中編3
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誰かの願いが叶うころ

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あんまり夜が暇なので、

死んでみようと駅を目指した。

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その道中、豚骨ラーメンの香りが耳に触れ、

見知らぬボロい店の椅子に座り、

でも麺は頼まず餃子をビールで流し込んでいたら、

終電が過ぎていた。

勘定して帰路に着くと、隣に座っていた女が後ろを歩いている。

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「ねぇねぇ、なんで飛び込まなかったの?」

長い黒髪に白いコート、異様に目の大きな彼女は少しだけ宙に浮いていて、

たまに粘液性の血を吐きながら私に付き纏うのだった。

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「まだ暇潰しできそうだったからだよ。

酔っ払ったり、

たとえば幽霊と喋ったりね」

「あたしねあたしね、自殺しちゃったの」

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どう考えても取り憑かれたので諦めて、

朝まで語り合うことにした。

いっそ同盟関係を結んでしまうことで安らかに殺してもらえるかもしれないし、

なにより寂しいこの夜に、遠慮無く語り合えるのは嬉しかった。

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公園、星は瞬いて、

風に凍えて死を語る。

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彼女に渡した缶コーヒーは、唇から喉を素通りしてベンチに零れた。

それでも美味しいのだという。

でもネクターのほうが好きらしい。

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「それでねそれでね、この世のすべてを愛してるつもりでいたんだけど、

決してそんなことは出来ないと気づいてからなんだけど、

だったら存在することの意味がわからなくなっちゃったの」

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「どうして?

身近な人をだけ愛することにことにだって価値はあるし、

もちろんそれは遠大な理想というよりは卑近な感情だから、

当然様々な利害や憎しみも伴うけれど、

この世のすべてを愛するということがそもそも不可能なんだから、

人は人の中でそれを受け止めるしかないんじゃないのかな」

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「うーん……

だってつまんないじゃん?

人間ってべつにさ、人間じゃないのにさ、

だって花や雲はあたし達のこと人間だと思ってないし、

思うということだって思ったことないんだよ。

なのにどうしてあたし達は人間で、

なのにどうして命は命なの?」

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「君はこの世界とひとつになりたかったのかい?」

「お、そうだよそうだよ。

なのに人間のままでいると、どうしても人間になっちゃうの。

それがすごくつらかったの。

ごめんつらいっていうの嘘。

ただもう、つまんなかったの。

でも良くないことだった気もするの」

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「君は間違ってない気もするよ」

「そうかなそうかな」

「うん」

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深夜には誰もいなくなる雑居ビル、

管理が適当な薄汚い建物へ彼女を案内して、

いつもは独りで読書をしている屋上に、

この夜はふたりで佇んだ。

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あのラーメン屋がまだスナックだった頃、

彼女はカウンターで服毒自殺したらしく、

だから基本的にはいつもあの店のどこかに座っているらしい。

「そりゃ迷惑な話だな」

「えへへ」

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柵に腕を乗せて街を見下ろすと、

狭い駐車場で男女が泣きながら抱き合っているのだった。

新聞配達の原付がその脇を通り過ぎ、

曲がり角に立つ中国系の女は自民党のポスターにガムを吐いてぶつけた。

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私も昔の話をしようと思ったのだけれど、

言葉にすることで直面しなければならない過去はあまりに重く、

だから曖昧にしか語れなかった。

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そう、だから曖昧にしか生きてこれなかった。

そうして、曖昧に死のうとしてきたのだ。

いっそ今ここから飛びおりてやろうか。

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「諦めようと憎んでみてさ、何もかもすべて捨てた頃、

思い出だけが残ってるんだ。

いちばん怖いのは、いちばん愛しい光景なんだ。

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何より悲しいのは“仕方ない”ということでさ、

誰が悪いとか何かのせいとか、謝ろうとか許すとか、

時はそれでは戻らない。

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いつだって悲しいんだ。

どこにいても悲しいんだ」

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遠くの空が橙に染まっていた。

朝が、近い。

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「だからだね、だから、君は優しいんだね」

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振り向くと彼女は消えていて、

私はまた独りだった。

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今夜もラーメン屋へ行こう。

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@珍味 様
毎度有り難く存じます(*・ω・)ノ ドモ!
近所のラーメン屋に通ってるんですがあんまり幽霊には会えないものですな。
こないだ池袋の一蘭に行ったら仕切りに肘が当たってたいへんでした。でも両サイドが見えないということは隣で幽霊が食べててもわかりませんね。
もしや……

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