ゴーストポリス 3(その1)

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ゴーストポリス 3(その1)

警察庁 公安部長室──。

 立派で仰々しいデスクの前に立たされているユキザワ室長に、貫禄たっぷりのおじさんこと、公安部長のカンダが本革の黒いチェアに座ったまま特命を下す。

 「……君達には急遽イギリスへ行ってもらう」

 上司からの命令に全く動じることなく、ユキザワが耳をほじりながら覇気のない顔で訊き返した。

 「何で? アホなん?」

 ナチュラルに上司をディスりながら、ユキザワはタメ口で続ける。

 

 「ウチらは国内の怪異事案を捜査する部署やろ? 何で外国の事件に関わらなアカンねん……管轄外中の管轄外やんけ」

 立ってはいても胆は据わっているユキザワに、公安部長の傍らにいた気弱そうなエリート外務省職員が間に割って入る。

 「イギリスからICPOを通して捜査協力の依頼が来たんですよ」

 見ない顔からの唐突な横槍に、思わずユキザワは眉をひそめてメンチを切る。

 「は? ワリャア外務省の人間やろ? ICPOの窓口は警察庁の国家中央事務局のはずや。一々しゃしゃって来んなや、手首外すで?」

 穏やかに威圧するユキザワにビビる外務省職員をフォローすべく、逆サイドにいた国家中央事務局の繋がり眉毛のワタラセが口を挟んできた。

 「君が言うその国家中央事務局の私から言わせてもらう。とにかく、スコットランドヤードからも正式に捜査協力を要請されているんだ! すぐにイギリスへ向かいたまえ!」

 上からの命令に怯んだことなど一度もないユキザワがニヤリとほくそ笑みながらワタラセを見る。

 「ははぁ~ん……国内でも秘匿にされてるウチらに外人さんから捜査協力なんて奇怪しい思たら、誰ぞ漏らしよったな? 外務省がしゃしゃってくるっちゅうことは、お漏らししよったんは外務大臣か外交官……そんなトコやろ?」

 ギクリッ!! と音がしそうなほど顔色を変えた三人を見て確信するユキザワに、公安部長カンダが立ち上がって怒鳴る。

 「いいからさっさと支度しろ! 全員で捜査に当たれ! 話は以上だ!!」

 顔を真っ赤にして興奮するカンダに、ユキザワは嗤いかけながら言った。

 「……出張なんやから特別手当ては出るんやろな? ウチはハイテクロボもおるから高いでぇ?」

 「そのことなら心配ありません。手当てはもちろん、政府専用機の手配も既に終えておりますので、そちらの準備が整い次第、すぐに飛ばせます」

 外務省職員がキリッと快闊に答えると、ユキザワはあまりの手回しの良さに感嘆して言う。

 「なんやエライVIP待遇やなぁ……お役所仕事とはとても思えん早さやわ……せや」

 他所の公務に皮肉を込める一介の公務員ユキザワが、振り向き様にワタラセに指を差した。

 「おっちゃん! イッコ貸しやで?」

 そう言い残して含み笑いを浮かべたままユキザワは公安部長室を出ると、すぐにスマホを取り出して電話をしつつ歩き出す。

 「あ! ダーリン? ウチやけど、急に今から出張になってしもんてやんか……ウチは嫌やて何べんも言うてんけど、公安部長がどうしても行けて、こわぁい顔して言うもんやから……ウチも泣きそうなってん……いや、泣いたわ」

