中編7
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芽ばえ【Uレイらいふ】

 忌ま忌ましい同居人が転がり込んできてから、もう二ヶ月が経とうとしていた。

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 私が疲れた体を引きずるようにアパートへ帰り着くと、風呂場からシャワーの音がする。

 訝しみながら近づけば、中からはアップテンポの鼻歌が漏れ聴こえてくる始末だ。

 どうやらヤツはゴキゲンのご様子。

 私が勢いよく風呂場のガラス戸を開けると、一糸まとわぬ死人が呑気に長い髪をトリートメントしていた。

 よりにもよって、奮発して買ったお高いトリートメントを。

 そして、生意気にも私よりイイ体してやがるのが、何よりも癇に障る。

 「キャアァァァッ!!」

 私に気づいたレイコが、いっちょ前に悲鳴を上げ、光の速さで湯船に飛び込んだ。

 「U子さんっ!ノックくらいしてくださいよ!」

 本来なら悲鳴を上げるのはこっちサイドだが、そんなことはどうでもいい。

 「いろいろ減るのが早いと思ったら、犯人はあんたか!」

 「犯人とか人聞き悪いこと言わないでくださいよ……それよりU子さん、親しき仲にも礼儀ありですよ?」

 別に親しかねぇよ!

 「死んでるくせにシャンプーとかトリートメントとか出来んのか?!ほら!床にこぼれてんじゃん!!」

 「ちょっとくらい貸してくれてもいいじゃないですか!どうせ掃除してるの、わたしなんだから!」

 「……そ、掃除の問題じゃない!使えもしないモノがもったいないって言ってんだよ!」

 居候の分際で家主に意見するとは本当に生意気だ……もう少しで言い負かされるトコだったし。

 私の的を射た正論にも屈せず、レイコが感情的に喚く。

 「ひどいッ!!それは乙女の嗜みですよ!U子さんがそんな差別をする人だとは思いませんでした!!」

 これは差別なのか?

 湯船で泣き崩れるレイコの姿に、出処不明の罪悪感が沸き起こった。

 「……なんか、ゴメン」

 一瞬、考えたものの言葉が見つからず、つい謝ってしまっていた。

 言うだけ言って両手で顔を覆っていたレイコが、顔を隠したまま私に言う。

 「いいんですよ……わかってもらえたなら……そこ、閉めてもらえますか?寒いので」

 「あ、あぁ……うん」

 ガラス戸を閉めてリビングに入った私は、何とも例えようのない気持ちのまま部屋着に着替えた。

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 少しすると、サッパリした顔で風呂場から出てきたレイコがリビングに入ってくる。

 「お先にお湯いただきました♪」

 さっき見たからわかってるよ……いちいち言うな。

 私の部屋なのに我が家気取りですっかり寛いでいるレイコに、私は前から感じていた疑問を投げかけた。

 「ねぇ、濡れもしないのに何でお風呂に入るの?」

 私の素朴な質問に、レイコが人差し指を立てて答える。

 「ほら、よく言うじゃないですか!オバケは水場に集まるって!あんな感じですかね」

 ホントかよ……湯船はともかく、シャンプーの件はまだ納得いってないんだからな!

 明解な回答とも言えないレイコの答えに、うっかり口から出そうだった言葉を呑み込む。

 「そう言えば、U子さん」

 「何?」

 今度はレイコから質問がくる。

 「U子さんって服屋さんにお勤めじゃないですか」

 「仕事場見てんじゃん……それが何?」

 何を言われるのか想像が出来ず、身構える私に、レイコが手を広げた。

 「わたしのコレ、どうですか?」

 まさかのファッションチェックである。

 お客のなら毎日してるが、死人から直でファッションチェックを頼まれたのは、後にも先にも私ぐらいのものだろう。

 私はレイコの全身コーデをパッと見て答えてやった。

 「ダサいね……死ぬほど」

 「死ぬほど?!」

 死人が今更『死ぬほど』にショックを受けているのは、ちょっと可哀相だったかも知れないが、こっちもプロである。

 お客ならともかく、家賃すら出さない居候の死人に気など使ってやる訳がない。

 いつまで打ちひしがれているのか、私の辛口評価がかなり堪えたらしく、レイコは崩れ落ちたまま微動だにしない。

 まぁ、ほっときゃ勝手に立ち直るだろう。

 私はレイコが思いのほかポジティブな死人であることを知っている。

 レイコを素通りして風呂に向かう私の背中に、レイコが言った。

 「わたしに似合う服を選んでください!」

 何を言ってんだオマエは……気は確かか?

 「あんた、服着れんの?」

 「U子さん?今までわたしが裸でいたのを見たことありました?」

 あったよ……ほんの数分前にな。

 つまらないことは言わないでおこうと黙っていると、レイコは何をトチ狂ったのかニッコリ笑った。

 「じゃあ、U子さんがお風呂から上がったら、さっそくお願いしますね」

 待て!私がいつOKを出した?

