【夏風ノイズ】鈴音ノック

中編6
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【夏風ノイズ】鈴音ノック

 ゼロと一緒に夢乃ちゃんを家まで送り終わった後、スマホを見ると日向子ちゃんからメールがきていた。メールにはさっきのロウっていう妖怪を撃退したことをゼロに伝えてほしいという内容ともう一つ、私に用があるから来てほしいと書いてあった。

「日向子ちゃん、ロウ倒したって。あたしちょっと呼ばれちゃったから鬼灯堂行ってくるね」

 私はゼロにそれだけ告げると、最寄りのバス停からバスに乗り鬼灯堂へ向かった。店のボロいガラス戸の向こうには帳場に腰掛けた日向子ちゃんの姿が見える。

「やっほー、どうしたの?」

「いらっしゃーい、ありがとね来てくれて。ちょっと話したいことと、渡したいモノがあって」

 日向子ちゃんはそう言って私を奥の間へ通してくれた。なぜだか少し緊張する。

「鈴那ちゃんさ、あれからお父さんとは連絡取ってないの?」

 日向子ちゃんがお茶を出しながら最初に言った質問がそれだった。そういえば、あの時から一切連絡を取っていないしパパが今どうしてるかも分からない。

「ぜんぜん取ってない。今どうしてるんだろうね・・・」

 当時、虐待を受けていたとはいえパパをあのまま一人にしてしまったことへの罪悪感を今更抱いている。

「鈴那ちゃんが悪く思うことじゃないのよ~。でも、またいつか会いに行ってあげてね。しぐるくんも連れて」

 日向子ちゃんは私の心を見透かしたかのように言った。

「うん、わかった」

「よし、それと~今日はちょっぴり大事なモノを渡したくて呼んだんだけど」

 そう言って日向子ちゃんが作業机の引き出しから取り出したものは、見覚えのある日記帳だった。表紙にはシンプルに『鈴音日記』と書かれている。

「それ、ママの日記・・・なんで日向子ちゃんが!?」

「夏陽ちゃんから預かってほしいって頼まれてたからね~。びっくりした?」

「え?なんで、え・・・」

 城崎夏陽(なつよ)、ママの名前だ。

「もしかして、日向子ちゃんママと知り合いだった・・・?」

「まあね~、わたしは顔が広いから~・・・って言うか、色々あってね。夏陽ちゃんが亡くなってから、時がきたら鈴那ちゃんに渡してほしいって頼まれてたのよ。理由はこの日記を読めばわかるから、わたしからは敢えて言わないわ。鈴那ちゃんも、お母さんから真実を聞かされたいでしょ」

 彼女はそう言ってからニコリと笑い日記を差し出してきた。

「うん、ありがとう」

 私は日記を受け取ると、それのページを捲り始めた。何となく察した。日向子ちゃんが言いたいことも、これからママが伝えてくれることも、そして私自身のことも・・・。

 日記の最初は当り障りのない私のことばかり書かれていた。

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「鈴那が生まれてきてくれてよかった。」

「鈴那が学校で嫌なことをされてるらしいから何か助けになってあげたい。」

「鈴那が学校を早退してきたけど、私にはこの家をあの子の居場所にしてあげることしかできない。私も馬鹿だな。」

「鈴那がピアスを付け始めた。可愛い、似合ってるよ。」

「鈴那が可哀想。ごめんね、お父さんがあんな人で。あの人はどうして未だに私なんかと一緒に住んでるんだろう。喧嘩ばかり・・・いや、一方的にやられてるのはこっちかもしれない。鈴那と逃げたい。ごめんね、お金が無いや・・・」

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 ママらしい文章で色々とその日に思ったことを短く書き記してある。私は目に涙を滲ませながらページを捲り続けた。

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「例の女の子が亡くなったという事件のニュースを見ちゃった・・・そろそろ限界、いつかあの子にもこれを読んでもらおう。私が何とかするしかない。」

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 例の女の子?もしかして・・・私は続きのページ読み進めた。

