長編9
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偽名

私は会社を経営している。経営というとおこがましいが、元々土木関係の会社をしていた父から会社を受け継ぎ、そこに私が不動産部門を設立した格好だ。

不動産の同業者でAさんという、人懐っこくて人を魅了する方がいる。Aさんは不動産を開業して間もないが、不動産屋通しの飲み会等があるとAさんの周りには人だかりが出来る。Aさんは男からも女からも異様に持てるのだ。

実は、私はこのAさんと不動産を開業する以前から親交があった。大学を卒業して、1年間、今でいうニートをしていた。その際に知り合ったのだ。Aさんはその頃から人を魅了する力を持っていた。それにお金持ちだった。また自慢じゃないが、私もその頃はお金をたくさん持っていた。

余談が長くなるが、私は大学を卒業して1年間ニートだったのだが、それには理由がある。就職氷河期時代の大学4年生で内定をもらって安心した為、アルバイトをすることにした。何かいい仕事はないか?と先輩に聞いてまわり、紹介してもらったのが風俗の呼び込みのアルバイトだった。呼び込めば呼び込むほど割がいい。私は最初は頑張って呼び込んだ。

しかし、もっと割りのいいことをすぐに思い付いた。風俗嬢にギャンブルを教えて、風俗嬢から掛け金を取ろう。と思い付いたのだ。私は中学時代に勉強についていけなくなり、勉強は出来なかったが、その変わりに授業中にはずっとギャンブルのことばかり考えていた。きっかけは父だった。土木関係の会社をしていた父は毎晩のように従業員や他の土木会社の関係者とギャンブルをやっていた。

私が高校1年の時にニュースで賭け麻雀が話題となったことと、年頃の女の子が家族にいたので父はギャンブルを止めたが、私の脳内ギャンブルは止まなかった。あの人はあの時こうしていればなとか、こうなった時にはこう。とか、授業中にずっと考えていた。父がギャンブルを止めた後はギャンブル関係の本などを読み、勉強していた。

風俗嬢とのギャンブルは大当たり。元々ギャンブル好きの生活苦で、風俗業界に入った人も多い。今度こそは、今度こそはで、毎日のようにギャンブル大会が開催される。そして、私は当たり前のように勝ち続けた。呼び込みのアルバイトは馬鹿らしくて辞めた。また、仕事もする気は起きなかった。その頃の新卒の月給を1日で稼ぐことも珍しくなかった。なので、ニートを続けていたのだ。

そんな時、ひょんなことからAさんと知り合った。Aさんは私より15歳くらい年上だったが、私達は気が合い、すぐに打ち解けた。人をすぐに魅了する2枚目Aさんと、あまり人を信用しない人付き合いが苦手な強面の私。正反対だったのが良かったのかもしれない。それにお互いお金には不自由していない。毎晩のようにお互い高級クラブに出入りしているのだ。Aさんを見かけたり、Aさんから見かけられたりすると同じテーブルで飲んだ。世間は不景気などと騒いでいるのに、Aさんと私にとっては遠い国の話のようだった。

Aさんは昼間は何か仕事をしている風ではあったが、よく分からなかった。私は雰囲気から"詐欺師"じゃないかな?と思った。堅気の仕事をしているように見えなかったからだ。だからといって、何をしているか、聞いたこともない。そして、聞かれたこともなかった。私も人に誉められたことはしていない。お互い様だ。

風俗嬢からギャンブル大会に呼ばれなくなったり、その他諸々の理由で、私のニート時代が終わった。その後、地元の民間会社で働くこととなり、地元に帰った為、Aさんとは疎遠になった。まぁ、地元に帰ったと言っても、同じ県内の都市部から自宅のある田舎の町に帰っただけだ。距離にして約50キロくらいだ。

Aさんの存在を思い出すこともなくなり、その後私が父の会社を継ぐことになった後のある日、県内の不動産会社の飲み会があった時にAさんを見かけた時には驚いた。Aさんはこちらに気付く様子はない。Aさんは人の中心にいることと、久しぶりで照れ臭いのもあり、話しかけることはなかった。私は主要な人に挨拶を済ませると会場のホテルを後にした。