 「ヤだよ……めんどくさい」

 「そんなこと言わないでお願いしますよぉ……ルームメイトじゃないですかぁ」

 オマエが勝手に居座ってるだけだろ!

 「そう言うことは家賃を半分出してから言いな」

 「家賃ならちゃんと払ってるじゃないですか!体で!」

 知らない人が聞いたら確実に誤解する言い方をするな!

 余計なことを言うと、減らず口がビッグウェーブになって返ってくることを嫌と言うほど実感している私は、無言で風呂場へ向かった。

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 居候の後の二番湯に一息ついてシャンプーを手に取り、異常な減りを見せるボトルにため息が漏れる。

 「高いヤツなのに、遠慮なく使いやがって……クソが」

 少し切ない気持ちのままシャンプーをして、頭を流していると、何だか泡切れがすこぶる悪い。

 泡が目に入らないように薄目を開けると、レイコが半笑いで私の頭に少しずつシャンプーをかけているのが見えた。

 「ちょっとあんた!何してんだよ!」

 「U子さんがイジワル言うからです」

 何がイジワルなもんか!

 「やめろ!悪魔か!」

 「わたしのお願いを聞かないと、無限シャンプー地獄が……」

 家主をこんな地味な嫌がらせで脅迫するなんて……レイコは絶対に悪霊に違いないと確信した。

 「わかったよ!わかったから、もうやめろ!」

 「U子さんなら、そう言ってくれるって信じてました!」

 見てはいないが満足そうに風呂場を後にしたであろうレイコの顔が目に浮かび、ハラワタが煮えくり返った。

 もう嫌だ……こんな生活……。

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 一日の貴重な癒しタイムをぶち壊され、内に秘めた怒りを抱えたまま風呂から上がると、嬉々としたレイコがきちんと正座して待っていた。

 「わたしにはどんなのが似合いますか?」

 は?死に装束じゃね?

 なんて言うと、今度はどんな嫌がらせをされるかわからないから寸前で呑み込んだ。

 「そうだねぇ……」

 私は自分の持ち衣装から適当に合わせてみることにした。

 レイコは古風ではあるが整った顔立ちをしているので、シックな感じにまとめることにする。

 白のシャツに落ち着いた色のジャケットを合わせ、細い足にはパンツよりスカートの方がいいだろうと、タイトめのスカートをあてがってみた。

 THE、無難。

 何となく良さげな企業のOLみたいになったが、まぁ良しとしよう。

 レイコは床に並べた服を見て、嬉しそうに微笑んだ。

 「U子さんっ!わたし、こういうの好みです!」

 センスまで死んでいる死人の好みなんて毛ほども興味ないけど、喜んでるなら何よりだ。

 「それ、あんたにあげる」

 「え?いいんですか?」

 買ってはみたものの、似合わないから古着屋にでも売ろうとしてた物だから、私的には惜しくも何ともない。

 「うん、着られるモンならな」

 さっきの仕返しじゃないけど一矢くらいは報いたい私は、少しだけイジワルを言った。

 「着て見せますとも!」

 そう言うと、レイコは服の上に重なるように寝転がった。

 そして、ゆっくりと体を床へと沈めていく。

 「どうですか!ちゃんと着れてるでしょ?」

 床から顔を出し、首から下は床の中というトリッキーな姿勢で誇らしげに言うレイコに、私が「着れてる着れてる」と取って付けたように言ったのだが、それでもレイコは何とも嬉しそうだった。

 夜遅かったのが幸いし、下の階の住人に天井から生えている首から下の体を見せずに済んで、本当に良かったと思う。

 「もう寝てもいい?明日も早いんだ」

 「えぇ!おやすみなさい」

 私が床に並べた服を畳んで押し入れにしまうと、レイコも一緒に押し入れに片付いた。

 リビングの電気を消し、私もベッドに入る。

 疲れ果てた私が夢の中へ行く途中、さっき見たレイコの嬉しそうな表情がチラついた。

 その時の私は、不覚にも笑顔になっていただろう。

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 翌朝、目が覚めるとレイコが朝ごはんを準備してくれていた。

 包丁が使えないレイコが目玉焼きにちぎったレタスを添えたプレートと、バターに砂糖をまぶしたトーストを用意していたことに、少し感動したことは墓場まで持っていく。

 いつもの三倍高いテンションのレイコに送り出された私は、平常通りに仕事場へ向かった。

 でも、その日の仕事がいつも以上に張り切って頑張れたのは、少なからずレイコのお陰だったのかも知れない。

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 死んでから急にオシャレに目覚めた遅咲きのレイコとの生活だけど、煩わしいながらも不本意だが、ほんの少しだけ楽しくなりつつあるのだった。

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なんか読んでるこっちまでレイコのように笑顔になりました!
すごい面白いです!!
なんかスゴい充実した時間を過ごせた気がします。

次話も楽しみにしてます♪

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朝の通勤途中に読めました♪
こんなに早く続きが読めて幸せです♪
ろっこめさん、ありがとうございます(^-^)

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