長編9
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非常口

(此処は…?)

俺は真っ暗な闇の中で目を醒ました。

どうしてこんな場所にいるのか?

此処が何処なのか?

何でこんな場所で寝ているのか?

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……

………

まるで思い出せない。

…………

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wallpaper:4833

俺はゆっくり立ち上がり、【非常口】と書いてある方へ向かった。

数歩行くと何かに足を取られ躓き、つんのめる様に倒れ込む。

俺は顔面から床に叩きつけられた。

だが、痛みを感じない。

不思議に思いながらも又立ち上がり、緑色に光る方へ向かって歩き出した。

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重い金属性の扉に付いたドアノブを回そうとするのだが、どう言う訳か手が言う事を利かず、ドアノブを掴む事すら出来ない。

まるで、手は“物を掴む”と言う動作を忘れてしまった様に、何度やってもダメだ。

仕方がないので、両手の平で包む様にドアノブを挟み、回し、やっと部屋から出る事が出来た。

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wallpaper:4834

廊下?

病院の中なのだろうか?

真っ白の壁に真っ白の床、そして真っ白な扉が無機質な廊下に等間隔で並んでいる。

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(俺は病人だったのか?)

開け放ち、廊下の明かりが差し込む今いた部屋を、ゆっくりと身体ごと振り返って見る。

其処は病室ではなく、沢山のモニターが並んでいるところを見ると、モニタールームなのだろうか?

どの画面も動画も静止画も映っていず、真っ黒なまま。

電源が入って居ないのだろう。

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床にはコードが絡まり、ラックが幾つも倒れている。

他に人は居ない様だ。

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俺は又ゆっくりと顔と身体を廊下に向けると、歩き出す。

足が思う様に上がらない。

膝が曲がらないが痛みはない。

何処かにぶつけたのか、怪我をしているのか分からないが、前に進む為に両足を引き摺り歩いた。

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今いた部屋の隣の部屋の前に俺は立ち、両手の平を使って扉を開けようとするのだが鍵でも掛かっているのか、開ける事が出来ない。

その部屋の通路を挟んだ対面にある部屋の扉に移動したが、その部屋も開ける事が出来ない。

その隣も、その前の部屋も、又その隣も、通路を挟んだ前の部屋も…

どの部屋も開かなく、中を確認する事が出来なかった。

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ただ、どの部屋も中に人の気配は感じる。

何かを倒す音や声らしきものが聞こえる。

俺は部屋の中の人に話し掛けてみようと試みたが、喉からは

「う…うぉ…」と、唸る様な声しか出す事が出来ない。

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喉を潰しているのか?

痛みはないが…。

やはり、俺は病人なのだろうか?

俺は自分の手の平を見る。

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wallpaper:4835

ふと見た腕には乾いた血がこびり付き、右腕の肘より少し二の腕部分に近い場所の肉が抉り取られた様な傷がある。

いつこんな怪我をしたのだろう?

病院なら治療をしていそうなものだが俺の傷は剥き出しのまま、治療をした痕跡はない。

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しかも、傷口の周りの肉は赤黒く変色し、緑色と黄色が混ざった膿が滴っている。

そんな状態だと言うのに、全く痛みを感じないのが不思議だ。

俺は少しだけ首を傾げて傷口を左手で触れてみた。

やはり、それでも痛みはない。

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(そうか。この傷口はフェイクなのか。

今はハロウィンなのかもしれない。

これが特殊メイクだとするなら、全て合点が行く。)

俺は納得出来る理由で自分自身の疑問に決着を付けた。

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白い床を足を引き摺り歩いて行くと、又、非常口がある。

何処へ行ったら良いのか分からず、俺はゆっくりと非常口の扉の前に立つ。

又、両手の平でドアノブを挟む様にして回し、扉を開ける。

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wallpaper:4836

その先は、薄ぼんやりと非常灯だけが灯る、廊下になっていた。

暗いのは不安だが、きっとここを通らなければ俺の目指す場所へは行けないのだろう。

俺は明るい廊下から、所々小さなLEDが灯るだけの薄暗い廊下へ入った。

そこは、先程の廊下と違い、ラック等が倒れ、書類も散乱している。

俺は倒れた物に足を引っ掛けない様、ズルズルと両足を引き摺る。

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だが少し行った所で落ちていた書類を踏ん付けて足を滑らしてしまい、俺は後頭部から倒れ込んだ。

その時、近くに有ったラックで首の後ろ側…頸の辺りをしこたま打ち付ける。

気絶してもおかしくない状況だと言うのに、今度も全く痛みを感じない。

俺はゆっくり立ち上がると何事も無かったかの様に歩き出す。

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そう言えば…

俺は誰なんだ?

