向いた。

そこには、いつの間にか一人の女性が座っている。信じられないことだが、それは、ナビの画面に映っていた女性だった。後部座席に、あのディスプレイ画面の中の美しい黒いドレスの女性が座ってる。

黒田の心臓は早鐘のように、打ち始めた。

わけも分からず、彼は言われる通り車を走らせた。

nextpage

「黒田さん」

背後からいきなり名前を呼ばれ、黒田はびくりとして、思わず「はい」と返事をした。

nextpage

「さきほど、あなたが言われた言葉。わたし、本当に嬉しかった」

「こ、言葉?」

「そう、私のような女性と結婚できたら、どんなに素晴らしいことか、という、あの言葉」

「い、いや、あれは……」

必死に言い返す黒田を尻目に、女はしゃべり続ける。

nextpage

「そして、あなたはさっき、奥様を土の中に埋めた。つまり、あなたは今、独り身。そして、私も」

黒田は懸命にブレーキを踏んでいるのだが、車は全くスピードを緩めない。それどころか、ハンドルさえも勝手に回りだしている。時速は八十キロを超えていた。

nextpage

wallpaper:4746

車は山間を出て、猛スピードで市街を走り抜ける。やがて黒田の視界に海が入ってきた。

nextpage

「ど……どこに行くつもりだ?」

蒼ざめた顔で、黒田は女に尋ねる。

nextpage

「これから、あなたは私と永遠の契りを結ぶの」

車は船着き場に入り、突堤を真っすぐ疾走し出した。

釣り人たちが釣り竿をほうり投げ、慌てて逃げ出している。

nextpage

 女は背後から黒田を抱きしめていた。

「うわああああ!」

黒田の悲鳴とともに、車は勢いよく突堤の先端から冬の海に、ダイブした。

猛烈な水しぶきが起こる。

あっという間に、黒い車体は暗い海に沈んでいった。水面にゴボゴボと泡が現れては消えていく。

nextpage

 突堤の先端から数人の釣り人だちが並び、その様子を呆然と眺めていた。

Normal
コメント怖い
0
5
  • コメント
  • 作者の作品
  • タグ