ホテルを出た途端だった。

「◯◯ちゃ~ん。」

大きな声がする。振り返るとAさんだった。私は男だが、年下だからだろうか?ちゃん付けで呼ばれていた。

「久しぶりじゃない。声かけてくれれば良かったのに。」

「すいません。周りに人が大勢いたので、躊躇してしまいました。」

「どうだい?この後?オススメのクラブがあるんだけど。」

「ええ。是非。」

「あ、これ名刺ね。同業者としてよろしく。」

「ありがとうございます。よろしくお願いします。」

そう言って私の名刺も渡すと、すぐに歩きだした。

オススメだという、見るからに高級そうなクラブに入り、それぞれ飲み物を注文した。

「◯◯ちゃん。あなたに初めて会った時に、普通の人じゃないと思ったけど、やっぱりそうだったんだね。」

「ははっ、なぜです?普通の人ですよ。」

「だって、◯◯ちゃん、名刺の名前は△△ちゃんじゃないじゃない。以前、会ってた時は偽名だったということでしょう?」

「…それはAさんも同じじゃないですか?」

「あら、名刺を見ずにしまったと思ったけど、いつの間に見たの?」

ふっ、とすこし笑ってみせた。実際、もらった一瞬しか見ていない。でも、それで相手の名前くらい認識するくらいでなければ、と普段から思っている。名刺に限ったことではない。ギャンブルでも経営でも観察力・洞察力は大切にしている。

「Aさん、私はAさんを詐欺師と思っていたんですが、実際何の仕事してたんですか?」

「人聞きわるいな、〇〇ちゃん。」

私たちは本名を知った後でも、呼び慣れた方の名前で呼び合った。お互い本名ではない名前で呼び合っているのだ。私たちの知り合いがこの場面を見ていたらびっくりするだろう。クラブの女の子が2人付いていたが、その子たちも偽名だろう。つまり、このテーブルには本名の人などいないのだ。なんだか、その光景が私には滑稽に思えた。

Aさんは飲んでいたグラスに視線を落とすと、「ちょっと、外してもらえるかな?」と言い、クラブの女の子の席を外させた。私の強面は相も変わらずで、クラブの女の子は話題と見た目でそっち系の人と思っていたかもしれない。にしても、Aさんは若く見えた。年齢も嘘かもしれないが、当時聞いた年齢は私より15歳年上だったはずだ。私はよく5歳ほど上に見られるので、同じくらいの年齢に見えているのでは?と思っていた。

「仲介業だよ。」

「仲介?」

「ああ。当時私は―――。」

Aさんは私と知り合う3年前にリストラにあった。最初はごまかしていたが、その内奥さんにそのことが知れ、それが原因で離婚をした。子供がいなかったのが不幸中の幸いだったという。しかし、当時のAさんは不幸のどん底。日本で一番不幸なのが自分ではないか?と思っていた。捨てるものなど何もなかった。そんな中、毎日途方もなくぶらぶら歩いていると男から声をかけられた。男はBと名乗った。

毎日ぶらぶらしていた自分を見ていたらしい。仕事を紹介したい、という。Aさんはかなり怪しいと思ったが、何もかも失い、自暴自棄になっていたAさんはどうにでもなれ。と受けた。Aさんはすぐに男に車に乗せられた。車に乗った後で、内臓を取られたり、マグロ漁船に乗せられたり…。とか、そんなベタなことになったらどうしようかと思い付いた。だが、今更後に引けない。冷や汗を流しながら、車に揺られていた。

やっと車が止まると、目の前には教会があった。

「ここだ。」Bが言う。

「ここですか?」思わず、Aさんは聞き直してしまった。

「ああ。」

「何をするんですか?」

「慈善事業だよ。人助けだ。」

促されるまま、協会に入ると目を疑った。

妊婦がたくさんいるのだ。

ある部屋の前まで行き、扉を開けた。

「ここ、お前の部屋だから。それと、これ好きに使え。」

封筒を渡される。その時は開けなかったが、後から見ると100万円が入っていた。部屋は20畳はあるような広い部屋だ。

「お前の仕事は施設と女の管理と、新しく来る女の手続き、そして子供が生まれた女に書いてもらう書類。詳しい内容はおいおい覚えて行けばいいから。後、外出は自由。給料は月百万。現金払いな…後、これが俺の連絡先。よろしくな。」

そういうと、Bは去っていく。

Aさんは最初はよく分からなかった。女の子たちを見て、監禁か何かかな?と思ったらしい。だが、そんな様子はない。女の子たちは自由にしている。テレビを見る者、本を読む者、ただただボーとしている者…。食事も決まった時間に支給された。

Aさんが困っていると、女の子の方から話かけてくる。「新しい管理人さんですか?よろしくお願いします。」「あれはあそこに、これはここにありますよ。」みんな普通の女の子だ。