 先程とは真逆の態度で夫に電話しながら、ユキザワは怪異事案特別捜査室へ戻るのだった。

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警察庁地下4階 怪異事案特別捜査室──。

 「えぇっ!? 今からイギリスゥ?!」

 ワントーン高い声で驚くハトムラに無言で頷いたユキザワは、周りにいる者達にも聞こえるように言う。

 「ムトウ! イタドリ! アマノ! すぐに支度してくれや」

 「何でまたイギリスに?」

 「あたし、パスポートは実家なんですけど」

 各々質問をぶつける部下達に、ユキザワが端的に答えた。

 「なんやICPOからの直々の要請らしいで? 知らんけど……イタドリ、パスポートはいらん! 政府専用機でひとっ飛びやからな」

 「うひょぅ♪ デジカメ持ってこう!」

 初海外に浮かれるイタドリを他所に、カーテン奥のアマノがラインを寄越す。

 『国内の事案はどうするんですか?』

 アマノのもっともな言い分に、ユキザワが答えた。

 「せやねん……カンダのオヤジは全員でって言うてたけど、やっぱ留守には出来んよなぁ」

 『わたしは残ります えだまめ1号ならここからでも遠隔出来ますし』

 アマノからの返信を見て、ユキザワは少し思案する。

 「でも、結局みんな出払ったら捜査に出られる人間はおらんくなるで?」

 『情報だけなら集めておけます みんなが戻ってきた時、円滑に捜査出来ますよ』

 「せやな……ほんならアマノに任すわ」

 何だかんだ言って外に出たくないアマノの口車にまんまと乗せられて、ユキザワはアマノを残すことに決めた。

 「室長!」

 イタドリが右手をピンと挙げてユキザワを見る。

 「両替とかどうします? お土産買うにも日本円って使えるんですか?」

 修学旅行気分のイタドリに、ユキザワが苦笑して答えた。

 「観光やないんやで? まぁ、経費は外務省が持つから死ぬほど使こたったらエェねん」

 呑気な二人の会話から不穏なワードに気づいたハトムラが、ユキザワにキッと顔を向ける。

 「外務省? 何で外務省が?……まさか、外務大臣か外交官が私達の存在を他国に漏らしたとか?」

 察しのいいハトムラの言葉に、ピクンとしたユキザワは口を尖らせて斜め上を見上げた。

 「ウウウウチは知らんよ? 大臣か外交官がアホやとか、上から圧力がかかっとるとか、なーんも知らん!」

 下手なすっとぼけで誤魔化すどころか全部バラしてしまう室長に、ハトムラは溜め息を吐いて呟く。

 「旦那と娘の夕飯とかどうしよう……一日じゃ帰れませんよね……」

 「せやろなぁ……ウチは子供おれへんから何とでもなるけど、ハトムラんトコはチビちゃんおるもんなぁ……」

 「えぇ……ちゃんとパパとお風呂に入れるかしら……」

 家庭の話に花が咲きかけたところで、孤高の独身貴族ムトウがたまらず口を出した。

 「さっきから緊張感足りなくねぇか? そんなもん何とでもなるだろうが」

 呆れたように言ったムトウに、ハトムラがデスクを叩いて反論する。

 「ムトウさん!? 子供の成長は早いんですよ!? 私がイギリスへ行ってる間に自転車に乗れるようになったらどうするんですか! 娘の記念すべき初自転車の写真が撮れないじゃないですか!」

 「それは知らねぇよ……自転車を買わなきゃいいんじゃねぇか?」

 「そんなことを言ってるんじゃありません! 私は母親として娘の成長を見守らなきゃならない責任と義務があるんです!!」

 いつも温和でクールなハトムラが、鼻息荒く詰め寄るのにタジタジのムトウのスマホが鳴った。

 『早いトコ謝ってしまえ! ハトっちの溢れ出した娘への愛情がビッグバンを起こす前に』

 「創造主かよ……」

 アマノからの忠告に身震いし、ムトウはすぐに頭を垂らす。

 「すんませんでした……」

 深々と反省するムトウを見て、矛を納めたハトムラは夫に電話して、くれぐれも娘を頼むとお願いし、夫も二つ返事で快諾した。

 「ほな、行こか!」

 捜査官それぞれに発破をかけて、アマノを除くメンバーを率いて、空港へ急いだ。

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イギリス スコットランドヤード──。

 長い空の旅を終え、イギリス王国の正義の砦であるロンドン警視庁に到着した日本が誇る怪異事案特別捜査室の面々は、エントランスで待っていた金髪碧眼のグラマラスレディと挨拶を交わした。