名前は?

年齢は?

何処に住んでいるのか?

家族はいるのか?

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立ち止まり、俺は俺自身の事を考える。

・・・

・・・・・

ダメだ…

思い出せない…

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兎に角、誰か人を探さなくては…

そして、此処は何処なのか?

俺は誰なのか?

いったい、何が起こったのか?

状況説明が欲しかった。

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薄暗い廊下を歩き、開け放たれた扉の前に立つ。

身体を扉に向けて、ゆっくりと中を見た。

暗い部屋の床には男が一人、呻いていた。

男には片腕しかなかった。

よく見ると、両足も付け根の辺りでぶっつり無くなっている。

だが男は片腕だけでゆっくりと床を這いながら呻いていた。

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(何が有ったのだ?)

男に問い掛けようと思うのだが、言葉が出て来ない。

「う…うぉぉぉ…」

自分の声だと思えない音が喉から零れ落ちて来る。

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床を這う男は俺の事など目にも入っていない様子で、先程からずっと同じ場所をズリズリと這いずり回っている。

この男に何かを聞いた所で何も答えなど出そうもないと判断をした俺は、先に進む事にした。

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――何処を目指し、何処に行ったら良いのか…

何とも目覚めの悪い思いを胸に、兎に角、此処から、此の場所から抜け出さえすれば、何か思い出せるかもしれないと、何の脈絡もないが、俺は考え、薄暗い廊下を歩いて行く。

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wallpaper:4837

すると、又…

緑色に光る、【非常口】の表示が…。

俺は、真っ直ぐにその明かりだけを目指し、両足を引き摺りながらも歩いて行った。

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扉の手前にはガラスで仕切られた警備室が有るが、机の上には散らかされた書類やボールペン。

椅子は倒れている。

ちらりと見えた床には血溜まりが出来ている。

だが、そこも無人。

人は居ない。

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俺は非常口の前に立つと、先程と同じ様に両手を使い、挟む様にドアノブを回して扉を開けた。

すると、眩しい光が開いた瞳孔に突き刺さり、思わず両手で顔を覆う。

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そこは、広い駐車場だった。

きちんと駐車されている車も有れば、横転した車もある。

ドアが片方取れたままの車も有れば、前後から潰されてぺしゃんこになっている車もある。

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🅿の表示の下は満車の標示。

何となくだが、見た事があるような景色だが、俺の記憶は定かではなく、暫く1人で駐車場をうろついていた。

郊外型の大きなショッピングモールなのだろうか…?

ガラスの向こうには大きなショッピングカートが並び、美味しそうな香りが鼻を掠める。

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俺は匂いに釣られてカートの並ぶ方へ足を向けた。

近付いてみると、ガラスだと思った所には既にガラスなどは無く、当のガラスはバリバリに砕かれ、床に散らばっている。

その先に目を向けると…

沢山の人がいた!!

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――助かった…

俺はその人達の元へ必死に足を引き摺り近付いて行くと…

年を取った男も、年を取った女も、若い者も子供も…

全てが俺と同様に足を引き摺り、変な呻き声を上げている。

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俺は、すぐ目の前の女の肩に手を置き話し掛けた。

「う…うぉ…」

女は俺に肩を掴む様にされながら、先に進めないと言うのに、ただ前を見ながら足を引き摺りながらも規則正しく、前進をしようと交互に足を動かしている。

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俺の言葉が不明瞭な事も有るが、どの人を見ても、それぞれがただ規則正しく前進をするだけで、其処にはそれぞれの意思などを感じさせないのだ。

仕方がないので、掴んでいた女の肩の手を離すと、女はそのまま前に向かって歩いて行ってしまった。

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沢山並んだショーケースには、腐敗した匂いと、元は何だったのか分からない惣菜類。

洋菓子屋には腐り果て、黴すら生えているケーキ。

だが、俺の胃袋を刺激する良い香りはこのショッピングモールの何処かから確実に流れて来ている。

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――俺は、いつから食事を摂っていないのだろう?

