中編4
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成人式

ある所に、成人式の着付けを専門に行う業者がありました。

そこの経営者は、もともと着物関係の業界で働いていた経歴から

顔が利く着物業者をいくつか押さえており

営業開始直後は順調に、その売り上げを伸ばして行きました

そしてその経営者は

もうその地区ではこれ以上顧客数を伸ばすことが出来ない

と判断すると、店舗を一つ増やす計画を練り始めました

それがこの業者の転落の始まりでした

ろくに市場調査も行わず新規開店をしたその店舗は

思うように顧客が集まらず

営業するだけでそのランニングコストが赤字となり

本店の利益を食い潰していきました

ここで、一旦支店をたたんで規模縮小を行えばよかったのですが

経営者はさらに間違った決断をしてしまいます

本店で稼いだ資産がある今のうちに

さらに一店舗増やすという決断を下したのです

3店舗目は2店舗目ほど売り上げが悪くなかったのですが

大都市にあるその場所はテナント料が高く

結局は、コストと売り上げを相殺すると少しだけ赤字という状態になりました

やがて

本店で稼いだ資産も底をつき

あらゆる所から借金をし

着物業者への支払いも滞るようになったある年の成人式の前日

その経営者は、翌日の営業を中止し雲隠れするという最悪の決断をしました

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その年の成人式

着物の着付けをすることが出来ずに

成人式に出席できなかった新成人が多数出て

社会問題となりました

マスコミはこぞってその経営者探しに奔走し

連日、その様子を報道しました

そんな中、一人のテレビタレントが行動を起こしました

その男は、副業でアーティスト活動をしており

そのアトリエのスタッフから

「被害者の彼らに何かしてあげれることはないんですかね」

という言葉を聞いて、行動を起こすことを決意しました

具体的には

今回の事件のせいで成人式に参加することが出来なかった新成人のため

着付けや会場準備などの費用をそのアトリエで負担した上で

「やり直し成人式」と銘うったイベントを催すというものでした

これに賛同し協力する者たちも多く現れ

マスコミは、これを美談として取り上げ

その様子も報道するようになりました

男に対する批判的な意見も数多く寄せられましたが

本人に全く気にした様子はなく

「売名行為と私を罵る輩も居るみたいですが否定はしません

始めから僕のアトリエの宣伝行為として行うと明言していますし

今回のこのイベントで得たアトリエの知名度や

賛同してくださった人達とのつながりも今後の活動に生かしていきたいと考えています

したがって、『売名行為だ』とか『結局利益回収するつもりだ』とかっていうのは

その通りなので、全く批判ととらえていないです」

と堂々と胸を張って発言した

そして、その「やり直し成人式」で再び事件は起こりました

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やり直し成人式は盛大なものとなり

式典の後はナイトクルージングでパーティ行うというものでした

参加した新成人の中には

「今回の事は残念だが、おかげでこんな経験が出来たので嬉しい」

と集まったマスコミにコメントする者もいました

しかし、事件はクルージングも中盤に差し掛かったころに起こりました

急に参加者の一人が、苦しみ始めたかと思うとその場に倒れこみました

それを皮切りに、二人目、三人目と倒れるものが続出したのです

海上にあったクルージング船は、救難信号を出すとともに港むけて急いで進み始めました

最終的には、パーティ参加者の約半数が何らかの症状を訴え

その内の数人は、死亡するという惨事に発展しました

原因はパーティに出された料理に毒が盛られていたためでした

数日後、容疑者が逮捕されました

容疑者は、クルージング船の厨房で調理のアシスタントをしていた女性でした

逮捕後、女性は警察に次のような動機を話しました

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動機ですか……

私も驚いたんですが、多分、嫉妬だと思います

私は幼い頃に両親を亡くし、施設で育てられました。

施設の方はとても良い方達で、私はグレることもなくまっすぐに育てられたと思います

大学に行って勉強をしたいと思っていた私は必死に勉強し

国の奨学金制度を利用し、今の大学に入ることが出来ました

今は、アルバイトで生活費をやりくりしながら

なんとか生活しているといった状態です

私は今年成人式でしたが、とてもじゃないですが

費用の面から参加する気にもなれず

しかしそのことに対してなんの未練もない

つもりでした

でも、今回の着付け業者の事件を知った時

被害者の方に申し訳ないのですが、私は正直

ざまぁみろ

と思ってしまいました

そして本当は、綺麗な着物を着て昔の同級生たちと会って色々話したかった

という思いを押し殺していたことに気づきました

そんな中、不思議な行動を起こす男が居ました

男は、被害者を集めて成人式をやり直すというではありませんか

その男の本心から出た善意なのかもしれません

しかし、私はその男の行為に嘔吐感を感じずにはいられませんでした

なぜ、成人式の着物の着付けを出来るほど“幸せな家庭”に育った者が

チョット被害にあったぐらいで必要以上に優遇されているのに

私には必要以下の優遇もされないのだろうか

今後、奨学金の返済に縛られる現実を鑑みずにはいられませんでした

やがて、そのイベントの2部のパーティが

私のアルバイトをしているクルージング船で行われると知った瞬間に

今回の事件を実行する決意をしました

もし、あの男に何か言ってやれるのだとしたら私はこう言いたい

私のような境遇の人はたくさんいる

それは今回貴方が救おうとした人の数を遥かに上回る

貴方がしようとしたことは

少数の人を救う代わりに

それ以上の数の人を傷つける行為だ

貴方は無自覚な偽善者だ

Concrete
コメント怖い
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やだなにこれすごい。

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@もーちゃん さん
コメントありがとうございます。
不定期な投稿となりますが、次回の投稿も読んで頂ければ幸いです。

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初めてコメントさせていただきます
物語にすごく引き込まれました
次回作楽しみにしています

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