 「ゴーストポリスの皆様、遠路はるばるお疲れ様です! ようこそイギリスへ!!」

 パリコレモデル並の美女からのネイティブイングリッシュに、ユキザワとハトムラがにこやかに挨拶を返す一方で、ムトウ、イタドリの両名はキョトンとした顔で見合わせる。

 「ハトムラせんぱい、英語わかるんですか?」

 「うん、イギリスには留学してたからね」

 「ほぇー」

 憧れを含んだ尊敬の眼差しでハトムラを見るイタドリに、傍らにいた犬型ロボが助け船を出した。

 「チカゲ、霊子ゴーグルをつけて右側の黄色のボタンを押してみろ」

 えだまめ1号に言われるまま、ゴーグルを装着してボタンを押すと、金髪美女がまた話し出す。

 「私はロンドン警視庁、リダ=クルタナ特別巡査です。よろしくお願いします」

 「おぉぅっ!!」

 突然、日本語を話し出した外国人リダに、イタドリは思わず感嘆の声を上げた。

 「同時翻訳機能をつけておいた……マイクを通せば向こうには英語で伝わる。これで言葉では困るまい」

 「さすがヌコせんぱい! 天才ですねぇ♪」

 「バカを言うな。わたしは超天才だ!」

 自己承認が強すぎるえだまめ1号に、ムトウが横から呆れたような目を向ける。

 「それが自分で言えるんだから、オマエは大したモンだよ」

 しれっとゴーグルを着けるムトウに、えだまめ1号は予告なく霊子弾を発砲した。

 「バカやろぅ! あぶねぇじゃねぇか!」

 「オマエもちゃっかり着けてるじゃないか! 超天才のわたしを神と崇め奉るがいい!! hahaha! 踊れ踊れー♪」

 「オマエら、あんまチョケんなや?」

 キャッキャしている二人にドスの効いた声で一喝すると、騒ぎは一瞬で治まった。

 「リダ……やったな? ウチらに事件の詳細を教えてくれや」

 「はい! こちらにどうぞ」

 ばけものがかり一行は、リダの案内で会議室のような所へ入る。

 プロジェクターに向かうようにして置いてある椅子にバラバラに座ると、ばけものがかりと正対して立ったリダが、指し棒片手に話し出した。

 「今回、皆様にご協力いただきたいのは、イギリス中で起こった殺人事件の捜査です」

 「イギリス中?」

 リダの言葉にハトムラがいち早く反応すると、リダは頷いて答える。

 「最初は三ヶ月前、ロンドンのホワイトチャペル地区の公園で起こった事件です。被害者は二十代女性、死因は生きたまま体を引き裂かれたことによる失血死、即死でした」

 「生きたままですか?!」

 「えぇ」

 凄惨な殺害方法に体を震撼させるイタドリに、淡々とした口調で答えたリダはそのまま続ける。

 「次の事件はロンドンから南西のウディコムという田舎町で、被害者は同じく二十代女性、死因は首を喰い千切られたことによる失血死ですが、体内の血液の70%が失われていました。さらに遺体周辺からは血液の痕がほとんど検出されていません」

 「何だか宇宙人の仕業みてぇだな」

 ムトウが独り言を呟くと、えだまめ1号が顔を向けた。

 「ムルダー……あなた疲れてるのよ」

 「誰が謎ファイルの捜査官だ」

 「お前ら、ウルサイねん!」

 何やらコソコソやっている一人と一匹に、室長からのゲキが飛ぶ。

 「リダ……続けてくれや」

 「はい」

 弛んだ空気が引き締まったところで、リダが改めて話し始めた。

 「三件目は、同じくロンドンのウェストミンスター寺院の墓地で、やはり二十代女性でした。四肢をバラバラに刻まれており、致命傷は胴体部の空けられた穴……そこから内臓を引き摺り出され、いくつかの臓器と、遺体の左大腿部は未だ見つかっていません」

 「せ、世界遺産で殺人ですか?!」

 「まるでジャックの再来ね……」

 猟奇殺人に素直に驚愕しているチカゲとは対照的に、ハトムラは冷静だった。

 「切り裂きジャックか?」

 「えぇ……百年ちょっと前にイギリスを震撼させた連続猟奇殺人……手口は少し違いますが、残忍なところは変わりません……でも」

 「でも、決定的に違うところがあります」

 ムトウとハトムラの会話に、リダが割って入る。

 「ジャックのターゲットは娼婦でしたし、遺体の損壊方法があまりにも違いすぎます」

 「せやな……ガイシャは全員、二十代の女に限られてるっちゅうトコもジャックとは違うしな……次からはどうか知らんけど」

 ユキザワが背もたれに上体を預けて呟くと、リダは思わず声を荒げた。

 「まだ続くんですか?!」

 若干取り乱すリダに、えだまめ1号がウィーンと歩み寄る。

 「遺体写真をわたしに転送してほしい。天下のスコットランドヤードを信用してない訳じゃないけど、こっちはこっちで調べることがある」

 「すぐに手配します」

 えだまめ1号からの依頼を、リダは快諾した。

 「室長! 現場を調べに行きましょう!!」

 「そうですよ! まずは手がかりを見つけないと!!」

 ハトムラとチカゲがユキザワに進言すると、ユキザワは一つ頷いて答える。

 「ムトウとハトムラはえだまめ1号を連れて、ロンドン内の二件の現場を頼むわ。ウチとイタドリはウディコムの方を調べるけ」

 「「「了解!!」」」

 サッと席を立つばけものがかりに、リダが慌てて手を挙げる。

 「車の手配はしておきますが、私もユキザワ警視達に同行しますので、少々お待ちください!!」

 「よろしゅう頼むわ、各自エントランスに行くで」

 「「「了解です!!」」」

 ばけものがかりがエントランスへ向かうと、リダは何処かへ内線電話をかけた。

 「私です……日本のアマノ警部へ遺体写真を転送してください。それと、大至急エントランス前に車を二台お願いします」

 『分かった…すぐに手配しよう……それより、あのジャップは使えそうか?』

 「恐らく……特に、ユキザワとハトムラは囮にも使えるでしょう。イタドリでは見た目が幼すぎますし……」

 『しかし、プロフェッサーアマノが来なかったのは計算外だったな……あのテクノロジーを我が国の物に出来たら、対ゴースト案件のみならず、軍備に転用も可能なんだが……リダ、引き続き奴等の監視を怠るな』

 「ラジャー……全ては女王陛下のために……」

 リダは静かに通話を終えると、会議室の明かりを消してエントランスへと急いだ。

Concrete
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