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「やっぱり・・・馬鹿なりに調べてみたけど、汚染が夏のとある時期にしか出来ないのと同じで、浄化も全く同じ条件で行える。雨宮さんが言ってた通りだった、あの人の犠牲は無駄にしたくないから、私がやる」

「千堂という人物に会ってきた。雨宮さんの知人で事情を話したら分かってくれたけど、どうやら私じゃだめみたい。鈴那、お願いがあります。私の代わりにやってほしいことがあるの。」

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 やってほしいこと・・・それを知るのが、何だか怖い気がして次のページを捲るのに戸惑う。意を決して開いたページには、遺書のような出だしの文章が少し長めに綴られていた。

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「これは鈴那への手紙になります。これをあなたが読んでいるってことは、私が死んじゃってから何年後かの世界になってるはずね。日向子さんには迷惑かけてないかな?彼氏は出来た?そんなことより、大事な話があったね。」

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 大事な話・・・そのあとに書かれていた文章を全て読み終えた私は、静かに日記を閉じた。こんな突飛な話は理解できない。できないはずなのに、私の心を確かにノックしてくれたのは紛れもなくこの日記に書かれた全てのことだった。

「あたし・・・しぐのところに行かなきゃ!」

「ちょっと待って!」

 立ち上がって部屋を出ようとした私を日向子ちゃんが制止した。

「でも・・・」

 抑えられないほどの衝動とこの想い、今すぐにでもあの人へ伝えたい。あの人と、この町のために!

「明日、ぜんぶ伝えられるから」

「え?」

 明日?明日何があるのか私は知らない。どういうことかと日向子ちゃんに問い質してみれば、真剣な顔から僅かに笑みを零してポツリポツリと話し出した。

「明日・・・作戦開始よ。全ての事が交わり、終わり、そして始まる。わたし達の町を守れるのは、わたし達しか居ないわ」

「作戦。ママが日記に書いたことは・・・」

 日向子ちゃんは黙って頷く。正直、私はどうすればいいのかまだ分からない。ママの頼みが私に務まるのか・・・そんな自信が無い。

「あたし・・・あたしに出来るかな?」

「できるわよ。鈴那ちゃんにはしぐるくんが居るじゃないの」

「しぐのことは信じてる。でも・・・」

 私はしぐの顔を頭に思い浮かべた。大好きなあの人・・・そうだ、思い出した。

「あたし・・・なんで今まで忘れてたんだろう。ずっと前に夢を見たの!夢の中である人が言ってくれた・・・今は辛くても、いつか必ず運命は変わる。しぐるとひなをよろしく頼むって・・・」

「その、夢で出会った人は?」

 日向子ちゃんが私に訊いた。確か男の人だった。名前は・・・聞かなかった気がするけど、それでも分かる気がする。

「だからあたし、今こうしてしぐと出会えたんだ。知らなかったけど、自然とそうなっていったんだ・・・」

 私は涙を零した。たぶん夢に出てきたあの男の人は、しぐのパパなんだと思う。今思い返すと、どこか雰囲気が似ていたような気がする。

「分かったみたいね、夢の中の人が誰だったのか」

 また日向子ちゃんは私の心を見透かしたように言った。

「ねえ、日向子ちゃんってテレパシー使えるの?」

 私が何気なく訊ねると日向子ちゃんは冗談交じりの笑みを浮かべて首を横に振った。

「そんなわけないでしょー。でも、分かるのよ。わたしはそういうモノだから」

「そういう、モノ?」

「ううん、何でもないわよ。さ、明日に備えて今日はゆっくりしましょ。何か食べたいのあるー?」

「・・・はい!あたしカレー食べたい!」

「よし、じゃあ食べに行くわよ~。わたしオススメのカレー屋さんがあるからそこにしましょ」

 日向子ちゃんの意味深発言が気になったけれど、それより今は頭を使ってお腹が空いた。明日のことはまだ少しだけ不安だけど、きっと大丈夫。もしも・・・私としぐの出会いが運命ならば作戦は成功する。何度となく自分に言い聞かせながら、私はその時を待った。

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