長編8
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山奥のカラオケ屋

これは僕が体験した恐ろしくも悲しい出来事です。

当時二十代だった僕はホテルマンとして働いていたんですが、通常業務とは別に、同じ系列のホテルにヘルプとして派遣されることがありました。

人間関係も良好で、充実した日々ではあったものの、毎日同じ職場だと飽きがくるもので、たまに来る派遣の依頼をとても楽しみにしていました。

季節は12月に差し掛かかったある日。

ヘルプの依頼が来ている事を伝えられました。

場所は某県の山奥にあるホテルだそうで、行ったことがない所でした。

勿論断る理由が無かったので、直ぐに承諾します。

どうやら泊まりになるらしく、当日の朝7時までに現場へ行き、翌日の17時まで仕事というコースのようです。

「結構忙しい場所みたいだから覚悟して行った方がいいよー。

まぁ、泊まりの小旅行だと思って楽しんで来なよ。 ハッハッハッ!」

という上司の声。

忙しいのは勘弁して欲しいと思いましたが、山奥のホテルというシチュエーションに惹かれ、ワクワクした感情が産まれてきました。

そして派遣当日。

朝7時からの業務だったので早起きし、現場へ向かう訳ですが、想像以上に山奥へと入って行きます。

どうにか遅刻することなく辿り着き、一通り挨拶を済ませると、あっという間に開始時間の7時を回りました。

業務が始まってみると結構忙しいどころか、かなりの激務でした。

初めての場所なので色々と周りに助けてもらいながら、こなしていきましたが、人出が足りない上に、大きなトラブルが発生し一睡も出来ないという…

結局徹夜で仕事して、終わる頃にはクタクタになっていました。

時間は17時。ホテルを後にし、帰宅の途に着いたのですが、当然眠気が襲ってきます。

当時乗っていた車は小さく、寝心地の悪いものだったので、車で仮眠するという選択肢はありませんでした。

居眠り運転を懸念した僕は帰り道で宿泊施設を探すことにしたのですが、田舎なので中々見つかりません。

「こうなったら車で仮眠するより他にないかなー。」

と、呟きながら走っていると…

遠くにカラオケ屋のネオンが見えて来ました。

迷ったものの、他に宿泊出来そうな所が見つかる確証はないので、ここに入る事にしました。

外観を見ると一階が駐車場になっていて、階段を上がった2階で受け付けをするようです。

先客は車が4~5台と自転車が数台あります。

扉を開け店に入ると、なかなか活気がありました。

入ってすぐ左に大部屋があり、正面が受け付けです。

その横に小さなゲームコーナーがあり右手の通路を進むと客室になっているようです。

カウンターで受け付けを済ませます。

横のゲームコーナーでは中学生らしきグループがスロットゲームを打っていました。

通路を進み、個室へ向かいます。

中へ入り、ソファーに腰を下ろすと、店員がドリンクを持ってきました。

部屋は6畳くらいで細長のソファーは寝るには十分です。

直ぐにでも横になりたかったんですが、せっかくカラオケに来たということもあり、数曲だけ歌おうと思いました。

実はカラオケは大好きで、普段から1人で歌いに行く程なのです。

慣れた手つきで曲をセットし歌い始めたはイイものの、結果は散々でした。

睡眠をとってない事により声は裏返るは、声量は出ないはで、歌になりません。

潔く一曲で諦め寝ることにしました。

靴を脱ぎ、ソファーに横になると同時に眠りにつきました…

どのくらい寝たでしょうか?