こんなに空腹感を感じた事は、今迄なかった。

匂いに釣られて、俺は歩き、エレベーターの前に来ていた。

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その時、静かなモーター音が響き、エレベーターが上の階で動いた様だった。

俺は、片方の手の平でエレベーターの△上に行くボタンを押した。

やがて、エレベーターは俺の目の前で扉を開けた。

俺は中に乗り込むと何故か目に付いた【3】のボタンを押し、暫く経つと扉が自動で閉まった。

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上の階に着き、扉が開いたので、俺はエレベーターからフロアに降り立った。

美味しそうな香りが先程よりも強く漂って来る。

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――あぁ…そうだった…

偶に仕事が早く終わって家に帰ると…

エレベーターの扉が3階で開いた瞬間、妻の美味しい手料理の匂いがし、その度に腹の虫がグー…と鳴っていた。

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wallpaper:4842

玄関を開けるとより一層、匂いが強くなり、幼い息子が駆け寄って来るので抱き上げると、キッチンからエプロンを着けた妻がニッコリ微笑んで…。

俺の脳裏に、そんな情景が浮かんで来た。

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……

………

だが、肝心な妻の顔も息子の顔も…

そこだけ切り取ってしまったかの様に思い出せない。

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俺は胸が詰まり、「うおぉぉぉ!」と声を上げて泣いた。

…泣いた筈なのに、目からは一滴も涙は溢れて来ない。

……

それより、腹が減った…。

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wallpaper:4843

美味そうな匂い…。

俺はその匂いに引き寄せられる様に、俺と同じ様に動く人々の群れの中に入って行った。

それぞれが呻き、一箇所に集まり、前からも背後からも押し合い、ラッシュ時の電車の様な鮨詰め状態になっている。

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恐らく、皆、同じ目的なのだろう。

【腹が減っている。】のだ。

暫く、押し合い圧し合いをしていたが、突然、雪崩の様に前の者から倒れ込んで行った。

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――ガッガッ!!

――ゴッゴッ!!

音のする方へ顔を上げて見ると、動きの機敏な者達が、竹刀や木刀を振り回している。

前方にいた者は、動きの機敏な者達に暴行を受けている。

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……

そして……

美味そうな匂いが…

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俺や、俺の近くにいた者、後方にいた者は、武器を持った機敏な動きの者達へ向かって歩き出した。

「奴等が来た!!」

「早く逃げろーっ!!」

機敏な動きの者達の後方にも未だ人が居たらしく、その者達は慌てふためき、走り出した。

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見ると、子供も混じっている。

俺は良い香りのする子供へ向かい、両足を引き摺り近寄って行った。

だが、俺の鈍足とは違い、子供だと言っても俺の足では到底追い付けなく、走り去られてしまった。

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そのうち、武器を振り回していた者達の誰かが悲鳴を上げる。

「やめろーっ!!」

涙声で叫んでいる。

そして…

断末魔…

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それを見た他の機敏な連中は、慌てて逃げようとするのだが、1人が捕まり、又1人が捕まり…。

そして、そこから2人の者が走り去ったけれど、それ以外の者達は、俺と同じ様な愚鈍な者に捕まってしまった。

悲鳴を上げる者達を尻目に、フロアには食欲を刺激する香りが立ち上る。

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wallpaper:4844

俺も我慢が出来ず、その中に入って行った。

そして、裂かれた腹から暖かい血に塗れた臓物を引き出すと、奥歯で噛みしめる様に食べた。

美味かった。

妻の作る料理なんて比にもならない程、人肌に温かいこの男は美味かった。

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『食材を味わうには、調味料なんて最小限で良いのよ。』

いつか妻から聞いた言葉を思い出した。

だが、今の俺はこう言うよ。

『食材は有りの侭が一番だ。調味料なんて要らない。』

と…。

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wallpaper:4845

その時、頭に強い衝撃を受けた。

女が泣き叫びながら、俺や周りにいた者達をバールの様な物で殴り付けて来る。

「彼を…

殺してやるーっ!!」

狂った様に女は、周りの者達の頭をバールで叩き潰して行く。

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「ママーっ!!」

遠くで先程の子供の泣き声が聞こえる。

俺は凶暴な女の顔を見上げた。

その時、女と目が合った。

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女は、一瞬、俺の顔を見て息を飲んだ。

……

………

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wallpaper:4846

だが、次の瞬間。

「とっとと死ねーーっ!!」

俺の脳天にバールを振り下ろした。

俺の意識はその瞬間、ぷつっと途切れた。

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「又生き返りやがって…。

お前は死んでれば良いんだよ…。」

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女は呟くと、血に塗れたバールを手に駆け出し、先で待っていた人の集まりの中の子供を抱き締めると、緑色に光る【非常口】の扉を開け、姿を消した。

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