中編4
  • 表示切替
  • 使い方

紫煙

もう

20年程昔の事になるけれど

その頃は一日二箱は吸う程の

ヘビースモーカーだった私

separator

あの頃は

不安定で

生きる意味も見出せず

ただ現状に流されていた

不安定でありながらも

就職活動と母の介護で

私は生保の研修を受けていた

時期になる

separator

その頃電車を乗り継いで

通っていた研修場所からの

帰り道

駅のホームで

急行に間違って乗ってしまい

降りる駅にはおりられず

また戻りの電車に乗るも

再度同じ過ちを繰り返す羽目に

なり 同じ駅に立ち戻るを

繰り返すことになる

separator

「もうっ電車ってめんどぃ

てか ?わかりずらいわ」

同じホームから乗るのに

行き先が違ったり

急行 快速で 止まる駅も違うし

車移動に慣れた私には

未知なる世界なのでありました

separator

「これから通勤で慣れなきゃならないんだなぁー」

そんなことを考えながらも

無駄に過ごした時間が

惜しくもあり

自分のおばか加減も腹立たしく

今日一日まとわりついてきてやまない寒気も重く て、

やっと

今度こそは?...と

目的の駅に止まる電車に

乗れるはずと

ホームに入って来る電車を見ていた

separator

その時

悲鳴と共に響きわたる

急ブレーキの音と

ガツガツと地鳴りの様にも

響いて来る軋み音...

separator

ホームの上は

一斉に慌ただしくなり

人だかりができる

列車が

人身事故を起こした事を

アナウンスは告げていた

駅員と救急隊員が線路に降り

担架と ビニールシートが

運ばれている

separator

ホームには人だかり

右往左往している

駅員に救急隊員

しばし列車は停車していたが

そのまま また動き出す

人身事故を起こした車両は

躊躇われて

私はその列車はそのまま

やり過ごした。

separator

やり過ごした為に

見てしまった。

人の欠片

人だったはずの者

意志を持っていたはず

さっきまで人としての時間を

繋いでいたはずの者

separator

ほんの一瞬で

骸(むくろ)となった

人の残骸

線路側に散らばる

人の欠片

指先だけが爪の形と共に

いまだに記憶に残る程に...

separator

線路の傍にしばらくは

そのままの状態で置かれていた

電車の行き交う合間の

処理で

いくつかのポリバケツと

黒いポリ袋と共に

やがて遺体は運ばれて行った

separator

好奇心?

怖かった...

多分 私は怖かったのだと

思う...

そのまま電車に乗る事が

ひどく勇気のいる事だった

足が、身体が、震えていた

separator

なぜ 普通に帰れなかったの?

なぜ いつも使う駅の乗り換えに戸惑ったの?

なぜ?

寒気がつきまとっていたの?

...

separator

ヘビースモーカーの私は

ホームの片隅で

メンソールにライターで

火をつけた

✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎

紫煙が

ゆっくりと空に消えていく

指先の震えも

少しずつ...

身体の寒気も

少しずつ消えて行く...

死にたいわけでは無いけれど

生きたい気持ちは

正直無かった...

separator

嫌気がさしていた

終わりにしてもいいじゃない

そんな気持ちが

あったから?

そういえば

今日は煙草を吸ってなかった

私の精神安定剤

separator

メンソールの香りと

揺らぐ紫煙の中で

無心になる事

人の想いは切なく痛い

視線は嫌い 誰も私を気にしないで...

✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎

(見させられたね?)

人の世の行く末

いつ自分に訪れるやもしれぬ

瞬間 を 見させられたね?

隙間は作るんじゃないよ

心を囚われてはいけないよ

✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎

separator

声が聞こえるわけじゃない

ただ

彼方の人の

想いが伝わる...

separator

<大丈夫だよ、おばあちゃん

もう 選べる大人になったから...>

3本目

吐息と共に

メンソールの煙が溶けてゆく

まだ大部分残っている

煙草を揉み消して

separator

また来た列車に

乗り込んだ

何事もない様に

人波に飲まれ

今日の時間を

繋いで行く

separator

列車の窓から見える

薄曇りの空が

何故か優しく目に映る

separator

線路に吸い込まれる様に

空気が色を変える瞬間がある

風が冷たく

音が遠くに消えていく

瞬間がある

きっと誰もが感じるわけでは

無いのだろう?

✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎

それでも何処かの誰かは

感じる事が出来るのだろう

運が良いのか悪いのか

飲み込まれる瞬間がある

separator

飲み込まれたら

刻の狭間へ堕ちてゆく

separator

ほんの一瞬

綱渡りの縄の途中で

バランスを崩す様に

separator

時が歪む 風が落ちる 音が咽ぶ

そして刻んだ時が止まる

separator

もう... 鼓動は幻に...

光は闇に

透けていく...

separator

そして終わりの無いループ

永遠というループへと...

separator

その列車

乗れますか?

✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎

当時はホームで喫煙可能でありました。

今は禁煙しておりまする はい

Normal
コメント怖い
0
1
  • コメント
  • 作者の作品
  • タグ