部屋に誰かが入ってきた気配で目を覚ましました。

顔を上げると店員のお姉さんが居ます。

どうやら飲み終わったドリンクのコップを下げにきたようなんですが、少し違和感を感じました。

と言うのも通常カラオケ利用時間内にコップを下げに来ることはありません。

お客さんが退出した後にコップを下げるのが普通なんです。

珍しい店もあるもんだなと思いながらトイレに向かったのですが…

何かおかしいんです…

受け付けの店員、ゲームコーナーにいる利用客連中など、すれ違う人間全員が僕を見つめているんです。

睨みつける感じではなく、凄く悲しそうな目だったのを覚えています。

気味が悪かったのはトイレから部屋へ戻る時に気付いたんですが、それぞれ部屋の入り口ドアの窓に、顔をベタ付けしてまで中から僕を見ていたことです。

田舎だから人の事をジロジロ見る習慣でもあるのかな?とも考えられますが、あの悲しげな表情とドアに張り付いてまで見る行為は明らかにおかしいです。

そんな事を考えていると再び睡魔が襲ってきました。

眠りに落ちた僕は夢を見ていました。そしてその夢は今まで見たことない形式だったんです。

よく生死に関わる出来事が起きた際、脳の海馬が異常をきたし今までの出来事が走馬灯のように駆け巡ると言われますが、それと同じように、このカラオケ屋の歴史が、断片的にフラッシュバックしていくんです。

開店初日であろう、店の前には花が飾られ、店長らしき人物と従業員がカウンター前で円陣を組んでいる風景。

慣れないアルバイトがバランスを崩して皿を割ってしまい、お客さんに謝っている風景。

スーツ姿のサラリーマン達が、大部屋で肩を組み熱唱している風景。

事務所で店長と対面して面接を受けているアルバイト志望の女の子。

よく見たらさっき僕の部屋にドリンクを持ってきてくれたお姉さんでした。

若いヤンキー風の連中が喧嘩して、警察が駆けつけている風景。

水とICレコーダー持参で真剣に練習する1人ロック野郎。

柄の悪いチンピラ連中が店に因縁を付け、店長含めた従業員一同が土下座する風景。

何も歌わずソファーに寝転び、僕と同じようにカラオケをホテル代わりに使う青年。

と、これまでのカラオケ屋の歴史を垣間見ることができたのですが…

ここから想像だにしなかった悍ましい光景に変わっていきました…

それは一人の男が入店した所から始まりました。

店内にはさっき僕が入店した時に居た中学生らしきグループがゲームコーナーに居ます。

するとその男はおもむろに中学生グループに近づき、服の中に隠し持っていた包丁で一人ずつ刺していきました。

首や腹を刺された少年たちは倒れ込み、フロアはたちまち血の海になります。

続いて男は客室へ…

決して大声をあげたり、取り乱すことのない男。

そんな男にいきなり部屋に入って来られた利用客はなす術なく、無情な刃物に倒れていきます。

何人か逃げ出した従業員や利用客も居ましたが、かなりの人数が刺し殺されました。

客室を回り終えた男がカウンターフロアに戻ってきた時に、奥で仕事をしていた従業員のお姉さんと鉢合わせしました。

男は包丁を持って追いかけ、滅多刺しにします。

目を開けたまま絶命したその顔は…

僕にドリンクを持ってきてくれたお姉さんそのものでした。

男は立ち上がると通路を進み、まさに今、僕が寝ている部屋に入ります。仕込んでいたペットボトルを取り出し、中に入っていたガソリンと思われる液体を頭から被るとライターで火をつけ…

焼身自殺を図りました…

これが僕の見た夢の全容です。

何時間寝ていたんだろう?

違和感を感じた僕は目を覚ましました。

いや、正確に言うと目を開けて完全に起きた訳ではなく、まだ目は瞑ったままの状態で意識だけ戻った感じです。

何故違和感を感じたのかというと…

無音なんです。

カラオケに行かれる方ならお分かりだと思いますが、通常カラオケ機器は、曲をセットしていない間、新曲の宣伝だったり、ミュージシャンへのインタビューだったりと、待受状態でも音は鳴ってる訳です。

無音状態なんてありえないんです。

勿論一回目に目を覚ました時は普通に音は鳴っていました。

そして恐る恐る目を開くと…

漆黒の闇が広がっていました…

頭の中は完全にパニックです。

何も聞こえないし、何も見えない。

あり得ない光景ですよ。

僕はカラオケ屋で寝ていただけなのに…

5分くらい時間が経ったでしょうか。

段々と冷静さを取り戻してきた僕は状況把握に動き出しました。

まずここは何処だ?