何の事業何だろうか?Aさんは最初詳しく分からなかった。外に出ることはすぐに出来たが、外に出ることもなかった。外に出てもすることはない。だが、住み始めて2週間、Bがまた女の子を連れて来た。

Bが女の子に封筒を渡す。恐らくお金だろう。女の子との会話が終わるとBが話かけてきた。

「少しは慣れたかい?」

「ええ。でも、こんなのでお金もらっても?」

「ああ。構わないよ。」

Aさんは不思議に思っていた。ここに来てから、特段何もしていない。食事は配達が来て、洗濯物はクリーニング来る。やっていることは軽い掃除と女の子の話し相手くらいだった。

「何しているところか、気になるかい?」

Bが笑って、質問する。

「ええ。」

Aさんは正直に答える。

「ははっ。そうか。だったら、ちょっと外に出ようか。」

Bはそういうと、Aさんを連れ出した。車に乗り込むと、エンジンをかけて走り出す。そして、おもむろに話だした。

「あの妊婦達は父親が誰かわからなかったり、父親に認知してもらえなかった女なんだよ。おろすことも出来ず、だからといって産んでも、経済的に養えるかどうか分からない。そういうやつをあの施設に入れてやるのさ。」

Aさんは驚いた。本当に慈善事業じゃないか。NPOとか公益法人か何かかな?と思ったが、すぐにBが言う。

「表向きは、だがな。知ってるか?日本人の子供ってのは、海外で人気があるんだ。日本人てのは頭はいいし、麻薬はやらねーしで。あの女達の子供は生まれれば、海外に養子に出すんだよ。今いる女の分はとっくに予約が入ってる。まだまだ、足りねーくらいよ。お前も子供産んでもいいって女見付けてくれば、マーチン払うぜ。」

Aさんは返答に困った。黙っているとBは更に言う。

「なんだ?今の話聞いて、怖くなったかい?オメーな、女はそれで助かってるんだぜ。それに金が欲しくて、戻って来るやつもたくさんいるぜ。考えてみろ。お金は貰えて、タダで寝泊まり食事付き。こんないい仕事、他にあるか?何なら、女に聞いてみな。お前は何回目だ?てな。」

Bの言っていることは正しかった。2回以上、この施設に来ている女の子はたくさんいた。女の子が助かってるというのは本当なのだろう。Bはそれから、街に出ては女の子に声をかけた。女の子を連れてくれば、お金がもらえるのだ。しかも、慈善事業に近いことをして。

女の子は特段妊婦でなくても良かった。子供を作ってもいい。という人であれば誰でも良かった。Aさんは施設の女の子に話し方や仕草などのアドバイスをもらいながら必死で施設に来る人を探したらしい。Aさんの人を魅了する言動はここから生まれたものかもしれない。

「でもな、◯◯ちゃん。俺、ずっと正しいことしてると思ってたんだがな。その内に、再婚相手が見つかってさ。その人との間に子供が出来たら、やっていることが恐ろしくなってな。辞めて、不動産始めたんだ。」

Aさんは悲しそうな目をした。

「その後1回だけBに会ったが、養子縁組みが厳しくなったり、日本人の子供が安くなったりで、廃業したってさ。今日、話したのは軽くなる為だったのかもな。…まぁ、自分の罪は消えないけどな。」

「罪ってなんの罪ですか?女の子はそれに満足していたのでしょう。それに、産んでも経済的に養えるかどうか…。生まれてきた子供がどっちがいいかなんて分からないですよ。まぁ、産みの親からすぐに離されるのは可哀想ではあるが、その子達が幸せに暮らしてるって信じましょうよ。」

私は半分本当の気持ちで、半分嘘の気持ちでこれを言った。だが、Aさんを元気付けたい気持ちに嘘はなかった。

クラブからの帰り際、「今日話せて良かったよ。本当はその当時も悪いことしてるって気持ちがあって、◯◯ちゃんとよく飲んでたんだ。◯◯ちゃんと飲んでると楽しくて、嫌なこと忘れちゃうからね。今日はありがとう。」

私はAさんに背を向けて、片腕をあげてその場を去った。

B…

聞いた名前だった。ギャンブルの負け金が払えないほど大きくなると、Bという人にその風俗嬢を紹介して、お金をもらっていた。…Aさんの言ったBと私の知っているBは同一人物なのだろうか?

…どちらにしろ、Bも偽名であろう。

"その子達が幸せに暮らしてるって信じましょうよ。"という言葉は私自身に向けて、言った言葉かもしれない…。

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