色々と手探りした結果、カラオケ屋の部屋であるのは間違いない事が確信できました。

色々と考えた結果、僕が居ることを忘れて店を閉店させちゃったんだという可能性を疑い始めたのですが、

五感を研ぎ澄ますと、季節は冬なのにやけに蒸し暑い事に気付きました。空調もストップしていたのでこんなに暑いのはおかしいです。

そして…

なんだか焦げ臭く、何かが焼け焦げたような…

その瞬間さっきまで見ていた夢の中の光景が蘇ってきました。

それと同時に言葉では言い表せないような恐怖感が身体を支配します。

「あれは夢だったけど、内容は完全に事実だ。」

間違いない。

その惨劇の現場に僕は居るのです。

一刻も早くこの場を離れよう。

暗闇の中ゆっくりと部屋のドアに歩みを進めます。

ゆっくり、ゆっくりと…

ドアにたどり着き、通路に出ました。

受け付けフロアの方に目を向けると、薄明かりが差していました。

店内は誰一人居らず、割れたガラスが散乱し焼け爛れています。

背後に駄々ならぬ視線を感じますが、恐ろしくて振り返ることなど出来ません。

ようやく店の入り口ドアまで来ると外は早朝であろう、薄暗い風景が広がっていました。

ドアを開けて外へ出ます。

先程までの蒸し暑さは消え、冬の朝らしい肌寒い空気です。

階段を降りたときに、遠くから人がやってきました。

どうやら犬を散歩させている地元民であろう中年男性です。

彼に近づき話を伺う事にしました。

「おはようございます。

つかぬ事を伺いますが、このカラオケ屋って過去に何かあったんですか?」

すると彼はこう答えてくれました。

「ここはね、以前は数少ない田舎の娯楽として繁盛していたんだ。

ところが数年前頭のおかしい男が乗り込んでね。

従業員と利用客を刺し殺してしまったんだよ。

その後犯人は焼身自殺してしまった。

僕も何度かここへ通ってね。殺害された従業員の一人はいつもドリンクを持って来てくれていた子だった。」

想像通りの答えでした。

さっきまでの恐怖心は薄らぎ、なんだかとても切ない気持ちが押し寄せてきました。

彼は続けます。

「取り壊すにもお金がかかるのかねー?

廃墟としてずっと残ってるんだよ。

心霊スポットという噂が広まって無断で中に入る連中が出て来たんで

鎖で完全に入り口を封鎖したんだよ。

それ以来誰も寄り付かなくなったんだ。」

男性に別れを告げて車を取りに駐車場へ行ったんですが、数時間前までカラオケ屋だった建物は煤だらけで、煌びやかだったネオンも朽ち果てていました。そして先程僕が出入りしていた正面入り口は鎖でぐるぐる巻きに閉鎖してありました。

従業員や利用客の顔が頭によぎります。

何か訴えたい思いがネオンを点灯させ、この店は営業し続けるのかもしれませんね。

車に乗り込み発進させます。

今まであった事の全てを思い起こしながら入り口を見ると…

殺されたであろう人々がガラスにベタ付けして見ていました。

その瞳は全員怒りに溢れていました。

長くなりましたが僕の話はこれまでです。

やはりなんの理由もなく殺されるというのは、怒りの感情しか残さないんでしょう。

最後に、人間は人生の三分の一は睡眠時間だと言われています。

睡眠中というのは自分をコントロールすることが出来ません。

だからこそ異次元への扉は開かれ、死者からのメッセージが直接語りかけてくるのかもしれません。

皆さんもカラオケ屋での軽卒な仮眠はお気を付けて下さいね。

ー完ー

Concrete
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